第十話 異変
途中から国王の視点になります。
※※※
精霊王の神託から1週間。
最初に気がついたのは朝早くパンを準備するパン屋の主人だった。
「よし!今日もよろしく頼むぞ!窯に火を入れてくれ!」
自身の火の精霊に声をかけるが一向に火が付かない。
「おーい!どうしたどこにいるんだ?隠れてないで出てきてくれ!」
いくら待っても火の精霊が現れない。契約を結んで40年以上経つが、こんなことは初めてであった。
「あんたどうしたんだい?朝から大声出して!」
「いやーどうもこうもおかしいんだよ!俺の精霊がどこにも見当たらないんだよ!これじゃパンが焼けねえよ」
「それは……うーんどこかに隠れてるのかね?虫の居所が悪いとか。とりあえず私の精霊に火つけを頼もうか。サラ!頼むよ!」
パン屋のおかみが自身の火の精霊に火つけを頼む……しかし同じく火はつかず、その姿もどこにも見えない。
「一体どうしたんだろうね?2人ともどこ行っちまったんだ」
「と、とりあえず家の中をもう一度探すぞ!いなかったら外を探すしかねえ!」
1時間、2時間、家の中も外も探したが精霊が見つからず、とうとう夜明けを迎えた。すると、あちこちの家から声が上がる。
「水が使えない!私の精霊はどこにいるの⁈」
「おーい!ミル!どこにいるんだ!力を貸してくれ!」
「お母さん!私の精霊さんが見えないよ!どこにいるの?」
その頃、王宮も混乱に陥っていた。
※※※
「へ、陛下大変でございます!」
「一体なんなのだ!朝から騒がしい……まさか!ベネディクト嬢に何かあったのか⁈」
扉をバン!と開くけたたましい音と共に、寝室に飛び込んできたのは家令のベン。最悪の想像に思わず青ざめるが。
「コーンウォール公爵令嬢のことではございません!城中の者の契約精霊が消えたのでございます!私が契約をしておりました風の精霊の姿も見えません!」
「何を言っている?姿が見えないだと?」
「はい、姿が見えないだけで力は貸してもらえるのではと風を起こすように命じても何も起こらず、城中が混乱しております!」
精霊の姿が見えず力も使えないだと?
ハッとなり、いつも側にいる地の上位精霊ノルンの姿を探すが見当たらない。
「ノルン!どこにいるのだ!姿を見せてくれ!」
いつもならすぐに姿を現すというのに、呼びかけに応じるものはない。
「妃よ!そなたの精霊はどうだ⁈」
「陛下……!それが私の上位精霊の姿もどこにも」
城中、いや国中で一体何が起きているというのか?それを知る可能性があるのは精霊王の愛し子であるベネディクト嬢と四大精霊をおいて他にいない。
「ベネディクト嬢の元へ行く!すぐ準備をせよ!オリバーと宰相も呼べ!」
※※※
オリバーや宰相と共に、ベネディクト嬢がいる部屋へ向かう。
まさかベネディクト嬢に何かあって精霊王の怒りをかってしまったのではないか?
自分の契約精霊がいなくなったことに悲しみ、嘆き、戸惑う声で溢れる城内を駆け抜け、ベネディクト嬢が滞在している部屋の前にたどり着いた。
「コーンウォール公爵令嬢、失礼いたします!」
「まあ、どうされたのですか?皆様こんな朝早くから」
部屋に入ると、いつもと変わらぬ様子のベネディクト嬢が四大精霊と共にソファでくつろいでいた。
「ベネディクト嬢無事であったか……!よかった!それに四大精霊の皆様はまだベネディクト嬢と共におられたとは!」
「陛下?一体何があったのですか?まさかまた御神託が?」
ベネディクト嬢は何が起きているのかわかっていないのか?
そうか、我々と違って契約精霊が消えていないから……いや、おそらく四大精霊以外の精霊が消えているという精霊王が関係しているはずのこの状況を、精霊王の愛し子にも関わらず何も知らされていないのか?
ベネディクト嬢の様子に何か違和感を覚え、黙ってしまった私に代わりベネディクト嬢に話かけたのは宰相だった。
「愛し子様!実は城中、いや国中の契約精霊の姿が見えず力が借りられなくなっております!一体何が起きているのか、愛し子様は何か精霊王様からお聞きになっていませんか?」
「わ、私は何も知りません。精霊王様からも何も聞いておりませんが……」
ベネディクト嬢の様子を見るに、どうやら本当に何も知らないらしい。そうなると何か知っている可能性があるのは四大精霊だけということになるが。
「では四大精霊の皆様!どうか教えていただきたい!一体この国に何が起きているのですか?」
四大精霊なら何かわかるはず。精霊王に最も近い四大精霊ならば……藁にもすがる思いで四大精霊に問う。しかし、四大精霊はお互いに困ったように顔を見合わせる。そして。
「我々は何も知らぬ。全ては精霊王の御心のままに」
四大精霊を代表するように応えたサラマンダーの言葉に、その場にいたものみなが絶句した。
四大精霊にも何が起きたのかわからない。つまりこの状態がいつまで続くのか、変える手立てがあるのかもわからないのだ。絶望に部屋が静まり返ったその時だった。
「四大精霊様、是非そのお力をお見せいただきたい」
言葉と共に憤怒の表情で部屋に現れたのは大司教であった。
「大司教、なぜ、そなたがここに?いや今はそれどころではない。だがお力をお見せいただきたいなどと……」
「陛下、四大精霊様相手に力を見せろなどと失礼な事を申し上げていることは承知しております。本当にそこにいる4人が四大精霊様であればの話ですが……」
「大司教!なんと無礼な事を!そなた自分が何を言っているのかわかっておるのか!申し訳ありませぬ四大精霊の皆様、この者の戯言など……」
四大精霊を前にあまりにも無礼な発言。気分を害したであろう四大精霊に謝意を伝えようと、四大精霊へと目を向けた。
しかし、怒っているに違いないと思っていた四大精霊は、怒るどころか真っ青になって震えている。
それに彼らの中心にいる人物、ベネディクト嬢まで真っ青になって震えているではないか。
まさか……まさかこの様子は……!
「覚えがあるようですな。陛下、何も証拠なく疑ったわけではありません。今朝、精霊王様の像が崩れ落ちました。我々の契約精霊の姿も見えない。これは何か起きたに違いないと思っていると1人の司教がもしや……とそれまで秘めていたことを打ち明けてくれたのです」
「秘めていたこと?」
「はい。実は……」
大司教から語られる内容を聞いて、私は取り返しがつかない間違いを犯していたことを思い知ることになった。




