四章.注ぐ光に孤は惑う(一)
赤く染められた革の表紙は、表題すら記されていない。しかし赤一色ではなく周囲を豪奢な金が縁取っており、蘭が目にしてきたどの書物よりも豪華な装丁である事は確かだった。
片手で持つにはつらいのではないかと思える程の厚みの本は、セルアの両手の上に鎮座している。
ぽっかりと空く穴は、積み上げられた石を一つ引き出すだけで現れた。そして奥に続く空間も無理に作られたようには見えず、三人は各々覗き込みながらも意見を述べた。
「最初からあったものなのかな?」
「壊しようがねぇもんだからな。そうだろう」
「そんな事は可能なのですか? 見る限り石の状態は同じでしょう?」
床に落ちた石も壁を造る石にも大きな違いは見られない。造られたままの一切欠けぬ姿は、ウィルナの建物としては当然の事だ。
セルアは壁と抜け落ちた石を数度交互に触ると、本が納められていた穴を覗き込む。
「術は建物全体に使われているが扉や窓は開くだろう? はなからくっついていないのなら劣化を抑えられるだけだ。造られた時点でこの仕組みはでき上がっていたと考えるべきだな」
他にもありはしないかとセルアは穴の周辺を探り、ユージィンは元より露になっている壁面に触れた。蘭も壁に手を当て何かがないかと探りながら聞く。
「じゃあ、本もその時からあったって事?」
「さあな。だが、こいつにも魔力を入れてあんのは確かだ。新しいもんではなさそうだな」
セルアが表紙に触れ中身を覗かぬままに言えば、ユージィンが訝しげに目を向ける。
「魔力、ですか?」
「ああ、ランが持ってる板と同じだ。劣化を防ぐにしても随分な量を入れてある」
手にした状態で開くには分厚過ぎる本を、セルアは座り込んで床に置いた。蘭とユージィンも側へ寄ると膝をついて覗き込み、隠されていた中身が現れるのを待つ。
「さて、何が出るのか」
軽い口調ではあったがセルアの瞳は真剣であり、手は静かに表紙をめくる。
そして、現れた中身に三人は言葉もなく顔を見合わせた。
表紙は赤く染められているが、中身を作る紙は黄みがかったものだ。蘭が手渡された教本も姫の屋敷にある書物も同じような質であり、決して特別なものではないらしい。
そこには読めはしないものの文字と教えられた綴りは並ばず、謎めいた模様が書き込まれているのを認識すると共に、蘭の脳裏には言葉が浮かんだ。
「ランには読めるものがありますか?」
誰もがわかっているらしく、簡潔なユージィンの問いに蘭は無言で頷く。
道すらも読んだと思えば驚きも少ない。眼の前にあるのは本であり、書かれたものを読んでいるのだから当然とも言えた。
とにかく蘭は頁全体に目を走らせ、自分が読めるものを探す。これは契約文字であり、だからこそ脳裏には言葉が浮かぶのだ。
「わかるけど、道を見た時と変わらないよ」
新たな言葉を知れないかと思ったが、浮かび上がるのは魂、欠片、失うと、覚えがあるものばかりだった。
「関わりのある言葉だけって事か。ったく、何かが出て来ても全部契約文字じゃどうにもなんねぇな」
セルアがそう言いつつ頁をめくって行く。不可思議な模様が描かれている中に、蘭には時折単語の浮かぶものが存在する。
しかし、それだけでは意味をなさない。この本に書かれている内容全てを知り得るには蘭が読める言葉は少な過ぎた。契約文字は伝える相手を特定しているはずだが、先程から蘭は一部のみを知れるのでありもどかしさばかりが募る。
アンヘリカで手に入れた板は、全体を目にするとあなたが魂の欠片と訴えてきた。道と本のように読めないと感じる部分は存在しない。
「これや道を全部読める人は誰なのかな? それにわたしが一部を読めるのも変な感じがする」
ウィルナを知らない蘭が契約文字を読める事がすでにおかしくはあったが、中途半端に情報を伝えてくるものは更に違和感を覚えさせる。
