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第1章 惑星ファル地表拠点奪還戦 13

「良かった。無事亜空間航路封鎖が解けたのですね」

 喜色を清らかな美貌に浮かべるルナ=マリーは、声音にほっとしたものを滲ませた。


 やや暗めの間接照明に照らされたラウンジはオーガスアイランド号内で、そこの壁際のソファに零とブレイズに向かい合う形で、ルナ=マリーはヘザーと並び腰を下ろしている。

「零さん、ブレイズさん、本当にご苦労様でした」

「猊下にお礼を言われると、恐縮してしまいます。自分のためにしたことでもありますから」

「まるで自分が、トルキア帝国軍に奪われたファラル城塞を奪還したみたいな言い草だな」


 緻密に整った面と青い瞳に咎めるものを零へ送るヘザーに、ブレイズは精悍で端正な面を得意げにし向ける。

「みたいじゃなくて、本当にやったんだ。俺と零の二人で奪還した」

 零とブレイズは、惑星ファル周辺域兵団群から中央の中級兵団群となったモリス麾下に組み入れられ、与えられる予定の兵団用の恒星戦闘艦――兵団の規模から軽巡航艦クラスだろう居住先へ引っ越すため荷物やらそれに加えブレイズは小型運搬艇(バツテラ)やらを取りに、一度惑星ファル駐留軍臨時本部として接収された惑星地表宇宙港へと戻ったのだ。


 ブレイズの話に、菫色の瞳を見開きルナ=マリーは美しい面を少し驚いたものへと変える。

「まぁ、本当なのですか?」

「ええ、猊下。ま、策を思いついて駐留軍司令官のモリスに持ちかけてペテンにかけたのは零ですけどね。城塞を奪還したのは、俺と零です」

「おい、ブレイズ。ペテンとは何だ?」


 ギロリとブレイズを睨む零は、さも心外そうな口調だ。

「俺はただ、あの場で最善の方法をとっただけのことだ。ああしなければ、亜空間航路封鎖はずっと解けず、トルキア帝国軍がその気になれば駐留軍は消え去っていただろう。感謝されこそすれ、誹られる謂われはないぞ」

「何を零は、やったんだ? ブレイズ?」

 二人の様子を見比べるように眺めるヘザーは、怪しむようなものを青色の瞳に浮かべた。


 脅す視線を向けたが、気づかぬ様子のブレイズは可笑しそうな口調で語り出す。

「いや、ホント、零は酷い奴だよ。新参の俺と零の二人で決死の囮を申し出ておきながら、俺たちが敵軍を引きつけている間に城塞を落とすため出撃したドュポン司令たち兵団群に敵軍を押しつけ、キャバリアーが殆ど出払ったファラル城塞に潜入したんだからな」

「なるほど、悪辣だな。まんまとそのドュポン指令とやらを出し抜いた訳か。今後、わたしは零には気をつけることにしよう」

「まぁ、それはいけまんよ、零さん。七道教の信徒として他者に対して常に誠実にあらねばなりません。人を騙すなど恥ずべき行為です」


 キリッとした表情を屈託のない清らかな美貌に浮かべ厳しい視線を向けてくるルナ=マリーに、零はややや困った顔で、それでも反論する声音はやや不満げだ。

「お言葉ですが、兵は詭道なりでございます、猊下。戦とは騙し合い。敵であろうと味方であろうと、欺き合うもの。必ず勝たねばならぬとは申しませんし思ってもおりませんが、決して斃れてはならず生き残らなければならぬものなのです。勝負に負けようと、最後に立っていた方が勝ちですから。騙される方が悪いのです」

「全く困った方ですね、零さんは。あなたは、一から教えを学び直さなければいけませんね」

 つくづく困った様子で零を窘めたルナ=マリーは、頬に右手をやり溜息を一つ珊瑚色の唇に落とした。


 その様子を面白くなさそうに、零は反論を口にする。

「ボルニア帝国内の遺跡を調査するため足止めされているわけにはいかない猊下は、わたしに亜空間航路封鎖を解くことをお望みだったと記憶しておりますが。戦場に身を置けと言っておきながら、手足を縛るようなことを仰られるのは如何かと。戦とはそのようなものなのです」

