第六章 惑星エブルー周辺域反撃戦 12
「ドゥポン兵団群艦隊は?」
「は、我がベルジュラック大公国領邦軍・西方鎮守府軍連合艦隊と距離を怖々取り付いてきております。まるで王者のおこぼれに預かろうとする、ハイエナのように。臆病者共でございますな」
ベルジュラック大公旗艦オンフィーアの総合指揮所の発令所にて指揮官シートに座すジョルジュの問いに、右側の直近に座す金髪をロングヘアにした青色の双眸を持つ端正な面立ちの長春色を基調とした華麗な戦闘礼装を纏った青年が、ハスキーな声で嘲笑気味に答えた。西方鎮守府軍に属する第一エクエス・オクシデントの上級軍団群長の一人で現在はオクシデント・エクエス分軍団群司令の立場にある、エヴァリスト・ド・モンドンヴィルだ。
頼もしげな視線をエヴァリストへと向け、ジョルジュは鷹揚に答える。
「そう言ってやるな。皆が皆、俺やエヴァリストのような勇者になれるわけではないのだ。奴らは奴らで、身の丈に合った行動を取っているまでよ。あのような弱者共に道を作ってやるのも、俺と麾下の役目」
「心得ております。大公閣下」
エヴァリストは、ジョルジュの態度に満足そうに笑み胸に手を当て頭を下げた。
ジョルジュから見て左側の直近に座る白髪交じりの茶色い髪をミディアムにした男が、静かな声で伝える。
「まもなく、古代兵器運用艦推定効果範囲に前衛艦隊が差し掛かります」
渋みのある面をした臙脂色の豪奢な軍服を纏った壮年は、ベルジュラック大公国宰相兼司令官代理を務めるフェリクス・ド・バルテだ。
ショッピングモールの一部のような吹き抜けに投影された半球状のホログラムスクリーンの一部が丸で囲まれそこから空中に伸びた線の先にホロウィンドウがポップし、古代兵器運用艦ギガントスと周辺艦隊が拡大表示で映し出された。
右手を前方に伸ばし、正に威風堂々とジョルジュは命じる。
「うむ。艦隊停止。前衛艦隊のグラディアートを出撃させろ。敵の出方を見るのだ」
命令から十秒と経たたぬ内に既に臨戦態勢にあった前衛艦隊から、グラディアートが霧が立ち込めるが如く高速射出機構により瞬く間に展開した。その数、およそ十万体。古代兵器運用艦ギガントス付近の艦隊からも、グラディアートが出撃しすぐさま戦端が開かれた。
三十分ほど経過しトルキア帝国側のグラディアートの数が増し膠着すると、ジョルジュは次の手を命じる。
「よし。更に二十万を出撃させ、古代兵器運用艦へ取り付け。道が開け次第、殲滅の光弾ランチャーを百体に装備させ、サンクタス・エクエス一万であのデカ物を仕留めろ」
「待つというのは、忍耐がいるものでございますな」
憂鬱そうなエヴァリストに、ジョルジュはどこか楽しげに獰猛に笑む。
「あれを墜とす為だ。貴様が勝利を刈り取るのだ」
「心得ております。必ずや、勝利を閣下に持ち帰ってみせましょう」
膠着状態の戦場へ更に二十万体のグラディアートが到着し、トルキア帝国軍側が抗しきれず押され始めた。
宰相兼司令官代理のフェリクスが、戦況を映し出す輝点に一つ頷く。
「頃合いでしょうか?」
「よし――」
ジョルジュが言いさしたそのとき、戦場に淡い光が走り抜けた。前方のジョルジュ麾下とトルキア帝国軍のグラディアートが相争う、戦場の刻が止まった。クロノス・クロックの推定影響範囲は正しかったようで、艦隊には影響は及んでいない。そこへ、古代兵器運用艦に付き従う大型強襲母艦からグラディアートが出撃し、効果範囲内のジョルジュ麾下のグラディアートを一方的に平らげていく。その八万体は、結社アポストルスがもたらしたのだろう何らかの技術でもって、クロノス・クロックの影響を回避している。
我が意を得たりといった様子でエヴァリストが口を開くとき、獲物を待ち構え舌なめずりする猛獣じみる。
「敵は使いましたな。サンクタスを出すまでも無かったことは、幸い。第二エクエスとて、精鋭でございますれば」
「古代兵器運用艦がクロノス・クロックを使えば、我らが勝利よ。効果が切れ次第、雪崩れ込む。頼むぞ、エヴァリスト」
「は、心得ております」
「その間、麾下がむざむざ刈り取られるのは、見ていて気持ちのいいものではないな」
食事に何か嫌いなものがあったかのように不快気なジョルジュに、フェリクスが謹厳に窘める。
「勝利の為ですぞ、大公。敵にクロノス・クロックを使わせるには、十分な戦力を投入する必要がございました」
「分かっておる。ただ、嫌なだけだ。む。あれは、アヴァロン。十色の騎士が、出てきたか」
三割ほどがトルキア帝国側に殲滅されたとき、戦場を映し出すホログラムスクリーンを注視していたフェリクスの声が警告じみる。
「敵、古代兵器運用艦に動きが」
「何?」
グラディアート戦を注視していたジョルジュが、怪訝そうに視線を動かした。
古代兵器運用艦ギガントスと大型強襲母艦が、クロノス・クロックの効果範囲内を高速で移動を開始した。それに伴って、効果範囲も移動していく。
苦虫を噛み潰したような声を、エヴァリストが発する。
「な、あの中をあの艦は航行できるとは」
「己、トルキアの臆病者共はまともに戦えんのかっ! 全艦主砲斉射」
叩き付けるように、ジョルジュは叫んだ。
と、殆ど間を置かずベルジュラック大公国領邦軍・西方鎮守府軍連合艦隊から殲滅の光弾砲が斉射され、が、クロノス・クロックの範囲内に捉えられた赤い死の光はそれ以上進まず、クロノス・クロックの範囲外へ出た途端宙を駆け抜けた。
古代兵器運用艦と共に移動するクロノス・クロックの効果範囲内に入ったベルジュラック大公国領邦軍・西方鎮守府軍連合艦隊と、周囲から圧力を加え出したトルキア帝国グラディアート群に応戦し始めていたグラディアート群が敵味方共に時を止めた。
険しい表情を渋みのある面に浮かべるフェリクスが、警告の響きを声に帯びさせる。
「このままでは、オンフィーアも効果範囲内に巻き込まれてしまいます」
「退避。全艦、離脱」
忌々しげに獰猛な面を歪め、吠えるようにジョルジュは命じた。
が、ベルジュラック大公国領邦軍・西方鎮守府軍連合艦隊は回避し逃れようとするが、ミリタリー推力一歩手前の古代兵器運用艦ギガントスによってクロノス・クロックの効果範囲内に捉えられてしまった。大型強襲母艦を随伴させるギガントスが通り過ぎるとき周囲の時が止まり、敵の真っ只中にあってその巨艦は無人の荒野を行くが如く駆け抜け、ジョルジュの手を逃れ去った。