「この部屋にある事を考えると、王族の人間ではないでしょうか? 私やセルアも出入りはしますが、基本的に主は王や姫なのですよ」
執務室の目的としては正しいのだろうが、セルアはあまり納得していないらしい。
「そんな気もするが、はっきりとは言い切れないだろう? 建物自体に手を加えるのは無理だが、部屋の中身を変える事はできる」
あくまで術に守られているのは家屋や土地であるらしく、家具や小物等は劣化もするし壊れもするようだ。現に執務室は壁、天井、床は無傷であり、中に置かれていた棚や本たちがぼろぼろになってしまっていた。
「造られた時点と今では、部屋の用途が違う可能性も否定できませんね。しかし、契約文字を知っているのは基本的に王宮の者ですよ? 位置取り的にも王に近しい地位の者が入るのがせいぜいでしょう」
「確かにユージィンの意見が一番現実的だろうな」
不確定な会話をしながらも、次々に頁をめくっていたセルアの手が急に止まる。細かな模様の中に走り書きが見つかったからだ。
それは契約文字ではなく、おそらくウィルナの文字だと蘭は目を凝らし考える。読めるようにと努力しつつもきっかけが掴めないでいる文字は、随分と短いものだった。
「意味ねぇか」
「そのようですね」
セルアとユージィンは肩を落とし、頁はあっという間に次へ進んでしまう。
「何が書いてあったの?」
読めない蘭が素直に聞けば、返事も早い。
「食べたい物が書いてあったのです」
「食べたい物?」
ユージィンが教えてくれたものの、確かに意味はなさそうだった。
「まさか日記を契約文字で書きましたとか言わねぇだろうな」
セルアの発言にユージィンが難しい顔で開かれた本を眺め、次に困ったように首を傾げる。
「ランには魂や欠片と読めるものがあるのですよ? それを思えば契約文字には意味があると考えるべきでしょう」
「どうも書き手は一人じゃないみてぇだしな」
よくわからない模様が描かれているという点は変わらないが、ある程度の頁毎に雰囲気は大きく違っていた。
荒々しく頁を埋めているものがあれば、繊細で芸術的な姿を残しているものもある。契約文字は読ませたい相手だけがわかるように魔力を使って残す文字なのだ。蘭が初めて出会った契約文字は随分と美しい工芸品のように見え、今目の前にある契約文字は本に記されている為に読むべきものだと感じさせる。道に至っては一般的な生活範囲では文字と認識する事すら叶わない。
(結局はどれも読ませたいんだろうけど)
描こうが書こうが構わないものであり、全ては使い手に任されるのかもしれないと蘭は新たな頁を待つ。
「書かれた方の性格が出ているのは確かですね」
がらりと雰囲気が変わり、風景画を描いている頁にユージィンが笑った。
先程、塔から眺めた景色の一部を克明に写したらしい。個人の特定はできなくとも、やはり城の主である可能性は高いようだ。
「ったく、残す言葉と絵のどっちに重きを置いたのがかわかんねぇな」
セルアの言葉を耳にしつつも描かれた家屋の一部を見れば脳裏に魂と浮かび上がって来た為、蘭は確信する。
「ちゃんと読める部分はあるよ。魂って書いてある」
書いてあるという表現すらも似つかわしくはないが、とにかくその部分を指し示した。
「全てではなくともランが読めるのはありがてぇな。しかし、ここまでして描くもんか?」
どうやら風景画は数十頁続くらしく、セルアは緻密に描かれた紙を呆れたように眺めながらめくり続ける。そうすると今度はやる気の感じられない曲線ばかりが現れた。
「細やかな絵の次は随分と大胆なものですね」
みみずが這ったような波が並ぶだけでも、やはり契約文字らしい。蘭の頭には強制的に言葉が浮かび、否定のしようがなかった。
「しかしところどころに契約文字以外の走り書きもありますが、大したものではないようですね」
「その時あった事を書き止めているだけで、関係なさそうだな」
ユージィンとセルアはお互いに確認しながら、時折現れる文字に目を走らせている。