「ま、分からなくはないがな」

「問題は、零が七道教の信徒で庇護を受けた巡礼者だということだ。その立場は仮にも信仰の証であり、救済や人生の苦しみからの脱却を願う敬虔な信徒であることを求められるというのに、そこから少し離れたらその様というのが不味いのだろう」


 ブレイズは相槌を打ち、ヘザーが論った問題点にルナ=マリーが頷く。

「ヘザーさんの言うとおりです。どうも、零さんが巡礼の旅をする理由を少々怪しく感じてしまいますね」


 向けられる双眸を逃れるように僅かに視線を逸らした零の中で、ずっと燻っていた懸念というより厄介ごとが再燃する。

「その巡礼の旅ですが、不味い事態となってしまったのです。全くわたしの言うことなど聞く耳を持ってもらえず、仕官を無理強いされて。俺はこのまま、モリスの麾下としてこの内乱に参加しなければならない」

 視線を下げていた零の口調と声音は最初の内ルナ=マリーを意識して丁寧だったが、途中から乱暴なものとなった。


 事情を知るブレイズは、慰め顔だ。

「まぁ何だ。腹が立つのは分かるぜ、零。おまえは強い。脅されて従わされるなんざ、矜持が許さねー。が、あの場は仕方がなかった。腹の虫が治まらないのは、よーく分かるさ。俺なんざ、これまで散々理不尽を強いられてきたからな。馬鹿で弱いくせに、ただ単に俺の雇い主ってだけで威張り散らされ、代わりはいくらでもいる、首にされてーのかって足下見られて……それで――」

 怒りを振りまく零を宥めようとするブレイズは、途中から声音に哀愁を満ちさせた。


 テーブルのウィスキーが注がれたグラスを手に取り喉を潤していた零は、隣でブレイズが小声で呟き続ける呪詛に当てられ思わず個人的な話が口を衝く。

「うちの家はさ、滅んだ王国の武家だったんだ。零落してもそれなりに大きくて、家臣団を使って自前の民間軍事会社(PMF)なんてやってそれなりに凌いでた。一応、俺は当主をやっていたんだけど、ちょっとやらかしちまってさ。当主として相応しくないって家から勘当されちまったんだ。けど、これもいい機会だって思った。どうせなら、煩わしかった柵を捨てて、ソルダとしての生き方も捨てようって思った。心なんてもうとっくに折れてたし。俺じゃ、どうしようもないんだって。なのに――」

「あ――」

 グラスを煽ると零は半分ほど残っていたウィスキーを一気に飲み干し、気遣わしげな視線を向け話を聞いていたルナ=マリーは小さく声を漏らした。


 ルナ=マリーが声をかけあぐねている間に、これまでの過去を思い出したようで自己憐憫に浸り始め一人で呟いていたブレイズが、零の話に感じるものがあったらしく話に割って入る。

「ああ、それ、ありがちだよな。銀河には、億を超える国がある。今この瞬間だって、滅んでる国があってもおかしくない。どこぞの某国の臣下が家臣を使い民間軍事会社(PMF)を作り、食い繋ぐ。で、家業で稼いだ資金を元に、どこぞの国に好条件で仕える工作をする。よくある話だ。で、今のおまえは切り捨てられて、そのままソルダを廃業しようとしてる。それだけか?」

