第2章 犠牲の軍隊前編 11
「後からやってくる輸送型機械兵ユニットは、俺が破壊せずに停止させるから何体かは残しておいてくれ。使い道があるかも知れない」
機械兵ユニット群が進撃してくるのを待つ、峰のようになった岩山の切れ目を見渡せる巨大な岩が途切れた緩やかな傾斜地帯。零は、決死隊に呼び掛けた。
傍らのエレノアが、零へ騎士甲冑のハンサムなフェイスマスクを向け応じる。
「確かに。こんな状況に置かれた戦場だ。使える物は、何でも使うべきだな。汎用人工知能とは違って自律特化型AIなら、優先権コードのボルニア帝国軍への書き換えは、クリエイトルで無くともそれなりの技術があれば可能。サブリナの策が上手くいったら、機械兵ユニット群殲滅の難易度は高く無い。わたしが決死隊の面倒をサブリナやヴァレリーと見るから、零は戦闘から外れて構わない」
「上手くいくわ。確実に。わたし達は、残敵を屠るだけ」
「確実?」
サブリナの言葉に零は眉を潜め、注意深く用心するようなエレノアの声が響く。
「そうやって、サブリナは自分を過信し過ぎるところが危ういんだ。自分は頭がいいと思っているから、自分の考え以外は受け入れない。だから、ブランシュに門弟に誘われたときにも断った。おまえは上を目指せるのに、惜しいって嘆いていた」
接続重要度をエレノアと同レベルの深度に設定してある通信で離れた場所から自信ありげに請け合うサブリナは、窘めるエレノアに反発し音律のある声をむっとさせる。
「わたしは、聖帝国への留学時多くの高名なキャバリアーに師事し、その中で有効と思えるものを組み上げました。十分上を目指せると思いますが」
「サブリナ。リザーランド卿は、あなたのことを思って言ってくれているのよ。才能があることが当たり前のサブリナは、たまに自分が見えないわ」
非キャバリアーの決死隊と共に居るヴァレリーが、凜と締まった声に咎める響きを帯びさせた。
ヴァレリーもサブリナ同様、部将を任せた必要性から接続重要度をエレノアと同レベルの深度にしてある。重要事項が、環境雑音に紛れたりしないように。
不満がありありと伝わるような棒読みで、サブリナは答える。
「分かりましたー、お嬢様」
「全く。可愛げがないわね。何かあっても、味方してあげないわよ」
仲のよい姉に妹が抗議するようにヴァレリーは呆れ気味に、それでも釘は刺した。
決死隊の陣容は、サブリナが率いるキャバリアー部隊がずらりと並び、やや離れてヴァレリー率いる非キャバリアー部隊が大盾を地面につき実体弾射出機を構え支援体制を整えていた。
自律軽量斥候が架空頭脳空間を通して、敵機械兵ユニット群の接近を伝えた。
大きくも無いのによく通る声に、零は気迫に満ちているわけでも威圧的でも無いのに逆らいがたい、一種の凄みを帯びさせる。
「来る。決死隊各位、気を引き締めろ」
「さあ、来なさい。あなた達の墓場はちゃんと用意しといたから。すぐに終わらせてあげる」
舌なめずりするようなサブリナの声が、零の耳朶を掠めた。
峰となった岩山の切れ目を越えてくるだろう機械兵ユニット群出現を、接敵前の刹那零は待つ。携行した小型炸薬は、峰から十分敵を誘い込んだ一帯に仕掛けてある。そこから間隔を空けて、決死隊が。上手くいきさえすれば、零やエレノアにマーク・ステラートによって数を減らされた機械兵ユニット群を片付けるなど造作も無い筈だった。
絶句するサブリナの声が、響く。
「なっ!」
「飛んで来た」
重なるエレノアの声にも驚愕が滲み、それは零も同様だった。尤も、こういう事態もありえると思っていたが。
敵地上型機械兵ユニット群は、何と飛んで峰を越えてきたのだ。その飛行は、決して軽快でも俊敏なものでも無く、空の戦いではおよそ役に立たぬものだったが。
後方のヴァレリーの声に、警戒が滲む。
「炸薬源を飛び越えて。わたし達の後方へ回るつもり?」
上空の多脚型機械兵ユニットに続く人型機械兵ユニット群の動向に、ヴァレリーが放つ絶叫は切羽詰まったもの。
「盾を! 上空へ向け構え!」
同時、ヴァレリーは外骨格スーツを飛び立たせた。その上空には、超大口径重イオン砲を下へと向け砲身に輝きを溜める多脚型機械兵ユニットが。
「しまった」
流石にその機械兵ユニットの動きは、零の意表を突いていた。相手は地上型と、零にしたところでサブリナの言動を過信が過ぎると感じながらも高を括っていたのだ。
キャバリアー以外で構成されるヴァレリー率いる決死隊の上空を飛び越える多脚型機械兵ユニットの超大口径重イオン砲が、旋回する。多脚型は、不器用に汎用推進システムを操り機体を下方へと傾かせ砲塔を下へと指向させた。
