201.死の目覚め
邪神の欠片による首都襲撃。
その戦い自体は終結したが、被災者の救助や破壊された家屋の復旧、そして何より、この戦いを終結させた勇者の存在、その処遇。
ルビスの言い放った王位継承権放棄宣言も、はいそうですかと二つ返事で了承する訳にも行かず、突如降り注いだ重大な案件に頭を抱える貴族達。
タイミング良く王侯貴族達がこの王城に集まっていた事もあり、昼夜問わずメルルキア城の会議室で繰り広げられる、議論議論また議論の最中。
突如、城内に響く警報音。
「何の音だ!」
「この警報は――!」
試験運転以外で、その音を聞いた事がある者は、この場に誰一人として居ない。
当然だ、何しろこの警報が鳴る時があるとすれば、それ即ち国家非常事態宣言。
"EF"の、目覚め。
ざわつき始める会議室。
困惑する貴族達の目を覚まさせるかのように、机を勢い良くその手で叩き付けながら。
「静まれ!!」
アダマス・アステリズム・ルクスライト第一王子は、一喝した。
「街中に居る兵達には、救助より避難誘導を優先するように指示を出せ! 誤報じゃなければ、行動が遅れれば遅れただけ死者が出るぞ! それ以外の兵は全員戦闘配備! それと、勇者一行に今すぐ繋ぎを付けろ! これはアダマス・アステリズム・ルクスライトからの勅令だ! 急げ!!」
誤報なら、ただの杞憂で済む。
だが、こんな状況下で鳴った、"EF"を監視する為の警報が、誤報だとはアダマスには考えられなかった。
「お待ち下さいアダマス王子! 先ずは国王陛下にお伺いを立てねば――」
「そんな事をしている場合か! そんなモノは事後報告で良い!」
話し合いはここまでだと席から立ち上がるアダマス。
「俺の意に従う気がある奴だけ付いて来い! 行くぞ!」
「待ちなさい!」
会議室を足早に立ち去ろうとするアダマスを呼び止める、アクアマリン。
「お父様に何の了承も得ず、このような独断行動! 許されるとお思いですか!?」
「許す許さないを決めるのはお前でも、ここに居る貴族でもない。アクアマリン、お前も王を志すのであらば、身の振り方というのを考えておくんだな」
アクアマリンの強い制止の言葉など一切耳を貸さず、会議室の扉を押し退けるように開け放ち、アダマスはその場を後にする。
自らが支持する王位継承者が部屋から出て行ったのを見て、アダマスと志を共にする者が一人、また一人と席を立った。
その者達にもアクアマリンは言及するが、聞く耳は持たない。
「――もっとも、今から身の振り方を考えても遅いがな」
長い廊下を早足で歩きながら呟いたアダマスの言葉は、もうアクアマリンに届く事は無い。
この状況下で重い腰を上げようとしない妹も、それに付き従っている貴族も、もう既にアダマスの眼中には無い。
「――アダマス王子、どうやら誤報ではないようです。黒い雨を降らす雨雲がこちらに近付いているのと、雨の奥から轟音が聞こえてくると兵から報告がありました」
長い蛇の下半身を引き摺りながら、先程の会議室に居た一人の貴族が、アダマスに報告した。
それに続くかのように、アダマス一派である貴族達がその後ろに付き従う。
「私が乗って来たグリフォンをお使い下さいアダマス王子。乗り心地は良いとは言えませぬが、勇者達と面会するのならば、馬より余程早い筈です」
「感謝する」
「この先の庭園で待機しております、お急ぎ下さい王子。我等も後から馬で駆け付けます」
「しかし、この肝心な時に……! "神託"は一体、何処に行ったというのだ!?」
「何故、どうやって、それを議論するのは無意味だ」
貴族の一人が、ポツリと不満を漏らした。
会議の議題の一つにも上がっていたが――この国に居た筈の、"神託"の力を持った者が、行方不明になっているという事実。
国の未来に関わる重大な分岐と成り得る事柄に関し、この国は常に"神託"の力を参考にしながら物事を進めて来た。
それ故に、"神託"の力を持つ者はこの城にて厳重に保護していたのだが……
二ヶ月前、その"神託"の力を持っていた人物が、まるで煙の如く消え失せてしまったのだ。
事が事だけに、その場に居合わせた兵には口止めしてあり、事態は貴族達だけの間で止めてあるので、一般市民にまで伝わってはいないが、いずれバレるのも時間の問題だろう。
「――では、このグリフォンは借り受けるぞ」
アダマスの身の丈では比べ物にならない、小さな家一軒に匹敵する巨体を持つ幻獣。
その背に跨り、勇者達が居るという巨大な船目掛け、アダマスは大空へと飛び立つ。
西日が落ちるのと共に、暗雲が、近付いてくる。
まるで、このナーリンクレイの未来を告げるかのような。
不吉な、長い長い戦乱の夜の始まりであった。
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崩壊した市街地の瓦礫を押し退け、傷付いた人々の治療を行い、救助活動に勤しむ昴のカード達。
夜になれば救助活動が難航する。
そうなる前に、一人でも多くの命を救うべく、懸命に動き続けていた。
「――心地良き死の気配だ」
その変化に、一番早く気付いたのはバエルであった。
表に出ては居たが、他のカード達と違い、救助活動に参加する気など更々無いので、昴に対し危害を加えようとする者を何時でも排除できるよう、周囲に気を配っていた。
だからこそ、気付いた。
「あの方角に、何がある?」
「あっちには確か、封印されてる邪神の欠片が――まさか」
バエルの問いに答えようとして、ダンタリオンもまた、気付く。
今、この国で何が起きているのかを。
「どうやら"お目覚め"のようだぞ?」
バエルの口元に、笑みが浮かぶ。
愉快だからではなく、嘲る為でもなく。
自らに届き得る、強者の到来を感じ取ったが故の……闘争心から来る、獰猛な笑みであった。




