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八章.孤は陰であり陽になる(一)

 改めて蘭が街中の会話へ意識を巡らせると、ウィルナとシェラルドについてばかりが聞こえる事に気付く。

 どうして今まで気にならなかったのかと思える程に、そこかしこで話されている内容は耳を疑うようなものだ。自身の事に手一杯過ぎたと考えつつも、隣にいるセルアを見上げた。

「今日ってずっとこうだった?」

 詳しく告げずとも伝わったらしい。セルアは軽く周囲へ目を走らせた後に小声で返してくる。

「ああ。数日前からこんな調子らしいな」

 ろくに外へ出ていない蘭が知らぬ事は何の不思議でもない。だが、何故こうした話が上っているのだろうかと眉は自然と潜められた。

「原因はわかり切ってるだろうが?」

 確かに蘭にも思い当たる事はあった。しかし何故今更なのかと感じる部分もある。

「アンヘリカでの事だよね?」

 ユージィンと共にシェラルドの人物がいる建物へ入り、挙句に最後まで居座っていたのだ。アンヘリカの人々にははっきりと目撃され、中にはウィルナやシェラルドの者がいた可能性もある。ユージィンはなるようになると言っていたが、それが今目の前にある状況なのだろうか。

「アンヘリカもこんな感じだよ? まあ、ウィルナよりもずっと前からだけどね。一応その報告も兼ねて今日は来てるから」

「そうなんだ」

 クロードの言葉に蘭は素直に頷く。事の発端がアンヘリカなのだから、クロードがこの状況を知っているのは当然なのかもしれない。

 そして噂はウィルナへと流れ始め、セルアは仕事も兼ねて街へ来たのかもしれないと蘭は考える。

「必要な事は聞いていたって思ってていいの?」

 自分は全く気付けない状態だったが、セルアは違うのだろうと蘭はもう一度見上げた。すると何故か眉が酷く寄せられる。

「ほとんどは聞いていた話と一緒だ。大した収穫もねぇよ。それに俺はこの為に街へ来たかったんじゃねぇしな。ついでだついで」

 そうして蘭の腕を掴むと、勝手に足を進め始める。わずかに体勢を崩す事にはなったが、蘭が素直に従うとセルアは振り返りクロードへ目を向けた。

「後は帰って飯だな。そうしてりゃユージィンも来る。今日はクロードも混じっとけ」

「当然だよ」

 セルアがわざわざ呼び入れようとする姿から、事態はあまり好ましくないのかと蘭は不安を抱く。

 二人は真剣な眼差しのまま屋敷を目指しており、本当に状況がわかっていないのはどうやら自分だけらしかった。



「気分転換はいかがでしたか?」

 屋敷へ顔を見せたユージィンがまず発したのはこれだ。

 こちらの事よりも気にすべきものがあるのではないかと蘭は思ったがとりあえず頷く。

「楽しかったよ」

 最後の最後に不安を覚えはしたが、確かに帰り際までは楽しんだのだから嘘ではない。

 ならば良かったですねとユージィンは言い、いつもの位置へ腰を下ろす。昼食後という常ならぬ時間帯にユージィンが来ると、話はすでに決まっていたらしい。クロードが混じるという事態だけが予定外のまま、四人は食堂でテーブルを囲む。

 テーブルの上にはハンナ手製の菓子と淹れたての茶があり、それらを口にしながら一見気軽そうな会話が続けられる。町へ出て周った場所や、購入した物、食べた物、どんな事が起きたのか、普段となんら変わりのない内容だ。

 蘭の隣にはセルアがいて、クロードもいる。両隣の二人はユージィンが現れる前から言い合う事もなく会話をしており、珍しい光景ではあったが交わされる内容でどうやら今日のクロードの目的はセルアとユージィンだったらしいと蘭は納得した。

 マルタがクロードを通してアンヘリカの状況やウィルナへ対する姿勢を伝える。その内容を聞いたウィルナはアンヘリカへ刃を向ける事はないと答えを出す、それが目的らしかった。

