219.責任、取って下さいね?
ナーリンクレイを襲った、未曽有の大災害。
邪神の欠片の集団による、首都襲撃。
更には、勇者アヤナの手によって封じられていた筈の"廃絶の狂信者"の復活。
立て続けに起きた邪神の欠片による生物災害により、ナーリンクレイという国家自体が存亡の危機に瀕したが――此度の争乱は、僅か一日にして終結した。
他ならぬ、"勇者"の手によってである。
ナーリンクレイという国を救った救世主。
その功績は計り知れないモノであり、国として褒章を惜しむ気は無かった。
かつて、この国を興したという勇者アヤナが、倒せないままであった最強の邪神の欠片を討ち滅ぼした。
この事実だけで、今回現れた勇者は力という一点に置いて、過去の勇者を上回る存在であると証明されたのだ。
恩義という意味でも手を離せないし、打算的な意味でも、勇者の手は是非とも握らねばならなかった。
勇者とお近付きになろうと、今回の騒動が終わって早々、ナーリンクレイの有力者がこぞって、その腰を上げたのだが――
時、既に遅し。
邪神の欠片を打倒する。
目的を果たした昴は、もうここに居る理由は無いと、メガフロートに戻って早々、この首都を後にしてしまった。
手を握ろうと手を挙げたら、もうそこに居なくなっていたという、電光石火の如き足の速さである。
救助活動という名目で、一部のカード達はここに残った。
もうカード達に活動範囲限界という枷は無くなったも同然であり、戻ろうと思えば実体化を解除するという手段で、一瞬で昴の下に戻れるからだ。
彼等彼女等も、ある程度救助活動に区切りが付いたら、金銭も名誉も受け取らず、この国から去るのだろう。
「――惜しいな。今代の勇者、我が国に取り込めたならば……」
アダマス・アステリズム・ルクスライト第一王子は歯噛みした。
こんなにも早く"廃絶の狂信者"が倒されるとは、こちらは嬉しい誤算だが。
だがこんなにも早く、勇者がこの国を後にするとは全くもって想像出来なかったのだ。
人であらば誰もが求める筈の、金も地位も名誉も欲しない、それ故のフットワークの軽さをアダマスは見抜けなかった。
"廃絶の狂信者"との戦いによって、痛ましい傷跡が刻まれた首都ルクスライト。
完全な復興には時間が掛かるだろうが、カード達の尽力によってその時計を早回しで進める事は出来ている。
この国を預かる王族としては、感謝してもし足りない程の恩があるが、返す機会は逸してしまったし、また求める事もしないのだろう。
その港に立ち、既に水平線の向こう側へと去ってしまった勇者の存在を思う。
「……ん?」
何か忘れているような気がして、アダマスは首を傾げる。
一体何を忘れているのかと、思い返していると――
「あ」
あの夜、この港で別れた人物を思い出すのであった。
―――――――――――――――――――――――
時は少し遡り。
邪神の欠片を打倒した昴達は、このメガフロートへと帰還していた。
倒すべき敵を倒した以上、もうこの地に残る理由は無くなった。
まだ救助活動を続けたいと希望したカード達だけ、しばしの間このナーリンクレイに残る事を選び、カード達が出航の準備をしている最中であった。
「――どうか、ワタクシも一緒に連れて行ってはくれないでしょうか?」
厄介者に、絡まれた。
「実は勇者様達の独断行動をワタクシの権限で許可した事を咎められまして……責任を追及されて王位継承権を喪失してしまったのですヨヨヨ……」
目元を袖で覆い隠し、その場にしな垂れ、泣き崩れるルビス。
声色が変わって無いので、間違いなく噓泣きである。
更に言うなら、さも奪われたかのような言い方であるが、その実、王位継承権はルビス自らが勢い良くぶん投げたも同然である事は口にしていない。
「継承権を失ったとはいえ王族の血筋、よからぬ企みに巻き込まれぬよう、避難の為に国外へと逃れるしか……とはいえ、このような年端も行かぬ少女が、異国の地へと放り出され、身一つで生計を立てるのも至難……ううっ、このままでは路頭に迷ってしまいますわぁ……チラッ」
カード達の反応を確認するルビス。
養豚場のブタでもみるかのように冷たい目をしたアルトリウスが確認出来た。
「亜人と呼ばれるこの身の上、悪い人間に騙され、身包みを剥がされて奴隷小屋に売り飛ばされ、このうら若き乙女の身体が獣欲に弄ばれて花を散らす未来が待っているんですわ……グスングスン。ああっ、恐ろしいですわぁ! チラッ」
泣き落とし(泣いて無い)を試みるルビス。
無表情でダンタリオンがルビスを見下ろしていた。
「ねえバエル、私の代わりにこのアマ消し去ってくれない?」
「たわけェ! この世にゴミ掃除を押し付けようとするんじゃ無い! やるなら貴様がやれ!」
バエルにゴミ呼ばわりされるルビス。
でも全くもって動じない。
勇者様本人以外に言われた事など、ルビスにとってダメージたり得ないのだ。
「もうこの国にワタクシの居場所は残っていません……誰か、心優しき勇者様が保護してくれたりしないでしょうか……? チラッ」
神に祈るかのように手を組み、雨の日に箱に入れられて捨てられた子猫のように、純朴さと懇願の色を浮かべた目でカード達の反応を確認するルビス。
残念! 伝説の魔法戦隊はこちらを見ていない!
