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女性に優しくする理由は、男にはいらない。――5

 5階層にたどり着いたあたしたちは、ロッドたちの到着を待っていた。


 5階層は円形の巨大な広場だ。どこか古代の闘技場を連想させる。


 そして、階段を上がってすぐの場所に置かれた石版に刻まれている暗号は、




『戦え。勝者のみが先に進める』




 だった。


 要するに、ここで従魔による勝負をして、勝ち負けを決めろということなのだろう。そして6階層へ進めるのは、勝利したほうのみだ。


 だからこそ、あたしたちはロッドたちを待っていた。


 パーティー内で勝負する手もあったが、この先の階層でなにが待ち受けているかわからない以上、戦力が減るのは痛手だ。


 その点、ロッドたちと戦って勝利すれば、パーティーメンバーが欠けることなく上階層に向かえる。


 事実上、この階層での対戦結果が、ロッドの転校を賭けた勝負を決めるだろう。


 問題は、ロッドたちがこの階層までたどり着けるかだが――


 必ず到達する。なにしろ、あっちにはロッドがいる。あいつの実力は、あたしが一番わかっているんだから。


「いやー、5階層まで来ちゃうなんて驚きだよー。フローラ、本気で探索したんだねー」


 思っていると、アリシアがニコニコ顔で話しかけてきた。


「当たり前よ。課題なんだから、手を抜くわけないでしょ?」

「なんて言ってるけど、ロッドくんに転校してほしいからじゃないのー?」

「そ、そんなんじゃないわよ! あいつのことなんて、なんとも思ってないんだから!」


 ニシシシ、とからかうように笑うアリシアに、あたしはムキになって反論する。


 顔が火照(ほて)る。きっと、あたしは耳まで真っ赤になっているだろう。


「本当に、なんとも思ってないのー?」


 不意に、アリシアが尋ねてきた。


 アリシアの表情は柔らかく、あたしへの思いやりが伝わってくる。


「いい加減、素直になってもいいんじゃないかなー?」


 あたしは口をつぐみ、うつむいた。


 今度は、反論する気になれなかった。


「ねえ、アリシア? あたしね? 勝負抜きで転校してほしいって、ロッドに頼んだの」


 けど、


「あいつは拒んだわ。『セントリアには、離れたくないひとたちがいる』ってね」


 その答えを聞いて、あたしは思い知ってしまった。


 ああ……あたしは、ロッドの一番じゃないんだって。


 ギュッと、スカートに(しわ)を作る。


「アリシア? あたし、ロッドに面倒くさがられてるんじゃないかな? こんな捻くれたあたしなんて、嫌いなんじゃないかな?」


 ロッドに拒まれた日から、モヤモヤが収まらない。まるで、太陽を(さえぎ)る灰色の雲が、胸の奥に漂っているみたいだ。


 ――ロッドを異性として意識しはじめたのは、幼い頃、モンスターからあたしを助けてくれたときからだ。


 その日、あたしはロッドを誘ってピクニックに出かけ、森のなかでモンスターに襲われた。


 迫りくるモンスターに怯えるあたしに、ロッドは言ってくれたのだ。


「俺に任せろ。絶対に助けてやる」


 出任(でまか)せじゃなかった。


 ロッドはモンスターのクールタイム、チャージタイムを完璧に把握し、ふたりで逃げるタイミングを見いだしてくれたのだ。


 手を引いてくれるロッドの背中を眺めながら、幼い日のあたしはふたつの感情を抱いた。


 ひとつは、博識さと勇猛さへの尊敬。


 ひとつは、異性へ向ける恋慕(れんぼ)


 もともと幼なじみとして懐いていたあたしが、ますますロッドにべったりになったのは、言うまでもない。


 けど、思春期を迎えてから、一緒にいることを周りにからかわれ、あたしはロッドを避けるようになった。


 周りの目と、弱い自分に、あたしは負けたのだ。


 あたしが素直になれなくなったのは、その頃からだ。


 本当は(そば)にいたい。けど、先にロッドを避けたのはあたしだ。その負い目から、あたしはロッドに刺々(とげとげ)しい言動をとってしまう。


 ロッドと違う従魔士学校に進んだのも、お父さんが理事長を務めているからじゃない。ロッドの側にいると、ついキツく当たってしまうからだ。


 あたしは、素直になれないあたしが、嫌いだ。


 唇を噛んでうつむいていると、あたしの体が、柔らかい感触に包まれた。


 アリシアが、あたしを抱きしめてくれていた。


「ねえ、フローラ? ロッドくんは、あなたにセントリアの街案内をしてくれたでしょー?」

「……うん」

「ジェラートもご馳走(ちそう)してくれたんだよねー?」

「……うん」

「もし嫌われていたら、そんなに優しくしてくれないよー。大丈夫。フローラはこんなに可愛くて、一途(いちず)なんだからー」

「……ありがとう、アリシア」


 あたしはアリシアの背中に腕を回す。


 アリシアは、我が子を(いたわ)る母親のように、あたしの頭を撫でてくれた。


「そうね。卑屈(ひくつ)になんか、ならなくていいよね」


 しばらくアリシアの温もりに甘え、あたしは身を離す。


 胸のモヤモヤは晴れていた。


「あたしはロッドに勝つ。勝って転校してもらう」

「そうそう、その意気だよー」

「け、けど、別にロッドを好きなわけじゃないのよ? あいつが優秀だから! エストワーズのほうが、あいつの才能を活かせるからなんだから!」

「うんうん、そうだねー」


 わんぱくな子どもに接するようなアリシアの態度に、あたしは唇を尖らせた。


 ブンブンと首を振って、気持ちを切り替える。


「早く来なさい、ロッド。勝敗を決めるわよ」




「いや、彼らを待つ必要はない」




 予期しない声が上がった。

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