閑話 マルブタの罪滅ぼし1
「アニキー、今日は何の依頼を受けるんですか?」
大侵攻が無事に終わり、数か月が過ぎたころ。
いつも通りギルドで依頼を探していると、後ろから俺を呼ぶ声が聞こえて来た。
後ろにいるので姿は見えないのだが、すでに正体は分かっている。
なぜなら、俺の事をアニキと呼ぶ人間なんてこの世界で一人しかいないからだ。
俺は後ろを振り向きながら言った。
「マルブタ、俺の事をアニキって呼ぶのいい加減やめないか?」
ちなみに、この提案をするのはこれで数十回目だ。
当然この後マルブタがなんて言うかは大体想像がつく。
そして俺の想像通り、マルブタは首を大きく横に振りながら言った。
「それは無理ってもんですよアニキ。なんせ俺とアニキは兄弟分ですからね!」
想像通りだったマルブタの言葉に苦笑を漏らす。
一応言っておくが、普段のマルブタは俺の意見に反対などほとんどしない。いつも笑顔で分かりましたアニキ、と言う非常に素直なやつなのだ。
しかし、なぜかこの件についてだけは譲るつもりはないらしい。その理由は俺には分からないが、普段素直なマルブタがここまで強情になるのなら、まぁそのままでいいかとも思う。
「確かにお前は俺の弟分だもんな。このままでいいか」
「おお、アニキがそう言ってくれるのは珍しいっすね。嬉しいっす。それでアニキ、最初の質問に戻りますが、今日はどんな依頼を受ける予定なんですか?」
「そうだな。今日はオーク討伐の依頼でも受けようと思ってる。本当はもう少し難しい依頼を受けたいとこだが、あまりいい依頼がなくてな。まぁ正直なところ、今日の依頼は単なる暇つぶしってとこだ」
「確かにオークが相手だとアニキは物足りないかもしれないっすね」
そうそう、マルブタの言う通りなんだよな。
無事大侵攻が終わったのは喜ぶべきことなんだが、最近オークやゴブリンとしか戦ってなくて少々つまらないと思ってしまっている。
流石に大侵攻のような事が起こってほしいとは思わないが、もう少し刺激が欲しいと思っているのが最近の悩みってわけだ。
「なるほど、アニキくらい強いってのもある意味大変なんですね」
「まあな。そういやマルブタ、お前もギルドに来たって事は依頼を受けるつもり来たんだろ? お前はどんな依頼を受けるつもりなんだ?」
「俺っすか? 俺は今日予定があるんで軽めの依頼だけにしておくつもりです」
ほう、マルブタは何か用事があるのか。
その真剣な表情から察するに大事な用事のようだ。少々失礼かもしれないが、用事の内容が気になったので少しだけ聞いてみる事に。
「えーと、アニキは知ってると思うんですが、俺ってアニキに会う前は結構ヤンチャやってたんすよ。色んなやつに喧嘩ふっかけたりしてたっす」
「ああ、知ってる知ってる。俺からもお金取ろうとしたもんなお前」
「うう、あの時の事は本当に申し訳なかったっす……」
マルブタはきっと俺と初めて会った時の事を思い出しているのだろう。その表情は絶望の色に染まり、顔を俯かせてしまっている。
このままでは話が続かないと思い、マルブタにあの時の事は気にしていないと告げると、マルブタはやっと顔を上げ話の続きを始めた。
「けど今思うと、あの時アニキに会えて本当によかったって思います。アニキのお陰でやっと俺は間違いに気づく事ができました。けど、それで俺がこれまでしてきた事が許されるってわけじゃないっす。だから、今は少しでも罪滅ぼしになったらと思って、昔喧嘩をふっかけた相手に謝りにいってるとこなんです」
なるほど、確かにマルブタの言う通りかもしれない。
今が真面目になっただけで、昔にやった事が許されるなんて事はない。
これはマルブタに限った話ではない、俺だってそうだ。
確かに俺は異世界にきて少しはまともになったのかもしれない。
ただし、それで俺が引きこもり生活をしていた頃、父や母にかけてしまった迷惑の数々が許されるなんて事は有りえないんだ。
「だから今日も昔に喧嘩した冒険者に謝りにいくとこなんです。ってどうしたんですかアニキ、そんな思いつめたような顔して!?」
「……いや、なんでもないさ。罪滅ぼし、頑張れよマルブタ」
俺はもう、罪滅ぼしですらする事は叶わない。
今の俺にできる事は、マルブタの罪滅ぼしが上手くいく事を祈るくらいだ。
そんな俺の言葉を受けたマルブタは一層気合いが入ったようで。
「おお、俺頑張るっすアニキ。ではまずは依頼に行ってくるので、また後で」
そう言い残し、マルブタは元気にギルドから飛び出していった。
さて、俺も随分と話し込んでしまった事だし、そろそろ行くとしますかね。
俺はオーク討伐の依頼を受け、オーガス森林へ向かった。
それから数時間後。
オーガス森林でオーク数十匹を始末した俺はフロックスへ戻ってきていた。
依頼の内容はオーク三匹だったのだが、少し調子に乗って狩り過ぎてしまった。
まぁオークの死体は盾として活用できるし別にいいか。そう思い俺は依頼の報告のためギルドへ向かい歩いて行く。
「ん、何かギルド周辺が騒がしいな」
もう少しでギルドに到着するという地点で俺は異変に気付く。
なぜかギルド周辺が異常に騒がしく、十数人の人だかりができているのだ。
いつもの俺なら特に興味など湧かないのだが、なぜか少し嫌な予感がしたので人だかりの中心まで足を運んでいく。そして俺の嫌な予感は的中して。
「マル、ブタ……?」
人だかりの中心点、そこで俺が目にしたのは、血だらけの姿で横たわっているマルブタの姿だった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
まだ少し本編が行き詰っているため続けて閑話を投稿させて頂きました。
おそらく次の話も閑話になると思います。
それから評価やブクマなどいつもありがとうございます。
これからもこの調子で頑張っていくのでよろしくお願いします。
追記:書籍情報について活動報告を更新しました。




