221.入浴シーン
ドラゴン。
この異世界に生息する、生物の頂点と言うべき存在。
個体数が少なく、辺境に生息している為、人々に害を及ぼす事は然程無いが、一度現れれば邪神の欠片と同様に、生きる災害として人々を襲う。
そんなドラゴンが、この近くに生息しているらしい。
この国境の街 シャルガザールは、リレイベルとリィンライズを繋ぐ重要な都市なのだが、もう一つ重要な役割が存在している。
リレイベル最大の保養地――温泉街 サトミハラ。
この地に湧く天然の温泉を求め、かつて勇者が開拓し、そしてこの世界でも五指に入る程の行楽地と成った地。
このサトミハラと、シャルガザールの距離は非常に近い。
馬車でも二日程度の距離しか無く、当然ながらシャルガザールを中継してサトミハラへと向かう人々は多い。
そして人通りが多いのならば、そこを通る道を整備したいと考えるのは人として当然の考えであった。
何しろ、新たな街道を整備出来れば、現状二日掛かる道程を一日以下に削減、二倍以上の効率になるのだ。
勿論工事に莫大な費用こそ掛かるが、そこは世界最上級の保養地であり行楽地、十分リターンはあると結論付けられ、工事は開始された。
そして――ドラゴンに襲撃された。
その街道を切り開こうとしていた場所は、ドラゴンの生息地だったのだ。
作業に従事していた人々に多数の死傷者が出て、工事は中断。
ドラゴンという脅威が加わった結果、街道整備事業はリスクとリターンの天秤がリスクへと傾き凍結。
そのドラゴンは縄張りに入らなければ積極的に人を襲う事も無かったので、わざわざ大量の血を流してまで討伐しようとはならなかった。
二日掛ければ現状維持でもサトミハラに向かうのは問題無いのだからと先送りにされ、そのまま現在に至る。
「――人が生息域を広げると野生動物の住処を奪うー、ってヤツかー。地球も異世界も変わらないってヤツじゃのぉ。まあ地球と違ってまさかの野生動物側が人間に勝利するってオチだったみたいだけどー」
摩訶不思議な衣服に身を包んだ黒髪の女性は、目的地である火山をその視界に捉え、そう呟いた。
そんな黒髪の女性の側に、突如別の女性が姿を現す。
黒いとんがり帽子に黒いガウン、青黒色のチェック柄があしらわれたミニスカートがふんわりと踊る。
毛先が軽く内側に跳ねた、セミロングの青い髪に、それと同じ色をした透き通るような瞳。
人では有り得ない尖った耳も目を惹くが、それ以上に目立つ魔導書を手にしたエルフの少女。
「……ねえ主人、周りの目が無いなら口調も性別も変える必要無いんじゃないの?」
エルフの少女――ダンタリオンは、そう口を尖らせた。
「んー、駄目駄目ダンタリオンちゃーん。そういうのは無粋って言うんだゾ☆ 無粋ポイント3点加点ね」
黒髪の女性――何故か女になっている昴が、ダンタリオンの頬をツンツンしながらそう言った。
「そして無粋ポイントが見事100点に到達した方にはなんと!! デッキのスリーブ入れ替え作業をプレゼント! あ、因みに5重スリーブだからそこんとこシクヨロ」
ダンタリオンに無粋ポイントを付与しつつ、昴はその場で無意味にくるりと回る。
身に付けたマントがふわりと宙に舞う。
「ほらほら、ちゃっちゃとやっちゃおう! 困った人達を救うのは勇者様のお仕事だからねぇん! あ、それじゃあ運搬オナシャス」
「……分かりました」
ダンタリオンは自らの姿を隠蔽し、再び昴を抱えて空を飛び始める。
可憐な少女の見た目だが、ダンタリオンのパワーは3000である。
一個人として到達し得る戦闘力の頂点に近しいパワーを有しているので、人一人担ぎ上げる位、ダンタリオンにとっては何でも無いのだ。
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「火山って事は、生息してるドラゴンは火竜なんでしょうね」
目的地である火山に向けて飛翔しながら、姿を隠したダンタリオンが考えを口にする。
「その辺りは奇をてらって、とかは無い感じかにゃん」
「奇をてらう為に何十年と人間が冷凍庫の中で暮らすのか、と考えれば、有り得ない状況ですから」
居住地は、快適であるべきだ。
火山に生息しているという事は、その環境がドラゴンにとって過ごしやすい空間だという事。
火山という灼熱の環境を好んでいるならば、その正体は火竜以外に選択肢は存在しない。
ダンタリオンに担ぎ上げられて、山を勢い良く登っていく。
空を飛んでいるので、障害物も渓谷も何もかも無視して、一直線に進む。
一時間もしない内に、ドラゴンが生息しているとされている、火山の頂上へと到達した。
そして――目視で確認。
黒い鱗、巨大な尻尾と翼を広げる、これぞドラゴンという姿。
「むむっ! 出たな悪いドラゴンめ! この勇者ちゃんが華麗に成敗っ☆ して――?」
そこまで口にして、昴は疑問符を浮かべた。
露骨にオーバーリアクションと大きな声を出しているのに、目の前のドラゴンは反応が無い。
寝ているのかと思ったが、寝息を立てているような音もしない、呼吸で胸が上下するような様子も無い。
そこに居たドラゴンは、ピクリとも動かなかった。
当然だ。
何しろ首から先――頭部が、潰れて無くなっているのだから。
「し、死んでる……」
腐敗臭はしていない、まだ死んだばかりのようだ。
一体誰が。
そんな事を昴が考えていると、音を立てながら、火口から何者かが姿を現した。
赤色の鱗で全身を包まれたその竜は、昴の居る方へと首を伸ばす。
「……何してんのさ?」
『何とは? 見ての通り溶岩浴を楽しんでる所だが』
溶岩の中、ひょっこり頭を出している一頭の竜。
審炎の支配者 ウルスドラグーンの姿がそこにあった。




