タロット占い師と北の街
北の街では、今、民から搾取するばかりの地主に非難轟々で、対立の旗頭として立っているのがハクアという少女でした。
何故、まだ大人とも呼べない年頃の少女を旗頭にするのかというと、やはり[宝石色の子]であるというのと、ハクアの語気の強さにありました。語気が荒いわけではありません。静かにずしんと心の奥に響くような声で呼び掛けるのです。その声の力に人々は惹かれ、奮い立ちました。
ハクアの声というか、雰囲気というか……オーラが強いのはサファリにもわかりました。おそらくハクアの声に人々が奮い立つのは、ハクアの声に鼓舞されて、精霊たちが人間たちの士気を高める雰囲気を作っているのでしょう。ハクアが深呼吸をするだけで、サファリはざわめきを感じます。
そのサファリが感じるざわめきをラルフは見抜いていました。サファリはそういうものが感じ取れる側の人間だと。
ベルはその点かなり鈍いのか、度胸があるのか、一切揺らぎませんでしたので、それはそれで興味深い、とラルフは思っていました。
「師よ。この者も精霊を?」
「ああ、わからんか?」
ハクアはサファリを見て首を傾げます。サファリの目は確かに綺麗な宝石のようですが、ハクアには普通の人間との違いがよくわかりません。
ラルフはそんなハクアを鈍いと思っていました。ハクアは[宝石色の子]として精霊に大きな影響を与えているというのに、そんな精霊たちのざわめきには一切気づかないのです。そんな危なっかしさから、ラルフはハクアを引き取ることにしたのですが。
精霊たちの気分次第でその場の空気は変わります。そんな精霊たちを操ることができる強大な力を持つハクアが精霊の存在に無自覚なことはかなり危険なことでした。今は相手側が悪役だから、ハクアは崇め奉られますが、もしそうでなかったら、ハクアは人々を徒に怯えさせる恐ろしい人間となっていたのです。
そもそも[宝石色の子]というのは精霊に愛されて美しい色を持ち、生まれてくるものなのですが、ハクアほど精霊の存在に鈍い[宝石色の子]というのはかなり珍しいです。それを武器にすれば、何事にも動じないベルのような[強い人]というイメージを与えられますが、なまじ精霊に与える影響が大きいもので、ハクアを無頓着なままでいさせるわけにはいきませんでした。
精霊の反応に無頓着故に、ハクアはサファリの特異性に全くといっていいほど気づいていませんでした。先が思いやられますが、それはひとまず置いておきましょう。
「ほれ、ハクアは奥で着替えてこい。儂はココアを練るさね」
「僕も練ります」
「お、やったことあるのか?」
サファリはこくりと頷きました。
サファリは幼いですが、父であるベルと共に既に世界中を旅しています。その最中にココアという飲み物を教わり、練って作る機会はありました。サファリも年相応にお転婆で、練る前の粉を舐めて、あまり美味しくなかった経験があります。
案外とやってみると楽しいもので、カップの中でココアと砂糖に少しずつミルクを足していき、だんだんと固形になっていくのは工作みたいです。そこからミルクを少しずつ足していって、少しとろみのついたところを伸ばすと、だまのないココアが出来上がります。
「ほうほう、坊や上手いのう」
「……サファリです」
「うんうん、サファリや」
ラルフがサファリの頭を撫でます。
「ハクアはちいとむらっけがあるからのう。怖かったじゃろ」
「おじさんも、[宝石色の子]なの?」
「うーん、そうじゃなあ。今は濁ってしまったが、サファイアの目をしていたよ」
サファイアとは青い石です。宝石の中でも青の代名詞とされるくらい有名な石なので、サファリは目をまんまるにしました。
ラルフの顔を見ると、にっこりとした目の中には、確かに群青が潜んでいます。薄く霧のかかったように、くすんでしまっていますが、それでもこの男性は精霊から好かれている気配がありました。具体的な言葉のないサファリの[なんとなく]ではありますが。
「[宝石色の子]はの、老いると精霊の声が聞こえなくなるんじゃ、普通はな。ただ、ハクアは髪も目も純な紫水晶の色をしている。だからあれは大人になっても精霊を操るじゃろう。だから未来のために戦えるんじゃ」
「地主さまと?」
「そうじゃ。……[宝石色の子]というのは子どもの期間だけの特権のようなものでな。世の中では力を失った者はいらないもの扱いされる。いい話ではないから、あまり知っているやつはおらんがの」
「おじさんの実体験?」
サファリが聞くと、ラルフはふっと笑いました。それがどこか苦味を帯びているということは、そういうことなのでしょう。
けれど、ラルフはまだ精霊の声を感じられるようです。そうでなければ、精霊のことがわからないハクアの指導もできませんし、サファリがこちら側であることにも気づけないでしょう。それに、ラルフは排斥されるどころか、みんなから歓迎される存在です。
「ベルはコーヒーか? 紅茶か?」
「コーヒーを」
ほほ、とラルフは可笑しそうに笑います。
「黒人は差別されすぎて、黒という色を疎むのに、お前さんは相変わらず、肝が据わっておるのう」
そんなラルフの言葉に、ベルはきょとんとしてから、返します。
「選ばせてもらえないことの方が多いもので」
その言葉に、空気がしん、となりました。
力を失った[宝石色の子]の末路もなかなか悲惨なものですが、最初から排斥されている黒人はやはり別格に扱いがひどいのです。旅をする中で、ベルはお茶がもらえるだけでもありがたくて、時には眼前まで持ってきて、茶器をわざと落とされたり、熱々のコーヒーを頭からかけられたりすることもあります。顔色の変わらないベルをつまらないと評する者もいれば、反応のないことに憤怒して、更に嫌がらせをする者もいます。
コーヒーと紅茶、どちらがいいか、なんて、サファリは父が選ばせてもらっているところを見たことがありません。まあ、コーヒーも紅茶も嗜好品でお高いというのもありますが。
ラルフは小さくそうか、と呟きました。それはどこか寂しそうな響きを伴っていました。
「黒人差別は、そう簡単になくならんか。お前さんをもってしても」
ベルは苦笑を返します。
「先生は俺を買い被りすぎです。いくら有名になったって、二つ名を持ったって、俺が黒人であることは変わりません。肌が黒いのは病気でもないし、治すこともできません。でも、治らなくても、俺は大丈夫です」
ベルはそっとサファリを自分の方に引き寄せました。
「何もない俺には価値がないかもしれないけど、俺の傍には今、何者にも変えられない存在がいるので、俺は大丈夫です」
「そうか」
今度の「そうか」は微笑ましげでした。