蘭が契約文字である確証を探し、二人は有益性の低い一般的な文字を求める作業がしばらく続く。
そうして延々と頁をめくり半分を過ぎた頃、セルアの手が止まりこれまでとは違う反応が見えた。
「ん……?」
引っかかりのある様子にユージィンの視線が動き、息を飲む。
「これは……姫の文字」
ゆっくりと本へ手を伸ばし文字を撫でたユージィンが、そこに書かれているらしい言葉を発した。
「分かたれたものが一つになれば、欠けたものは戻る……?」
「欠けた、もの?」
思い当たる単語に蘭は繰り返す。あなたが魂の欠片、失われた魂を取り戻すと、これまで蘭が読めたものは今ユージィンが言った内容に当てはまるのだ。失われたと戻るは、同じ意味合いと捉えて構わないのではないだろうか。
二人の視線も自然と蘭へ向けられる。
「あなたが魂の欠片が、仮にランを指しているとしましょう。そして、姫の文字は欠けたものは戻るか? そう言っています。ものという表現は漠然としていますが、欠けたという点を見逃すのも惜しくはありませんか?」
「だが、ものの部分が何を指しているのかまではわからないだろう? あくまでも仮定だ」
「しかし姫は欠けたものを戻そうとしたからこそ書いたのでは? 魂の欠片が当てはまる可能性が高いと私は考えます」
蘭とセルアは黙ってユージィンの言葉を聞き入る。
「ならば、ランは姫がここへ呼んだと考えるべきではないでしょうか?」
簡単に呼ばれたと言われても、一体どのようにしたなら蘭をこの場所へ連れてこれるのだろう。術という不思議な力が存在するからこそ見知った世界ではないと思えるが、納得もしきれなかった。
「方法はわかりませんが、この文字を見る限り姫は欠けたものを戻したがっていた」
言い切るように続けるユージィンへ、セルアが文字の一部を指し示す。
「そうは取れるが、分かたれたものが一つになるはどうするつもりだ?」
「文字通り、何かを一つにする事ができればランを呼べるという意味で構わないのでは?」
小さく唸るようにしてセルアは本と蘭を交互に見比べた。
「悪くはねぇか。ランは必要があってここにいるはずだしな。だから王族が読めるはずの契約文字の一部を知る事ができるってとこか」
何故か必要だと言われるのにも慣れてきた。こうして少しずつ何かが集まっているようには思えるのだからと蘭は小さく漏らす。
「誰か、この本を読める人がいれば良いのに……」
それにセルアが反応した。
「王族であれば読めるというのは範囲が広過ぎる気がしねぇか?」
特に姫に兄弟がいる等の話を聞いた事もなく、父王は病床のはずだ。母は随分と昔に亡くなっているという話であり叔父叔母もしくは従兄弟でもいるのかと思っていると、ユージィンは眉を潜め間を置く。
「この国の人間は、元を辿ればほとんどが繋がっているはずです。王族とは呼べなくとも、その血が入っている可能性はありますね」
シェラルドの人間は入れず、アンヘリカの人間もごく最近受け入れ始めたのがウィルナだ。広い国だとは言っても高い塔を登れば見渡せる範囲であり、血筋を辿れば行き着く先が決まっているのかもしれない。
「そうなって来ると、俺達だって読めてもいいはずだ。違うってなると、先視みになんのか……」
面倒くせぇと言いながら髪を片手でかき回すセルアへ、ユージィンが問う。
「そうでしょうか?」
「国を治める為に必要とされる証が先視みって事を考えると、一番しっくりくるだろう? よくわかんねぇが、先視みを持つ人物くらいにくくらねぇと範囲が狭まらない」
「でも、それじゃ姫様以外は読めないって事だよね?」
蘭が聞くとセルアは渋い表情を浮かべる。
「もう一人……いる、とも言えるな」
「もう一人?」
先視みの力は国に一人だけではなかったのだろうか? 蘭が不思議に思いセルアを見上げると、隣でユージィンが溜め息をついたのがわかった。
