第75話 心残り
クロダ・リュウノスケ……
間違いない。ミナリスさんが数百年の時を生きてきて、唯一出会った黒髪黒目の人物は、俺と同じ日本人だ……
「ふむ、お主のその反応から察するに、クロダ・リュウノスケという名前に心当たりでもあるのかの?」
「……はい。おそらくですが、ミナリスさんの言っている人物、クロダ・リュウノスケは俺と同じ世界から来た人物だと思います。一応聞いておきますが、ミナリスさんが、クロダさんに出会ったのは何年くらい前ですか?」
もしかしたら、まだクロダさんは生きている可能性がある。だが俺の考えはすぐに否定された。
「うむ、わしがクロダと会ったのは、150年ほど前じゃ」
「150年、ですか。それならクロダさんはすでに……」
「ああ、わしも直接確認したわけではないが、すでに亡くなっている」
そうか、まぁ仕方ないことだな。
普通の人間が150年以上生きれるはずはない。
「ミナリスさん、クロダさんはどういった人物だったのでしょうか?」
「クロダか。色々と愉快なやつじゃったぞ。楽しい事や人を笑わせる事が大好きで、いつもたくさんの人に囲まれておった。昔、クロダがエルフの里に滞在しておった時期があってのう。普段、人には懐かないエルフであっても、クロダとだけは友好的な関係の者ばかりじゃったよ」
「なるほど、クロダさんは随分と明るい性格だったのですね」
「そうじゃな。しかし、わしにはどこか無理をしているようにも見えたの」
「無理、とは?」
「あやつがエルフの里に滞在しておった時のことじゃ。みなで酒を飲む機会があったのじゃ。あやつ、なぜか酒には非常に弱くての。酒に酔ったあやつは愚痴をこぼしていたよ。……日本に帰りたい……とな。」
「……日本に、帰りたい」
「そう言っておったよ。その当時わし達はまだ、クロダがこの世界の人間ではない事など知らなかったからの。少し遠くの故郷に帰りたいだけだと軽く考えておった。真実を知ったのはそれから数十年後だったの。おそらく日本とはお主やクロダのおった世界のことじゃろ?」
「はい。俺たちが暮らしていた国の名前です」
しかし、だとしたらクロダさんは、この世界に来てからずっと日本に帰りたいと願いながら死んでいったのだろうか。もしそうだとしたら、悲しすぎるじゃないか……
俺のそんな顔をみたミナリスさんが、
「ユーマよ、心配するでない。クロダの最期は笑顔だったそうだ。なぜだかわかるか?」
「い、いえ。俺には分かりません」
「家族ができたのじゃよ。冒険者の女性と恋をして、結婚し、子供が生まれ、そして最期は家族に見守られ安らかに息を引き取った。さすがに、故郷への未練がすべてなくなったとは思わんが、それでも幸せそうに逝ったそうだ」
「……そうですか。それならよかった」
ミナリスさんのその言葉を聞き、俺は胸をなでおろした。そうか、クロダさんはこっちの世界でちゃんと幸せを掴んだな。
クロダさんは俺と同じ境遇の人物なので、どうしてもいつも以上に感情移入してしまうな。俺がそう思っていると、
「それで、ユーマはどうなんじゃ?」
「俺ですか?」
「ユーマはクロダと同じ世界から来たんじゃろ? だったら元の世界に戻りたいとは思わんのか?」
元の世界に戻りたくないのか。
そう聞かれ、俺は一瞬固まってしまう。
「……俺は、元の世界に戻りたいとは特に思っていませんね。すでにこちらの世界で大切な人達もできましたから。ただ」
「心残りが、あるんじゃな?」
ふぅ、さすがに数百年以上生きてる婆さんだな。
俺の考えている事など、お見通しか。
「俺は、元の世界では中々の親不孝者でした。俺の知らないところでも両親には沢山迷惑をかけてきたと思います」
俺の話をミナリスさんは黙って聞いてくれている。
「その事について、本当に今更なんですが一言謝りたいんです。そして俺はこっちで元気にやっていると伝えたい」
そしてミナリスさんが、
「そうか。お主のやりたい事は分かった。しかし、それをやろうとしたらとんでもない力がいる。おそらくこの世界に存在しているどんな魔法を使っても実現する事は不可能に近いじゃろう」
「そう、ですよね」
俺が完全にあきらめたような顔をしていると、
「あきらめるのは早いぞ。本当に存在しているかどうかも分からんが、一つだけ、お主のやりたい事ができるかもしれない魔法がある」
沈みかけていた俺の心に、希望の光が灯る。
まさか、そんな事ができる魔法があるのか!?
