第六章 惑星エブルー周辺域反撃戦 17
琥珀色に輝くアンティックゴールドの宝石の如き鮮麗なグラディアートが、光矢の如く霞むような高速で急速に迫る。琥珀色の騎士マーク・ステラートの愛機、十色の騎士に連なるアヴァロン。そもそも十色の騎士とは、キャバリアーに与えられる称号ではなくグラディアートに与えられる称号。その契約者であるキャバリアーも、自動的にそう呼ばれるだけだ。つまり、十色の騎士の称号を契約キャバリアーに与えるのは、十体のグラディアートなのだ。傑作と名高いシュワルツ・ゾルダートや銀刃にゴールド・キャバルリー等十体のグラディアートが、十色の騎士としてボディーカラーに因んだ黒色の騎士、銀色の騎士、金色の騎士の称号を有する。それら天の川銀河で名を知らぬ者など居ない伝説のグラディアートと肩を並べるのが、アヴァロンだ。
伝わる伝説では、一千二百年ほど昔カタナートという王国の王が誕生したばかりのアヴァロンと契約した。戦乱で王が討たれると、逃れた王子の元に前王との友情の為馳せ参じ、その強力無比な力を発揮し王国の再建に貢献したとある。傑作機としての地位を不動のものとしたアヴァロンは、当時の七色の騎士に加えられた。そして、友人の忘れ形見の王が逝去すると国を去った。以上が、アヴァロン伝説の一端だ。
その伝説のグラディアートが、一直線に殲滅の光弾ランチャーを有するグレヴィ分隊へと向かって来る。零は、ゲレイドをその直線上に置いた。正面に敵を捉えた零の目に、アヴァロンの灰色のフェイスマスクが嗤った気がした。零の神経が研ぎ澄まされる。まともに戦えば、万が一にも勝ち目など無い。
――全く。グラディアートが、そんな風に見えるなんて。
零は蘇りそうになる過去の亡霊を必死で押さえ込み、かつて刻まれた恐怖にどうにか抗するだけで精一杯だ。
――サブリナに叩いた大口はどうした。今だけ、自分は戦士だって欺かれろよ。何たって、戦士としての俺は一年半前に死んじまったんだから。死人は、自由だ。
強引に零は己を奮い立たせ、そもそもこんな必死な思いになったことなどあっただろうかと疑問だった。弱かった上級校へ上がる前は、個人戦闘など端から興味が無かった。才能を開花させた後は、初めて味わった強者としての才に酔っていた。その酔夢は、一年半前に醒めてしまったが。
アヴァロンが、ゲレイドへ光粒子エッジ式ナイトリーソードをピタリと向けてきた。科学兵装であるそれに、科学とは別種の魔力による光輝が生じた。光粒子エッジの刀身が強烈な光彩を発し、刀身が範囲拡張される。零のゲレイドの間合い外から、斬撃をマークはアヴァロンに放たせた。
キャバリアーの秘超理力や魔力による感覚やイメージを架空頭脳空間を介しグラディアートに発現させることは精霊種たるファントムであれば通常の性能個体で可能だが、これほどの顕現は銀河でも有数のファントムでなければサポート出来ない。
エリーシェの実力に、零は戦慄を覚える。
――殲滅姫……久方ぶりに見えると、挑むことがいかに無謀なのかよく分かる……。
ゲレイドの左腕にアタッチメントで固定された硬化型ヒーターシールドに発生するフィールドを最大限にしつつ、こちらは秘超理力をグラディアートへと顕現させられないことに零は歯がみした。
毫の間。ゲレイドの機動を人形エイラと架空頭脳空間を介し一点に最適化する。
燐光が全身の推進ノズルから散り刹那ゲレイドが到達出来ない速度に達し、最小限の機動でもって零は拡張された架空の刃を躱し突進。ゲレイドとアヴァロンが接敵する。