「もし助けてくれたら、ワタクシの身も心も、全て勇者様に捧げる所存なのですが…… チラッ。自分で言うのも何ですけど、それなりに自信はあるんですよ?」
ドレスの胸元を、少しだけ引っ張り、胸元の谷間を強調するルビス。
色仕掛けである。
しかし勇者はこの場に居ないので、その色仕掛けは無効となっている!
「――オイ。余りにもしつこいなら、こちらにも考えがあるぞ?」
業を煮やしたアルトリウスが、虚空から剣を取り出した。
その切っ先を、ルビスへと向ける。
「……こんなのでも一応、この国の王女だ。斬ったら問題になるぞ?」
「王位継承権を喪失したのだろう? なら王女でも何でも無い、ただの小娘だ。斬っても問題あるまい」
雇い主でもあるルビスをこんなの呼ばわりしながらも、一応はアルトリウスを止めようとするフェルナンド。
「勇者様の御仲間がお怒りの御様子だ、これ以上粘るのは得策じゃないと思うがねえ」
「一番重要なのは、勇者様当人がどう判断するかでしょう?」
アルトリウスに剣を向けられ、殺気すら向けられても、それでも動じないルビス。
その胆力だけは、大したモノである。
『――居場所が無いんだろ? 乗せていこうぜ』
「え゛っ?」
スピーカーから放たれた、昴の決定に、思わず素っ頓狂な声を出すアルトリウス。
『別に何十人も乗る訳でも無いし、それ位は余裕あるだろ。それに、お前達の行動による結果ならば、その責任を取る場所を用意するのは、俺の役割だ』
責任を取るのは、カード達。
責任を取る場所を用意するのは、昴の役割。
カード達の行動によって、ルビスがこの国に居場所を失ったのであらば、居場所を作るのは昴の責任である。
「ありがとうございます! このルビス・アステリズム・ルクスライト、此度の御恩は決して忘れません! つきましては、今晩勇者様の所へお礼に――」
「調子に乗るなよ」
アルトリウスの突き出した剣が、ルビスの横を掠め、髪を数本斬り落とした。
怒気やら魔力やら妖気やら、何だか分からないがアルトリウスの髪が静電気でも帯びたかのように逆立っていた。
貼り付けたような笑顔で、ルビスに向けて微笑むアルトリウス。
笑顔とは本来、攻撃的なものであり牙を剥くとか何とか。
「――勇者様からのお許しも出た事ですし、それじゃあ早速この荷物を積み込んでしまいましょうか」
「……オイ、俺は荷運びの小間使いの役割をする為にここに居る訳じゃ無いんだが?」
「だって、使用人はもう全員お暇を出した後ですし。それに、こんなか弱い少女であるワタクシに荷車を引かせる気ですか?」
「身体強化の魔法はとっくの昔にマスターしてる筈だが? それで運べば良いだろう?」
「イチイチうるさいですわね。この船に乗せるだけ乗せてくれればそれで良いのです、積み荷の整理は後からでも出来ます。給料はちゃんと支払っているのですから仕事は果たしなさい。それとも、貴方はここに残りますか?」
そう、ルビスが口にすると。
それなりに悩んだ末、舌打ちしながら荷車をメガフロートへ運び始めるフェルナンド。
どうやら、この国に残るのはそれ程嫌だったらしい。
「まだ、こうして言葉を交わす事しか出来ていませんけど。貴方様とお会い出来る事を楽しみにしていますわ」
アルトリウスが身に付けているマイクに向けて、ルビスは続ける。
「ちゃんと責任、取って下さいね? 勇者様♪」
王位継承権を失った事に対して、責任を取れという意味ではないのは、喜色を隠しもしない声色で分かるのだが。
じゃあ一体何に対して責任を取れと言うのだろうか。
満面の笑みを浮かべて、ルビスはそう言い放った。
元・ナーリンクレイ第二王女、ルビス・アステリズム・ルクスライト。
ナーリンクレイ"最強"、フェルナンド・ガルシア。
新たに二人を乗せ、メガフロートは首都ルクスライトを後にする。
その船の足取りは、何だか普段より軽いように感じられた。
第九章、及び第一部完ッ!
押し掛け女房(?)襲来。
第十章からは第二部となります。




