二章.止められた孤に灯る想い【一】(終)
その後のセルアは蘭に好きな事をしていれば良いと告げ、本当に普段通りだった。気が向くと話しかけて来るが、突然ふらりと屋敷から出て行ったりもする。そうかと思うとまた戻って来てソファで眠る。あまりにも常と変わらぬ動作であり、違和感はあるが蘭も多少は落ち着いたように思えていた。
違う部分と言えば、いつもならばユージィンが来る前には必ず帰っていたはずがまだいるというところだ。アンヘリカから帰ってきた日も夕食を共にしたが、それ以来はなかった。
どうやらセルアがいられる時間は夕食前までが基本らしい。特別に用事がある時のみユージィンを待っているように見えた。
そして、突然大人の姿になったセルアを見たハンナの反応は、蘭とは違いあまりにも普通だった。
あらセルア、その姿は久しぶりね。そうごく当たり前のように言ったのだ。
その姿を唖然と見つめている蘭にハンナは笑った。
ランは初めて見たんでしょう? びっくりするわよね。大きくなったり小さくなったり、でもそのうち慣れますよと察してはくれたようなのだ。
素直に頷きながら蘭は、どうやらセルアが大きくなったり小さくなる事は不思議ではないようだと改めて認識した。
食事も済み後片付けをしたハンナは自宅へと帰って行き、蘭とセルアは食堂へそのまま残りのんびりと茶をすする。
お互い椅子の背もたれに寄りかかり、特に会話を必要としなくとも過ごせる。そんな関係になっていたはずなのだが、まるで別人のように見える為かどこか落ち着かない。
おそらく気にしているのは蘭だけなのだろう、セルアは特に変わった素振りもなかった。ふと立ち上がると気ままに食堂をうろつき、食べたばかりだというのに何やら口にする物を探しているようだ。
まるで見知らぬ人といるような感覚に耐えられなくなった蘭は、セルアに声をかける。
「本当にそれが普通なんだよね?」
「ん? どうした?」
「ハンナも別に驚いてなかったし……久しぶりって言っただけじゃなくて、どこか安心してるっぽかったかな?」
どうやら何かを見つけたらしく、セルアは口に放り込む。
そうして容器を掴むと、咀嚼しながらテーブルまで戻って来て置いた。どうやら、ハンナの焼いた菓子らしい。
どかりと椅子に座りなおすと当然だと言葉が返ってきた。
「そりゃそうだ、見慣れてる。ランとハンナは昔から知ってるからな。ユージィンもまあ、今更驚きはしないだろう」
「そっか」
「まだ見慣れねぇか。俺の顔ぶっ叩くくらいだから慣れたのかと思ったんだが」
「あれは、見慣れたと言うよりも驚いたのよ。あの時だけで色んな事があったでしょ? というよりはセルアがしたんでしょ」
「そりゃそうだ」
こうして会話を続けてしまえばやはりセルアであるとは思える。テーブルに頬杖をつきながらこちらを眺める仕草も、知らぬものではなかった。
蘭も焼き菓子へと手を伸ばす、甘い物は別腹であり控えめの甘さとさくりとした触感が良い。美味しいと思いながら、向けられている視線に気付けばセルアは笑んでいる。
「どうしたの?」
「別に」
「そう?」
どうもこの姿になってからのセルアはよく笑う気がすると蘭は思う。普段の不機嫌そうな仕草はどこへいってしまったのかと感じる程に違うのだ。外見以外に感じ取れる唯一の変化とでも言えそうな様子には何か含まれているのかとも思えた。
「そういえば、セルアの本当の年っていくつ? 私より年上なんでしょう? 話していておかしな感じがするのも間違ってなかったんだよね」
常に蘭よりも落ち着いて構え、ユージィンやハンナとも同等に渡り合っているのは当然だったらしい。おそらくセルアは見た目はともかく中身は大人であり、そうして蘭にも接していたに違いない。
「二十七だ」
正面にいる見慣れぬセルアは当たり前のように告げたのだが、蘭の想像を超えていた。
「に……じゅうなな?」
確かに大人びているとは思っていたが、まさか八つも年上だったのかと驚く。今日はクロードが年下である事を知り、セルアが年上である事も知った。どうにもちぐはぐな二人に頭が混乱するわけだと溜息を漏らす。
