表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それほど、だったあなたに  作者: 帆々
それぞれに懸命

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/70

14

「お帰り」

 

「ただいま~。早くて悪いけど、行くとこなくって」

 

 千晶は手に提げた紙袋をとんとテーブルに置き、本屋に入ったりカフェでぼんやりしていたのだと言った。

 

 夜更けに二時間近く、わたしたちに時間をくれたことになる。頼んだことではないが、彼女の優しさに違いがない。礼を言って千晶が差し出す、つまみのサンドイッチを手に取った。

 

 クリームチーズとほうれん草、サーモンの小ぶりなそれを頬張ると、千晶が別の袋から、ビニールのかかった冊子のようなものを取り出した。一目で同人誌とわかる。

 

「本屋にコーナーがあって。物色してきた。楽しかったよ」

 

 照明にてかてかとそれが光る。わたしの本は書店販売していないから、わたしのものではない。が、どう見てもわたしのものがある。

 

「え?!」

 

「中古も売ってたから、雅姫の買ったよ。だって、あんたくれないじゃない」

 

 沖田さんが注いだグラスのワインを口に運び「これは、再開初期のやつかな」とパラパラする。インターネットで委託販売を始めてから、部数を増やし再販もしていた。それらがこうやって中古品として流れてもおかしくない。

 

 恥ずかしくて彼女の手を抑えた。「どれ?」とその手を沖田さんが外し、彼女がページを繰るのをのぞき込むから嫌になる。二人して、描き手を前に「ああ」だ「こう」だとコメントに花が咲く。

 

 ちょっとやけになってサンドイッチをぱくついた。手が込んでいておいしい。

 

 思えば贅沢な光景だ。沖田さんは元編集者だし、千晶は有名な売れっ子漫画家だ。そのプロ二人に、素人がたっぷりのブランク明けの同人誌を見てもらっているのだから。

 

 沖田さんが「今は流行りも違うけど」と前置きし、

 

「俺が昔、どれけ言っても「はあ」「へえ」だったのが、今は普通にできてるんだな」

 

 と話の構成について言った。

 

「うるさかったよね、意地悪小姑じみてた」

 

「お前は本当に、自由人だったよな」

 

 昔は思いついたまま、ろくに推敲もなく仕上げていたのを思い出す。それが作品の勢いや盛り上がりもつながっただろうが、わかり辛い面もあったはず。若さと同人で売れていた驕りが、きっとあった。

 

 今は読み手が求めるだろうものの中に、自分が描きたい要素があるかないか、を心に留めている。利に走り過ぎても先の見えない一人の同人は虚しい。けれど、儲けにならない無駄玉も打ちたくないのだ。

 

 若さと思い上がりを失った今の方が、昔よりずっと欲張りだ。

 

「売り上げに響くもん、読者に媚びて描くし。もっとお金をくれてたら、わたしも考えを変えたかもね。『ガーベラ』の売り上げに比べてひどいもんだったよね。ブーツ買ったらもうない、みたいな。ははは」

 

「うん、安かった。『ガーベラ』と二足でやりたいくらいだった。そのくせ、契約で縛るしさ。違反したら「この世界で食っていけないからな」って脅されたな~。あの頃の沖田さん結構鬼畜だったよね。さーさんの会社に決めたの、ちょっと後悔したもん」

 

「新人はあんなもんだ。代わり、にいろいろ食わせてやっただろ」

 

「ガリガ⚪︎くんとか」

 

「うま⚪︎棒とか」

 

「いいじゃねえか。自腹だったんだぞ、クソ生意気な新人相手に」

 

「安い先行投資だね。それで囲い込みはきつかったし」

 

「お前を逃がしたら、俺、三枝さんにどっかに飛ばされてた、多分」

 

 二人の会話に「さーさん」「三枝さん」とするっとその名が顔を出すのにちょっと驚いた。千晶とはスムーズな別れ方ではなかったものの、素人の『ガーベラ』から『真壁千晶』への過程を振り返るに、欠かせない人ではある。当然か。

 

 名前を避けるほど既に敏感ではないのかもしれないし、そうするほど彼女も子供ではない…。

 

 そんなことを思う間、二人は気安げに話を楽しんでいた。わたし抜きでいた時間の方がはるかに長い二人の、しっくりとなじんだ雰囲気は正直羨ましい。三枝さんの件を介しても、日々をかけて自然に築かれた距離感と気の置けない親しさがあるのだ。

