プロローグ――3
「ところで、みんなは長期休暇をどうやってすごすの?」
校舎を出たところで、不意にフローラが尋ねてきた。
レイシーがちょこっと手を挙げながら、エリーゼ先輩が腕組みしながら答える。
「いまのところ、わたしに予定はないですね」
「わたしもだ。実家からは帰省しないかと誘われているけど、そのつもりはない」
レイシーが申し訳なさそうな顔でエリーゼ先輩を見上げる。エリーゼ先輩は「気にするな」と言うように優しげな顔で、首を横に振った。
レイシーとエリーゼ先輩は異母姉妹。エリーゼ先輩はガブリエル家の跡取りで、レイシーは現当主(エリーゼ先輩の父親)の浮気の結果生まれた子だ。
そんな経緯があるため、レイシーとレイシーの母親は、ガブリエル家の人々からよく思われてない。そしてエリーゼ先輩は、そのことに憤っている。
あくまで推測でしかないが、レイシーは帰省に誘われていないのだろう。エリーゼ先輩はそんな実家の対応に反発し、帰省の話を蹴ったんだ。
「わたくしは実家に帰る予定です」
「あたしはレイシーと同じ。なにして過ごそうか悩んでるとこ」
続いてミスティ先輩とケイトが答え、「あんたはどうなの?」とフローラが俺に話を振る。
当然とばかりに俺は答えた。
「従魔のレベル上げに決まってるだろ?」
「え? なんであたし、『なに言ってんだ、こいつ?』みたいな目で見られないといけないの?」
「わずかでも暇を見つけたらレベル上げ。常識だ」
「そんな狂気じみた常識があってたまるか」
「ロッドくんらしいと言えばらしいですよね」
「ようするに、ロッドは狂気じみてるってことだけどね」
心底引いたような表情でフローラが後退り、レイシーが苦笑いしながらフォローし、ケイトがやれやれと首を振った。
失礼な、俺は狂気じみてなんかないぞ。
ゲーマーたるもの、ちょっとでも時間ができたらゲームのスイッチを入れるものだ。むしろ、レベル上げをせずにどう時間を使えというのか?
「……まあ、それはそれで好都合ね」
俺が内心で愚痴っていると、顎に指を添えながら、フローラがなにやら呟いた。
かと思ったら、こちらをチラリとうかがい、即座に目を逸らし、わずかに頬を赤らませて提案する。
「レ、レベル上げがしたいなら、あたしの実家に来ない?」
「「「はいっ!?」」」
声を上げたのは俺ではなく、レイシー、エリーゼ先輩、ミスティ先輩だ。三人とも、これでもかというほど目を丸くしている。
「ロ、ロッドの従魔は、みんな100レベルを超えているわよね? この辺りでレベル上げするのは難しくない?」
「セントリア付近のモンスターは、レベルがそんなに高くないしな」
「でしょ? かといって、遠くにレベル上げに行くのも、飛鳳船の乗船費がかさむわよね?」
「たしかにそうだな」
俺が頷くと、なぜかフローラが、「よしっ」と拳を握った。
「な、なら、あたしの実家がちょうどいいんじゃない? エストワーズの近くには、高レベルのモンスターが生息するダンジョンがあるわよ?」
フローラは視線を斜め上にやったまま、青いサイドテールの先をクルクルと指で弄る。
「い、言っておくけど変な意味はないのよ? お父さんとお母さんに挨拶させるつもりも、親戚を集めてパーティーするつもりも、エストワーズの先生たちに紹介するつもりもないんだからね?」
「変な意味だらけじゃないですか!」
「外堀を埋める気満々だね!?」
「マサラニアさんをエストワーズに引き抜く件も諦めてないようですよ!」
「ちちち違うわよ! 休みのあいだに勝負をつけようなんて思ってないわ!」
「フローラって一周回って素直なんじゃないかな? 嘘が下手すぎて、あたし、ちょっと心配だよ」
レイシー、エリーゼ先輩、ミスティ先輩に詰め寄られ、フローラがワタワタと慌てふためき、ケイトが乾いた笑いを漏らした。
わちゃわちゃとやってるが、なんの話だろう?
「とにかく! 抜け駆けはダメです!」
「レイシーの言うとおりだ! わたしたちは断固反対する!」
「うぐぅ……っ! け、けど、このままじゃ休みのあいだ、ロッドがレベル上げに終始しちゃうわよ!? なんの発展もなく休みが終わるわよ!? それでもいいの!?」
「そ、それは困るのですが……」
「抜け駆けは許せないわけで……」
「でしたら、みなさんで合宿しませんか?」
フローラ、レイシー、エリーゼ先輩が唸るなか、頭の上に電球が灯ったような表情で、ミスティ先輩が提案した。
「わたくしの実家――クレイド家の領地付近にも高レベルのモンスターが生息していますし、わたくしたち全員でひとつの場所に集まれば、抜け駆けを阻止できます」
「ナイスアイデアです、クレイド先輩!」
「実家に帰らないわたしとレイシーにはちょうどいい! 賛成です! ロッドくんはどうだい?」
エリーゼ先輩がフンスフンスと鼻息を荒くしながら訊いてくる。レイシーもずいっと身を乗り出し、整った美貌を近づけてきた。
異様なまでに興奮してるふたりがちょっと怖いが、それでも俺の答えは決まってる。
「俺も賛成っす。合宿って、特訓っぽくてなんか燃えますし」
「あたしも賛成! なにも予定がなくて困ってたとこだし、みんなとレベル上げするの楽しそう!」
俺とケイトの答えに満足したように「「うんうん」」と頷いて、レイシーとエリーゼ先輩がフローラに笑みを向ける。
「5対1ですね」
「くっ! あたしの計画が台無しに……!」
「諦めるんだ、ネイブルくん」
「多数決……忌まわしき慣例めぇ……!!」
フローラがガクリと崩れ落ちた。
なにを騒いでいたのかさっぱりわからないが、激しい攻防が繰り広げられていたことだけはわかる。
「喜んでいるところに水を差すけどさ?」
レイシーとエリーゼ先輩が嬉しそうにハイタッチするなか、苦笑を浮かべつつケイトが挙手した。
「全員が抜け駆けに失敗した現状、領地に呼べた分、ミスティ先輩が一歩リードしてない?」
レイシーとエリーゼ先輩が、手を合わせたまま固まった。
うなだれていたフローラも顔を上げ、ポカンとしている。
三人の視線がミスティ先輩に向けられた。
ミスティ先輩はニッコリ笑ってピースサイン。
三人がパクパクと口を開け閉めし、
「「「やられたぁ――――――――っ!!」」」
青空に叫び声が響いた。
相変わらずどんな争いをしているのかはわからなかったが、ミスティ先輩が策士だということだけはわかった。