「それは無理でしょう? セルア」
「そうかもしれねぇが、シェラルドにも一人いるのは確かだ」
ユージィンも否定はせず、セルアも決して納得している様子ではない。
「シェラルド?」
素直に疑問を口にした蘭へ、セルアはそういやお前は知らなかったなと続ける。
「先視みの力は、ウィルナとシェラルドに、必ず一人ずついるもんだ」
「ウィルナでは姫が先視みできるように、シェラルドでも第一王子のマティアスが力を持っているはずですよ」
セルアの言葉を引き継いだユージィンを見ながら、蘭は更に聞いた。
「その第一王子も未来が見えるって事?」
姫はウィルナの未来を見る事ができ、その力を使いながら国を治めている。ウィルナは美しく活気のある町であり、蘭の常識とかけ離れてはいるがうまく機能しているように見えた。
シェラルドも魔力により成り立っているとは聞いていたが、先視みという力までもがあるとは思ってもいない。
「おそらくとしか言えませんが、そうなのでしょう」
「あいつが先視みで得たものを口にしてる姿しか見てねぇ上に、シェラルドの人間と話をする機会もない。そういうもんだと知ってるだけだ」
二人が不確定な返答を寄こし、蘭は考える。
「ならシェラルドもウィルナと同じような国だと思っていいのかな?」
「同じような国?」
セルアが聞き返してきた為、蘭は頷く。
「町の雰囲気とか色々な部分。未来が見えて国を治めてるのなら、変わらないんじゃないの?」
それにはユージィン、セルア共に随分と複雑な表情を見せた。
「ウィルナ自体がここ三年で大きく変わっているので、違うのではないでしょうか」
「ああ、俺もそう思う」
「どういう事?」
より良くする為に未来が見えているとばかり思っていたのだが違うのかと聞けば、ユージィンが本当に仕方なさそうに告げる。
「ウィルナでは姫が先視みを引き継ぐまで、王が国の為に良くないと判断した者を処刑していたのですよ。全国民が王にまみえる機会はないので、あくまで城に入った者がほとんどではありましたがね」
「処……刑?」
思いもしない物騒な言葉に、蘭はとにかく繰り返す。
「別にその王だけがって事じゃねぇよ。どのくらい前かは知らねぇが、長く続いていたもんだぞ」
いつからかもわからない間、王の言葉一つで人を殺していたのかと蘭は驚くばかりだ。
「そんな事って、おかしくないの?」
聞けばセルアは大きく首をすくめる。
「改めて聞かれればそんな気もするが、もしおかしいと思っても単なる一国民がどうにかできるもんでもねぇしな。王宮にいる奴らだって、いつ自分がそんな目に遭うかわかったもんじゃないと思いつつ働いていた。俺達だってそれは変わらない」
「ですが、どうやら私達二人はとても良い未来が見えるらしく、王からの扱いは良かったですしね。不安も少なく過ごしていた方だとは思いますよ?」
ユージィンはわからないが、セルアは半ば無理やり城に留まる形ではなかったか。蘭がそう思っているとセルアが口端を上げた。
「初見で駄目だと思ったら、とっくに殺されてたって事だ。それ以外なら扱いが良いってとこだな」
殺されなければ良い扱い、それで構わないのだろうか? どうにもこれは蘭の常識には当てはまらない。
「それでも城で働くうちに何が変わったのか、良くないと言って消される場合もありましたしね」
ユージィンはさらりと消すと言ったのだが、もちろんそれは命そのものを消してしまうのだろう。
「城に仕えるのは命懸け、それが当たり前だったからな。そんな気がなくてもたまたま町で良い未来が見えたと目を留められ、そのまま城に入れと言われる場合もある」
「さすがにそうやって来た人達は滅多に消えないようでしたね」
「確かにな」
蘭にはただ恐ろしい事に思えたのだが、二人は大きく気にかけているわけでもないらしい。当たり前のように会話を続けていくばかりだった。