 

 わたしの場合、彼への態度は十三年前とほぼ変わらない。いい加減な甘えと今はそこに恋愛が加わって、中途半端に揺れている感じだろうか。再会して新たに生まれた関係は、安定も穏やかさにも欠ける。

 

「昔、いつのイベントだったかで、よその出版社に声かけられたことがあったの。たまたま沖田さんがいて、雅姫の手首をつかんで離さなかったの覚えてるな」

 

 千晶がそんなことを言う。

 

 全く覚えていない。当時は早い時間に本も売り切れ、会場にいる時間がそう長くはなかった。だからか、思い出も凝縮して細かなことを覚えていないのだ。よくからかわれる「鯖寿司がどうの~」も、そんなことあったっけ? のレベルだ。

 

「下らないこと覚えてるよな、お前は」

 

「観察眼が鋭いんだって。それ、雅姫が嫌な顔してたのも覚えてるよ、ははは」

 

 ちらりと沖田さんが、なぜかわたしを見た。知らないってば。

 

 そこで、千晶が「ごめんね」と断って、煙草を取り出した。いつかのメンソールだ。ふわりと煙が舞う。

 

「もうね、わたしとは見る目が違うんだって。何やかやと優しいし。モロバレ。好きなグラビアアイドルも、雅姫に激似で…」

 

 堪らないようにふき出したのを、沖田さんが小突いた。

 

「うるせーな」

 

「それが全くスルーされてるのも、笑えるを通り越して悲しさがあったよ、うん」

 

 本当に? と思える知らない過去話とはいえ、恥ずかしさに頬が熱くなる。沖田さんの顔が見づらい。

 

 二人は、ああだこうだとじゃれ合うように話している。「よかったね~」「結局は人徳がモノを~」と何だかだと仲がいい。相槌も打てず、ワインを口に運んだ。

 

「離婚の話、どう? 進んでる? さーさんなんか、ちょっともめてちょっとこじれたら、もう後は放ったらかしだったよ。のめない条件を吹っかけてくるとかエネルギーが要るんだとか、いい訳ばっかだったけど、大変なのは本当らしいし」

 

 また「さーさん」だ。こうぽんと口に出せるのも、長く生活の一部に近い存在だったからかもしれない。それでも、少し気にかかる。引きずっているのは、案外別れを切り出した彼女の方なのでは…、と。

 

 千晶の質問に「うちももめてるよ~」とあらましを話した。

 

「そっか…。お金しっかり取りなよ。それはこれからも総司の親でいる雅姫のお金だよ。途中でリタイヤした旦那は手に入れる権利ないよ」

 

「母子でがっつく気まんまん。勝手に話進めといて「息子の手柄なのよ」ってお姑さんに話されたときは、マジで引いたよ。わたしに完全に秘密にして騙す気だったんだよ」

 

「お金はたっぷりもらって離婚して親権も放棄?! …話すだけ疲れる相手だね」

 

「そう、話が通じない感じ。ダグが一緒だったんだけど、あの彼が呆れてたもん。それで、お姑さんが「あんなオバマみたいな人が出てきて、どうすんの?!」って、旦那に金切声で詰め寄ってんの。ははは、思い出してもおかしい」

 

「お義兄さんいいよね、かっこいい。ねえ、お姉ちゃんどこで見つけたの? あんなウィル・スミスみたいな人」

 

「ウィル・スミスかな…? 色気のある若いお坊さんを物色しに寺巡りに行ったとき、見つけたんだって。お姉ちゃんの一目ぼれみたい」

 

「何それ、雅姫のお姉ちゃんすごいね。「色気のある若い坊さん」を物色って、笑える。ははは、面白い」

 

「いるらしいよ、似た仲間が。本山巡りしてる女の子とか」

 

「へえ、深いね」

 

「何が深いんだよ」

 

 脱線したわたしたちの話に沖田さんは苦笑しながら「お前こそ、あんまりがっつくな」

と、話を戻す。

 

「いいとこで折れてやれ。気持ちはわかるが、追いつめ過ぎるなよ。お互いろくな結果にならない」

 

 千晶が言う。

 

「沖田さん稼いでるからそれに甘えるのもいいね。でも、いざってときの自分のお金がある強みはでかいよ。何かあっても一人でいける。子供育てながらそうやって描き続けるのもできるしね」