 他愛もない話が続けられた後、ユージィンは視線をセルアへ向けつつ告げる。

「その様子ですと、国中に噂は流れているものの人々の生活や意識に大きな変化はないと思って良いのでしょうか? 城内でも似た感想を抱いている者は多いですしね」

「変わらねぇとも言えるが……よくわからねぇってのが本音だ」

 椅子に浅く腰かけ背もたれに寄りかかっているセルアは眉間に皺を寄せ、記憶を手繰っているように見える。ユージィンはこの言葉が予想していた内容だったのか、小さく頷いた。

「そうなるのでしょうね」

「直接戦いに出る奴とその身内くらいじゃねぇか? 本気で気にしてんのは。他は完全に人事だと思ってるみてぇだな」

 するとクロードが口を開く。 

「それはオレも思ったよ。アンヘリカとウィルナじゃ噂に対する反応が全然違う。こっちは本当に戦いが起こるのかだけじゃなく、そうなったらどうするかを気にしてる」

 テーブルに腕を載せ体を預ける姿勢はくつろいで見えるが、クロードの口調には厳しさが感じられる。

「また戦いになれば、傷つくのはアンヘリカだってわかってるから仕方がないんだけどさ」

 今度はどこか頼りない口ぶりになったクロードへセルアが軽く目を向けたが、発された内容はユージィンへあてたものだった。

「こっちは、というよりもウィルナもシェラルドも自国で戦った事がねぇんだろ?」

「記録上はありませんね。両国共に目を通していますから確実ですよ。改ざんされていなければの話とも言えますが」

 本来ならばありえない内容を笑みと共に告げるユージィンに、セルアは首をすくめる。

「どっちの情報を持ってるのも、いいんだか悪いんだかわかんねぇな」

「良いと思いましょう? ウィルナ、アンヘリカ、シェラルド、それぞれに属する者が揃っているのは不思議だとは思いますがね。それ以上に全く別の世界から来たランもいるのです。大した事ではないでしょう?」

 確かに自身がここにいる事に比べれば問題はないだろうと蘭は頷く。全てが地で繋がり移動できる場所なのだ。

「いい機会って考え方もできるよね? ここにいる皆の意見では戦いたい人は一人もいないんだし」

 蘭の言葉を耳にしたセルアが、そりゃそうだがと呟きつつも渋い表情を浮かべユージィンへと目を向けた。

「はっきりしてんのはウィルナとアンヘリカであって、シェラルドはわからねぇだろ?」

 するとユージィンは本当にわずかだが、間を置く。

「……私の意思としてウィルナへ手出しはしないと告げていますが、実際どうなっているかはわかりません。さすがに五年以上も不在ですし心配な部分もありますね」

 本当に心配しているのかどうか、不安を覚える程にユージィンはにこやかな表情で言葉を紡ぐ。

 そのあまりにも不確定な言葉にクロードが不満げな声を上げた。

「オレとしてはもっとはっきり言って欲しいところだよ。ユージィンは一度も向こうに帰ってはいない?」

「ええ、ここへ仕官すると決めて出てからは一度も戻ってはいませんよ。ましてや今はこうしてアンヘリカでの事で噂が流れているのですし、シェラルドへ入るわけにはいかないでしょう? 戻る予定すらありませんね」

 淡々と説明をするユージィンにセルアが少し鋭い眼差しを見せる。

「その割には迂闊な行動だったんじゃねぇのかよ?」

 アンヘリカでのユージィンの事を言っているのだろうと蘭は納得する。確かにあのような事態を起こさなければ、現状は違っていたはずなのだ。

「私も怒る時はあるのですから仕方がないでしょう? 確かに迂闊な行動ではありましたが、過ぎた出来事に固執せずにそれを踏まえて次を見据えなくてはなりません」

 しかし、ユージィンは後悔をしてはいないらしい。全く動ずる事なく言葉を返した。

 セルアは何を言っても駄目らしいと、呆れた表情を浮かべつつもぼやく。

「仕方がねぇってな」

「些細な事で人を斬ってしまう弟を叱りたくなったのですよ。……理由は何となくわかる気もしますがね」

 一瞬、表情を陰らせたユージィンへセルアは興味を引かれたらしい。

「どんなだ?」

 だがユージィンは明らかに不自然な、これでもかという程の柔らかな笑みを浮かべて見せた。

「これは家族間の問題ですのでお教えできません。当分は懲りてアンヘリカへも来ない事でしょう」

 質問に答えているようでありながら、ユージィンはシェラルドでの自身に関する内容は喋りたくないとはっきり拒絶する事がある。しかしながら、こちらが本当に必要としている事柄に関しては相応の内容を返してくる為、これ以上は踏み込めないと思わざるを得ないのだ。

