犠牲の上に成り立つ平和って言葉が、詭弁じゃなかったためしはない。――1
翌朝、セントリア従魔士学校では、緊急の全校集会が開かれていた。
「皆も知っていると思うが、昨日、タイラントドラゴンが目覚めた」
前置きなく放たれたエルドレド学長の言葉に、講堂に集まった生徒たちのあいだにざわめきが広がった。
「驚くのも無理はないじゃろう。前回の目覚めは76年前、予定されておった目覚めより24年も早いのじゃからの」
タイラントドラゴンは100年に1度目覚めるとされるモンスター。当然ながら、ゲームではそんな設定に関係なく目覚め、討伐クエストが発生するのだが、この世界では異例の事態らしい。
「しかし目覚めたのは事実であり、我々はその事実を受け止めなければならない」
エルドレド学長は重い語調で続ける。
「タイラントドラゴンは、目覚めるたびに人々に災いをもたらす。今回も変わりないじゃろう。タイラントドラゴンは数日のうちにドラグーンケイヴを発ち、レドリア王国で猛威を振るうじゃろう。無論、セントリアも例外ではない」
生徒たちのざわめきが大きくなる。なかには、レイシーのように青ざめ、震えだす者もいた。
「案ずるな!」
ざわめきを斬り裂くような声が、講堂に響き渡る。
生徒たちの視線が、壇上に上がるエリーゼ先輩に集まった。
「レドリア王国もセントリアも、タイラントドラゴンの被害を受けることはない! わたしがタイラントドラゴンを討伐するからだ!」
生徒たちの視線を浴びながら、エリーゼ先輩が堂々と宣言した。
「ガブリエルならやってくれるんじゃないか?」
「ああ。なにしろ、彼女は四天王の一角だしな」
「エリーゼ先輩は英雄の血を引いているらしいよ?」
「『竜殺しの英雄』のご子孫ですわね? たしかに先輩なら、タイラントドラゴンを討ち取ってくださるかもしれませんわ」
生徒たちが再びざわめき立つが、その意味は先ほどとは異なる。ざわめきに込められているのは、『不安』ではなく『期待』だ。
生徒たちの熱気が高まるなか、俺は静かに判断を下した。
無理だ。
たしかにこの世界において、エリーゼ先輩はトップクラスの実力者なのだろう。しかし、タイラントドラゴンとは力の差がありすぎる。
タイラントドラゴンのレベルは150。HPバーは5本もある。
アースドラゴンに苦戦していたエリーゼ先輩では敵うはずがない。100回挑んでも100回返り討ちにされるだろう。
それでも、エリーゼ先輩は立ち向かうんだろうな。ゲームのエリーゼ・ガブリエルのように。
タイラントドラゴン討伐クエストは、ガブリエル家の使者から協力を求められるところからはじまる。
その昔、ヴァーロンの人々がモンスターを従える力を授かる以前。人里に現れたドラゴン系モンスターを倒した、『竜殺しの英雄』がいた。
その英雄がガブリエル家の出自で、ガブリエル家は功績を称えられ、レドリアの王から貴族の位を賜ったそうだ。
以後、ガブリエル家はドラゴン退治を務めるようになり、その役目はいまも受け継がれている。
ドラグーンケイヴがあるレイヴァン山はガブリエル家の管理下にあり、タイラントドラゴンが目覚めるたびに退治している――以上が、タイラントドラゴンとガブリエル家に関する設定だ。
クエストでは、タイラントドラゴンの討伐に向かったエリーゼ・ガブリエルを追いかけ、ドラグーンケイヴで共闘することになる。
そこまで振り返り、俺はふと思い出した。
そう言えば、エリーゼ・ガブリエルがタイラントドラゴンに立ち向かう理由は、家の役目だけじゃなかったんだっけ。
たしか、エリーゼ・ガブリエルは――
「ん? リーリー?」
回想にふけっていた俺は、リーリーの姿を視界に捉えた。
リーリーは両手で封筒を抱えながら、俺のところに飛んでくる。
「どうした、リーリー? レイシーはどうした? 大丈夫なのか?」
昨日、寮に帰ってくるころには、レイシーは落ち着きを取り戻していた。けど、どうにも無理をしているように感じて、仕方なかったんだ。
そして今日、レイシーは体調不良を理由に学校を休んでいる。
レイシーが心配で尋ねたが、リーリーはなにも答えない。無言のまま、封筒を手放した。
「おっと」
俺は咄嗟に封筒を捕まえる。
どこか寂しそうな顔をして、リーリーは飛び去っていった。
リーリーの行動を訝しみつつ、俺は封筒に目をやる。
封筒には、丁寧な文字で、『ロッドくんへ』と認められていた。リーリーが持ってきたということは、レイシーからのものなんだろう。
俺は封筒を開き、便箋を取り出す。
やはりレイシーからのものだった。
便箋には、タイラントドラゴンから避難するために一旦帰郷する旨が綴られている。
「……そういうことか」
便箋を読み終えて、俺は悟った。
なぜ、タイラントドラゴンが目覚めたとき、あんなにもレイシーが取り乱したのか。
なぜ、無謀だとわかっていながら、エリーゼ先輩がタイラントドラゴンに挑もうとしているのか。
そして、いま俺が、なにをしないといけないのかも。
「行くか」
ただ一言呟いて、俺は熱気に包まれる講堂をあとにした。