零は身内の秘超理力を探り、跳躍と先鋭化をイメージする。そして、己の中の荒ぶる何かに呼び掛けた。トクン――何かが零の中で躍動し始める。それは、とても荒々しい何か。微かだがゲレイドの右側に、秘超理力の幽けき波紋がそれとは分からぬほど浮かび、機動スタビライザーによる機体制御をサポートする。ギュンと急激に動き、アヴァロンの右を取った。アジリティを用いスピードAをSにグレードアップした零は、神速を越える絶の斬撃を放つ。エイラをフリーズさせぬ為、僅かな時間だが。一瞬、神速を越える絶の剣戟にアヴァロンの挙動は遅れる。それでも一撃を入れることは出来ず、無理な体勢でアヴァロンは攻撃を避けた。
情報感覚共有リンクシステムがオープン回線による接続を求めてきて、零は受け入れた。
静謐な高速情報伝達による合成音声が、気配と共に零に流れ込む。
【俺の前に立ちはだかった愚か者。やはり、贖罪者だったか】
【マーク・ステラート。結社アポストルスの犬。クロノス・クロックで女帝ヴァージニアを捕らえ、世界の門を開いてどうする? 世界の秘密とやらを、インテリジェンスビーング群の力で解き明かしたところで何の意味もない。銀河には戦乱の嵐が吹き荒れ大勢が死ぬ】
水平に流れるアヴァロンが振るう光粒子エッジ式ナイトリーソードを、エイラがフリーズするすれすれでムーブの発動と同時機動することで零は躱す。
ランダムな機動で回避行動を取る零のゲレイドを追いながら、マークは応じる。
【この場で、人倫を説いたとて意味などあるまい。アヴァロンをエリーシェと駆る俺が居て、旧式のグラディアートで対する貴様が居る。只、それだけだ。このようなこと、昔の貴様ならとくと承知のこと。無意味な会話を交わすことなど、無かった。己が遂げたい道は力で切り開く。それが戦士の戦場だ】
マークの高速情報伝達による合成音声が、冷気を帯びた。そして、アヴァロンに陽炎が立ち上ったかのような錯覚を零は覚えた。ぞくりと、零の背筋に悪寒が走る。それは、オルタナアラインメント・プレコグニション・サイバニクスシステムの制御から漏れ出た、マーク・ステラートの魔力によるイメージが装甲越しに伝える怒りだったから。
――一個の戦士として、奴は俺に失望している……。
そう思われたことが、零は悔しかった。確かに詮無き考えだ。挑発ならともかく。
マークが言うとおり、昔の零なら決してそのようなことはしない。
――躊躇いが、俺にはある。今の俺が、琥珀色の騎士に勝てないって分かっているからだ。
そう思った途端、零は己を騙す余裕すらないのかと否定する。
――違う。負ける為に逃げずに戦う馬鹿が居るものか。奴に食らい付き続けるんだ。
迫るアヴァロンが光粒子エッジ式ナイトリーソードを魔力で範囲拡張させつつ、急速に下へ機動した。
冷徹なマークの気迫が、高速情報伝達で響く。
【貴様を、ここで屠る】
【負けてやるつもりはない。あのデカ物を沈めるまで、付き合って貰う】
零の捕捉を、ゲレイドと人形エイラではフォロー仕切れない伝説の傑作グラディアート・アヴァロンの機動でもって、マークは振り切った。
咄嗟に零は、基技空間把握で周囲を走査する。
【下! 保ってくれよ、エイラ】
アジリティによりソルダ諸元グレード・スピードをグレードアップし、スピードS神速に。そして、先ほどから零の身内に胎動する荒々しい力により、スピードSがSSに引き上げられ刹那絶へ。
下方へ前転するような機体の体重移動と併用した方向転換の機動と同時、光粒子エッジ式ブレードを零は振り抜いた。
魔力によって拡張された架空の刃と、アダマンタインのブレードが激突する。瞬間、ゲレイドの各アクチュエーターの連動によるパワーバランスが崩れ、押し切られた。後方へゲレイドを零は最速で後退させ、致命傷を避ける。それでも、ゲレイドの胸部装甲の一部が破損した。
高速情報伝達で感情の起伏にやや乏しいエイラの思考に、済まなそうなものが混じる。
