女性に優しくする理由は、男にはいらない。――6
声が聞こえたほうに目をやると、パーティーメンバーのひとり、ボサボサ髪とビン底メガネの冴えない先輩、リック・ウォーデンが立っていた。
いつもと違う雰囲気、意図のわからない言葉に、あたしとアリシアは眉をひそめる。
「どういう意味ですか、ウォーデン先輩?」
「そのままの意味だ。彼らを待たずとも、私たちが戦い合えば済む」
「けど、それではわたしたちの戦力が欠けてしまいますよー?」
「構わん。きみたちの役目は果たされたのだから」
ウォーデン先輩はなにを言っているのだろう?
首を傾げ――あたしは言葉を失った。
ウォーデン先輩の顔が、皮が剥がれるようにズルリと溶け落ちたからだ。
「「なっ!?」」
あたしとアリシアは瞠目する。
ボサボサ髪とビン底メガネの冴えない顔が、黒いオールバックとダークブラウンの目をした、苦虫をかみつぶしたようなしかめ面に変わる。
エストワーズの制服も黒いスーツへと移り変わり、ウォーデン先輩の代わりに立っていたのは、30代前半と思しき男性だった。
男の足下には、うにょうにょと蠢く流動体がいる。
2つの目を持つその流動体は、モンスターだ。
擬態能力を持つ『ミミックアメーバ』!? このひと、従魔を用いて変装してたの!?
「改めて自己紹介をしよう」
思いも寄らぬ事態に硬直しているあたしたちに、男が言った。
「私はゲルド・アヴェンディ。秘密結社『スペルタン』の幹部を務めている」
「スペルタン!? テロ組織のメンバーが、なんでこんなところにいるのよ!?」
「この先――ウェルト空間の6階層に用がある。そこにたどり着くため、きみの知識を利用させてもらった、フローラ・ネイブル」
「どういうことでしょうかー?」
あたしとアリシアが鋭い目で睨み付けるなか、相変わらずのしかめ面で、ゲルド・アヴェンディが答える。
「ウェルト空間の6階層にたどり着くのは容易ではない。しかし、考古学者の祖父を持ち、数々のダンジョンを踏破したきみならば、成し遂げてくれると思っていた。故に私は、正体を偽り、エストワーズに潜伏していたのだ。この、ウェルト空間探索までな」
それで『知識を利用』か……あたしたちは、ずっと騙されていたわけだ。まんまと騙されて、この男を目的地まで連れてきてしまったんだ。
あたしはギリッと歯を軋らせた。
「6階層になにがあるっていうの!?」
「そこまで答える義理はない」
すげなく言って、ゲルド・アヴェンディが魔石を取り出す。
あたしたちを負かし、6階層へ進むつもりだろう。
「舐められたものね」
そうはさせない。
あたしは魔石を構えた。
アリシアと残りのふたりも、同じく臨戦態勢をとる。
「こっちは4人、あんたはひとり。勝ち目があると思う?」
「問題ない」
挑発するように笑うも、ゲルド・アヴェンディの表情は小揺るぎもしなかった。
「すぐに終わる」
ゲルド・アヴェンディが魔石を放り――闇が広がった。
深淵のような黒。深い深い闇の澱。
その闇が集まり、空中で黒い棺を形成する。
ギギィ……、と軋みを立て、棺が開いた。
棺のなかには、黒いゴスロリ服を身につけた、白髪の女性が眠っていた。その肌は、死人のように青白い。
まぶたが上がり、血のように赤い双眸が現れた。
毒々しい、紫色のルージュに彩られた唇が開かれる。
『KYYYYYYYYAAAAAAAAHHHH!!』
聞いただけで鳥肌が立つ、おぞましい金切り声が、5階層に響き渡った。
あたしたちはメニュー画面を開き、敵の情報を確認し――我が目を疑った。
メイデンリッチー:203レベル
あり得ない。
セントリア従魔士学校が誇る四天王の第一位、ミスティさんの従魔ですら、最高レベルは125。
それなのに、203? あり得ない。そんなレベル、あり得ない。
「従魔を呼ばなくていいのか?」
ゲルド・アヴェンディの忠告に、あたしたちは我に返った。
「私のメイデンリッチーは生半でない。抵抗しなければ、ただでは済まない」
まあ、
「抵抗したところで、結果は大して変わらないだろうが」
蹂躙がはじまった。