(ややこしいわ)
それでもクロードはまだ納得がいった。単に成長が早いと思えば問題がない。
さすがにセルアは規格外だと蘭はまじまじと見つめる。
「なんだ、その反応は?」
「いや、なんていうか。少し前まで十二歳だと思っていた人が、実は倍以上の年でしたっていうのはさすがに驚くよ?」
セルアやハンナにとっては当然なのかもしれないが、蘭の中ではうまく消化できない程の大事件だったのだ。
「それは否定できねぇな」
「否定されても無理だし。でもハンナを見ていると、普通なんだなって思わなきゃいけないんだよね。術があるし不思議な場所だとは思っていたけど、見た目も変わるなんて思いもしないよ?」
「誰でもできるもんでもないしな。お前怖くはねぇのか?」
「なんで? だってそれが普通なんでしょ? 驚いたし非常識だとは思ったけれど、今の姿の方が納得できる気もする」
会話をしつつも菓子を食べ続けていたセルアは、何故か少し驚いたように目を開いた。
「へえ、変わってるな」
「変わってるのはセルアでしょ? 子供っぽくない喋り方をするとは思っていたにしても、とんでもない事をするんだから」
まるでこちらが変わり者のような言い方をされ蘭が反論すると、セルアはただ口端を上げるだけだ。
「俺としてはそうでもないと思うがな?」
「ふうん」
やはり当然という意味かと蘭が頷いていると、扉を叩く音が混じる。
セルアは前触れもなしに入ってくるが、ユージィンは知らせを告げなければ入室しない。
「いいよー」
大きめの声を向ければ、ゆっくりと扉が開かれる。
「お邪魔しますね」
普段と変わらず静かに入ってくるユージィンが、多い人影に視線を向ける。その瞬間、目は大きく見開かれ、口はぽかんと半開きになった。
そして、そのまま立ち止まってしまったのだ。
「ユージィン、どうしたの?」
常ならぬ様子に蘭が問いかけるが返答はない。ユージィンはひたすらセルアに視線を向け続け、突然に足を進める。
「どう……してです?」
勢いよくセルアの側までやって来ると、大声が放たれた。
「どうしてその姿なんです!」
セルアに掴みかかるのではと思うような勢いで、ユージィンがまくし立てた事に蘭は驚く。
ここまで過剰な反応を見せるユージィンは初めてだったが、セルアは落ち着いたもので椅子を指差すだけだ。
「説明するから座れ。聞かなきゃわかんねぇだろうが」
「それはそうですが、おかしいではないですか! どうしてその姿になっているのです。ランがいなければ無理なはずでしょう?」
大人しく席に付く余裕もないらしい、そのまま話は続けられる。
「んー。まあ、こいつのおかげだ」
何を思っているのか笑みを浮かべるセルアは蘭へ視線を向け、ユージィンが素早く続く。
「何をしたのです?」
焦りを感じさせるユージィンに、蘭は状況が理解できないまま答える。
「セルアに戻れって……言えって」
「それで戻ったのですか?」
再びユージィンに視線を向けられたセルアは、更に目を細め頷いた。
「そういうこった」
ユージィンの常々笑みを浮かべている顔は強張り、崩れ落ちそうな体を支えるように両手がテーブルへ置かれる。
「何故……です?」
呆然としながらもセルアへ瞳を向けてはいるが、焦点が合っているのかも怪しく見えた。
「おかしいでしょう? あれはランとの間に交わされたもののはず……」
ユージィンはセルアが大きくなった事が信じられないらしい。当たり前だと受け入れたハンナとは間逆の反応だった。
そして今言っているランとはおそらく姫の事なのだろう。蘭と区別する為に、ずっと姫を名で呼ばずにいたユージィンがそれを崩してしまっている。
「それはそうだが、変わっちまったんだよ」
セルアは髪をかき上げながら眉を寄せ、どうしたものかと考えているようだった。
ハンナの反応に対しては当然だと言ったが、ユージィンに関しては驚きはしないだろうと曖昧な発言をしていたのだ。全く予想のできないものではなかったらしい。