【申し訳ありません、マイロード。わたくしの能力では、マイロードの力を発揮させられません。今の制御で意識が飛び、|インテリジェンス・ビーング《IB》とのシンクロが途切れゲレイドをコントロール出来ませんでした。そして、秘超理力の顕現。マイロードの秘超理力であれば、あの敵を相手にしてももっと有利に戦いを運べた筈です】
【否、今のはそうなるのが分かっていてやった。マーク・ステラートとアヴァロン、そしてエリーシェによる攻撃を、普通は凌ぐことさえ出来やしない。やろうとすれば、無理は祟る。なるべく今みたいなことにならないよう注意するさ】
【YES、マイ・ロード】
エイラと合成音声を高速情報伝達で通わせていると、再びアヴァロンが急接近してきた。未来予知の撃破されるイメージによるプレッシャーを押さえ込みながら、零は回避先を考慮しつつ接敵。
強い光彩を放つ架空の刃を収めミスティック・ブレードを発動したアヴァロンの光粒子エッジ式ナイトリーソードが、刹那鋭角的な軌跡を描く。横に薙いだ斬撃がゲレイドの光粒子エッジと接する直前、急激に角度を変え襲い掛かってきた。
ボルニア帝国内戦以前のマークとの戦闘で、こういう相手だと零は知っている。
――そうだろうさ。
既に零は回避先に機動を始めていた。神速まで落としたソルダ諸元スピードでもって、ゲレイドを仰け反らせ剣先すれすれで躱しつつその場から回避。する筈だった。
架空頭脳空間で共有した感覚が、ゲレイドのセンサによって補足された二体のグラディアートを察知した。回避先を塞ぐように、急接近。アッシュグレー色をしたその機体は、エレノアとブレイズが抑えている中隊の新型次元機関を搭載した次世代のグラディアート。
エイラの警告が、響く。
【マイ・ロード。進路を塞がれます】
【分かってる】
答える零の思考が、冷徹を刻んだ。
猛追してくるだろうアヴァロンの範囲拡張攻撃を考慮しての、ゲレイドで可能な機動範囲ぎりぎりの進路。進路を内側に逸らせばマーク・ステラートの餌食となり、外側にはゲレイドの性能では行くことができない。
二体の新型が前方に接近し、零の意識が狩人のそれへと変わる。
【読まれてる。塞がれた】
前方に立ち塞がるように進路が重なった二体のアッシュグレー色をしたグラディアートは、光粒子エッジ式ナイトリーソードの刃に赤い光を宿し肉薄してくる。
すぐさま、敵機との交戦に必要な情報が零の中に浮かぶ。
――打ち合うことは、自殺行為だ。新型の次元機関――デュアル・次元機関は、傑作機アヴァロンのそれと遜色ないか上回る。
ちらつく、胴を貫かれ右腕を切り落とされる未来予知によるイメージ。ボルニア帝国にやってくる以前は頼りになったそれが、今は不快なノイズに過ぎない。ねじ伏せる。
怪しく引かれる赤い軌跡を、零はゲレイドに神速の体重移動を併用した汎用亜光速推進機関と重力スタビライザーの機動でもって機体を沈め空を切らせ、続く一列後方に潜むもう一体が放つ刺突を機体を捻る体重移動と機動によって回転し投影面積が最小になる横方向を向いたとき刺突を通過させた。更なる最初の通過した機体が放つ斬撃を、本来であれば右側面から受ける筈のそれを正面で光粒子エッジ式ブレードで回転したまま受け流した。先ほどのイメージに繋がる敵の動き全てを、封じる。
攻勢へ――零は転じようとした。
受け流した光粒子エッジ式ナイトリーソードが振り抜かれ生じた隙に滑り込むように、零が駆るゲレイドは刺突を放った。
強敵を意識する零は、気持ちを目の前の敵から戦場に切り替える。
――マークの相手で手一杯だ。すぐに消えて貰う。先ずは一体。
撃破したつもりに、零はなっていた。元より不愉快な未来を垣間見せる未来予知を零は無視していた為、どう己が失敗するか考えてもいなかった。
