たとえゲーム廃人でも、女の子に好かれたらやっぱり嬉しい。――2
「ごちそうさま」
「美味しかったですか?」
「ああ。レイシーはいい店を知っているんだな」
「えへへへ、ありがとうございます」
レイシーが案内してくれたレストランは、テラス席もあるオシャレな店だった。
ふたりで4品の料理を頼んだのだが、どれも頬が落ちるほどの美味しさだった。前世にあったら、ミシュ○ンで星をとっていたくらいに。
「けど、本命はこのあとなのですよ?」
「たしか、パンケーキだっけ?」
「はい。甘い物はお好きでしたよね?」
ニッコリ笑うレイシーに、俺は「ああ」と頷く。
俺が甘い物好きなのは、リーリーの育成について相談された一件で、レイシーにケーキを奢ってもらったときに知らせている。
どうやらレイシーは、俺の好みを踏まえてこのレストランを選んでくれたらしい。なんとも気が利く子だ。
感心していると、レイシーがイチオシするパンケーキが2皿運ばれてきた。
香ばしい焼き色の付いた、ふっくらしたパンケーキ。そのうえには、タップリの生クリームと、黄金色のハチミツがデコレーションされている。
「ロッドくんからどうぞ」
「じゃあ遠慮なく」
レイシーに勧められ、俺はパンケーキにナイフを入れた。
なんの抵抗もなく吸い込まれたナイフが、パンケーキの柔らかさを物語っている。
生クリーム、ハチミツと一緒に、俺はパンケーキを口に運んだ。
俺は目を見開く。
泡のように溶けるパンケーキ、滑らかにしてコクのある生クリーム、芳醇な香りと味わいのハチミツ。
それらが渾然一体となり、至福のハーモニーを成している。
「スゲぇ美味い! なんだこのパンケーキ!」
「幸せの味がしますよね?」
「言い得て妙だな! 特に、この生クリームのミルク感、いままで味わったことがないぞ!」
「このお店の生クリームは、『グラスカウ』のミルク100%らしいですよ? そのためかと思います」
『グラスカウ』は木属性の牛型モンスターで、そのミルクは栄養満点、味も一級品という設定だった。
たしかにこの美味さは一級品だ。グラスカウの設定を考えたゲームプランナーに感謝しないといけないな。
直ぐさま二口目にいこうと、俺は再びパンケーキにナイフを入れる。
そのとき、レイシーが、切り分けたパンケーキを俺の目前に差し出してきた。
「あ、あーん」
なん……だと?
赤面したレイシーのセリフに、俺は雷に打たれたような衝撃を覚える。
男女のイチャイチャ行為の代表格『あーん』だと!? 聞き及んではいたが、まさか自分がされるなんて考えたこともなかった!
「お、男のひとは、こうしてもらうと嬉しいのですよね?」
愕然とする俺に、緊張からか、かすかに震える声で、レイシーが尋ねてきた。
「た、たしかに嬉しいけど……誰かから聞いたのか?」
「お、お母さんからです。ロッドくんとご飯に行くことを話したら、『レイシーもそういう年頃なのねえ、お母さん応援しちゃう』と教えてくれたのです」
なにを応援するのかはわからないけど、レイシーのお母さん、グッジョブ!
内心でサムズアップして、俺は口を開いた。
「あ、あーん」
「あ、あーん」
レイシーが俺の口にパンケーキを運ぶ。
緊張しすぎて味がまったくわからないが、可愛い女の子からの『あーん』は、それだけで心を満たしてくれた。
「ロッドくん、なぜ合掌しているのですか?」
「レイシーの『あーん』があまりにも尊かったからだ」
「拝むほどにですか!?」
ツッコんではいるが、レイシーの頬はゆるゆるになっている。
そんな顔をされたら、こっちまで照れるじゃないか。
「あ、あーん」
「ふゃっ!?」
照れ隠しのつもりで、俺はレイシーに『あーん』返しをする。
「ロロロロッドくん!?」
「じょ、女性は、『あーん』してもらうのは嬉しくないのか?」
「そ、そんなことはないのですが、けど、これ、か、かかか間接……」
「イヤならやめておくけど」
「イヤじゃありません、いただきます!」
俺がフォークを引っ込めようとすると、それまでためらっていたのが嘘のように、レイシーが飛び付いてきた。
パクリとフォークを咥えるレイシー。餌付けしているみたいだと思ってしまい、俺は悶えそうになる。
モキュモキュと咀嚼するレイシーの顔は真っ赤だ。おそらく俺も、レイシーと同じ顔色をしているだろう。
心臓には悪いけど、こういうの、甘酸っぱくてなんかいいな。学生時代はゲームに夢中で、青春っぽいこと、なにもできなかったからなあ。
「あ、あーん」
「なっ!? レイシーも『あーん』返しだと!?」
「や、やられたらやり返す、です!」
「セリフの用途、違くない!?」
半ばムキになりながら、俺とレイシーは、パンケーキがなくなるまで『あーん』合戦を繰り広げた。
レストランの店員が、微笑ましいものを見るような目で、俺たちを眺めていた。




