209.在りし日の欠片~黎明、その胸に宿りしは――
暗い暗い、闇の中。
目の前に浮かぶ、一つの光。
それは、過去の憧憬。
過ぎ去ってしまった、記憶の山に埋もれた光。
Etrangerというカードゲームには、フレーバーテキストという形でそのカードの役割、特徴が明記されている。
そしてそのテキストをいくつか読み取れば、このEtrangerに存在するカード群は、その存在全てが善性では無いという事が分かる。
人々を悪の道へ誘う者、殺戮を楽しむ者、悪逆非道な存在も複数存在し、正義と悪の対立が描かれている。
そして、そんなカードゲームを通じて、ロールプレイを楽しむプレイヤーもまた、存在する。
昴もまた、ロールプレイを楽しむ人物の一人であった。
「チッ……確かに俺の盾は全て尽きた。オマケにもうライフも3000しかねえって有様だ……だがなァ! 俺の場には神々潰える終末の地がある!」
その台詞を発したのは、昴であった。
わざわざ普段の口調を変え、下卑た悪役感を漂わせる喋り方をしている。
「テメェがバトルに入った瞬間、俺はこの神々潰える終末の地を起爆させてやる! どうせ俺の盾は全損してんだ! テメェがいくらユニットを並べようが、そのユニット諸共お前の盾も全て破壊し尽くしてやる!」
「くそっ! あの神々潰える終末の地が邪魔で最後の一撃が通らねぇ!?」
「攻撃をせず、そのまま打開策となるカードを引くまで粘るのも手だが……最善とは言えないな。攻撃の手を緩めればその分あっちも逆転のカードを引き当てる確率が高くなる」
「今、昴は防御の為にそのマナ、その手札を吐き尽くした! 削りきるなら、今が最大の好機!」
昴達の対戦を観戦していた、周りの野次もノリノリである。
いわゆる、お約束を立てて、次のターンの推移に期待していた。
「俺のターン、ドロー!」
「どんなカードを引こうが、無駄無駄無駄無駄無駄ァァ!!」
「フッ……それはどうかな?」
「何?」
自信満々にそう答えた対戦相手に対し、昴はわざとらしい口調で答える。
「俺は、英雄女王 アルトリウスを召喚! そしてこれが、お前の布陣を突き破るトドメの一撃! 呪文発動!」
「!?」
「このカードは、自分フィールドのユニット1体を指定し、譚。莉カ繧呈コ縺溘@縺滄イ蛹悶Θ繝九ャ繝?を雜?カ翫ョ繝?くから1枚選び、荳翫↓驥阪?縺ヲ騾イ蛹門小蝟?を行う!」
――混ざるノイズ。
光から目を逸らし、視線を自らの手に落とす。
それは、かつて昴の手中にもあったはずの輝き。
異世界へと身を落としてから、幾度となく思い浮かべ、未だ戻らず失われたままの光。
その光は、まだ見付からない。
視線を、再び目の前の光へと向ける。
「明暗流転! 英雄は闇夜の帳を破り、蒼穹駆ける白き天翼と至る!」
「ちょ、おまっ!? それ俺のマイフェイバリット戦法――」
「バトル! 行くぞアルトリウス! これが悪を滅ぼす光の剣だ!」
昴に残されたライフが尽きて、勝敗は決した。
「おのれえええぇぇぇぇ! これで勝ったと思うなよ……! 例え貴様が俺を地獄に突き落とそうと、俺はその地獄の底から這い上がってみせる! 次に這い蹲るのは、テメェだァ! ハハッ! ハーッハハハハハハァァァァ!!」
敗北。
それを味わって尚、昴は笑っていた。
とても楽しそうに、敗れたにも関わらず、そこには笑顔があった。
「クソがぁ! 上等だ! ならこの俺が本当のアルトリウスの使い手だって事証明してやるぜ!」
「だったら同じくアルトリウスデッキで受けて立ってやるぜ!」
「俺の嫁に勝てると思うなよ!」
「いや、アルトリウスは俺の嫁だから」
「何ですと!? 聞き捨てならんな!」
地面に落ちた線香花火のように、目の前の光は小さくなって、燃え尽きた。
再び広がる、音一つ無い闇の世界。
何も見えない、聞こえない、暗闇の中を漂い続ける。
―――――――――――――――――――――――
――ああ。
あの頃は、本当に楽しかったな。
勝っても負けても、ただただ楽しかった。
同じエトランゼプレイヤー同士、仲良く馬鹿騒ぎして。
何の憂いも無く、ひたすらエトランゼの事ばかりを四六時中考え続けてた。
「本当に、楽しかったなあ」
自らの口から漏れ出した、その言葉に疑問を抱く。
――"楽しかった"?
それは、過去形なのか?
"楽しい"では無いのか?
今はもう、エトランゼの事を考えたりはしていないのか?
いいや、違う。
今でも俺は、寝ても覚めてもカードの事ばかり考えている。
最早俺の骨の髄まで染み付いた、切り離せない在り方。
何故、どうしてこんな異世界に俺が流れ着いたのかは分からない。
だけど、ここでは俺の愛するカード達が、あるがままの姿で息づき、その生き様を見せてくれる。
それはとても美しく輝く、どんな宝石よりも価値のある日々だ。
そんな姿を見て、共に過ごして。
俺は……楽しくないのか?