 探るような視線を向けてくるブレイズを、つい腹立たしさに常の感情が乱れ余計な話を口にしてしまったと、零はじろりと睨んだ。


 肩を竦めブレイズは、馴れ馴れしげな口調でどことなく余裕を漂わせる。

「まぁ、いい。色々探られたくない事情はあんだろうから、詮索はしないさ。これから同僚になるんだし、その内聞く機会はあるだろうからな」

「どうして、おまえに俺の知られたくない事情とやらを話さなきゃならない?」


 素っ気なく答えると零は、フルボトルを手に取り注ぐとグラスを煽り鬱憤を吐き出す。

「全く、馬鹿げてる。俺は、ただ帝星エクス・ガイヤルドに行きたいだけなのに。猊下の頼みもあったけど、俺はそのために募兵に応じたんだ」

「猊下のせいにしないことだけは、偉いな。が、どうも零の話は自分に対する逃げに聞こえてしまう」


 静かにウィスキーのグラスを傾けていたヘザーが精緻に整った面に物憂げな笑みを浮かべ、ブレイズが後を継ぐ。

「全くだ。女帝陛下の仰った通りだな。傭兵を募ったと思ってたのかよ、おまえ。そりゃ、無責任ってもんだろう」

「城塞を奪還して亜空間航路封鎖を解いた功があるんだ。少しのグレーさのある軍規違反くらい大目に見てくれたっていいだろう。帝王たる器を見せろって」


 不機嫌に恨み言を口にし嘆ずる零へ、やや呆れた視線を向けてくるヘザーは窘めるようにからかう。

「都合がいいな、零。あの募兵は、正式にボルニア帝国の臣下としてのものだった。活躍したから勝手を通そうとして、その活躍が徒となったか?」

「煩いな。活躍したから、亜空間航路封鎖が解けたんだろう?」


 麗貌をきつくする零はぶすりと呟き、端正な面を訳知り顔にするブレイズは肩を竦める。

「ま、仕方がないだろう。無理に我を通せば、おまえは斬られていた。折れるしかなかった」

「野蛮だよな。女帝ヴァージニアもあのベルジュラック大公も。勝手には抜けられない。そんなことをすれば、俺は敵前逃亡罪で帝国のお尋ね者だ。巡礼の旅に戻っても、次の巡礼先の警戒が厳重な帝星帝都にあるエクス・ガイヤルド大聖堂には辿り着けない。どころか、認証を求められるところには近づけないから、裏ルートで別人に偽装でもしなければ帝国領内では寝泊まりすら出来やしない。内乱が終わるまで仕方がないか」

 恨めしげな視線をブレイズに向けると零はラウンジを飛び回る立体映像(ホログラム)で作り出された仮初めの混合現実(MR)を目で追い、首を振ると諦念に満ちた表情で残念そうな口調となった。


 そんな零を見てさすがにヘザーも哀れに感じたのか、表情を和らげ同情未満の顔をする。

「なるほど。なかなかの修羅場だったようだな。それにしても、リニアの車内で初めて会った第一印象を零は見事に打ち壊してくれたな。何となく零には隙がなくて、とっつきにくく感じていた。そして、あのオクタヴィアン一党との戦いぶり。てっきりわたしは、零のことを何事にも動じず完璧にこなす冷徹な奴だと思ってた。だが、案外間抜けだな」

「何だって?」


 口調と双眸に険を滲ませる零に、ヘザーは片目を瞑ってみせる。

「睨むな。悪い意味で言ったわけじゃない。味わい深い親しみを見せる奴だと、褒めてる」

「何だよ、その微妙な言い回しは。味わい深い親しみって、間抜けみたいじゃないか。ま、確かに見通しが甘かったな」

 麗貌を顰める零は苦笑した後、口調と表情を苦くした。


 ふと、会話が途切れた。ダウナーながら戦士たちの弾む会話にそれまで口を差し挟まずにいたルナ=マリーが、その切れ目に言葉を差し入れる。

「どうでしょう、零さん。このまま、ボルニア帝国に仕えるというのは? 七道の教えを守った生き方とは、世情を汚れたものと見なして距離を置くことではありません。零さんの巡礼の旅とは、己が生きるべき道から遠ざかる行為。ソルダという生き方からの逃げ道。そのような信徒としての生き方は、恥ずべきものです。それは、享楽に己の意思を失い耽るも同じこと。現実からの逃避に他なりません。巡礼に旅立つ七道の信徒は、それまで世俗と共に信徒としての道を模索して生きてこられ、己のうちに宇宙の律動を見いだしその奇跡のような存在に真に感銘された方々です。こう申しては何ですが、零さんは信徒としては、少々……いえ、かなり問題が、いえ、えーと、あっ! 何か理由があり七道に救いを求め来られ、その理由抜きに七道の信徒となるには時間が必要な方です」