装甲の継ぎ目に吸い込まれる筈のブレードは、しかし、零の予想を超える敵グラディアートの機動でもって阻止された。寸前、敵機がその場から消えた。そうとしか言いようのない、超速でもって後退したのだ。
驚愕に、誰にともなく高速情報伝達で零の合成音声が流れる。
【くっ――新型次元機関をまだ扱い切れていないだろうと油断していた。さすが結社アポストルス。開発してみたではなくて、もう使いこなしてる。公開されたベーシックオープンソースのままの新型機関を積んだだけじゃ、あんな機動は出来はしない。見たところ主力機クラスだろうが、かなりのものを既に実戦投入している】
厄介だと感じると同時、クリエイトルとしての零の部分が新型機をしきりと気にしだした。
架空頭脳空間で共有しているゲレイドのセンサが、再び有り得ない機動を捉えた。
天頂方向。刺突を躱した新型が、ボルニア帝国やトルキア帝国の旧世代に位置するグラディアートでは有り得ない速度で移動し、死角を突いてきたのだ。刹那、零は灼熱する。
ゲレイドの前方に薄らと秘超理力の波紋を作り、ムーブを併用した緊急回避。エイラがフリーズしないぎりぎりを見定めた、今できる零の最大限。今、この場で僅かでもグラディアート制御に誤差が生ずれば確実に命取り。綱渡りするような薄氷を踏む思いが、マークと戦闘を開始してから続いている。
が、いかに零が現状の最適を尽くそうとも、性能の差は埋まるものではない。すぐさま交互に猛追する新型グラディアートが振るう光粒子エッジ式ナイトリーソードが、受け止めたゲレイドの光粒子エッジ式ブレードを圧倒的なパワー差で弾いた。
その敵機の性能に、零は感嘆する。
【分かってたことだけど、流石にキツいな】
左足を軸にするような重心移動と併用した機動でもって、右へ回転しどうにか続く斬撃を零はゲレイドに躱させ離脱。
エイラが、進言してくる。
【マイ・ロード。勝率は僅か。撤退を推奨します】
【賛成です。この性能差では、いかな零の力を持ってしても不可能だ】
エイラの後を継ぎゲレイドに搭載された|インテリジェンス・ビーング《IB》も賛同するが、零の思考は苦笑する。
【出来れば、楽なんだけどな】
追い縋る二体は、圧倒的な機動力でもって零の前後を塞いできた。前後から挟撃し、無駄な足掻きを封じるつもりらしい。
どこか愉しむような皮肉が、零から漏れる。
【堂々、二対一とは光栄だ。こちらでは対処しきれない】
一拍置き、零は続ける。
【けど】
二体が同時に仕掛けてきた。硬化型ラウンドシールドで前方の敵機が振るう光粒子エッジを受け止め、零は己が得物の切っ先を背後に向け脇に抱えるかのように突き出した。
ふ、と零のヘルメットのバイザー越しの麗貌が笑む。
【それじゃ、俺は倒せないよ】
【アサナトをその機体で倒すとは、腐っても贖罪者といったところか】
【この新型、アサナトっていうのか。ギリシャ語で不滅。流石は結社が作っただけのことはあるな。新型次元機関のポイントはさ。エネルギーを生み出す次元が二つあるってことなんだよ。それまでは一つの次元かのエネルギー供給ラインが、更に次元を増やし二つになった。その二つをどう組み合わせ、只の一+一の加算じゃなく、それ以上を引き出すかが鍵なんだ】
感心するマークに講釈を垂れるように零は応じ、背後の沈黙したアサナトの横へ仰向けに倒れ込むように超速でゲレイドを機動させ、前方のアサナトを軸とするようにぐるりと一回転した。意表を突いたゲレイドの機動に敵は対応が遅れ、背後を取ったアサナトへ回転の勢いと共に刺突を放つ。当たりを付けた新型次元機関のエネルギー供給ラインを断ち切り、沈黙。
ゲレイドをアヴァロンへと、零は向ける。
【嫌だけどさ、付き合ってくれ。マーク・ステラート】
【長引かせるつもりはない。すぐに沈めてやる】
情報感覚共有リンクシステム越しに、マークの嗤う気配が伝わってきた。