最早、俺はエトランゼというカードゲームを、もう終わったモノだと……切り捨ててしまったのか?
いつの間にか、カードに対する熱意すら冷め切ってたみたいだ。
俺は、カード達と共に生きていなかった。
今の今まで、カード達に依存して、その好意に対して甘えて生きてきた。
カード達には自由に、ありのままで居て欲しい。
それは俺の願いであり、俺のわがままであった。
俺のわがままに、カード達は付き合ってくれるのに。
俺は、カード達に対して何もしていない。
貰うばかりで、何もしてやれていない。
本当の意味で、カード達の隣に立てていない。
心の奥底が、ジリジリと焦がれる。
このままでは駄目だと、何かを掴もうとする。
たった1枚の引きで一喜一憂する、そんな楽しみがあるのが、エトランゼっていうカードゲームだったはずじゃ無いのか?
それを俺自身が否定してたら、カード達に失礼だろ。
今の俺は、あの頃のように心の底からカード達に向き合えていない。
家族が死に、友が去り、その悲しみで視界がボヤけている。
思い出せ、あの頃の熱意を。
かつての友達に、弟に誇れる戦いをしよう。
努力だとか、限界を超えるだとか、そんな大袈裟な事じゃない。
勇者や英雄なんかではない俺に、そんな大層な事が出来る訳無いし、そんな柄じゃないだろ。
するべき事は――ただ、思い出すだけ。
ぼんやりと浮かんだ、その記憶を手繰る。
深く深く、闇の底に沈んでいた過去を思い出せば――
すぐ目の前、容易く手が届く場所に、それはあった。
その光は、手から零れ落ちていただけで、無くなっていた訳ではなかった。
闇の中、太陽の如く光輝くその熱へと手を伸ばす。
伸ばした手が焼け爛れ、そこへ届く前に全て灰になってしまうのではないかと錯覚する程の熱さ。
だが、構わず光目掛けて手を伸ばす。
それは、俺が元々持っていたモノ。
それを持たずして、俺はこの先へは行けない。
伸ばした手が、それを掴み取る。
心臓のように脈打ち、手を通じてその熱が伝わってくる。
俺の思い出は、そこにある。
だけどお前達は、過去に居ない。
何時もずっと、俺の側に居た。
ああ、そうだった――そうだったな。
カードゲームは、一人では出来ない。
だから俺の周りには、何時も仲間が居た。
例えその仲間が去っても、カードはずっとそこに居る。
カードだけじゃない。
彼等との思い出も、カードを通じて、ずっとそこにあり続ける。
そして色褪せない輝きを、ずっと放ち続けていたんだ。
俺の側で、何時までも、変わらずに。
俺はそれに、気付けていなかっただけなんだ。
もう、今は違う。
俺はそれに気付けた。
だから俺は、情熱をもう一度、胸に抱こう。
消え掛けた情熱を、もう一度――。
"あいつら"の隣に、立つ為に。
―――――――――――――――――――――――
――目を伏せ、そして見開く。
淀みが、闇が。
まるで地の底から湧き上がる、炎の濁流の如き熱量によって、その全てが焼き尽くされていく。
今まで気付いていなかった曇りが晴れ、その目に鮮明な世界が飛び込む。
魂が震える。
倒れた身体を起こし、デッキへと手を伸ばす。
右手に力が宿る。
その右手が掴むのは、勝利か、敗北か。
――どっちでも良いんだよ、そんなモノは……ッ!
勝ち負け、生死なんぞ二の次だ!
「――アルトリウス」
俺が最も愛し、最も信頼する、マイフェイバリットカード。
魂宿りしカード達に、魂が震えるような戦いを!
そして、何よりも――
「こっから逆転したら、最ッ高に熱いよな……ッ!」
俺自身が楽しめる戦いを!!
ふと気付けば――俺は、笑っていた。
微笑でも、苦笑でも、貼り付けたような無機質な笑いではない。
本当に、心の底から。
湧き上がる感情のままに笑っていた。
「俺のターン――ッ!」
正真正銘。
これが俺の、運命を決する――
「――ドロオオオォォ!!」
裂帛の気迫と共に腕を振り抜く!
こんな形では、終われない。
こんな結末は、認めない!
例えそれが、避けられない敗北であったとしても。
年甲斐だとかダサいだとか、クソ喰らえだ!
ここが最期だというならば、恥も外聞も知った事か!
死ぬのならば、己の持つ全てを燃やし尽くし! 己の在り方、それを示してから死ね!!
それすら出来ないのならば――俺に非ず!
感情と思考と意志を乗せた――余りにも儚い、一筋の軌跡。
だがこの軌跡は、奇跡を起こす。
起こすと、決めた。
――その決意が、魂の叫びが。
失われていた、"進化の翼"を蘇らせる!
諦めの先に、"進化"など無い
やる気無き者に、"それ"が抜ける訳も無い
不屈の先にこそ――




