236."嫉妬"は見目麗しい
僅かに潮風の音が聞こえるだけの、静かな室内。
蛍光灯で照らされた室内に、風切り音が響く。
少年と呼ぶには骨格が育ち過ぎていて、青年と呼ぶにはまだ幼さが抜けきっていない。
少年と青年の間とでも言うべき年頃、そんな二人の男は、その手に握り締めた剣を、一心不乱に振り下ろしていた。
剣を振り下ろした先には、的として用意されたのだろう、藁を縄で縛りあげた藁束が置いてあった。
一度、また一度、剣を藁に叩き付ける都度、切断された藁がパラパラと地面へと落ちていく。
「――剣の稽古か」
それは、ほんの気まぐれ。
旦那様がカードショップで趣味に興じていて、他にする事が無いが故の、暇潰し。
剣の稽古に勤しむ二人の男に、声を掛けるアルトリウス。
まだ子供っぽさの残る顔立ちのその二人。
内の一人は以前、シャックスが拾って来たトーマス。
そしてもう一人は、マーリンレナードの一件で保護した、ユウであった。
「えっと、貴女は……アルトリウス様、ですよね」
「様は要らん。一体どういう風の吹き回しだ? 剣の稽古など不要だろう。ここに居れば、お前達を害しようという者など、誰も現れないのだから」
昴が、保護すると決めた。
そう決めた以上、カード達にとってもそれは絶対。
絶大な力を有する英雄怪物の軍勢が、そうすると決めた以上、この地の平穏は保証されたのだ。
例えこの世界の全てが敵になって、ここに襲い掛かるような事があったとしても。
その全てを滅ぼし尽くし、この地の平穏は保たれるだろう。
だから、ここに住まう者に身を護る武力など不要なのだ。
だというのに、彼等が剣を握る理由が、アルトリウスには理解出来なかった。
「――あの時、俺は何も出来なかった」
悔恨、無念、己の無力さを味わった。
「俺がもっと強ければ、シャックス兄ちゃんに守られるだけじゃなくて、一緒に戦って、皆を守れたかもしれないのに」
あの時、自分に力があれば。
隠れて脅威をやり過ごす事しか出来なかった、無力な自分を悔いた。
その消せない心の奥底に宿った炎が、弱いままでは駄目なのだと、トーマスとユウの手に、剣を握らせた。
「だからシャックスのように強くなる、と? あの領域の強さに届くと思っているのか?」
略奪王 シャックス。
彼のパワーは3000であり、カード全体で見ればかなり低い部類になる。
だがそれでも、この世界の人々にとってそのパワーは、英雄と呼ばれるような者達に匹敵する程のパワーなのだ。
下手すれば小さな集落をたった一匹で滅ぼしかねない強力な魔物を、その腕一本で殴り殺せる程の膂力。
それに加え、法則を捻じ曲げる、魔の力をその身に宿し、振るう事も出来る。
憧れたからと、目指して鍛錬して、それで届く領域ではないのだ。
命のやり取りをする世界に、子供が首を突っ込むべきではない。
その強烈な光に目を焼かれたのならば、とっとと目を覚まして剣を捨てろ。
ぶっきらぼうな言い方ではあったが、アルトリウスなりの、子供に対する優しさでもあった。
アルトリウスの問いに、トーマスは首を振る。
「別に届かなくても良い。それでも強ければ、皆を連れて逃げるって選択肢が出来た筈だ」
一人で何でも出来る、英雄になんてなれなくていい。
自分にそんな才能があるなんて、自惚れていない。
自分は何処まで行っても一人の人間で、自分一人に出来る事なんて限界がある。
だが、それでも。
何一つ出来ないまま、守られるだけ。
そんな自分が、許せなかった。
「だから――強くなる。毎日ちょっとずつ、昨日の俺に勝てる位には」
それが、トーマスとユウが剣を握る理由。
地道に、一つ一つ、石を積み上げるように。
そうして続けていけば……少なくとも、何も出来ないままの自分からは脱却出来ると、信じていた。
「……その剣は、日本刀の類か」
トーマスが握っていた剣に視線を向けるアルトリウス。
練習用として、いくつかこの船に置いてある刀剣。
その内の一つである。
「その剣は"斬る"事に重点を置いた剣だ。この世界で多く流通している、西洋剣……と言っても、そもそも西洋も日本も意味が通じないか……まあいい、この世界の一般的な剣とは扱い方が違う」
練習用の数打ち、その一本を手に取り、確かめるように二度三度振るうアルトリウス。
肩慣らしの動作だが、振った際に出た澄んだ風切り音が、既にトーマスとユウの二人とは隔絶した腕がある事を物語っている。
「力任せに振り下ろして"叩き斬る"のがこの世界の一般的な剣、対しこの日本刀と言われる類の剣は"斬り裂く"のが本質だ」
藁束を正面に見据え、手にした刀を上段に構える。
「武器としてどちらが優れている劣っているという事は無いが、本質を理解せずに武器を振るっても、強くなどなれない」
本気は、出さない。
トーマスとユウの目でも追える程度、緩やかな動きで斬り捨てる。
二人が何度振るっても、藁が数本散るだけだった藁束が、一刀両断。
同じ剣でも、腕が違えばこれ程に違うのだと、一目で分かる結果がそこにあった。
「この剣を使うならば、力任せに振るうのではなく、"引き斬る"事を覚えるのだな。これは鈍器ではなく、刃物だ」
戯れに、剣筋を見せた。
この後どうなるかは、二人次第。
アルトリウスは休憩用に設置されている椅子に腰掛けると、闇雲ではく、目指すべき目標に向けて剣を振るう二人を、ぼんやり眺めるのであった。
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ガラスケースの向こう側で、アルトリウスが楽しそうに話してる。
何の話してるんだろうか?
