222.格の違いを思い知れ
ウルスドラグーンは、昴がシャルガザールに向かうと聞いて、丁度良いからと昴の用事が済むまでの間、湯治の為にこの火山を訪れていた。
湯治とは言ったが、こんな場所に湯など無い。
あるのはドロドロに溶けた溶岩溜まりであり、だからこそウルスドラグーンはここに来たいと考えたのだ。
鉄をも溶かす灼熱にすら耐えるウルスドラグーンにとって、沸騰した水如きでは入浴した気分に浸れない。
それこそ溶岩のような千度クラスの温度でもなければ、ひとっ風呂浴びた気分になれないのだ。
たかが入浴の為に、昴から遠く離れるのも気が引けたというのもある。
だが昴が近場に寄るのならばと、この火山を選んだのだ。
お目当ての火山を見付け、その溶岩を思う存分に浴びるウルスドラグーン。
心地良いと一息吐くと、その口元から火の粉が舞った。
「……む」
気分良く溶岩浴を堪能していた所、頭上に黒い影が浮かぶ。
太陽を背にして飛翔するその姿は、ドラゴンであった。
そのドラゴンは、不機嫌そうな……とはいえ、同種であるウルスドラグーンでなければ分からないだろうが、そんな表情を浮かべていた。
「同輩か」
「貴様……! 我の住処で何をしている!」
「ここはお前の住処だったのか。すまんな、そうとは知らず失礼した。良い溶岩があったので一浴びしたくなってな」
「黙れ! その人間臭い口を開くな! 何が同輩だ! ドラゴンの誇りを捨てた面汚しが!」
先住民であろう黒き竜に対し、非礼を詫びるウルスドラグーン。
一方黒い竜は怒りの形相で、まくし立てる。
確かに土足で踏み入った形になったのは悪かったと認め、謝罪した。
だというのにこの物言いは無いのではないか。
「その身体から漂う魔力は人間のモノだ! 下等な人間なんぞに使役されおって!」
そう口にするや否や、大きく息を吸う動作をする黒い竜。
直後――ウルスドラグーンの顔面に、巨大な火球が直撃した!
この黒い竜は、火竜であった。
灼熱地帯を好んで生息する火竜は、魔力によって生成された炎の吐息を吐き出す事が出来る。
火竜という存在が例外的なだけであって、炎というのはありとあらゆる生物にとって、致命的なダメージを与える。
それ故に人々に畏怖されており、火竜が火を吐くというのは、明確な攻撃意志の表明である。
ウルスドラグーンは、分類としては火竜である。
この火山には湯治の為に訪れており、その浸かる場所は湯ではなく溶岩だ。
千度もの温度を有する溶岩を、ただの湯としてしか見ていないのだ。
当然、ウルスドラグーンは高熱に対する耐性は高く、黒い竜の吐き出した火球が直撃しても、まるでダメージにはならない。
だが、ダメージになるかどうかと、気にならないかどうかは、別問題である。
考えてみて欲しい。
急に目の前の相手から、ツバを吐き掛けられたらどう思うだろうか。
殴られた訳ではないから、肉体的にダメージにはなり得ないだろう。
だが、不快かどうかと問われたならば、答えは決まっている。
ウルスドラグーンの前腕が振り上げられ――黒い竜の頭部目掛け振り下ろされる!