 

「そうだね」

 

 稼いで自立している彼女の言葉は重い。頷けば、沖田さんがぽんとわたしの頭を軽く叩いた。

 

「真剣に聞くな。何、逃げる算段を今からしてんだ」

 

「だったら、もっとこっそりやるよ」

 

「お前の場合、冗談に聞こえないからな」

 

 面倒事には立ち向かわずに逃げ腰になる、わたしの適当な性格を彼はよく知っている。面倒に蓋をして放置し、忘れた頃には問題が消えているのを願う…。それは現実逃避で問題の先送りでしかない。

 

 知りながら、それでも「ま、いっか」で過ごしてきたこれまで。経過も含め、今回の離婚騒ぎもそうだ。

 

 そんな自分をやはりまた「ま、いっか」で許してしまうわたしもいるのだ。

 

「へへ…」

 

 曖昧な笑みに紛らすわたしへ彼が視線を向けた。チョコを含んだその口が「まあいいけど」とちらりと言うのを耳が拾う。

 

 この人を、好きだと思った。

 

 時間なり愛情なり、家族なり…、自分にあげられるものがあるのなら、彼にあげたい。そう思った。

 

「愛されてるよね、雅姫は。相手が沖田さんってのがロマンスに欠けるけどさあ。ははは」

 

 冷やかすのでもからかうのでもない。冗談めかしたものの千晶の声音はちょっとしんとしていた。

 

「…妥協しなくてもいいが、お前だけを大事にしてくれる男を真面目に探せよ。もう、そうしていい頃だろ。馬鹿みたいな条件付けなきゃ、お前ならすぐ見つかるだろ」

 

「ははは、ありがたいね~、うん」

 

 彼が千晶に恋愛面で忠告するのは、これが初めてではないのだろう。そして、これまでも今のような曖昧な返事で彼女は流してきた…。そんなように思えた。

 

「大学の後輩にいいのがいるぞ、お前の気が向いたら…」

 

「その人、ジョージ・クルーニーに似てる?」

 

「だから、それが馬鹿みたいな条件だって言うんだよ。あ、…まあ、顔の濃いところは当てはまるな、系統は違うけど」

 

「系統が違ったらもうジョージじゃないよ。それは嫌だな~」

 

 軽くかわされて、沖田さんも「まったくお前は、雅姫とは別の意味で手がかかるな」とぼやいた。

 

「そこが可愛いところだって、ねえ雅姫」

 

「ははは」

 

 ボトルが空になり、新しいのを冷蔵庫から出してきた。それが三人のグラスに注がれるまで、何となく沈黙が続いた。グラスには微発泡の白ワインがしゅわしゅわと揺れている。

 

 意味もなく乾杯をした。

 

「ねえ、沖田さん」

 

 一口飲んだ千晶がグラスを手にしたまま、さっきのちょっとしんとした声で言う。

 

「長い間の夢が叶うのと長い間の恋が叶うの、どっちが幸せかな」

 

「それは…」

 

 そんな夢を叶えた彼女が問うのは、そんな恋を叶えた彼だからだ。

 

 振られた彼は、飲んでほんのり赤い目を彼女へ向けた。でも、言葉を途切れさせ、つなげないでいる。

 

 問われないわたしは思う。ものは違っても同じ目的へ向けた情熱だ。だから、同じはず。

 

 でも始点が違う。恋の成就が新鮮な彼ともう長く夢の延長を走っている彼女と。一緒には語れない。

  

 そして、夢も恋も維持するには心構えに似たものが要るのだとも思う。姿勢のぴんと伸びた人のように。常に、ときに弱った時に。そうありたいとたわんだ心を奮わせる勇気だ。

 

 そういったものが、彼女には足りない気がした。それを自分でも気づいているだろうから。だから「…どっちが~」なんて聞くのだろう。

 

 気休めは言えない。

 

 ずっとがむしゃらに走ってきた彼女に、もっと頑張れとは言えない。もう止めろとも無責任に口にできない。

 

「まあ、ケースバイケースかな…」

 

 遅れてとぼけたことを返した沖田さんを、一緒に笑うこと。

 

「何それ、無難」

 

「もっとマシなコメント返すかと思ったのに」

 

 せいぜい楽しく、昔に戻って。

 

 何もかも、叶える前のように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