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それほど、だったあなたに  作者: 帆々
愛のある関係がいい

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8

 新しい生活が始まり、ひと月。


 総司は別の幼稚園に通い出した。これまでと勝手が違い母子ともども戸惑うが、子供の順応性は侮れない。早々に友達もでき、園を楽しんでいるようだ。わたし一人が未だ慣れずにうろうろしている気がする。


 いろはちゃんは朝早めに家を出て仕事に行き、ほぼ定時上がりの毎日だ。独身女性で遊びに出ることもあるが、深夜にまで及ぶことはない。帰れば食事の用意等手伝ってくれる。疲れている仕事帰りに悪いな~、と一応主婦業のわたしが遠慮するが、とんでもないと首を振る。そして、なぜか恥ずかしそうな声を出した。


「後出しで悪いんですが…、わたし、これまで家にお金入れてこなかったんです」


 それがいたたまれないという。


「安月給だから、わずかですが、今後食事分くらいは入れますから…」


 わたしの存在がそこまで彼女の意識を変えさせるのか。犠牲を強いることが申し訳ない。それに、何だかんだ妹に甘い沖田さんがそこはお構いなしだったのだから、いいんじゃないかな。


「職場の先輩がわたしの常識がないって…」


「そうかな…、ははは。要らないって、言うと思うよ、お兄さん。それに、そういうことはやっぱり兄妹で何とか…」


 と沖田さんにさじを投げておく。やはりそこのところはどう落ち着くにせよ、兄妹で決めてほしい。そして常識が~というが、そんなものはそれぞれ家庭で異なって当たり前だとも思う。


 そうそう、沖田さん。朝はいろはちゃんと前後して家を出て、帰宅は大体夜の九時頃になる。余裕があればジムに寄ったりもする。帰ってもでろ~んと伸びていることはなく、テラスの野菜をのぞいたり、ニュースのチェックなどまめである。


 きちんとしているな、とちょっとびっくりした。二人のときにそれを口にすれば、そうか? と返しながらも、


「学生のとき緩み過ぎて留年しかけた。あれは恐怖だった。内定取ってるしそれがパアだし。本気で焦った」


 だから、ぼちぼちたゆまずやるのが長く彼のルールらしい。その習慣が今の身を律する彼を作ったのは間違いなさそうだ。頭抜けた出世をした人は日々が違うと、関心もした。


「悪いけど、俺はここ止まりだぞ」


 彼は笑うが、わたしは十三年前のまだ若い彼と再会した現在の彼を知るのみだ。その点と点を結んだ線が、今後どこ目指すのかまでは想像も及ばない。また興味も薄い。今のままでいいと、ちょっと切実なほどに思うだけ。


 そして、彼ら兄妹の言い合いながらも睦まじい温かい空間に、異物であるわたしと総司が加わることが、その雰囲気を壊しそうで怖かった。


 ひと月たち、今でもやっぱり怖い。


 それでも毎日をわたしは楽しく暮らしている。



 沖田さんが出張で出かけ、ぽかんと二日が空いた。いろはちゃんは代休で休みだ。総司の幼稚園が終わるのを待って三人で買い物に出かけることにした。総司のベッドが欲しいと思っていた。


 彼の留守にいいのかな、と思った。が、いろはちゃんが「家具なんか興味ないから、面白がらないし、いない方が楽ですよ。家電だったら勝手に買ったらうるさいけど」と請け合う。


 家電にうるさい沖田さんを知らない。へえ。妹やわたしの同人誌の他にもうるさいものが増えそうでおかしい。


 値頃な家具の店が入るショッピングモールへ行こうということになる。なら、車の方が便利だ。出かけようかというその時、携帯が鳴った。見れば、着信は美馬君だ。


『よかったら、お邪魔してもいいですか?』

 

 近くにいるという。わたしや総司は構わないが、ちらりといろはちゃんを見た。電話の表示を見せ、相手が彼であることを示す。途端に、彼女は「きゃっ」と頬に手当てときめいた顔をする。しょく⚪︎んマンに恋するドキ⚪︎ちゃんみたいな様子で可愛い。


 こくこく頷く。


「おいでよ。でも、ショッピングモールに出かけるところだから、どうする? 一緒に来る?」


 荷物持ちをしてくれるという。何というナイスガイ。バイクで側まで来ているという彼を待って、四人で出かけた。

 


 わたしと総司がこちらへ引っ越してから、二度ほど彼は遊びに来ている。料理を振舞ってくれ、皆で食べた。礼儀正しく優しいのは変わらずで「戦隊モノに出そうなやつ」と彼を色眼鏡で見ていた沖田さんも、彼に接して好印象を持ってくれたようだ。


 いろはちゃんは言うに及ばず…。大手サークルの出した同人誌から抜け出してきたみたいな美馬君には、メロメロな様子だった。「わきまえていますから、自分の年もスペックも」と毅然としてわたしには言うが、本音はどうだろう。う~ん。


 美馬君の方はいろはちゃんにももちろん優しいし丁寧だが、それ以上には見えない。女性に恬淡としているというか、若い男性にありがちながっつり感がない。草食系というよりも超越系というか…。彼ほどの見た目であればがっつりする必要もない訳だが。