外骨格スーツの背後に四重の秘超理力の波紋が発生し、零の姿がその場から掻き消えた。
「ヴァレリーお嬢様!」
声の限り、サブリナは叫びを上げた。
機体を傾けた多脚型機械兵ユニットが超大口径重イオン砲を決死隊へと放ち、そのキャバリアー以外の人員で構成される後方の決死隊にとって致命的となる人など軽く飲み込む野太い重イオンビームに、ヴァレリーが身を晒したのだ。いかな外骨格スーツで身を固めているとはいっても、そのビームに飲み込まれれば一瞬で蒸発してしまう。
が、そうはなら無かった。硬化型ヒーターシールドのヴァレリーの全身を覆うフィールドの半球状の膜が浮かび上がり、遮るものが何も無いかのようにフィールドを破りビームは突き進み、が、ヴァレリーはダマスカス鋼製のナイトリーソードに可能な限り秘超理力を伝導させ、前へ突き出したヒーターシールドとクロスするように受けたのだ。ナイトリーソードから、強力な秘超理力を伝わせヒーターシールドを範囲拡張して。それで、己を飲み込まんとする重イオンビームを反らしたのだ。それでも――、
「保たない」
既に騎士甲冑を疾駆させるエレノアは、一瞬後に待ち受けるヴァレリーの悲運を呪った。
確かにヴァレリーは秘超理力を操り範囲拡張させヒーターシールドに沿わせ全身を覆ったのだが、一時的にビームを逸らしはしたものの、それも長続きはしない。その証拠にビームは軌道を徐々に戻し、ヴァレリーが纏う外骨格スーツをじりじりと炙り始めていた。
メゾソプラノにエレノアは、悲痛を滲ませる。
「今少し、ヴァレリーが秘超理力の扱いに慣れていれば。後続に気を取られ出遅れたわたしでは、間に合わない。零……」
「もう……これ以上は……押し返せない。逸らせられると思った。けど、予想以上に重イオンビームが強力で……」
バイザーの奥の清楚な美貌に、知らずヴァレリーは普段の凜々しさを曇らせ悲壮を浮かべていた。我ながら情け無い。サブリナほどではないが、キャバリアーとしての才に恵まれヴァレリーは生まれた。ソルダ位階第四位ダイアモンド。武将として、軍勢を率いることが当たり前の存在。その立場に恥じぬ勇を自分は備えていると、ヴァレリーはこれまで思っていた。が、今はどうだ。全身が震え、重イオンの激流に抗する力を失いそうだ。数瞬後に確実な死が待ち受けていると思うと、恐怖で身を引き裂かれそうだ。
それでも、無様は晒したく無かった。死ぬ覚悟を、バイザーに隠れた面に二筋雫を伝わせながらヴァレリーはありったけの気力を奮い起こし口にする。
「父様、母様、お許しください。生きろと言われたのに、この愚娘は果たせませんでした」
――間に合わない!
ほんの身体二つ分ほど先で、ヴァレリーは限界を迎えていた。硬化型ヒーターシールドに這わせるように範囲拡張させ全身をビームと隔てていた秘超理力のシールドがラグが起きたようにブレ、ビームの出力に負け不安定になる。それまでビームの指向を逸らせていた秘超理力の力が、失われようとしていた。
熱を持ったように零の脳髄の奥が灼熱し、思考が加速する。
――間に合わせろ! 六合零!
只、それのみを零は念じた。
外骨格スーツの推力以上の加速を、零は更に課した。背後に一際大きな秘超理力の波紋が八つ。零の周囲の時が止まった。瞬間移動したように、零はヴァレリーの前へ出現する。同時、ヴァレリーが張った秘超理力のシールドが消え去った。
――え――
限界を迎えたヴァレリーは、目の前に忽然と現れた外骨格スーツに唯々意表を突かれた。もう、死を覚悟した瞬間だったから。
――駄目。重イオンにあなたも飲まれる。
誰か分からぬ背中に、ヴァレリーは心の中で呼び掛けた。
が、目の前の外骨格スーツは、パワー・ブレードを発動させた太刀に更に秘超理力の力を眩く輝かせると一閃。冗談のように、秘超理力の衝撃波がビームを掻き消し標的を撃破できず照射を続ける多脚型機械兵ユニットの超大口径重イオン砲塔まで消し去った。
それを、サブリナは既に間に合わぬ距離に喘ぎながら見た。零の外骨格スーツがヴァレリーの近くで爆発的なムーブを用い消えたと思った瞬間彼女の前に出現し、隔絶を失い彼女を飲み込まんとする重イオン・ビームを秘超理力を強烈に発現させた眩く輝く太刀を一閃し消し去ったのだ。砲塔まで達した余波に多脚型機械兵ユニットの砲撃は止み、非キャバリアーからなる決死隊の頭上を通り越した。危機は去ったのだ。
一瞬遅れ、ヴァレリーが少し前に滞空する零に外骨格スーツ越しに抱きついた。




