犠牲の上に成り立つ平和って言葉が、詭弁じゃなかったためしはない。――9
「安心するのは早い! ゲオルギウスのHPはレッドゾーンだ!」
安堵するふたりを俺は叱咤する。
6発ものインフェルノを受けたゲオルギウスが無事なわけがない。メニュー画面に表示されるHPは、1/8を切っていた。
タイラントドラゴンは、追撃のフレイムキャノンを準備している。
ふたりはハッとして、直ぐさま指示を出した。
「『エクスヒール』!」
「『ミスチーフ』です!」
ゲオルギウスとリーリーが、スキル発動の準備に入る。
ほぼ同時、俺の計算どおりにHP吸収が発動した。
「今度こそ『分裂』だ!」
『ピィ……ッ!』
『ピィッ!』
俺の許しを受けて、クロが分身を生み出す。
ゲオルギウスは急いで回復しないといけないが、エクスヒールのチャージタイムは8秒。タイラントドラゴンのフレイムキャノンのほうが早い。
このままでは、ゲオルギウスが戦闘不能になってしまう。だからこそ、俺はクロの分身を生み出したんだ。
『リィ!』
フレイムキャノンが放たれる2秒前、リーリーのミスチーフが発動した。
リーリーがゲオルギウスに指を向け、次いでクロの分身に向ける。
ゲオルギウスの体から黒い粒子が湧き出てきて、クロの分身へと飛んでいく。
クロの分身が黒い粒子を吸収し――タイラントドラゴンの視線が、ゲオルギウスからクロに移った。
ミスチーフは、『味方2体を対象とし、そのヘイト値を入れ替える』魔法スキルだ。
エクスヒールよりもフレイムキャノンの発動のほうが早いなら、ターゲットを逸らせばいい。
時間稼ぎのために、俺はクロの分身をスケープゴートにしたんだ。
タイラントドラゴンのフレイムキャノンが放たれる。
『ピゥッ!』
わずかなHPしか持たないクロの分身は当然やられた。
タイラントドラゴンの双眸がクロに向けられる。シャドースティッチを用いてヘイトを得ていたためだ。
タイラントドラゴンがニードルレインの準備に入り、
「エクスヒール!」
それが放たれるより先に、ゲオルギウスの回復スキルが発動した。
最大HPの75%分、HPを回復させる魔法スキルにより、ゲオルギウスが大幅に回復する。
同時、回復によってヘイトを稼いだため、タイラントドラゴンのターゲットがゲオルギウスに移った。
今回の戦闘では、ゲオルギウスは攻撃に参加せず、盾役に専念する。
「ギフトダンス!」
ゲオルギウスを支えるのは支援役であるリーリーで、
「ヴァーティゴ!」
クロの役目は、『目眩』による妨害と、アブソーブウィスプによるスリップダメージ(時間とともにHPを減少させること)だ。
そう。俺が狙ったのは持久戦。
生半可な攻めはタイラントドラゴンに通用しない。
だからこそ攻撃手段を、確実にダメージを与えられ、ヘイトも得ずに済むアブソーブウィスプと、一撃大火力のバーサクリバストに絞った。
クロ、ユー、リーリーが攻撃を食らうわけにはいかないから、ゲオルギウスが盾役となり、リーリーのミスチーフでヘイト管理をする。
魔法スキルの連発で削れる、ゲオルギウスのMPは、ありったけ持ってきたMPポーションで補う。
相当な集中力を要する作戦だが、俺は信じていた。
リーリーの育成を手伝った俺は、レイシーの従魔士としてのスキルの高さを知っている。
四天王であるエリーゼ先輩も言わずもがな。
ふたりなら、やれる。
俺は檄を飛ばした。
「さあ、気張ってこうぜ!」
「はいっ!」
「ああっ!」
力強いふたりの返事が頼もしかった。