ユージィンはセルアを見つめ続けるだけであり、その視線に困ったようにセルアは蘭へ顔を向ける。
「似てるからって考えるしかねぇのかもな」
「似てる?」
返事をしないユージィンに代わって、蘭が聞いた。セルアとしてはそれでも構わないらしく話を続ける。
「初めて見た時に俺は、似てるって言っただろう? あれは見ただけって事じゃねぇ。どこか本質が似ているって意味だ。そして、今日こいつに俺が大人になると思わせながら戻れと言わせた」
素直に頷いた蘭へ目を向けたユージィンが、ようやく口を開く。
「それで術が履行された……」
「おそらくな」
二人の視線を受けた蘭は、何を言っていいのかもわからずセルアとユージィンを交互に眺める。
「別にお前が悪いとかではねぇよ、気にすんな」
セルアはそう言うが、ユージィンのただ事ではない様子には意味があるのだろう。
「ユージィンもそんなにこいつを驚かすな。本当にたまたまの事だ。初めからこの屋敷を自由に出入りできると考えると、間違ってもいないだろう? こいつはランに限りなく近い存在だと捉えるしかねぇ」
こうしてユージィンへ声をかけるセルアを見ていると、改めて年上なのだろうと思えてくる。以前からユージィンよりもセルアの方が物事に詳しい口ぶりが多かった。術師という特殊な能力だけではなく、仕えている年月が違っているのだと感じさせるものがある。
ユージィンは色々と考えているのか、すぐに言葉を返そうとはしない。たっぷりと時間を置き、酷く悪い顔色と共に搾り出すような声で告げる。
「ええ、そう考えるほかはないのでしょうね。しかし……この事が姫の身に異変があったという理由にはなりませんか?」
「おそらく違う、としか言えない」
困ったように眉を下げたセルアへ、今度は鋭い瞳がぶつけられた。
「何故、そう言えます?」
「あいつはちゃんと先を見ている。ならば生きて戻ってくるのが約束されているはずだ。俺よりもユージィンが先視みを信じているんじゃなかったのか?」
「それはそうですが……」
蘭には理解しがたいが、先が見える事が無事の証になるというのだ。ユージィンも決して否定はせず、むしろ渋々ではあるが納得しているように見えた。
「ここはむしろ、俺が大きくなった事にも意味があると思った方がいい。何かの為に事が進んだと考えるべきだろう」
はっきりと言い切ったセルアへ、ユージィンが眉を潜める。
「それを理由に、貴方はそのままでいるつもりですか?」
「当たり前だ」
「戻る気は?」
「ない」
するとユージィンはゆっくりと蘭へ目を向けた。そして今度は蘭の側へ足を進めたかと思うと、立ち上がるように促される。
「どうしたの?」
「これは必要な事ですから」
強引に背を押され、セルアの元へ連れて行かれた。
「ラン、セルアが子供の姿に戻るよう願ってください。小さくなるとでも言えば大丈夫なはずです」
「え?」
椅子に腰かけたセルアは嫌そうにユージィンを睨みつける。
「俺は断る。このままでいさせろ」
しかし、ユージィンも対抗するように瞳をぶつけるだけなのだ。
「常にその姿でいる事はないでしょう。ここでランが貴方を子供に戻せるのなら、いつでも自由に姿を変えられる保証がなされるのです。小さくなりなさい」
「それなら何日か経ってからで構わねぇだろ」
是が非でも小さくさせたいらしいユージィンと、戻りたくないらしいセルアの問答はしばらく続いた。だがセルアが折れる気配はなく、ユージィンが一つ溜息を零す。
「今まで貴方がその姿に固執した事はないでしょう? どうしたのです」
するとセルアは少々ばつが悪そうに言葉を濁す。
「……こっちの方が」
「その姿が、何です?」
言いよどむ姿にユージィンが促すと、セルアがふいに蘭の腕を掴み引き寄せた。
二人の会話に集中していた蘭は、踏みとどまれずにセルアの方へとふらつき近づいてしまう。
更にセルアが腰に腕を回し引っ張った為、蘭は椅子へ座るセルアに寄り添うように立つ格好になった。
「こいつの反応がいい」
