82話 冷やしうどん
「ちょっ!顔を上げてください!」
いきなり長道さんが頭を下げるからびっくりした。そこまでお願いされると断るのも……。
「良いでしょ。2か月ほどだけでい良いって私の方は言われてるの」
「そうか。まぁ……それなら」
「ただ、もう一人の方はずっと警備の方を頼むことになる」
「それはいいですけど、畑仕事の方は大丈夫なんですか?」
「それに関しては気にしなくていい。夏野菜などの収穫はあらかた終わってるからな」
「大隅さんの方は引き続き汚水回収を頼む。二人から聞いたのだが、射撃の腕は……低いらしいな」
わざわざ言葉にしなくてもわかってるんですが……。[
「わざわざ言わないでくださいよ。自分でも自覚していて悲しくなるんですから」
「それは、すまなかった。では、中村さんの担当の場所へと送るよ。どうだい?大隅さんの家も通り道なんだ。よかったら送ってくよ」
「いや、いいです。少しは運動しとかないと太りそうなんで」
「そうか。気を付けてな」
プレハブ小屋を出るとすでに周辺は薄暗くなっていた。車中泊している車やテントはランタンや電球をつるして明かりをつけている。よく見ると車やテントには電線が引いてある。……電線といっても本当の電線じゃなくて延長コードを伸ばしているだけで雨が降ればショートして使い物にならなくなりそうだ。
そういえば発電機とかはどこにあるんだろうか?気にしたことないな。
仮設住宅の家に向かって歩き出す。歩いている途中で1台の車が通り過ぎて行った。多分あの車に中村が乗っているんだろう。
それにしてもみんな元気いっぱいだ。こんな状況でも笑っていられるもんな。歩いていると屋台が見えてきた。のれんには「うどん」と書いてある。うどんか……暑いし冷やしうどんでもないかなぁ?
屋台の前に来ると、すでに数人の人がうどんを座って食べていた。座席も夏のビーチで使うような奴とか木の机とかバラバラだ。いろいろかき集めたんだ。
「そこの兄ちゃんや食っていきな」
店主っぽいおばちゃんが手招きをしている。屋台ののれんをくぐると、メニューが置いてあった。えーと、かけうどん、冷やしうどん……だけか。まぁうどんを食えるだけでも十分か。最近食べたうどんといえばカップうどんだからな。いや、カップうどんもうまいけどね。
「じゃあ、冷やしうどんをお願いします」
「はいよ」
おばちゃんが麺を茹で始めた。茹でている間タイマーとか使わないのかな?しばらく茹でていた麺をおばちゃんがお湯から上げると水で洗い始めた。洗った麺を皿にのせた。
「できたよ」
「つゆとかないんですか?」
「今出すよ」
屋台の下から市販のありきたりな麺つゆを取り出してごはん茶碗に入れてくれた。
「いただきます」
うどんをすすると歯ごたえがすごい。そこら辺の市販の麵では味わえないような歯ごたえだ。やっぱりカップ麺とじゃ比較にならないな。
気が付くとさらにあったうどんはなくなっていた。イザベラと中村にも教えてあげよう。
「おいしかったかい?」
「はい。すごい美味しかったです」
「それはよかったよ。その言葉を聞くだけでもうどんを1から作っているかいがあるってもんだ」
「手打ち麺なんですね」
「そりゃそうだよ。市販のうどんなんてとっくの前に使い切ってるよ」
「そうですよね。……ごちそうさまでした」
皿をおばちゃんに渡して屋台を出る。すでに日は完全に落ちている。途中で風呂にも入っておくか。そのまま歩いていくと途中で風呂のあるテントにたどり着いた。その横のお好み焼き屋も人だかりができている。そのまま風呂に入っていくと更衣室の中は人でいっぱいだった。この前来たときはこんなにいっぱいじゃなかったのになんでだろう?まぁロッカーは空きがあるみたいだし入るか。
体を洗っていると子供が数人入ってきた。そのあとでお父さんらしき人も入ってきた。さっさと体を洗って湯船に入るか。体を洗い終えて湯船につかっていると、子供たちが自分で体を洗い始めた。
「ちゃんと体を洗うんだぞ」
「「はーい」」