 ユージィンに対する内容では無理と判断したのか、セルアの質問は少し変化する。

「アンヘリカへ来ない、本当にそう思うか?」

「絶対、とは言い切れませんが、現状ではないでしょうね」

 ヘンリクという人物を見知ったユージィンの答えはこうらしい。

「ならば、噂はどこが出所だと思う?」

 今度の質問はユージィンだけに向けたものではなかった。蘭もクロードも意見を求められ、それぞれに答える。

「わたしは噂がアンヘリカから広まったって思うけれど」

 蘭が街へ行き感じられたのは、噂として徐々に広まったらしいという事だけだった。そうすると、この答えにしか行き着けないと思い告げる。

「オレも噂として広まったとは思っている。でも、それだけじゃない……気がするってくらいかな」

 それだけではないと言うクロードに、蘭は何か更に理由があるのかと視線を向けたが、少々困ったような表情を返されるだけだ。

 しかし、セルアはクロードの発言が気に入ったらしく口端を上げた。

「俺は見かけた奴から流れた噂と言うよりは、シェラルドでわざと流した可能性が高いんじゃねぇかと思ってる」

「否定はできませんね」

 ユージィンが答えた事で、蘭はそれが真実である可能性が高いのかと考える。だが、詳しい意図まではわからない。

「だからって本当に戦争をするわけじゃないんでしょ?」

 三人共が流れている内容を気にしているだけであり、実際に戦うという雰囲気は感じられないと思いながらも蘭は聞く。

「確かにウィルナとしてはそうした考えはありませんね」

 即答したユージィンへセルアが目を向ける。

「ならシェラルドはどうだ?」

「マティアスはもう存在しない者として扱えるという前提はありますが、可能性の話で良いのでしたら、戦う意思はあると思いますよ」

 マティアスを存在しない者として扱えると聞いて、蘭の脳裏に浮かんだのはアンヘリカでの出来事だった。

「アンヘリカでユージィンに会ったシェラルドの人達の反応を見る限り、存在しない者として扱うの……かな?」

 そして、この疑問はセルアもクロードも納得できるものだったらしい。

「オレもユージィンは今でもマティアスだと思うけど」

「俺もそう思う」

 二人が思い思いに言葉を吐き出すと、眺めていたユージィンは楽しそうに笑う。

「私もそう考えていますよ。ヘンリクに任せたとはいえ、あの場を本当に動かせるのは私だけでしょうね。それでも城内の全てが私を支持しているとは思えません。反抗したい人間も出ては来ているのでしょう。反りが合わない者もいないわけではありませんしね」

