225.情欲の温泉宿-1-
温泉街 サトミハラは、世界有数の大都市である。
過去の勇者がこの地の温泉を求め、過ごしやすいように開拓を続けた結果、勇者が去った跡地を求めて多くの人々が訪れるようになったのだ。
その人々をもてなす宿も多く建設された結果、百万人都市へと成長を遂げた。
「建物を見なかったら、普通に日本の温泉街の光景じゃないかこれ?」
流石に、建物は日本建築とは行かなかったようだが、若干面影を感じなくも無い。
徹底的に整備がされてて、路面を走ってても全く揺れないし、人々が行き交う際に渋滞が発生しないよう、計算されて街道が作られていると感じる。
「これから向かう温泉宿・湯の花は、リレイベル建国の祖である勇者ユリカが建てたと言われる最古の宿です」
ダンタリオンからの説明によると。
三階建ての八ブロックに分かれた円形状の宿となっており、普段は一般開放されているが、ブロック毎に貸出も可能となっている。
今回はその一ブロックを丸ごと貸し切りにしたらしい。
……宿の名前といい、その名前といい、過去の勇者って日本人だよね?
「王侯貴族とか豪商でもなきゃ出来ない金額ですけどね」
「よくそんな金あったな」
「現状、共有資金は増える事はあっても減る事は無いですからね。主人が行きたいというなら、気前良く使うだけですよ」
グランエクバークとの金属取引で、安定してある程度の外貨を得られる状態になっているが、その外貨で買うモノが殆ど無い。
そうなるようにしたから当然なのだが、衣食住が全て自己完結しているので、外界と関わる必要が無いからだ。
とはいえ、稼いでいる外貨はメガフロートで暮らす人々が将来、外で暮らしたいと考えた時に持ち出す為の基金なので、安易に使う訳には行かないのだが。
「主人の意志こそが第一です。それに、一部しか使ってませんから」
との事である。
余裕があるなら、それで良いんだが。
宿に到着し、馬車から降りる。
玄関となる場所には、周囲の視線を遮るように高い生垣が植えてある。
これは多分、お忍びで来た貴族とかに対する配慮なんだろうなと察せられた。
建物の方は……古き良き日本を感じさせる木造建築だった。
風情はあるが、おいこれ強度的に大丈夫か?
気になって、玄関部位に突き出した屋根を支える柱を触って、軽く押してみるが……
うん、なんだろう。
木材っぽい材質な気がするが、何か違和感を感じる。
日本で暮らしていた今までの経験が、これは木ではないと直感的に叫んでる感じがする。
もしかして、俺と同じ類か?
建てたというか、生み出したか?
良く分からんミラクルステキパワーで作られた建物だというなら、うん、多分大丈夫なんだろう。
老朽化とは無縁の、下手したら燃える事すら無い木材で出来てるのかもしれない。
それは果たして木と言って良いのだろうか?
まあ、木を気にしても仕方ない、木だけに。
折角温泉宿に来たのだから、細かい事は気にせず堪能しよう。
「思ってた以上に、広いな」
宿に入って早々感じたのは、その広さだ。
円形構造になっているのもあるだろうが、奥の方が見えない程だ。
王侯貴族が貸し切りにするという事は、その護衛とか付き人とかも一緒に泊まるという事。
それを考えれば、これだけの広さも必要なのかもしれない。
フロントで鍵を受け取り、部屋に荷物を降ろす。
畳張りだ、座布団だ、襖だ。
異世界だというのに、凄い日本を感じる。
過去に作ったやつ、絶対日本旅館をガッツリ参考にしてるな。
……あっ!
旅館にあるカードゲームがしたくなる例のあの区切られた空間だ!
多分あの空間に名前あるんだろうけど、名前は知らん!
すげえ! ちょっとテンション上がって来た!
「ここでEtranger、してえなあ……!」
そうそう、ここで一緒に来た友達とかとさ――
もう、居ないんだよな。
「…………よし、温泉入るか」
無理なモノは無理。
人生もカードゲームも同じだ。
無いものを追っても手に入らない、妥協点を探すのが有意義というモノだ。
切り替えていこう。
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脱いだ衣服をロッカーに収めて施錠、ロッカーキーを腕に固定して、浴場に足を踏み入れる。
ガラガラと音を立てて引き戸を開けると、白い湯けむりが目の前いっぱい胸いっぱいに広がる。
掃除の行き届いた、広々とした大浴場。
湯量も豊富で、浴槽から溢れ出た温泉が排水溝へと流れ込んでいる。
壁には看板が設置してあり、温泉の効能が書いてあった。
切り傷や皮膚病に効果があり、美肌の湯とも呼ばれ……等々。
反対の壁には沢山のガラスとシャワーが並んでいて、一度に何十人も身体を洗えそうだ、今回は貸し切りなので俺一人だが。
ガラス張りの向こうには庭園が広がっており、外には露天風呂も確認出来た。
絶景……とは言い難いが。
円形構造の旅館の内側、中庭に当たる部分なので、草木で分かり辛くしてはあるが、結局の所その先にあるのは壁である。
貸し切りのプライベート旅館、王侯貴族も来るが故に秘匿性とかも考えたらこれも仕方ないのか。
軽く身体を洗った後、湯船に身体を沈める。
「温泉なんて入るの何時振りかなあ」
成人して、仕事場と家を往復するだけの――いや、普通に店も行ってたか。
わざわざ温泉に行こうとも思わなかったしなあ。
それこそ、家族と旅行に行った時振り位――
「これが温泉、ですか。話に聞いてた腐った卵のような臭いでは無いんですね」
パタンと扉の閉まる音。
湯を浴びる水音が背後で響いた後、俺の横に、すらりと足が伸びる。
横を見れば、髪が湯に浸からないように束ね、一糸纏わぬ白い肌を露にしたアルトリウスの姿。
当然のように俺の隣に腰を落ち着けた。
「……ここ、混浴だっけ?」
「今は貸し切りだからどっちだろうと関係無いですよ」
それもそうか。
湯船を叩く水音だけが、浴場に響く。
何も話す事無く、ただのんびりと温泉を堪能する。
ふと、視線をアルトリウスの方へと向ける。
入浴の為に纏められた、黒髪の下から露になる白いうなじ。
湯船に浮かぶ、たわわに実った見事な果実。
波立つ水面の奥底には、一糸纏わぬ裸体が沈んでいる。
凛々しくて、可憐で、それでいて……妖艶。
これ程の美貌を持ち、俺の事を愛し、慕ってくれている、俺が最も愛しているカード。
それがこんなにも近くで、無防備に裸体を晒している。
以前も度々、入浴中に同じ光景を目の当たりにしていた筈なのに。
何で俺は今まで、何も感じていなかったのだろう。
身体の中心から、ドロリと、込み上げて来るモノを感じる。
気持ち良さそうに目を閉じて、温泉を堪能しているアルトリウス。
そんな彼女の身体を、何時の間にか俺の手が掴んでいて――