子供の一人が湯船にダイブしてきた。それと同時に大量の湯船が顔にかかった。そのあとすぐにおとうさんっぽい人がすぐに駆け寄ってきた。
「すいません」
「いえ、気にしなくてもいいですよ」
湯船にダイブして怒られた子供が湯船から出ると体を洗い始めた。ほかの子供たちも体を必死に洗っている。もうそろそろ上がったほうがいいかもしれないな。体を洗い終わった子供たちが湯船に入ってくるだろうし。
湯船から出てタオルで体を拭いていると中年の男性が話しかけてきた。
「災難だったな兄ちゃん」
「いえいえ、気にしてないので。それに元気があっていいことだと思いますよ」
「兄ちゃんは最近やってきたんだろ?」
「はい。そうですけど」
「さっき入ってきた子供たちの親はもういないんだ」
「そうなんですね……」
「この騒動が始まったときにいなくなった子や作戦途中でいなくなってしまった子とか様々だ。あの子たちなりにも明るくふるまっているんだろうけど……それを見てるとこっちに胸が苦しくなるよ」
「はぁ……」
体を拭き終わって服を着て出るとちょうど子供たちが出てきた。ナイスタイミングで出ることが出来た。家の方向に向かって歩き出すと、後ろから肩を叩かれた。
後ろを振り向くとイザベラが立っていた。
「お風呂上り?」
「そう。イザベラは見張り終わったのか?」
「今日は初めてだから短めの時間で終わったよ。一緒に帰ろうよ」
「あぁ。いいよ」
イザベラと一緒に並んで歩く。
「見張りの仕事どうだった?」
「説明受けて実際の現場に少しだけ見張りしただけだから。でも、2つ目の扉だからそんな危険なことはないって。たまに1つ目の扉が開いたときに入ってきたゾンビをスコープの付いたライフルで倒すだけだから。しかも知ってると思うけどその場所は高台にあるから」
「あぁ。あそこか」
確かに2つ目の扉には見張り台的なところが設置されてたな。まぁ最初の扉よりは安全だろうな。
「いつ頃出勤なんだ?」
「私は昼間の見張りだけでいいらしい。中村さんも朝からだけでいいらしいよ。まぁ妊婦だからね」
夜中まで働かせようもんなら長道さんのところに文句言いに行ってやる。今度はサーキットのある環状線まで来た。環状線ではスポーツカーがかなりの速度で走っている。車の部品が入っている倉庫を通り過ぎようとしたときに倉庫から桐生さんが出てきた。
「お、帰りか」
「はい」
「奥さんはどうした?」
「どこまで知っているんですか?」
「大体のことは知っているぞ。というか知らないやつはいないほどだぞ」
「マジですか……」
「ラジオ聞いてないのか?ラジオでお前の奥さんインタビューも答えてたぞ」
「え!?なんて言ってました?」
「それは本人の口から聞いた方がいいと思うぞ」
「そんなこと言わずに教えてくださいよ」
「ちなみに私も聞いた」
「イザベラもか!?」
「もうすぐで帰ってくるはずだから自分で聞いて」
みんなして何なんだよ。
「どうする?乗ってくか?」
「一と同じ型のバイクに乗りたいな」
「勝手に乗ればいいじゃん」
「違うって一の後ろに乗りたいんだって。本当だったらバイクで逃げる予定だったんだけどね」
「いや……いつの話だよ」
コンビニから逃げるときに乗っていこうとしたら壊されたバイクの事だな。バイクで逃げてたらどうなっていたんだろうな。想像すらできない。
「ちょうど乗れるぞ」
桐生さんがバイクを指さしてきた。ここは諦めて2週くらいしとくか。
バイクをガレージから出してエンジンをかけると1発でかかった。整備はしっかりしてる。バイクのタンデムステップを出す。
「乗れば良いの?」
「待て。先にまたがってバイクを押さえるから」
「わかった」
バイクにまたがってハンドルをしっかりと持ってバイクを押さえる。イザベラが後ろにまたがった。
「ヘルメットいるか?」
「一応もらいます」
桐生さんが半ヘルを二つくれた。ヘルメットをかぶると、環状線を走る車に注意しながら合流する。今日の環状線を走る車はだいぶ飛ばす人が多いな。徐々にバイクのスピードを上げてく。