 笑顔で告げているが内容は物騒なものであり、蘭だけではなく他の二人も何とも言えない表情になってしまっている。

「結局、火種はあるってこったな」

 そしてセルアは大きな溜息を付いた。



 蘭が見聞きできる範囲では戦いが望まれていないとわかったが、実際に噂の元凶がどこにあり何を狙っているのかはわからないまま数日が過ぎた。

 しかし事態はそのまま停滞もせず、シェラルドからの書状がウィルナへ届いた事で動き出す。

「書状?」

「ええ、ウィルナ宛の書状です。ウィルナ王宮にシェラルドの者が入り込んでいる為、引渡しを求めるという内容でした」

 普段と変わらぬ時間に屋敷へやって来たユージィンは、特別な変化も見られない表情でそう告げると手元にあった茶を口にする。

 あくまでこんな出来事がありましたと報告する様子に、当事者だというのに何故こうも変わらないのかと蘭は不思議に思う。

「ユージィンの名前は書いてなかったの?」

「私の名は出てはいませんね」 

「あくまでウィルナの中枢を担う人物がシェラルドと繋がっているみてぇだって感じになってるな。濁した表現のおかげで周りの奴らは疑い合ってる」

 珍しく昼間に姿を見せずにいたセルアはユージィンと共に現れ、こちらも椅子に座ると茶を飲み菓子を食べていた。

 どうやら書状の件で、こちらへ来る事ができなかったようだと蘭は頷く。

「なら、ウィルナでその人物を探せって事?」

「探せというよりは、内容でウィルナを混乱させるのが目的とも取れるがな」

 空腹なのか口へ次々と菓子を放り込む間にセルアは言葉を発する。

「そうなのでしょうね。とにかくウィルナには裏切り者がいる、という認識を植え付けたいといったところでしょうか。しかし、このまま放っておくわけにもいきません」

 ユージィンも眉を下げている様子から、さすがに困ってはいるらしい。しかし口調に惑いは感じられなかった。

「どうするつもりだ?」

 セルアの問いにユージィンは、軽く首を傾げて見せた。 

「こちらが何の反応も示さなければ向こうが何かを言ってくる可能性はあります。ですが、その内容もある程度は想像できますしね」

「わかるの?」

 シェラルドの動きを予測できているらしいユージィンの考えは、蘭には想像もできない。

「はっきりとは言えませんが、当たり障りがないというよりは、直接名指しで知らせて来る可能性は高いでしょうね」

「名指しで?」

「文章で来るとして、さすがに私だけが読むとはなりませんから色々と起きそうではありますね。誰もが読める前提ならば契約文字は使えませんしね。もし私だけに向けた契約文字があったとしても知らぬ振りをすればどうとでもなるでしょう? さて、何をしようとするのか」

 ようやく食べる為の手を止めたセルアが眉を寄せる。

「その割には余裕そうに見えるぞ?」

 するとユージィンはまさかと言いたげに驚いて見せた。

「そうでもありませんよ? 私はここでの地位を手放したくはありません」

「俺だってユージィンにいなくなられては困る。俺達の意見は合っているが、問題はこの状況がどうなるかだな」

 シェラルドは名を上げはしないもののユージィンを引き渡せと言って来ている。しかし、ユージィンもセルアもその状況を望んではいないらしい。

 もちろん蘭もそうだ。わずかな知識を持ち合わせているだけではあるが、姫がいないままの状況でユージィンがいなくなる事は駄目だと思えるものがあった。 

「ねえ、もしユージィンがそうだって分かったらどうなるの? 向こうが伝えて来るのかもしれないんでしょう?」

 漠然とした不安をぶつけてみると、ユージィンは自信ありげな笑みを浮かべ答える。

「大丈夫ですよ? 確かに不審がっている者はいますがあくまで城内全員に対する疑惑であり、誰なのかがはっきりとしているわけではありません。私がしっかり仕事をこなし続けている限り、周りは違うと思うでしょうね」

 確かに現在は大丈夫なのだろうとは思う。だが、今ではない先がどうなるのかは不確かなのだ。

「ユージィンが今の地位にいるのはすべき事をしてきたからっていうのはわかるよ。でも、人の言葉って考えている以上に怖いと思うんだよね」

 シェラルドが意図して流している噂ならば、いつかはユージィンを指し示す内容が伝わってくるのではないのか。そう思わずにはいられない。

 蘭の不安が伝わったのかどうか、ユージィンはしっかりと頷く。

「それには同意見ですね。一度事が起きればどうなるのかを想像したくはありません」

「その割には、どうしても余裕そうに見えるよ?」

 先程からユージィンの発言には不安の欠片も感じられなかった。困惑した様子も見せてはいるが、そうなったならどうとでもしましょうと言いそうな自信のようなものを感じてしまう。

 ユージィンはここでもやはり、しっかりとした笑みを浮かべて見せた。

「そう見えるようにしなければ駄目なのですよ。わずかでも不穏な姿を見せれば、疑われるでしょう? その為には平然と過ごすだけです。現に私はウィルナのユージィンなのですから」

 何年もこうして来たのだから真っ当するだけですよと言い切る笑顔が、ユージィンとして存在している何よりの証なのだろうと蘭は思わされる。

 噂だけではなく、ずっとマティアスである事を悟られない生活をユージィンは送って来たのだ。今回の件はさほど気にするものではないのかと、蘭は信じてしまいそうにもなった。

