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それほど、だったあなたに  作者: 帆々
セカンド

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16/70

6

 

 意味が割らないまま、前の女性に聞き返した。


「ごめんなさい、何でしょう?」


「おたく、新参そうだから、教えておきますね」


 彼女は顎を引き緩く腕を組んだ。目を逸らさずに話し出す。芝居がかった仕草に見えた。


 一方わたしは、唇を半開きで彼女の話を聞いた。どうやら、彼女はわたしが初参加したこのBLジャンルでの大手サークルさんのようだ。そして、その作品のメインカップリングがわたしが描いた『土方×高杉』だという。


 彼女の自己申告だが、何でも「『土×高』スキーを増やしたのは、うちのサークル『サクラ塾』だ!!」なのだ、そう。


「皆さん、功績あるうちに遠慮されて、同じカップリングは控える方が多いようです。それでも描きたいという人は、事後でも事前でも声をかけてもらっています」


 かぶっている、生意気だ。ということらしい。


「はあ…」


「こういった人気ジャンルは参加サークルが乱立し、日本人らしい礼儀も乱れがちです。行き過ぎればジャンル全体の雰囲気も悪くなるでしょうし。うちのような重鎮がきめ細やかに目配りしてジャンルを把握しておかないと、のちのち厄介なことにもなりかねません」


 だから、挨拶しに来い、か。


 彼女の言い分は、わかるような、わからないような…。


 こんな高圧的に縄張り意識みたいなものをむき出しにされる方が、ジャンルの雰囲気hが悪くなりそうだが…。


 自分で自分に「功績ある」「重鎮の」「きめ細やかに」などと修飾する人も珍しい。先ほどから、アンさんがスカートを引く意味も何となく読めてきた。


 あまり関わりにならない方がよさそうだけど。こちらが新参であるのは確かだし…。


 ぺこりと頭を下げた。別に苦でもない。


「ご挨拶が遅れました。よろしくお願いします」


「わかればよろしい」


 下げた頭の上に「ふん」と鼻息のような音がする。


「上下の別ははっきりしないとね。乱れの元」


「もらっていくわね、一冊」と、当たり前に本に手を伸ばすから驚いた。とっさに手が出た。


 やっぱり彼女の理屈はわからない。


 自分だけの本なら(それでも嫌だが)ともかく、今回はアンさんと共同で出した本だ。他の新刊・在庫も売るというから、スペース代はアンさんに負担してもらっている。その埋め合わせにせめてもと、今日は売り子を買って出ている。


 訳のわからない理由で一冊抜かれるのは許せない。


 思わず、本をつかんだ彼女の手を止めれば、「雅姫さん」とやんわり声がした。アンさんだ。まだあずきバーをお上品に食べていた。しゃりしゃりかじりながら首を振る。持っていかせろということのようだ。