拗ねたような口調のセルアに、ユージィンは今までとは違った意味で驚いたのだろう。何も言わずセルアを凝視する。
そして蘭は急にぴったりとくっついた事に驚き、慌ててセルアから逃れようともがいていた。
少年の姿ならばあまり気にならないのだが、頭で理解していても別人のように感じられてしまうのだ。落ち着かないととにかく離れようとする。
「離してよ! さっき触らないって言ったじゃない」
「それはさっきの話だろうが? 別にこのくらい気にするな」
離して欲しいと手でセルアの腕を外そうとはするが、緩まる気配はない。
「嫌よ。嘘つき」
今度は蘭とセルアの間で言い合いが始まり、ただ眺めていたユージィンがセルアへ聞いた。
「それが理由ですか? 本当に?」
訝しがっているらしいユージィンへセルアは言い切る。
「ああ、そうだ。悪いかよ?」
「…………」
そのまま何も答えずにいるユージィンと、逃れようと抗う蘭に拒むセルアという状況が続いた。
「…………」
あまりにも言葉のない時間が長い為か、耐えられなくなったらしいセルアが声を上げる。
「何か言えよ!」
「ふ……ふふっ」
それに今度はユージィンが声を上げて笑い出した。
そんな姿を想像もしていなかった蘭は、更に驚いてしまう。セルアにとっても予想外だったらしく、珍しいものを見るようにしている。
「す……すみませんっ、ま、まさか、ふふ、セルアが、そんな事」
何かを言おうとはしているようだが、ユージィンはとにかく笑いに笑った。
そうも笑えるのだろうかと思う程笑い続けるユージィンに、セルアの表情が険しくなる。だが、それでも蘭の腰に腕は回したままで喚く。
「そこまで笑うな!」
ユージィンは落ち着こうと、ゆっくり呼吸をしながら表情を整えているようだった。軽く腹を抑えたのは、痛みを感じる程笑ったからかもしれない。
「失礼しました。ふ……」
どこかまだ笑いが残っていそうな表情にも見えたが、どうにか落ち着いたらしい。
「貴方がそんな事を口にする日が来るとは思ってもいませんでしたよ」
そう言ってセルアを見るかと思えば、さりげなく視線を逸らす。
「悪かったな」
セルアもこれ以上笑われたくないのだろう、そこには触れず答える。
喉が渇いたらしいユージィンは、テーブルに置かれたポットから茶を注ぐと一口飲む。そうして、ようやく椅子に座った。
「笑ったせいでしょうか? 先程までの心配が馬鹿らしくなって来ましたよ」
「そりゃ良かったな」
特に反論する気もないらしいセルアへ、今度は蘭が声をかける。
「ねぇ、そろそろ離してくれない?」
おかしな状態ではあったが、ユージィンも落ち着いたらしい。蘭は不要だろうと訴えかけるが、セルアは不服そうに眉を寄せるだけだった。
「このままでもいいんじゃねぇか?」
「嫌よ、わたしも座りたいの」
簡単に言ってのけたセルアに蘭は反論する。座る事よりもこの腕をどかしたいのが本音だが、この方が何も言われない気がしたのだ。
「……仕方ねぇな」
思った通りセルアは蘭を解放し、そのまま元の椅子へ移動する事が許される。
この様子を黙って見ているユージィンの口元が微かに笑っているように見え、セルアも気付いたのか声を荒げる。
「ユージィン! 笑い過ぎだ」
するとユージィンはまた声を立てて笑い出し、セルアが面白くないと表情を歪めた。
ようやく状況も落ち着き、改めてユージィンは言う。
「私は一度、ランがセルアの姿を変えるところが見たいですね」
「嫌だとさっきも言っただろうが」
「理由も聞きましたが、ランは貴方の小さい姿を知っているのだから問題ないでしょう? ずっと小さくなれとは言いません、一度戻ってください」
だいぶ普段の調子に戻ったらしいユージィンは、嫌がるセルアにはっきりと言い切る。
「そう言われるとな……」
セルアも断りきれないようで、仕方がないと立ち上がり蘭の側へやって来た。こちらの頭に手を乗せて、見下ろす。
「今度は逆だ、俺が子供になると思いながら小さくなれって言ってみろ」
