番外編 ローズベリー男爵の後悔②
番外編
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独房に投げ入れるようにして入れられた私は、そのまま狭く暗い独房で一晩を過ごすことになった。
私の頭に浮かんでくるのは、自らの愚行の数々、そしてトマの言動への疑問だ。
なぜ私はフィリスのことを信じなかったのだ?反省させるだけなら、もっと他に方法があったのではないか?
いやそもそも、なぜトマは私にあんな嘘をついたのか。トマが「フィリス様は精霊王の愛し子に間違いありません」とあの時言ってくれれば、こんなことにはならなかったのではないか?
精霊契約を結べなかった私に手を差し伸べてくれたトマとの26年にも及ぶ年月の記憶を辿る。
トマがいたから、私は男爵としての面目を保つことができた。トマがいなければ私は男爵家の面汚しとして身を隠して生きていかなければならなかったはずだ。トマがいたからこそ、堂々と男爵を名乗り、妻を得て、フィリスを……。
「フィリス……!ああ、フィリス、私はなんてことを……!すまない!!すまなかったフィリス!!」
誰に聞こえるでもない謝罪を叫び続ける。
胸を裂くような激しい後悔。どうして私はあんなにも非道なことができたのだろうか。
6歳だ。フィリスを閉じ込めたのはフィリスが6歳の誕生日を迎えた翌日。前日に「宝物だ」と言ったその口で「気狂いだ」と罵倒した。
あの時のフィリスはどんな表情だった?1番信頼を寄せていた親から罵倒され、それから10年間部屋の中に閉じ込められていたフィリスは、どんな気持ちで過ごしていたのだろうか。
しかもここ1年に至っては食事すら出さなかった。公爵令嬢が精霊王の愛し子だとわかり、フィリスの嘘が確定したあの時、男爵家のためにもフィリスは死ななければならない存在になったからだ。結局それは公爵家の嘘だったのだが……。
そうだ。公爵家の嘘を信じ、私は娘の死を望んだのだ。国の発表だからと疑いもしなかった。
精霊が消えた後、公爵家が精霊王の愛し子を偽っていたことが判明すると、誰もがすぐ答えに辿り着いたはずだ。「精霊王様の御神託を叶えられなかったためにお怒りを買ったのだ」と。
国の保護を必要とする本物の愛し子を守れなかったために精霊王が怒り、国から精霊達を精霊の国へ引き上げさせたのだ。
国からも正式にそのことが公表されると、国中の怒りが公爵家に注がれ、「公爵家を処刑しろ!!」という声が国中で溢れた。公爵家が嘘をつかなければ本物の愛し子を保護できていたかもしれない。そうすれば精霊達を失うことなどなかったのに……。
しかし、国から発表された公爵家に関する処罰は、「爵位を剥奪、平民となった上で男女問わず炭鉱送りにする」だった。もちろん国中から抗議の声が溢れ、怒った人々が王宮に押しかけるほどの騒ぎになったのだが……。
その時、私は何をしていたのかというと、精霊が消えたことで混乱に陥る領地を駆けずり回りながら、精霊が消え嘆き悲しむ領民を励ましていた。
精霊が消えたことで不安を吐露する領民に「大丈夫だ。皆で力を合わせてこの窮地を乗り切ろう」と声をかける私が感じていたのは、何とも言えない高揚感と幸福感だった。
精霊が消えたのだ。私の人生に暗い影を落とし続けた精霊契約がなくなった。
領民達、いや国中が今感じている精霊がいない不安を、私は20年以上も感じ続けていたのだ。今や、みな等しく精霊契約を結んでいない。誰も精霊の力を借りられない、私に罪悪感を抱かせ続けたものはもう、何もないのだ。
誰もが混乱している中、領民を気にかけ、国から支給された火打石や田畑を耕す道具を自ら率先して配り、国から教えられた洗濯や掃除などについて指導をする私のことを尊敬の眼差しで見つめる領民の姿。
私の中の劣等感は消え去り、承認欲求が満たされていく。
私が朝早くから屋敷を出て、夜遅くに寝に帰るという生活を続けている間、屋敷のことは家令やトマに任せていた。精霊が消えて男爵家でも混乱が起きていたが、幸い我が屋敷にはクロエの使用人がいる上「屋敷のことはお任せください。もちろんフィリス様の件も」というトマからのありがたい申し出を受け、私は領民のことに専念していたのだ。