 腹は立つものの、気づけば「すわトラブルか?!」と遠巻きに人だかりもできていた。これ以上はみっともない。アンさんにも迷惑だ。


 手の力を抜いた。止めた手の甲がばちんと蚊でも叩くように打たれた。


「身の程を知れ」


 本と彼女が消える。ぽつんと落としていった捨て台詞が、かんかんと鳴る下駄の音と一緒に残った。


 お客も様子をうかがうように、しばらく前に立つことはなかった。今の出来事にあ然としてしまって、椅子にへたり込んだ。


「ごめん、本…」


「いいの。気にしないで。あの人厄介よ。同人界でも有名。それに、政治系圧力団体のお嬢よ」


「え」


「⚪︎⚪︎って大物代議士、有名でしょ? その取り巻きの何でも屋よ。パパとその代議士が知り合いでね、知っているの」


 アンさんの補足説明に怖くなる。


 それも納得の迫力だった。理不尽な言い分だったが。整った目鼻の美人だったからなおさら。


 面倒だな、と肩の辺りが少し重くなる。手応えのあるこのジャンルで頑張っていこうと思った矢先なのに…。


「知らん顔で適当にご機嫌取ってればいいわよ。当たらず障らずで、ね」


 アンさんのさりげなさこそ『本物』のすごさだと思う。あのゴージャスなリムジーンとお屋敷、人を舐めた個人秘書を思い出せば、突飛な話でもない。


 一体、どんな世界の住人なんだろう、この人。


「うん、そうする」


 アンさんの言葉に頷きながら、真にアッパーな人は決して「身の程を知れ」などとは言わないのだろう。


 アンさんの言う通りだ。それこそ年の功でやり過ごせばいい。そんなこと容易いくらいに面の皮も厚くなっているのだから。


 またお客が戻り始めた。


 昼食も取れない忙しさに、先ほどの出来事は頭の隅に追いやられていく。


「そろそろ交代で食べようよ。アンさん先どうぞ」


「雅姫さんこそ、そろそろ鯖寿司タイムじゃないの?」


「また鯖寿司か…」


 と、そこで通路をの人をかき分け、何者かがやって来るのが見えた。さっきの『王家⚪︎紋章』の彼女だ。まっすぐこちらに向かってきている。


 また何の難癖か、と身構えた。こっちの本を読んでの言いがかりかもしれない…。


 ほどなくスペースの前にたどり着く。


 こちらが声をかけるより早く、彼女が切り出した。


「申し訳ありませんでした!」


 は?


 きれいな黒髪のボブを揺らして派手に跪くから、鯖寿司どころじゃない。


「おたく様が、あの高名な『ガーベラ』様の御片割れのクールジェンヌのお方とは、露ほども気づかず…。先ほどは厚顔な恥ずかしい言動をしてしまいました。ご本尊を拝んだことがなく、まさかこの場に『クールジェンヌの君』が…。衷心からのお詫びを申し上げます」


「いやいやいや。いいです、もう。止めて下さい(『クールジェンヌの君』も)」


 さっきよりもっともっと恥ずかしいよ、それ。人も見ているし。


 彼女を止めようと、両手を前に出して振って見せる。


「そろばん塾のお姉さんに教えてもらって以来のファンだったんです。ずっと、ずっと。昔っから友達の少ないわたしの唯一の心の拠りどころでした!! っかっぁーっ!」


 言いきって、風呂上がりの冷えたビール後のように喉を鳴らす。効果はないけど、もう手を振るしかできない。


 さっきはスカートを引いて注意を促してくれたアンさんが、涼しい顔をしてスケッチブックにポップを書いていた。「『スペース・反社~哀しみと野良猫を抱いて眠る夜~』残りわずかです!!」と。知らん顔で。


「止めて、立って。お願い。もう全然気にしてませんから。ははは…は」


「ここに、仁義を切らせていただきます」


 そこで彼女は顔を上げ、膝に袂を押さえつつ手を置いた。わたしをすっとした瞳で見すえる。


 へ?


「これよりは、雅姫姐さんと呼ばせていただきます」


 嫌です。



 電話が鳴ったのは九時を少し回った頃だった。ケイタイを見れば着信はいろはちゃんから、となっている。


「ちょっと外にごみ出してくるね」


 風呂上がりの夫へ声をかけ、まとめたごみ袋を手に外へ出た。外気は生ぬるい。外に置いたポリ容器にごみ袋をしまいながら電話に出た。


 いろはちゃんからは前もって『夜にお電話しても構いませんか?』というメッセージが来ていた。都合のいい時間を知らせた返事を返しておいたから、わたしも彼女の連絡を待っていたところだ。


 いろはちゃんは仕事で今日のイベントは来られなかった。代わりに、友人に同人誌の買い物を頼んであったという。


『コーリンしましたね!! ありがとうございます!!』


 早々にそんなセリフが飛び出した。


 コーリン?


 続いて『神が~』『神の~』と彼女流の同人枕詞が続くから、「降臨」だと意味が取れた。大げさな表現には慣れたものの、やはりおかしくて照れ臭い。


 仕事帰りに友人から本を受け取って、カフェで読書会をしてきたという。


『あ、作家さんに失礼にならないよう、ちゃんとカバーは付けて読んでますから。リラックマの、オフ本にぴったりのやつ持ってるんです。アウトドア同人用に』


「アウトドア」という言葉に相当ミスマッチな「同人」という単語の組み合わせも、同人オーソリティーの彼女がさらりと口にすれば、当たり前のフレーズにも聞こえてしまう。


「もう読んでくれたの? こちらこそありがとう」


 どうだった? と初のBL本の出来をうかがう。『萌えの塊みたいな神作品でした…』と、吐息混じりに返ってくる。お世辞もたっぷり入ろうが、目利きの彼女の言葉にはほっとする。