「今のところユージィンを疑っている奴は少数だ。ほとんどは俺が引き受けてるからな」

 この内容に今度はセルアへと蘭の意識は切り換わる。

「セルアが?」

 相変わらず背もたれに寄りかかってはいたが、セルアは体を起き上がらせると片腕をテーブルへと載せた。

「俺を直接知る奴はそうでもねぇが、知らねぇ奴らからすればうってつけだろう。戦いともなりゃ敵、味方も関係なしに殺す無慈悲な悪魔様だからな」

 そうしてつまらなそうに頬杖を着く姿に、蘭は目を大きく見開く。

「敵も味方もって、セルアは理由もなしにそんな事はしないでしょう?」

 何がわかると聞かれれば難しくはあったが、セルアが敵味方も関係なしに殺すという噂に蘭は違和感を覚えずにはいられなかった。

 するとセルアははっきりと口端を上げる。

「嬉しい事を言ってくれるな。確かに理由もなきゃそんな事はしねぇ。だが、理由があったから過去にはしたとも言えるんだ」

 はっきりと敵も味方も殺していると認めた発言に、蘭は何を言うべきかを考えてしまい押し黙った。セルアは気にするなと軽く告げ、続ける。

「あくまで過去の話で、必要があってした事だ」

「……うん」

 これ以上何を言うべきかが分からず蘭はとにかく頷き、そして考えた。すると程なく一つの事に行き当たる。

「そもそもセルアはウィルナから離れられないってわかってるんじゃないの? 姫様の側にいなければ魔力をどうする事もできないでしょう?」

 姫の側にいなければ生きてはいけない術を体に施されているのだ。最も条件から外れるべきではないだろうか。

 それはそうだがとセルアは口にしつつも、表情を曇らせた。

「俺は今、そのウィルナを離れられない理由からも逸脱しちまってる。それも不自然に思われる要因だな。周りは本当の事をわかっちゃいねぇし、近頃大人の姿でうろついているのは何かをする前触れじゃねぇのか? って考えるわけだ」

 はっきりとセルアの容姿が変わる理由を知っている人間も極少数の為、詳しい事情を知らない者の間では好き勝手に言われるという説明に蘭はただ頷くほかない。

「じゃあ、今はセルアが疑われてるって事にしても、直接何かを言われたりされたりとかはないの?」

「今のところそれはねぇな。あくまで俺が一番疑わしいってだけだからな。何よりも俺相手にそんな事をしようとする奴なんていねぇよ。気に触ったら殺されるとでも思ってるだろうしな」

 城内でのセルアの風評も気にはなったが今はそこに触れている状況ではないと思えた蘭は、先程と同じく言葉に詰まってしまう。

 すると、ユージィンがゆっくりと口を開いた。

「セルアには申しわけありませんが、私はこの状況にしばらく甘えさせていただくつもりですよ。貴方がそのような事をしないのはじゅうぶんにわかってはいますがね」

「俺もそれで構わねぇ。だが、向こうがユージィンを名指ししてくるまでの間だとわかりきってる。その前にどうするか、もしくはそうなってからどうするかだな」

 特に申しわけないとも思っていない様子のユージィンと当たり前のように受け入れたセルアを見た蘭は、二人の中ではすでに何かが決まっているのではないかと思う。

 それ程までに二人はしっかりとした表情で会話を続けているのだ。

「いつかは表に出さなければならないとわかってはいますが、今ではないでしょう。まあ、こちらからも何かしらの手を打つ必要があるとは言えますね」

「その手は?」

 さすがにこればかりはすぐに案が出なかったらしく、ユージィンはたっぷりと時間をかけてからセルアの問いに答える。

「前例はありませんが、ウィルナ、シェラルド、アンヘリカの三者が揃う機会でも設ける事にしましょうか」

 この意見に対するセルアの表情は驚きを通り越して呆れてしまったような、大口を開けたものだ。 

「頭の固い連中がそれを許すと思うか?」

 疑わしげにセルアが言えば、ユージィンはやはり笑顔で答える。

「許す許さないではなく、従っていただくほかはありませんね」

 そうして見せる表情は、ユージィンではなくマティアスなのではないかと蘭は思っていた。


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