224.そうだ、温泉に行こう
メガフロート内でするべき仕事というのは、然程多くない。
畑作業も雑草や害虫は隔離された空間故に発生しないので、基本的に様子見のみ。
このメガフロートの作業で一番重労働である漁も、魚群の探知と移動、網の巻き取りまでほぼ自動化されているので、引き上げた魚を加工するだけ。
半日もあれば終わる作業で、しかも毎日するようなものでもない。
衣食住、満ち足りた環境。
その状態で、時間的余裕もある。
となれば、次に人が求めるモノは――娯楽である。
「――まあ私、生まれも育ちも根っからのサトミハラっ子だからね」
「えっ、カトリーナってサトミハラの生まれだったの? 初耳なんだけど」
「あれ? 言って無かったっけ?」
「初耳だよー。もしかして実家も温泉宿だったりするの?」
「そうだよー。あ、それじゃあ雨ざらしアザラシで攻撃するけど、カウンターある?」
「……無しっ!」
このメガフロート内において唯一、全くもって生命活動に必要無い施設。
沢山のガラスケースが並べられた、カードショップがここには存在している。
ここで暮らす人々の一部は、余暇を潰す為にここでカードゲームに興じていた。
カードショップの店主……利益は発生していないので店でもなんでも無いのだが、主である昴は、ここで訪れる人々の応対をしていた。
が、それをしていない時は単純にぼんやりと暇を潰していた。
視線を空中に投げながら、対戦の合間に話す雑談を聞いている。
盗み聞きをするつもりで聞いている訳ではないのだが、ぼんやりとしていると周囲の会話が勝手に耳に届いてしまうのだ。
―――――――――――――――――――――――
「温泉か……」
この間、カトリーナという子が言っていた事を思い出す。
温泉街という概念は、どうやら異世界であるここでも存在するらしい。
まあ、当たり前と言えば当たり前か。
温泉ってのはつまり、地熱で暖められた地下水の事を言うのだ。
極論、火山と雨さえあれば何処にでも発生し得るからな。
「温泉ですか。もしかして温泉街 サトミハラの事ですか?」
俺の呟きを拾ったダンタリオンが続ける。
「過去の勇者が整備して、行楽地として都市化した場所との事ですけど、行きたいんですか主人?」
「んー……」
デカい風呂に入りたい、と思う事は昔にはあった。
疲れた身体を癒す為に、思いっ切り足を延ばして湯船に浮かびたいと。
だがこのメガフロートで暮らすようになってから、もう自前でデカい風呂が用意されているので、そういう目的では温泉に行く用事が無くなってしまった。
現状で満ち足りてるんだよなあ……
「温泉、良いですね。行きましょう旦那様」
随分と乗り気でグイグイと背中を押して来るアルトリウス。
「何? 温泉行きたいのかアルトリウス?」
「旦那様と、旅行に行ってみたいんですよ」
こちらを真っ直ぐに見詰めながら、微笑を浮かべるアルトリウス。
「アルトリウスが行きたいと言うなら、行きますか」
行きたい理由も行きたくない理由も、特に無い。
だがアルトリウスがそう言うのであらば、当然天秤は傾く。
―――――――――――――――――――――――
「サトミハラに温泉旅行に行きます」
思い立ったが吉日とばかりに、即座に予定を組み上げていく。
メガフロートにて暮らす人達に対し、昴の側使えメイドである幻影家政婦 インペリアルガードが、予定を聞いて回る。
「一応、行くか行かないかは自由ですが、残っていても大して面白い事は無いので、行く事を推奨します」
昴達が旅行で外泊するのならば、メガフロートの大規模アップデートを行いたいと宇宙の技術者 マティアスが言い出した。
バグが起きた際に内部の人が変に巻き込まれないよう、可能なら全員外に出ていて欲しいという事なので、その名目で温泉旅行に行きたい人も連れて行こうという事になった。
尚、行かない場合はただ単にメガフロートの外で待機するだけとなる。
「――えっ? 良いんですか?」
「こちらの事情ですから、今回は特例です。メガフロートの大規模改修が終わるまでの間ですね、一週間を予定しております」
原則としてこのメガフロートは、来る者拒み、去る者追わずの方針である。
収容人数に限界があるので、何でもかんでも受け入れ、住人が増え続けると困る為、このスタンスを取り続けている。
この世界に居場所が無くなってしまった人々の受け皿、生を終える地、それがこのメガフロートなのだ。
外に居場所があるのならば、外の世界で暮らした方が良い。
だから去る者に関しては追わないが、当然ながらまた戻って来たいと泣き付いても拒む方針だ。
前もってそう説明しているので、当然ここで暮らしていく事を選択した人達は、ここから一生出られないのを承知で残っている。
なので、出て行くにも関わらず戻って来れる保証がある今回は特例、という事なのだ。
希望を募った所、全員が参加を表明した。
広大なメガフロートだが、それでもずっとここで生活していれば閉塞感も感じるというものだ。
宿泊先である旅館側の都合もあるので、じゃあ明日、という訳には行かないが。
後々、予定日が決まり、その日が来るのを今か今かと住人達は心待ちにするのであった。