 ショッピングモールではまずベッドを探す。美馬君が総司の手を引いて、ぐずりかければときに抱き上げてくれた。何というナイスガイ。


 あれこれ迷い、総司の意見も聞き決めてしまう。あちこち見て回るほどのものでもない。その場で配送の手配もしてもらった。


 食材を買って帰る前に、総司もねだるので少し休もうとフードコートへ行った。色んなお店からテイクアウトでき、小さな子連れには気楽でいい。いろはちゃんはと美馬君はここは初めてだそうで、珍しそうにしている。二人にオーダーをお願いして席で総司と待つことにした。


 目をやれば、コーヒーショップでメニューのボードを指さす立つ二人が見えた。仲のいいカップルに見える。微笑ましい。


 乱れた総司の前髪を直してやり、何気なく広い空間を見回した。そこで、あの人に気づいた。表情を変えたはずのわたしの目の先を、総司が敏く追う。


 元夫だった。一人ではなく若い女性と一緒だった。その人は女の子を連れている。夫婦と子供。違和感なくそう見えた。


 総司の「パパ」というか細い声が聞こえた。


 何の声がけもできず、わたしはその手を取って握った。見たくないと思いながら、視線が外れなかった。それが情けなくいらだたしい。どれほど見ていたのか。ほどなく、あちらもわたしたちに気づいた。


 元夫は驚いた目をした。そしてすぐに視線を逸らし、自分の連れへ笑顔を向けている。女性はこちらに気がつかないようだった。


 しばらくして、いろはちゃんと美馬君が戻る。


 買い物の礼を言い、何か喋り笑ったと思う。見れば、総司は無邪気にドーナツを頬張っている。「


「大きいから、分けましょう」といろはちゃんがスコーンを割って差し出してくれた。


 食べて熱いコーヒーで流し込んだ。


 味がわからなかった。



 帰ってすぐに、美馬君が率先して夕飯にカレーを作ってくれた。いろはちゃんがその側で、手伝うとうろうろしている。


 わたしはリビングで総司を見ながら、取り込んだ洗濯物を畳んでいる。美馬君に泊まったら? と声をかけた。以前ここにも飲んだ後で、泊まったことがある。


「用がなければ、だけど」


「はい、嬉しいです」


 がしゃがしゃっとキッチンで何か落ちる音がした。いろはちゃんが慌ててお玉やら菜箸やらを拾っている。美馬君の返事に取り乱したのかもしれない。ちらりと見ると、にんまりわたしに微笑んだ。


 美馬君を目の保養に飲む、というのが新たな彼女の贅沢な楽しみになったようだ。まあ、わたしも似たようなものだが。


 畳んだ洗濯物をそれぞれしまう。いろはちゃんの物は彼女の言葉もあって、かごにふんわり分けて部屋に入れておいた。


 カレーのいい匂いが漂ってくる。そんなとき電話が鳴った。バッグから出し、表示を見れば千晶だった。


 いきなり電話というのは珍しかった。普段なら、お互いに時間帯の気にならないメッセージを先にやり取りする。


「どうしたの?」


 そんな問いが出た。彼女はちょっとためらい『出血があって…』


 それにどきんとなる。千晶のお腹はまだ妊娠の安定期に入らない。


『どうしよう…。こういうの、あるものなの?』


 怯えた声だった。耳にしたことがあるが、わたし自身は経験がない。こうしている間が惜しい。

「いつもの病院に電話して。処置を聞こうよ。わたしもそっち行くから」


『そうだね、電話しないと…』


 そこでいったん通話が終わる。じりじりして待った。キッチンのいろはちゃんと美馬君が、こっちをのぞいている。多分出かけることになる。「千晶がね…」と説明しかけ、再びケイタイが鳴った。


 電話の千晶は、担当の医師はいないが代わりの医師が診察をしたいと言ったと告げる。「ついて来てもらえない?」と聞くから、二つ返事だ。


 以前、ここから沖田さんの運転で、彼女のマンションへ行ったことがあった。近道を知っている彼のおかげで随分ショートカットできた。そのルートをわたしはナビに残していたはず。なら、車の方が早い。


 総司を連れて行く訳にはいかない。「ごめんね、ママ大事な用事ができたの。千晶がね、すごく困ってるんだ」


「千晶が? かわいそうだね。どっか痛いの?」


「…うん…」


 立ち上がり、バッグをつかんだ。いろはちゃんにごめんと詫びる。手短に千晶の状況を言い、少し留守にしたいとお願いした。申し訳ないが、総司を見てもらいたい。


 彼女は兄の沖田さんとわたしが、あの真壁千秋と古い友人だと知っている。感激する妹に沖田さんは「行きがかり上の腐れ縁」と言い訳していたが、嘘である。乳兄弟のように仲がいい。


「あ、構いません、そんなの。行って下さい。真壁先生が困ってるんなら、絶対!」


「ありがとう、ごめんね」


 美馬君にも同じように詫びた。約束はできないがなるべく早くには帰ろうと思う。リビングの定位置のトレー(リラックマ)から、キーを取った。


 すると、彼は「僕も行きます。焦ってるとき、運転なんかよくないでしょ」


「へ」


 そう言い、彼はエプロン(リラックマ)を外した。そんなに焦っているように見えるのか。思わず、頬に指で触れる。いろはちゃんもが


「そうした方がいい。美馬君と一緒に行って下さい。二人の方が助かるかも。総ちゃんと待ってますから」


 と言ってくれる。


 確かに、以前ダグと千晶の家に乗り込んだことがあったが、一人で行かなくて本当によかったと心から思った。何があるかわからない。男手が必要かもしれない。


「じゃあ」


 二人に甘えることにして家を飛び出した。

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