領民の前に出ていけばいくほど、私を褒め称える領民の声で、私のかけていたものが満たされていく感覚に夢中になっていた。だからこそ、今日の今日まで気にも留めなかったのだ。フィリスが一体今どうなっているかなど。
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それから、尋問を受ける日々が続いた。
尋問を受けながら騎士から得た情報で、どれほど己が愚かな行いをしたのか自覚すればするほど、私は後悔に苛まれ、眠れなくなった。
トマのことだが、どうやらトマは精霊契約が結べなかった私に優越感を抱いていたらしい。男爵家の跡取りが、平民の自分ですら結べた精霊契約を結ぶことができず、これから一生自分の力を借りないと面目が保てない、その事実がたまらなく嬉しかったそうだ。
そんな中、フィリスが精霊と契約をしたあの日、フィリスが精霊王の愛し子であることを自分の精霊から聞いたトマは、フィリスに強い憎悪を抱いたという。
「男爵は私の下でいなければならない!娘が精霊王の愛し子だなんてことがわかれば男爵は国中から羨ましがられる存在になってしまう……そうなったら見下せなくなるじゃないか!」
騎士から聞いたトマのその言葉に、もう何度目かもわからない絶望を感じた。
あいつのせいで……あいつさえ真実を話してくれていれば!!
そんな怒りも湧いてきたが、同時にどこかで冷静な自分の声も聞こえてくる。
可視化が6歳なんていう若さで出来るはずがないということを知らなかった自分にも非があった。
可視化のことを知らずとも、嘘をつく気持ちが私にはわかる。私だけは寄り添えたはずだったのに、自分の劣等感や罪悪感、怒りや嘆きをフィリスに全て押し付け、フィリスのことを信じようともしなかった。
代わりに信じ続けていた人物は、長年私を裏切っていたのだ。
トマを盲信し、真実に向き合わなかった報いを今、私は受けている。
最愛だったはずの娘に二度と会えず、罪悪感を拭う機会さえ与えられない。楽しみにしていたはずの成長を見逃し、今後もそれを見守ることができない。その事態を引き起こしたのは紛れもない自分なのだという、後悔してもしきれない残酷な事実。
私は娘に謝罪する機会も永遠に失ったのだ。
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それからしばらく経ち、私は今、断頭台の上で国民から罵声を浴びていた。
私の右隣にはブツブツと虚な目で何かを呟き続けるクロエが、左隣にはトマが何とも言えない表情で前を見つめて立っている。
どこから間違えていたのだろうか。
疑問を抱いたタイミングでトマの意見を無視して部屋の中の様子を覗いていたら何か変わったのだろうか?
そもそもフィリスを信じていれば違う結果になったのではないか?
あの時に手を差し伸べてくれたのがトマじゃなければ。
精霊契約さえ私が結べていれば……。
どんなに考えても答えはわからなかった。
だが、26年間ずっと考えていたことがある。もし、私が素直に両親に精霊契約を結べなかったことを告げていたら私はどうなっていたのだろうか?「この恥晒しが!」と罵倒されたかもしれない。私がフィリスにしたように監禁されていた可能性もある。
しかし……。
もしかしたら、私を抱きしめて寄り添ってくれたかもしれない。両親が寄り添ってくれれば、トマに盲信することはなかったのではないだろうか?
そうしていれば、結果は違ったのかもしれない。
「首を台の上へ」
刑の執行準備を告げる声にハッと我に返ると、騎士達によって首を台の上に固定される。
何日も前から、処刑されることは騎士からも聞かされ覚悟していたはずだが、心臓が嫌なくらい強く、速く脈打っている。そんな資格はないというのに、私の心臓はまだ生きていたい!と叫んでいるようだ。
「刑を執行せよ」
国王陛下の厳かな号令と共に、執行人が紐を持つ気配がする。
そして執行の間際、私は26年ぶりに精霊王への祈りを捧げた。
どうかこれから先、フィリスが幸せに満ち溢れた人生を送れますように。
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