231.温泉街での一幕-1-
さて。
アスモデウスの能力によって、俺は任意で性別を男女切り替える事が可能になった訳だが。
協力する代わりに、アスモデウスは対価を要求してきた。
そしてアスモデウスは、その種族設定に悪魔が入っている。
古今東西、悪魔に頼み事をすると大抵ロクでもない事になるのが一般的である。
「抱かせろ」
「っ……!!」
予想してなかった訳ではない答えが返って来た。
やはりロクでもない事になった。
「アスモデウスっていつもそうですね……! 男の事何だと思ってるんですか!?」
「気持ち良くなれる棒」
「じゃあ女は?」
「気持ち良くなれる穴」
駄目だこいつ……
早くなんとかしないと……
「あっでも愛人は別だからね? ちゃんと愛人は男として意識してるよ?」
そうですか。
フォローしてるつもりなのだろうか。
直前に言った言葉で全部台無しなんだが。
すっ。
意識の隙間を突くように横スライドすると、気付いたアスモデウスも一緒にスライドしてくる。
壁を背にしながら、出口の襖にススッと向かおうとすると、アスモデウスが逃走ルートを塞いでくる。
逃げられない、手強い。
「ねえ良いでしょ~? 減るもんじゃないしー、私にも頑張ったご褒美頂戴よー。愛人からしたら気持ちいいだけじゃん? 据え膳食わぬは男の恥だぞ~?」
アスモデウスは、何も喋らなければとんでもない絶世の美女である。
世の男の性欲を煮詰めて生まれた、理想の女とでも言うべき見た目と性欲を持った存在だ。
そんな彼女に言い寄られて、袖にする事が出来る男など居ないだろう。
しかも途轍もなくエロくて、本人もノリノリで誰彼構わず食い付いていく、物理的に。
食い付くというか咥えると言うべきなのだろうか。
いや、でもなあ……
「愛人、私って魅力無い?」
「すんごい魅力的です」
アスモデウスに魅力を感じない男とか、枯れてるか特殊性癖だろ。
断言出来る。
何でこの見た目の女を前にして我慢できるんだよ。
「むしゃぶりつきたくなる位?」
「うん」
「じゃあ抱いてよ」
「前向きに検討させて頂きます」
そのー、今ただでさえアルトリウスとダンタリオンという龍虎に両脇から爪を突き立てられてる状態なのに。
アスモデウスとかいう蛇まで来たら俺、体力が持たないのでは?
現状でも割と尽きてるけど。
男なら誰でも良いなら、俺とは関係無い所で幸せになってくれ。
「――よし」
何か決心したのか、アスモデウスの手が勢い良く俺に伸びて。
ちょっ、アスモデウスお前やめっ。
んあー!
―――――――――――――――――――――――
昴達が旅館で騒いでいる最中。
サトミハラに着いた他の面々は、前もって決められていたグループ毎に分かれ、温泉街を思い思いに散策していた。
1グループ5人で組み分けし、そこに1~2枚のカードが護衛として付いている形だ。
街中なのに護衛を付ける理由は単純に。
「トラブルに巻き込まれない訳が無いだろう」
という昴の判断からである。
非力な女子供ばかり、見目麗しい、高貴な身分の者も居る、人が多い場所、日本のような治安水準にも到底届いて無い。
ここまで容易に事前予測が立てられる程、問題が起きる要素しか無いのだから、対策するのは当然である。
事実、昴の予想通りトラブルも発生したのだから判断は正解だったのだ。
「……何か、変な臭いがするのじゃ」
「温泉だからな」
シアリーズと、そのお守りとして同行している龍のグループ。
馬車を降りて早々、鼻を突く異臭。
鼻を摘まみ、口呼吸で抗うシアリーズ。
「ずっとそのまま鼻摘まみ続ける気か? 諦めてさっさと受け入れとけ、毒が垂れ流されてる訳じゃあるめえし」
だがこの温泉街に居る限り、温泉の臭いから逃れる事は出来ない。
ほんの一時ならばまだしも、一週間もそのままで居続ける訳には行かないだろう。
「むぅ……」
「荷物置いたら、適当にダラダラするなりどっかブラつくなり、好きにしろ。それに付いてけってダチ公に言われてるからな」
カード達は、護衛である。
それ以外に何をしろ、とは一切指示されていない。
折角の外泊なのだから、シアリーズ達の自由にさせてやれという事だ。
多少ではあるが、お土産を買ったりする位のお金も渡されている。
散策するにしろ、ゆったりするにしろ――各々の自由だ。
割り当てられた部屋に荷物を置き、長時間馬車に揺られた疲れを取る為、少しだけ部屋で休んだ後、温泉街散策へと移る。
過去の勇者ユリカなる人物の影響が色濃く残っている為か、日本人的に馴染みの強い代物ばかり店先に並んでいる。
温泉饅頭、キーホルダー、湯の花、木刀、浴衣等々……
「おおー……」
しかしシアリーズの眼には新鮮に映っているようで。
シアリーズの実家があるリレイベルは商業によって栄えた国であり、それ故に世界中から、あらゆる商品が行き来している。
そんな場所で暮らしていた為、当然ながら色々な品物を目にする機会があった。
だがここにあるモノは、シアリーズも目にした事があまり無いモノが多かった。
あらゆる商品が流通しているとはいえ、当然ながら輸送には金が掛かる。
その移動費用は商品自体に上乗せされるのだが、それが可能なのは、上乗せしても売れる商品だけだ。
遠距離輸送しても買い手が付かない、売れ行きがイマイチなモノは、当然ながら流通は絞られる。
シアリーズが目にする事も少なくなって当然だ。
「何じゃこれは? 魔除けか?」
「懐かしいなコレ、中坊の頃に買ってたわ。何でこっちの世界にもあるんだよ」
厨二心くすぐる、ゴツい装飾が付いた剣のような形をしたキーホルダー。
旅行先の土産に、小学生~中学生男子が選びがちなやつである。
「要るんなら買っても良いぞ」
「いや、珍しいから見てただけなのじゃ」
だが女児であるシアリーズの心象には響かなかった模様。
キーホルダーは見捨てられる事になった。
「至る所から湯気が出てるのじゃ……こんな場所もあるんじゃなあ……」
街中を歩いていると、建物の影から空へと立ち昇る湯煙の柱が一つ、二つ、三つ。
豊富な湯量を誇る温泉地帯、というその名に偽り無しの光景だ。
「やっぱり、この世界には見た事無いモノが沢山あるのじゃ」
鳥籠の中に居た時には、本で得た知識でしか想像出来なかった外の世界。
それが今、シアリーズの目の前に広がっている。
結局、狭い箱庭に閉じ込めているだけではないかと、内心少しばかり自責していた龍。
気まぐれと偶然が噛み合った結果ではあるが、今まで憧れるだけだった、シアリーズが望んでいた外の世界を見せる事が出来た。
「――そろそろ見物はこれ位にして、温泉というのに入ってみたいのじゃ!」
「そうか? それなら宿に戻るとするか」
屈託のない笑顔を浮かべるシアリーズを見て、自分の行動は無意味ではなかったのだと、胸中の陰りが晴れるのを感じる龍であった。