先視みというものがあり、限りなく近い先という蘭自身に関わりがありそうな言葉を姫が残したとは理解している。だからこそ先視みとは何かの手がかりのような、ちょっとしたきっかけくらいに考えていたのだ。まさか人の命を奪うものとは想像もしていない。
蘭は驚き二人の話を聞いているばかりだったがどうにか言葉を出す。
「なら、どうしてやめたの? 姫様だって同じように見えるんでしょう?」
長く続いてきたものを止めたのなら、理由があるに違いない。蘭の質問に二人はわずかな間を置きはしたが、まずはセルアが何かを思い出したように笑った。
「理由なんて大したもんじゃねぇよ。くだらねぇって言ったんだ」
「え?」
ユージィンも同じく笑うだけであり、本当に大きな理由はないように見える。
「ええ、くだらないと言っていましたね。先視みが悪いと告げたからと殺す必要はないのかもしれないと、気まぐれのように止めたのですよ」
「そう、なの?」
「あいつは見てる限りでは気まぐれだからな。何か考えてんのかもしれねぇが、とにかくくだらないからやめると言いやがった。結果も悪くないし、良かったんじゃねぇか?」
「実際、雰囲気が以前よりも良くなりましたね。城の中でも怯えるような空気がなくなり、皆の働く意欲も増したように見えますよ。町の者も仕官の声がかかっても殺されないとわかり、随分と気軽に返事を寄こしているようです」
柔らかに笑ったユージィンへセルアもそうだなと返事をする。
蘭がおかしいと感じたように姫も考えたのかと思うと、少しばかりだが安堵できる。もしも、本当に蘭が姫に呼ばれたのならば、簡単に誰かを殺してしまうような人物ではない方が良い。
「じゃあ、シェラルドは殺しているのかもしれないし、そうじゃないのかもしれないって事だよね? 特に情報が入ってくるわけでもないんでしょ?」
お互いに人の行き来を禁止しているらしいのだ。シェラルドには本当に先視みがあるのかも怪しいのではないかと蘭は思うが、読める人物を求めるという理由から口にはしない。
「そうなるな」
「もし知りたいのならば、密偵を使うほかはないでしょう」
ユージィンの発言にセルアが渋面を作る。
「それは駄目だろうが、あいつがいない時に下手な動きはできねぇ」
「わかっていますよ。ならば向こうの状況を知る手立てはないに等しい。第一王子がこの本を読める可能性はあっても、それを実行する術がありません」
「そうなんだよな、ったく厄介なもんばかりが現れやがる」
セルアはぼやきながらも、更に頁をめくったのだが以降は全て白紙だった。飛ばして書き込まれてはいないかと探してはみたが、何も記されない紙が続くばかりである。
「代々書き連ねて来たという事なのでしょうかね」
最後に書いているのが姫と考えるとそうなのだろうと話はまとまったが、新しい情報を手に入れはしたものの解決までは至らない。
「こいつは屋敷に持ってくか?」
セルアの提案にユージィンも頷く。
「まだ簡単に目を通しただけですからね。もしかすると私達にも読める文字で何かがあるのかもしれませんし、ランが何かを見つけてくれる可能性も捨て切れません」
「なら決まりだな。さて、俺達は屋敷へ戻るか」
本を閉じたセルアが小脇に抱えて立ち上がる。そして空いた片手を差し伸べてきたので、蘭は素直に掴み立ち上がった。
「最近のセルアには驚かされますね」
含みのある台詞と共に笑ったユージィンへ、セルアがきつく眼差しを向ける。
「うるせぇな」
「姫がいたならば喜んだでしょうに。珍しいものを私だけが見たとなっては怒られてしまいます」
声を出して笑いながら立ち上がったユージィンは、机に置いた箱を取り上げると蘭へ告げた。
「そのままの姿で帰すわけにはいきません。私が戻って来るまではここにいてくださいね」
「ああ、そうだな」
納得するセルアの声を聞きながら、蘭も己の姿を思い出す。
暴発により破けた衣服で城内を歩くのは、確かに無理そうだった。




