第93話 過去
お孫さんが部屋に着てから数分後、
現在、俺の目の前では祖父と孫の言い争いが勃発していた。
「なんで俺じゃだめなんだよジイチャン!あれから俺だって強くなった、今の俺ならグロースラビッツだって」
「何回も言うとるじゃろ。確かにお前は強くなった。それは十分に分かっておるつもりじゃ。しかし、いくら強くなったと言っても今のお前がグロースラビッツには勝てるとは思えん」
あ、あのぉ。依頼の話は終わったんだし、俺はもう帰ってもいいですかね?
などと言い出せる雰囲気ではない。ここは黙って出ていくのが正解だ。そう思いゆっくりゆっくり部屋の出口へと歩いて行く。すると、ここまで俺を案内してくれた男性が俺の目の前に立ちはだかった!
男性の目は、俺一人をここに置いて行かないでくれぇ、と訴えているようだ。分かる、分かるぞぉ……こんな場所に一人はさぞかし辛いだろう。
だが、そこは俺も譲る事はできない。男性に、今すぐそこを退け!、そう訴える。しかし、男性も扉の前から動く気はない。意地でもこの部屋から俺を出さないつもりのようだ。
仕方ないな、この男性には少し眠っていてもらう事にしよう。物事にはいつだって犠牲は付き物なのだ。俺は右手を男性の首元に伸ばす。男性もそれに気づき必死にガードしようとするが、甘い。Aランク冒険者、首狩りを舐めるなよ!
俺と男性がそんな下らないやり取りをしている内に、祖父と孫の言い争いは更に激化し始めていた。
「大体ジイチャンは俺がどれだけ強くなったのか知ってんのかよ!いつもいつも、村の用事ばっかりで俺の事なんてほったらかしにしてた癖に!」
お孫さんにそう言われ、ゾンガさんの顔が申し訳なさそうに歪む。
「シング、わしはバリス村の村長なんじゃ。わしにはこの村にすべてを守る義務がある。お前だけを特別扱いするわけにはいかんのじゃ」
「言い訳なんて聞きたくないよ!とにかく明日、俺はグロースラビッツを倒しに行く。誰にも邪魔はさせない!」
そう言いお孫さんは俺の事を睨む。
えーと、俺には何のことだか一切分からないんですけど……
「あいつだけは、父ちゃんの仇のあいつだけは俺が倒すんだ!」
そう言い残し、お孫さんは部屋から飛び出すように出ていった。
残されたのは部屋の入り口で固まる俺と男性、それにひどく落ち込んだ様子のゾンガさん。やばい、なんだこの気まずい空気は。
数秒間、俺はどうしていいかその場で固まっていた。
するとゾンガさんが俺の様子に気付いたようで。
「すまんなユーマ殿。いきなりこんな話に巻き込んでしまって」
ほんとだよ、心の中ではそう思いながらも平静を装い。
「大丈夫ですよ、ゾンガさん。俺は気にしていませんから」
「助かる。しかし、ここまで聞いてしまってユーマ殿にも話をしない訳にはいかないのう。グロースラビッツとわしらとの因縁、詳しく話すとしよう」
え、そういうの別にいいんですけど。
正直今すぐ帰りたいところだが、ゾンガさんの真剣な表情を見ると、さすがに話を聞くしかないなと諦める。
「はい、お願いします」
ゾンガさんの正面に腰を下ろし、話が始まった。
「今から3年ほど前、当時この村には一つの冒険者PTが滞在しておった。PTの名は蒼き狼、メンバーのほとんどがBランク以上の実力を持つ冒険者で、ギルドからも将来が期待されておったPTじゃった」
Bランクっていうとグレースさんと同ランク。
つまり、グレースさんクラスの実力者が集まったPTか。
「蒼き狼のメンバーは気さくな人物ばかりでのう。村のみんなとも非常に仲がよく、大きな獲物を狩ってきた日などは、村中を巻き込み騒ぎ倒したもんじゃ。シングもあの頃はよく笑っておった……」
昔の事を思い出しているのだろう。
ゾンガさんの表情は今までにないくらい穏やかだった。
だが、その表情はすぐに曇り……
「あの頃は本当に楽しかった。じゃが、そんな時間は長くは続かなかった。丁度、蒼き狼が拠点をフローサスに移そうと考えていた時期、やつが、グロースラビッツが現れた」
「……」
「ユーマ殿も知っておるとは思うが、グロースラビッツの強さはAランク。当時、この村にはAランク冒険者を雇う金などありはしなかった。村中が困り果てていた時、立ち上がったのが蒼き狼じゃった」
勇敢、だな。