あまりに早く、突然放たれた叩き付けに、黒い竜は反応する事すら出来なかった。
ウルスドラグーンの一振りは、黒い竜の頭部に直撃。
頸椎を圧し折り、その勢いのまま頭蓋骨すら粉砕。
地面に叩き付けられ、頭部が弾け飛び、ピクリとも……いや、ピクピクはしていた。
筋肉が痙攣しているのだろう、僅かに動いていたが、それもやがて停止する。
ウルスドラグーンがただ一度、頭を叩き付けてやっただけで、黒い竜は絶命した。
下等な人間に使役されている竜だと舐めて、相手の力量を推し量らなかった。
パワー11000の存在に殴られるという事は、こういう事だ。
だがそれでも、原型を保っているのだから、この黒い竜もそれなりに頑強だったのは事実である。
もしこれが人間程度の相手だったならば、大地にシミを作って終わりだっただろう。
叩き付けを受けて尚、ドラゴンだと分かる形状をしているだけ、大したものである。
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そして、今に至る。
「呼ばれてなくてもジャジャジャジャーン! 勇者ちゃんのエントリーだ! 取り敢えず討伐の証拠に、ドラゴンの羽部分をちょちょいと切ってきたぞい!」
昴からすれば、行って帰って来ただけだし、何か勝手に倒されてた死体から切り取って来ただけなのだが。
結果的に依頼は達成である。
「これが……ですか……?」
「ドラゴンの脅威は去った! だがしかし! いずれ第二第三のドラゴンが! 現れるかどうかはしらないけど! これにて一件落着ぅ~! そんな訳で、勇者カシワギちゃんの活躍にご期待下さい! ご愛読、ありがとうございました!」
ギルドのカウンターにドラゴンの羽を置いて、即座に撤退する昴。
受付嬢の制止も一切聞く耳持たずである。
そもそも、支払い処理の為に用いるギルドカードを提示していない。
振込先の通帳番号が分からない状態である、これでは支払いのしようが無い。
「……これ、本物ですか……?」
「いや、分からん……そもそも、ドラゴンの羽など見た事が無い……だが、見た事が無いモノである事は確かだ」
ドラゴンの羽と呼ばれているモノが、本当にそうなのかと確認すべく、他のギルド職員に訪ねる受付嬢。
確認した職員も、これが本当にそうなのか、真偽の判断が付かずにいる。
「鑑定の為の職員を呼ぶ必要があるな。だが、これが本当にドラゴンの羽だとしたら……大事件だぞ?」
邪神の欠片と比較されるような、一個体で災害に等しい被害を振り撒ける、生物の頂点。
それこそが、ドラゴンという種なのだ。
そんな怪物を、ふらっと行って一人で倒して来たという事になる。
「まさか……アレが、勇者……? いや、そんなまさか」
そのまさかなのだが、ギルド側の視点では全く分からない。
下手すれば気狂いにも思われる、意味不明な言動。
それは昴の演技なのだが、それがまた、ギルド側を混乱させる要員の一つになってた。
後日。
鑑定の結果、持ち込まれたドラゴンの羽は本物である事が発覚。
火山の偵察を行った所、頭部が潰れ、羽を切り取られたドラゴンの死骸が発見された。
ドラゴンを単身で討伐した、勇者を名乗る女性。
その存在は、このギルドを通じて世界中に認知される事となる。
この時代に現れた勇者は、女であると。
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「報酬、受け取らなかったのやっぱ勿体無いよなあ……」
「でも、受け取る為に手続きとかやってたら拘束されるリスクがあるって主人も言ってたじゃないですか」
「まあ、そうなんだけどね」
ギルドカードを提示して、報酬を受け取る。
そんな事をしてる間に囲まれて質問攻めされて~、となるのを昴は嫌ったのだ。
勇者像を曖昧にする為、欺瞞作戦として今回、ギルドの仕事を受けた。
ドラゴン討伐という高難易度故に、ギルド報酬は相応に高いので、勿体無いというのは確かにある。
「これで世間は今回現れた勇者は女だ、って誤解すると良いんだけどなあ」
自らの拠点となる、海上構造体、メガフロートに戻って一息付く昴とダンタリオン。
既に昴は男の姿に戻っていた。
「自称勇者の偽物が既に各地で現れてるみたいですし、誤解してくれると思いますよ。何なら、私が記憶を書き換えても良いですけど」
「いやー……それをやったら色々駄目でしょう」
ダンタリオンには、他者の記憶を書き換えてしまう力がある。
自身より強い相手には通用しない、完全な格下用の力ではあるが、この力を用いれば民衆の考えを誘導する事は容易いだろう。
だが……民衆の記憶を意のままに操り、掌握する所業。
それは最早、やっている事が世界征服と何ら変わりがない。
そんなモノは、昴は求めても望んでも居ない。
「それでバレるならまあ、その時はその時だな」
昴の望みは、ただ一つ。
カード達が、ありのままの姿を見せてくれる事。
それだけであり、それ以外の全ては些末な事なのだ。