「ミナリスさん、その魔法とは?」
「古代魔法、これがお主のやろうとしている事を実現できるかもしれん、唯一の魔法の名前じゃ」
「……古代魔法?」
「うむ、今の時代には存在しないと言われておる魔法じゃ。伝承によれば、その発動には優秀な魔術師数十人クラスの魔力が必要と言われておる。少なくとも、わし程度の魔力はないと話にならんじゃろうな。しかしその効果は凄まじく、神の如き力を発揮する!……かもしれないと言われておる」
なんか最後でちょっと不安になったぞ。
「まぁ本当に今の時代に存在しているかどうかも怪しいがの。じゃが探してみる価値はあるじゃろう。おそらくこの魔法でしかお主の望みをかなえるのは無理じゃろうからな」
「そうですね。ちなみにミナリスさん。この世界での優秀な魔術師って、魔力どれくらい持っているのでしょうか?」
「そうじゃな。大体150~200が平均といったところじゃの」
あれ、思ってたより少ないな。ていうか、その話が本当なら、今の俺でも優秀な魔術師の3倍以上の魔力を持っているって事かよ。発動するだけならlevelが上がりさえすれば問題なさそうだ。しばらくはlevel上げ優先かね。
「なるほど。ではlevel上げと並行して、そちらの調査もしてみることにします。貴重な情報をありがとうございましたミナリスさん」
そう言ってミナリスさんに頭を下げる。
「よいよい、若者の手助けをするのは年寄の役目じゃ」
そう言ってミナリスさんは得意げな顔でこちらを見る。まるでドヤ顔だ。ミナリスさんにそのつもりはないのだろうが、見た目が少女なだけに、その姿は非常に可愛らしかった。くっロリババア恐るべしだな!
「で、では自分はこれで失礼して夕食を食べに行きますね。ミナリスさんもご一緒にどうですか?」
「いや、わしは今日は遠慮しておくことにする。それと幻覚で姿を偽っておる時は、わしの事はミリスと呼ぶがいい。そのままミナリスと呼ばれたらすぐにばれてしまうからの」
「分かりました。では俺はこれで失礼しますね」
そう言い残しミナリスさんの部屋から出ていく。そしてその後、俺はいつものようにイグルと夕食を食べていた。その時に、
「なぁユーマ、噂で聞いたんだけどよ。おめえの隣の部屋にすっげえ可愛い子が入って来たっていうじゃねえか! その話本当かよ!?」
「あ、ああ。たしかに見た目は非常に可愛らしいな」
「まじな話だったのかよ! やっべー、今度見かけたら声でもかけてみっかな!」
「イグル、悪い事は言わん。あの子だけは、やめておけ」
「ん? どうしたよユーマ? あ! もしかしてお前、惚れちまったってやつじゃねえのか!? いいのかいいのか、サリーちゃんに言いつけてやるぞ~」
やばい、少しうざいぞイグル君。
こいつは少し痛い目にあったほうがいいかも。
「いや、そんなわけじゃないさ。今の話は気にしないでくれ。どんどん声をかけていくといい。お前ならいけるかもしれないぞ」
「おお! じゃあ早速夕食終わったら、挨拶しに行ってみるぜ!」
そしてイグルは夕食を食べ終わると二階に走っていった。あいつ、欲望に忠実だよなぁ。そして俺が夕食を食べ終わり、部屋に戻ろうとして二階に上がっていくと、
「あらまぁ」
そこには黒焦げになったイグルが廊下に転がっていた。非常に無残な姿だ。
しかしこれは、火で焼かれたって感じではないな。おそらく、雷。二つ名から予想はしていたが、やはりミナリスさんが得意とする属性は雷か。
おっと、さすがにイグルをこのまま放置しておくのは邪魔だな。俺はイグルに動ける程度にヒールをかけてやる。すぐにイグルは目を覚まし、
「よお、気づいたかイグル。ここに転がっていては他の客にも迷惑だから部屋に戻るといい」
「おいユーマ、どうなってんだよ。あの雷魔法に年より口調。あの人、絶対ミナリス様だろ! なんであんな人が姿変えてこんなとこにいるんだよ!」
ほう、ミナリスさんだと気づいたのか。
イグル君、中々に鋭いねぇ。
「さぁな。俺にも理由は分からん。まぁ正体がわかったのなら、これからはあまり失礼な態度はとらないほうがいいぞ?」
「ああ、分かってる。はぁ、あんな見た目可愛いのに、中身ババアなんてひどいぜ……」
大丈夫かイグル。もしその言葉ミナリスさんに聞こえていたら、また黒焦げにされちまうかもしれんぞ。
「まぁとりあえず俺は部屋に戻ることにするよ。またなユーマ」
そう言い残しイグルは部屋に戻ろうとする。
そして最後に、
「あ、忘れてたぜ。回復してくれてサンキューな。あれがなかったら今でも動けなかったぜ」
イグルは今度こそ自分の部屋に戻っていった。
さて、俺も今日は色々あったことだ。部屋に戻って寝るとするかな。扉を開け部屋の中に入り、いつものようにベッドの上に横になる。
「ふぅ、今日も色々あって疲れたな」
大侵攻の後始末についていって、ミナリスさんとの邂逅。そして俺と同じ日本人のクロダさんについての話。最後に古代魔法か。
「ミナリスさんは存在しているかも怪しいと言っていたが、探す価値は十分にある」
まぁどうせ今の俺じゃ見つけたとしても使えないんだ。とりあえずはlevel上げが最優先だな。当面の目標はミナリスさんのステータスを確認することかな。そしていつか、追いつき、追い越す。
よし、新しい目標もできた。
明日に備えてそろそろ寝ることにしよう。
その日、俺は久々に日本で過ごしていた頃の夢を見た。
家族で楽しく過ごしていた頃の夢を……
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