「本当なら、わしは止めるべきじゃったんだろう。蒼き狼は確かに強かったが、グロースラビッツに勝てるとは到底思えんかった。じゃが、村長として村の事を第一に考えると、蒼き狼に任せるしか道はなかった」
その事を話すゾンガさんの顔は、本当に苦し気だった。
「結果、グロースラビッツを倒す事は出来なかったが、大きな傷を与え、ファリス森林の奥深くに追いやることに成功した。当時、蒼き狼のPTリーダーだったジルグ、わしの息子であり、シングの父親でもあったあやつの命を引き換えに……」
話の流れは大体読めてきたな。
「当時まだ小さかったシングは、その事実が受け止めきれずに、毎日一人で泣きじゃくっておったよ。考えてみれば当然の話じゃ。シングの母親はまだ幼かった頃に他界しておる。つまり、シングにとって父親のジルグは特別な存在だったのじゃろう」
「……」
「そんなシングに、わしや村のみんなは掛ける言葉が見つからなかった。それをシングは見捨てられたと思ってしまったのだろう。それ以来シングは、周りに誰も近づけず、一人を好むようになってしまった……」
ああ、あの離れの家はそういう事か。
しかし、一人か。まるで昔の……
「さて、話はこれで終わりじゃが、ユーマ殿に一つだけ頼みがあるんじゃ。聞いてくれるかの?」
「……あ、はい。なんでしょうか?」
「明日のグロースラビッツの討伐にシングも連れて行ってはくれないだろうか?もしこのまま放っておいたら、シングは一人で行くことになってしまう。そうなったらシングは間違いなく死ぬじゃろう」
なるほど、俺と一緒ならある程度は安全という事か。
しかし、同行は難しいのではないだろうか。
俺を見たときのあの目。
シングはおそらく冒険者を……
「ゾンガさん、別にシングが同行するのは構いませんが、大丈夫なのでしょうか?俺の勝手な思い込みなのですが、シングは冒険者を嫌っているのでは?」
「気付いておったか、さすがユーマ殿じゃな。確かに、シングはあの事件以来、冒険者に敵対心を持っているように感じる。原因はおそらく蒼き狼が父親を見捨てて逃げたと思い込んでいるのだろう」
「それなら、俺が同行するのは厳しいんじゃ?」
「ふむ、まぁそこら辺はわしが説得するから大丈夫じゃ」
説得か、果たして成功するかどうか。
まぁいい、ゾンガさんがそう言うなら俺は。
「分かりました。では明日、日が昇る頃にこちらに伺いますので。それまでに説得しておいてくださいね」
そう言い残し、部屋から出るために立ち上がる。
すると、背後で俺を案内してくれた男性が驚きの顔で立っていた。
一体どうしたのだろうか?
「すみません、何か驚いているようですが、どうしましたか?」
俺がそう尋ねると、男性は慌てて口を開く。
「あ、いえ。首狩りのユーマ様は非常に冷徹な性格で、気に入らない者は即座に首を刎ねると噂で聞いていたもので。そんな人物が村長の頼みを簡単に受け入れたのが少し意外で。いやぁ、噂なんて当てにならないもんですね」
……いや、言われてみれば確かにそうだ。
後半の噂はまるっきりデマだが、俺が冷徹な性格だというのはあながち間違っていないだろう。少なくとも、いつもの俺なら例えゾンガさんの頼みであっても、こんな簡単に受け入れはしなかっただろう。
それなら、なんで俺は今回こんな簡単にゾンガさんの頼みを受け入れた?何か魔法でも使われたのか?いや、違う。ゾンガさんはそんな事をする人物には見えない。俺にだってそれくらいは分かる。
だめだ、いくら考えても答えが出てこない。よし、こういう時はいくら考えても無駄なもんだ、諦めよう。もしかしたらただの気まぐれなのかもしれない。
「あの、どうかしましたか?」
男性が心配そうに話しかけてくる。
考えるのに夢中で少し固まってしまっていたようだ。
「いえ、大丈夫です。では俺はこれで失礼しますね」
俺がそう言うと、男性が玄関先まで送ってくれた。
「ではユーマ様、明日はシング様をよろしくお願いします」
男性はそう最後に言い残し、村長宅の中へと戻っていく。
村長宅から外に出てみると、外はかなり暗くなっていた。
依頼の話も終わったし、そろそろガントさん達のいる宿屋に戻るとするか。
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