233.温泉街での一幕-3-
「はぁ……一体勇者様は何処へ行ってしまわれたのでしょうか……こういう時間は勇者様との逢瀬を楽しむのが相場と決まっている筈ですわ……フェルナンド、ちょっと勇者様を探してきてはくれませんか?」
「俺は小間使いじゃないと何度言えば分かる。それに、お前から離れたら護衛の意味を成さないだろうが」
温泉宿に辿り着いてからは自由行動。
ならばその時間は勇者と親睦を深める為に使うべしと、行動を開始したルビス。
だがしかし勇者と会う事は叶わず、こうして意味もなくブラブラと街中を探索している状態だ。
郷に入っては郷に従えという事で、ルビスは温泉宿の浴衣に着替え済みだ。
尚、護衛に支障が出るので、フェルナンドは浴衣ではなく普段通りの服装である。
「――あら、随分と騒々しいですわね」
昴達が宿泊している温泉宿、その丁度隣の区画に、次々とやってくる車両群。
馬車ではない。
ガソリンの燃焼によって駆動するエンジン車両だ。
グランエクバークでのみ製造されている、馬を必要としない車。
更には、その車両に刻印された、エクバーク家の家紋。
宿の前で停止したその車両の一つから、一人の男が姿を現す。
外見を一言で表すならば、儚い美青年。
青空を落とし込んだかのような青色の双眸、絹糸のように細かく柔らかな金色の毛髪。
傷一つ無い白い肌は、本当に白く、あまり血色が良いとは言えない。
身体の線も細く、それを隠す為なのか、ゆったりとした上着を着込んでいた。
不用心に触れてしまえば、そのまま砕け散ってしまいそうな程に、弱々しい見た目。
周囲を固める護衛達に気遣われながら、少し不安になる足取りで宿へと向かっている。
「――おや、貴方は確か、フェルナンド・ガルシア……でしたね。貴方も湯治ですか?」
ルビス、ではなく隣の男、フェルナンドに対してその男は声を掛けた。
声色にはあまり覇気が無い。
もし人ごみの中だったならば、搔き消されてしまうような声量だ。
「という事は……隣の方は、ルビス・アステリズム・ルクスライト殿下、ですね。以前、一度お会いした事があるのですが、覚えていますか?」
「ええ勿論、覚えていますとも。クライヴ・グラン・エクバーク殿下」
小さく会釈するルビス。
ルビスがクライヴと呼んだその男は、グランエクバークの屋台骨、皇族の一人であった。
「それから訂正させて頂きますと、今のワタクシに殿下は不要ですわ。ワタクシ、王位継承権を放棄したので、今のワタクシはただのルビスです」
「……それは、初耳だな」
僅かに目を見開くクライヴ。
ルビスは、王位継承権を放棄すると、公の場で明言した。
が、それはあくまでもナーリンクレイ国内での話だ。
更にいえば、ナーリンクレイという国は他の国と比べて閉鎖的な環境。
当然情報の伝達も鈍く、まだルビスが王族の座から降りたという情報が出回っていないのだろう。
事実、クライヴにとっても初耳の情報であった。
「殿下こそ、何故わざわざこんな場所に?」
「湯治だよ。ここの湯に浸かっていると、少し身体が楽になる気がするんだ」
クライヴ・グラン・エクバーク、第二皇子。
彼はグランエクバークという大国を統べる、王位継承権第二位の皇子として生まれた。
頭も良く、温厚な性格であり、他者を気遣う優しさも持ち合わせた、次代皇帝となるに相応しい人格を有していた。
第一皇子を差し置いて、このクライヴこそが次代皇帝になるべきだったのだと、悔やむグランエクバーク民の声が多数挙がる程だ。
だがしかし、クライヴが次代皇帝になる事は有り得ない。
彼は生まれつき、身体が弱かった。
運動など以ての外で、幼い頃から何度も病に倒れ、生死の境を彷徨った回数は手の指では足りない程。
辛うじて生にしがみ付いている、といった有り様であり、今までの人生の在り方が、その体格に現れている。
病弱で、後継を作るのも絶望的。
その身体は病に蝕まれており、第二皇子という立場にありながら、神輿とするには余りにも貧弱。
それ故に、グランエクバークの後継者争いからは事実上脱落済み、まだ青年になったばかりの歳だというのに、既に老後のような人生を送っている状態だ。
「君達こそ、何故こんな場所に? 温泉旅行という訳ではないんだろう?」
ナーリンクレイという国は、国民の大半が排他的で、他所へ人が出て行く事も稀。
そこの王族ともなれば、何かしらの公的な理由でも無い限り、自国から出て来る事など皆無。
それ故に温泉旅行は有り得ないと予測したクライヴだったが……ルビスという存在が例外的すぎた為、完全に的外れな推理となってしまった。
「実は正に、その温泉旅行を堪能……堪能……したいのです……っ! 勇者様と一緒にっ!」
悔しそうに歯噛みするルビス。
隣に居て欲しい人が居ない、そのせいで温泉旅行の楽しみが半減以下である。
「勇者様にフラれて、傷心旅行の最中だ」
「フラれてなどいませんッ! ただちょっとタイミングが悪かっただけですわ!」
「勇者……? 勇者がここに居るのですか?」
「ああ、何処に居るかまでは把握してないけどな」
特に存在を隠しておけとも言われていないので、勇者の存在を肯定するフェルナンド。
「そうですか……出来れば一度、顔を合わせておきたいとこ――ゴホッ」
小さく咳き込み、その咳に誘発されたかのように、大きく何度も咳き込むクライヴ。
口元を押さえながら、咳が収まった所で、再び口を開く。
「――ハァ、すまない、失礼した」
「……以前お会いした時より、少し、やつれましたか?」
ルビスは過去に一度、クライヴと顔合わせをした事があった。
ナーリンクレイの名代として、グランエクバークを来訪した際、その姿を確認している。
その当時のルビスの記憶と比較して、今のクライヴの姿は更に、瘦せ細っているように見えた。
「フフ、もしかしたらもう、先は長く無いのかもしれないね」
自嘲するクライヴ。
微笑を浮かべるが、気力を感じない。
「兄上の性格が不安で、何とかここまで生き長らえて来たけれど、それもそろそろ限界なのかもね……兄上がもう少し、落ち着いてくれれば……ッ!」
再び咳き込み始めるクライヴ。
「――申し訳ありませんが、これ以上の立ち話はクライヴ様のお身体に障ります。失礼ですが……」
「いえ、お気になさらず。呼び止めたような形になってしまって申し訳ありません」
「クライヴ様、どうぞこちらへ」
クライヴの側近達が、その身を案じながら、クライヴと共に宿へと向かっていく。
「隣の宿だったのですね。一週間滞在する訳ですし、また顔を合わせるかもしれませんわね」
「面倒事は御免だぞ」
「それはワタクシも同意ですわ」
王位継承権は放棄した以上、王族達のあれこれとは縁遠い世界になったのだ。
ましてや、今の勇者が世俗とあまり関わらないスタイルなせいか、ルビスもまた世捨て人のような状態になっている。
今更他の王族と関わって、政治的厄介事に首を突っ込む羽目になるのは御免だと、ルビスはフェルナンドの意見に頷くのであった。
第三皇子:アレハンドロ 死亡
第二皇子:クライヴ 病弱
グランエクバークの第一皇子は一体どんな奴なんだろうなー