剣を振って見せてる辺り、戦いに関する事っぽいな。
その手に関する話は、俺にはサッパリだ。
「店長さーん! このカード欲しいんだけどー!」
「はい、分かりました」
声を掛けられたので、商品を取り出すべく、ショーケースの鍵を持ってその場へと向かう。
会計を済ませて、再びカウンターの向こうをぼんやりと眺める。
――昨日も、一昨日も、そして今日も。
俺がカードショップに入り浸っている間、付きっ切りの状態だ。
普段は横から見ているだけで、時折、剣の扱い方を教えてるのだろう、会話している様子が見て取れた。
剣に関しては何も分からないが、あの二人はそうでも無いのだろう。
アルトリウスが指導する度に、動きが鋭くなっているような気がする。
「――珍しいな」
俺に関する事以外、ロクに興味も無さそうだったアルトリウスが、俺以外の相手と関わっている。
何だか、楽しそうにも見える。
「どうして」
何だろう、この気持ち。
身体の奥底から、絡まった糸のような、チクチクと刺さる針金のような、良く分からない何かが込み上げて来る。
「私の知らない顔を見せている、そんなの許せない」
許せ……ない……
「憎い……! 私だけのモノなのに――! 私以外に向けるその笑顔が許せない……!」
……ん?
窓の向こう。
何処までも広がる大海原しか無い筈の空間。
何かが、居た。
外壁に、窓に、張り付くように。
――眼だ。
高さ数メートルはある巨大な窓ガラス、その一面を覆い尽くす巨大な瞳。
透き通るような綺麗な緑色の瞳なのに。
何処か曇天を思わせる暗さを宿している。
そんな巨大な眼が、瞬き一つせず、この室内を凝視していた。
甲板へと出ると、その甲板を掴む巨大な二つの手。
白く細い腕であり、甲板に出た俺を捕捉する為に、その者は頭を上げた。
胸まで伸びた細やかな金のストレートヘア、傷一つ無い白い肌に、先程窓の向こうに見えた緑色の瞳。
女性らしく丸みを帯びた上半身にはとても良く育った胸が実っており、その胸を覆い隠すような衣服は、一切身に着けていない。
こうして全体を捉えると、目鼻立ちの整った美女であり、遠目で見る分には思わず見惚れる程だ。
そう、遠目で見る分には、だ。
近くで見ると、まず美貌以前に、その巨体に圧倒される。
この巨大なメガフロートにへばりつく程のデカさだ、目測だが少なくとも数百メートル程はある巨躯。
そして、その下半身は……人間のモノではなかった。
腰から下は、蛇の下半身となっており、いわゆるナーガとかエキドナとかラミアとか……半人半蛇の姿をしている。
「レヴィアタンじゃないか」
その姿に、見覚えがあった。
嫉妬の大海竜 レヴィアタン。
"七罪"シリーズの1枚であり、嫉妬を司る存在だ。
……嫉妬?
俺は、嫉妬していたのか?
「旦那様」
背後から聞こえた声に気付き、振り向こうとしたが、その前に腕に絡み付いてくるアルトリウス。
その瞳は、凄く分かり易い位キラキラと輝いており、口元がだらしなく緩んでいた。
「大丈夫ですよ、私は旦那様一筋、これは絶対に揺らぐ事はありませんから❤」
アルトリウスの唇が、強引に俺の口を塞ぐ。
つ、強い。
離せない、離してくれない。
完全に着火してしまっている。
マズイ、このままでは今日一日はここで終了してしまう。
カードショップの営業時間が終わって無いのに、ここで屈する訳ぬわー。
「嫉妬する旦那様可愛い……❤」
「ムキイイイイイィィィ!!! 私の番とイチャコラしやがってええええぇぇぇ!!! 絶ェッ対に許さないいいいいぃぃぃ!!!」
「急に嵐が――!?」
「ちょっ!? 止めなさいレヴィアタン!?」
「 嫉 妬 の 大 海 嘯 ! ! ! 」
その日。
世界各地の沿岸部にて津波の到達が観測されたという。




