プロローグ
「「ロッドくんの許嫁!?」」
レイシーとエリーゼ先輩の声が重なった。
目を丸くする、ふたりを含めた俺たち全員を、フローラは、「文句でもあるの?」と言いたげにジロリと睨む。
フローラ・ネイブルは、ファイモンにおける主人公のライバルだ。ことある毎に主人公の前に現れ、突っかかってくる。
ちなみに、ゲーム内では主人公の許嫁であることは語られない。設定が掲載されているのは公式サイトだ。
なんでも、彼女の父親と、主人公の父親が親友で、互いを認め合ったふたりが、我が子を許嫁にしたらしい。
ゲームでは、フローラ・ネイブルが主人公の前に姿を見せるのは、もう少し先のはずだが……レドリア学生選手権への参加が決まったように、またしても俺の行動が、影響を及ぼしたのか?
俺が思案していると、エリーゼ先輩が、フローラに一歩近づいた。
「……ネイブルくんと言ったね? わたしたちにどのような用事かな?」
「そこの女誑しに話があるのよ」
相変わらず、眉を上げた不機嫌そうな顔付きで、フローラが答える。
「まずは、レドリア学生選手権、優勝おめでとう、ロッド。なかなかいい戦いっぷりだったわ」
「ああ」
「けど、何人もの女性を侍らせているのはいただけないわね」
フローラの発言に、レイシーとエリーゼ先輩が「「なっ!?」」と顔を赤くする。ミスティ先輩は「きゃっ♥」と嬉しそうに体をくねらせていた。
なんだ、この反応?
「せっかく実力があるのに、女性に囲まれてチヤホヤされていたら、腑抜けになるのも時間の問題よ」
ますます眼光を鋭くしたフローラが、俺に指を突きつけ、言い放った。
「ロッド。あんた、『エストワーズ従魔士学校』に転校しなさい」
フローラの命令に、俺を除く全員が、「「「「「「なっ!?」」」」」」と目を剥く。
エストワーズ従魔士学校とは、レドリア王国東部の街『エストワーズ』にある、フローラが通う従魔士学校だ。
「引き抜きってやつか? 無茶言うなよ」
「無茶じゃないわ。お父さんには話を通してあるし、受け入れる気満々よ。あとは、あんたが首を縦に振るだけ」
フローラの父親は、エストワーズ従魔士学校で理事長を務めている。どうやら、フローラは本気で俺を引き抜くつもりらしい。
「お、お話が急すぎます!」
「レイシーの言うとおりだ! それに、ロッドくんが女性を侍らせているというのも、きみの誇大妄想じゃないかい?」
レイシーとエリーゼ先輩が、フローラに噛みつく。
フローラは、「ふーん……」と胡乱げな目付きをした。
「つまり、あんたたちはロッドに対して、やましい気持ちを抱いていないわけね?」
「「当然(です)!」」
「ロッドからそういう系の不意打ち、されていないわけね?」
「「も、もちろん(です)」」
「デートっぽいこともしていないと?」
「「…………」」
待ってくれ、ふたりとも。どうしてそこで黙るんだ? どうして視線を逸らすんだ? どうして頬を赤らめるんだ?
フローラが嘆息した。
「いまので確信したわ。一刻も早く、ロッドを転校させないといけないってね」
「「うぅ……」」
レイシーとエリーゼ先輩が、悔しそうに口元をムニャムニャさせる。
「フローラ、いくらなんでも言い過ぎだよー」
そのとき、フローラの背後から、ひとりの少女がひょっこり現れた。
痩せすぎず太りすぎずの体付き。
高すぎず低すぎずの身長。
桃色のふわふわしたショートヘアに、同じく桃色の垂れ目をしている。
「どちら様でしょうか?」
「アリシア・チーフネス。フローラの親友やってまーす」
ミスティ先輩の質問に、少女――アリシア・チーフネスは、人懐っこい笑みを浮かべながら答えた。
「なにしに来たのよ、アリシア」
「いやー、フローラのことだから、絶対ややこしいことになってると思ってさー」
「ややこしいことになんかなってないわよ」
「ここまで引っかき回しといて、そう断言できるとこ、わたし尊敬するよー♪」
フローラの毒舌を、アリシアはさらりと受け流す。
「いくらロッドくんを取られたくないからって、わがまま言ったらダメだよー?」
「みゃっ!? そそそそんなんじゃないわよ!」
「またまたー、素直になっちゃいなよー」
「ううううるさい! あたしはロッドのことなんか、なんとも思っていないんだからね!」
先ほどまでの強気な態度はどこへやら。フローラが真っ赤な顔で、ニマニマと笑うアリシアに反論している。
まるで威嚇する猫だ。
「……臭いますね」
「ええ。どうやらフローラさんも、わたくしたちと同じようです」
「またライバルが増えるのか……」
そんなフローラの様子に、レイシーが「むぅ」と唸り、ミスティ先輩がコクリと頷き、エリーゼ先輩が、ハァ、と溜息をついた。
いったいどんな意味だろう?
「『女の子と仲良くしたら、ロッドくんが腑抜けになる』って説明じゃ納得してもらえないってー。焦る気持ちはわかるけどさー」
「焦ってない! そ、それなら、確かめてあげようじゃない!」
相変わらずの赤面で、フローラが、ギン! と俺を睨んだ。
「来月、セントリアとエストワーズが合同で行う『ウェルト空間』の探索! そこで実力を示しなさい!」
ウェルト空間は、セントリアの外れにある、少々特殊なダンジョンだ。
フローラの言うとおり、来月、セントリア従魔士学校にエストワーズ従魔士学校の生徒が訪れ、合同で探索を行うことになっている。
「より先の階層に進んだほうが勝利。あたしが勝てば、あんたはエストワーズに転校。あんたが勝てば、転校の話は白紙にしてあげるわ」
フローラが不敵に笑う。
「まさか逃げないわよね、ロッド?」
フローラの祖父は考古学者。その祖父から教えを受けたフローラは、数多くのダンジョンを踏破した実績がある(という設定)らしい。
フローラが自信満々なのはそのためだろう。
正直、転校するしないは俺の意思次第だ。いくらフローラが強要しても無駄だし、勝負を受ける必要もない。
しかし、
勝負を挑まれて逃げるなんて、ファイモンガチ勢として、できるわけないよなあ!
俺もまた、牙を剥くように笑った。
「いいぜ、乗ってやるよ」