 零の信仰心に言及するとルナ=マリーはつい癖で控えめに言ってしまい、言い直すと今度は逆に直球すぎてそれでは諭せぬと思ったかまた言い直そうとしたが困り顔で思案し、そしてついに得心のいく諭しに辿り着き会心の笑みを浮かべた。


 思わずルナ=マリーの言葉にカッとなった零は、少々口調が乱暴になる。

「俺の道は、俺が決めるものではありませんか。たとえ猊下と謂えど、思い通りにしていいことではございません」

「勿論、その通りです。ですが、ソルダとしての実力がない、心根が合わないというのなら、ソルダとして無理に生きる必要はないとわたくしも思います。その方の道ではない、と。ですが、わたくしが見たところ、零さんにはそのどちらも備わっています。相応しい道にしか見えません」

「勝手な。俺の心が猊下には見えるのですか?」

 己の態度にも動じず深みを帯びた清らかな美貌で菫色の瞳に押しつけでもなく真摯さを浮かべるルナ=マリーを、零は嫌みな口調で揶揄した。


 が、瞳に宿る懐が広がり僅かな姿勢と微妙な表情の変化で、ルナ=マリーに少しだけだが凄みが帯びる。

「見えたりはいたしません。わたくしにあるのは、契約聖霊の加護による癒やしの能力(ちから)のみですから。ですが、零さんにとってソルダとしての道は悪いものでないことは分かります」

 上級校を出ているがそれは飛び級で本来なら高等学生である筈のルナ=マリーに、零は七道教のアークビショップの地位は伊達ではないと少しだが感心してしまった。恭しく接してはいても、本来の零にとって聖職者とはどこか胡散臭い存在で本心から敬っているわけではないのだ。だが、地位を抜きにしたルナ=マリーという少女の性根、奥底は零にとって悪くないと思えるものだった。


 それでも、先ほど彼女に対して突きつけた言葉は本心でそれを覆すつもりなど毛頭なく、けれど初めて同じ人間として対するように声音を優しくした。

「そう、猊下が思っていると受け取っておきます。猊下のお言葉をそのまま受け入れぬ、信徒としての無礼はご容赦ください」

「構いません。あくまでわたくしが零さんに話したことは、わたくし個人の考えですから。七道の教えを糧に生きてはおりますが、わたくし自身もまだ学んでいる最中なのです。教えとは唯々諾々と従うことではありませんから。ですので至らぬところは、こちらこそご容赦を。それで、もう少しわたくしの個人意見を聞いてください」


 ルナ=マリーの清らかな美貌に、僅かだが親しみが浮かぶ。

「必要とされているのでしたら、そこで余人に恥じぬ生き方で零さんの才能を発揮するというのも宇宙の律動の教えに従うことです。理由は分かりませんが、零さんには何か逃れたいものがある。それは、ソルダとして生きていれば必ず心を揺さぶるものなのでしょう。零さんは、ただそれから逃れたくて旅の巡礼者となっただけです。それは、七道の信徒としてあるべき姿ではありません。誰も生きることに必死なのです。なのに、あなたは……力が、他者が欲しがるだろう才能がありながら……いい機会です、内乱が終わるまでと言わずこのままボルニア帝国に仕え臣として励むことをお勧めします」


 ルナ=マリーが話し終えると、ヘザーは沈静とした面持ちで、ブレイズは嬉々として口を開く。

「アレクシア猊下のお言葉を、よく考えてみなさい。今逃げれば零は、生きるべき力、生命(いのち)を失うことになる。一時はいいでしょう。楽で。けれど、その先は? 零には、そのとき何もありません」

「さすが、猊下。説教が板に付いてますね。いやー、俺もそう思ってたんですよ。こいつ、強いし、司令官のモリスを出し抜き目的を果たす才幹もあるのにもったいねーって。な、零。ここは猊下の仰るとおり、歴史ある大国ボルニアでのし上がっていくべきだって」


 三人に見詰められ、零は憂鬱な気分で暗澹とした呪詛を心の内で呟く。

 ――勝手な。おまえたちに、一体俺の何が分かる? 逃げ出した方が正解なんてことは、世の中いくらでもあるんだ。

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