『幕末BLは一次二次、もう大勢の書き手さんが手がけられたジャンルです。なので、描き尽くされた感も多少あったんです、実は。

 でも、雅姫さんの作品はそれらとは違った角度で描かれていて…、読みふけりました。

 硬派な土方が高杉への思いの陰で、絶対の盟友近藤勇を裏切ってしまう過程とか、理性と感情がない混ぜになった理由とか…、その説得力には、ただただもう、言葉を失いました。

 目新しさのないカップルだからこそ、幕末BLモノに無限の可能性を感じつつ、またストレートに描き手を選んでしまう残酷さも知りました…』


「ははは。どうもありがとう。いろはちゃんに褒めてもらうと、本当に嬉しい」


『キャラの艶っぽさが、また堪りませんでした! クールな土方はもちろんのこと、天然に描かれた高杉がわたしのド・ストライクでした! 友達に三冊頼んだんですけど、そのうち一冊とられてしまって…。彼女、幕末は推しじゃないのに、雅姫さんの神絵を見てやられちゃったらしいです』


 三冊一度に買ってくれたお客…。お客とはそう会話も持てなかったが、多分あの子かな、というぼんやりとした見当はついた。


「お友達にもよろしく。ありがとうって」


 そこでいろはちゃんが「あ」と言った。


『その友達が見てたらしいんです。あの夜叉神咲夜さんがスペースに凸してきたとか…』


 ヤシャガミサクヤ…?


『サークル『サクラ塾』の、ですよ』


 ああ、それで思い出した。


 くっきりアイラインの美人で、いきなり仁義を切ってきた彼女だ。「姐さんと呼ばせてくれ」とか、あの後も何度もせがまれてほとほと困った。


 いろはちゃんいわく、その夜叉神咲夜さんは癖ありで同人でも有名らしい。アンさんとほぼ同じことを言う。


『ジャンルの大手さんというのももちろんあります。でも、派閥を作るタイプの親分肌の方のようで、子分的なサークルさんもいますし…。ジャンル内のボス的な存在らしいですよ。目をつけられて活動しづらくなって、泣く泣くジャンル移動をしたサークルさんもあるとか…』


 形だけでも和しておくのが賢いやり方だ、といろはちゃんも説く。


 あれは和したことになるのか。「目をつけられた」ことには代わりないだろう、別な意味で…。


『サークルさん同士のコミュニティーは、わたしども読み専にはちょっとうかがい知れない部分もありまして…。BLに進出されることをお勧めしたのに、ジャンル内を説明不足でした。嫌な思いをおさせしてすみません…』


「いやいや、いろはちゃんは全く関係ないの。気にしないで。それに…」


 深刻そうに責任もないのに詫びられるから、こっちがいたたまれない。それで、イベントでの夜叉神咲夜さんとの顛末に触れておいた。


『え。あのビックボス夜叉神咲夜さんが雅姫さんを「姐さん」と? すごい!! それニュースですよ。『イ・ロ・ハ便り』にスクープいただきました!!』


「ははは。相手があるから名指しはちょっと困るな…」


『もちろんトゲのないよう記事にフェイク入れます』


 ごみをしまったポリ容器の上に腰を下ろした。


 生育のまばらな芝の上に総司の外遊びのおもちゃが転がっている。それをつま先でいじりながら、彼女の楽しげな声を聞いた。


 気温は生ぬるいものの風が感じられて、外は気持ちいい。電話を切った後も、家に入ってしまうのがちょっと惜しいような気持ちだ。


 この辺りは新興の住宅街だから、若い世帯が多い。風呂上がりの夕涼み、なんて光景もない。少し離れた実家の方はここよりのどかな地域のため、今も夜に外で風を受ける風習が残っていた。


 相違のおもちゃを拾うとき、またケイタイが鳴った。すぐのことで、いろはちゃんだと思った。さっき言い忘れたことがあったのだろう。


 決めつけて電話に出れば、意外な声が届く。沖田さんだった。


 そういえば、前に会ったとき連絡先を聞かれたっけ…。


『雅姫か?』

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