見上げておとなしく話を聞いていた蘭は頷いた。ほんの半日前、不機嫌そうな顔でソファに寝転んでいた子供の姿を思い浮かべ口を開く。
「小さくなれ……?」
しかし、セルアの姿は変わらなかった。あの時は何が起きたのかわからない程、一瞬で変わってしまったはずの容姿は大人のままである。
「あれ?」
「もう一回やってみろ」
「うん」
セルアは小さくなる。普段の十二歳の姿にならなくてはいけないのだと考える。しっかりと容姿を思い浮かべながら言葉に乗せた。
「小さくなれ」
「…………」
全員が無言となりお互いの顔を見た後に、ユージィンが首を捻る。
「変わりませんね?」
もう一度挑戦するも、やはり変わらない。
するとセルアがどこか嫌な笑みを称えて、蘭に告げる。
「お前、俺が小さくなるのを望んでねぇのか?」
「え?」
思いもしない言葉に疑問だけを口にすれば、ユージィンの声が続いた。
「セルア。あくまできっかけを与えているだけで、意思はさほど関係ないはずですよ」
その発言に蘭は密かに安堵する。自分の思い一つで姿が変わらないのは嫌なものがあったのだ。
セルアもそれは承知していたらしい、特に何も言わずに首をかしげている。
「どういうこった?」
「どういう事でしょうね」
三人で顔を見合わせていても何かが解決するわけでもない。しかし、誰も理由が思い当たらないのだから会話も進みようがなかった。
「もう俺が大きくなったのには意味があるって事でいいだろう」
話をまとめ始めたセルアに、ユージィンは納得していないらしい。
「何をそう簡単に言うんです?」
「実際にこの姿にはなれたが、そこから戻らねぇんだ。諦めるしかないだろう?」
「しかし……」
「仕方がないだろう。本来あるべきなのはこっちだ」
「今が自然なのはわかっています」
セルアが己の体を指し示す仕草とユージィンの言葉から、やはり子供の姿である事が異例らしいと蘭は知る。
だが、ユージィンは表情を曇らせるばかりであり認めはしない。
「それでも私は納得できません」
「そう言われてもどうにもできねぇ。納得するしないよりも諦めろ」
「諦めですか」
「そうだ」
嫌がるユージィンへセルアは受け入れろと言葉をかけ続けるが、どこか不満を表情に見せている。
「確かに方法がないのだから諦めるしかないのでしょうね」
本当に渋々口を開いたように思えるユージィンへ、セルアはどこか機嫌良く告げた。
「諦めろ、諦めろ」
するとわざとらしく溜息をついたユージィンが、突然普段通りの笑みを浮かべたのだ。これまでの驚きや焦りが一瞬にして鳴りを潜める姿は不思議なものだった。
「そんなに簡単に言われたくはないですね。しかし、セルアがその姿のままでいるのなら、すぐにでも蘭と二人でアンヘリカへ行ってもらいましょうか」
今までの流れがどうしてアンヘリカに繋がるというのだろうか。蘭には話が突飛過ぎるように思えた。
しかし、セルアは特に疑問もないらしい。当たり前に会話を続けてしまう。
「期間は?」
「三日で往復、こちらで御者も準備します。あなた方は乗っているだけで構いませんよ。ただし、魔力は使ってください」
「ちょっと待って! どうしてアンヘリカへ行くの?」
関係性の見出せない蘭は問うが、セルアもユージィンも誤魔化すように笑うだけだ。
「行くしかねぇんだよ。折角の二人旅なんだから喜べ」
「それがわからないの。しかも喜べっていうのは?」
「御者がいようが中の音は外へ聞こえない仕様だぞ」
乗り合いの詳しい仕組みは知らないが、どうやらそういうものらしい。
「セルア、馬鹿な事を言っていないで真面目に考えてください。蘭もまだ可能性は捨て切れないのですから、小さくなるように努力しましょう」
ユージィンが大きさを変える点を気にしているからには、やはり話自体が変わったわけではないようだ。何かはっきりとした理由があって話しているようには感じられる。
「う、うん。それは頑張るけれど……」
蘭には何も理解できないままに、突然のアンヘリカ行きは決まったのだった。




