194.襲来
歓迎会を終えた翌日。
昴の居るメガフロートが停留する港に、一台、いや二台の馬車が駆け付ける。
その馬車にはルクスライト王家の紋章が記されており、大衆に王族の襲来を周知していた。
馬車から現れた王族に対し、開口一番。
「何用だ雑種、早々に去れ」
「あら、勇者様の将来の伴侶たるワタクシが、勇者様にお会いするのに理由が必要ですか?」
王族に対して無礼極まりない発言で出迎える悪魔王 バエル。
そんなバエルに対して一歩も引かない、神経図太過ぎるルビス。
「理由、か。悪いけど、俺も理由が無ければ誰も通すなって団長から指示を受けているんでね、通す訳には行かないな」
言動こそ丁寧だが、バエル同様にルビスの突撃を阻むのは伝説の魔法戦隊 ハイネである。
ルビスのお誘いを受け、昴がその提案を受けた事で数多のカード達が城へと向かったが、全員が歓迎会に参加した訳ではない。
そもそも、昴を無防備に放置して本当にカード達全員が城に向かうなど、アルトリウスやダンタリオン……否、意志あるカード達皆が認める訳が無い。
その二人が会場に居た以上、納得するだけの理由があるに決まっている。
72魔将と伝説の魔法戦隊。
その長が直々に昴の側で控えて護衛している、これが二人が納得した理由だ。
5マナと7マナクラスのユニットがその場に在るというのは、それだけの説得力がある。
「では、理由を作りましょう。勇者様と逢引きを楽しもうと思いまして」
「悪いけど、団長は今寝てるんだ。また今度にしてくれないか?」
「あら、それなら勇者様と添い寝でも……」
「遠回しに帰れと言っているのが理解出来んのか。こんなモノが王族とは、程度が知れるというものよ」
「今のワタクシは王族ではなく、勇者様の将来の伴侶として来てますから」
何を言っても、引く気は無い、突撃あるのみで言葉を返すルビス。
「面倒だな、殺すか」
「流石にそれは駄目だろう」
昴を守る、その一点で意見は一致している二人だが。
方針まで迎合している訳ではない。
一切合切滅ぼしてしまえば昴の安寧は保たれるだろう、という方針のバエルに賛同出来る訳が無い。
ハイネはカード達の中でもかなり善良、穏健な性格であり、そんな彼がこんな雑な理由で他者を害する事など有り得ない。
軍人という在り方故、必要とあらば他者を殺める決断もするが、いくらなんでも今ではない。
なので当然、気に入らなければバエルを止めもする。
「――ここが、勇者様の居られる場所ですな?」
ルビスが乗って来た馬車ではない、遅れてやって来たもう一台の馬車。
その車両から姿を現したのは、立派に伸びた白髭をくるりと巻いた、気難しそうな老人。
エルフなのだろう、この老人も耳が尖っていた。
その老人はバエルとハイネの両者の下に赴き、その頭を下げた。
「アクアマリン・アステリズム・ルクスライト第一王女の命で使者として来ました、レイバルと申します」
レイバルと名乗ったエルフの老人は、自らをこの国の王女からの遣いだと自称した。
ルクスライト王家の紋章が入った馬車に乗って来たのだ、その自称に偽りは無いだろう。
そんなレイバルを、鼻で笑うバエル。
「一体何用だ」
「改めて、勇者様本人をアクアマリン王女殿下の下へご案内するべく、こうして訪れた所存である」
「勇者様なら、既に城に向かっていますが」
「アレらが本物の勇者ではない事は既に分かっています」
レイバルが目を細める。
とぼけても無駄だと、暗にそう言っているようだ。
「勇者様の御仲間ではあるのかもしれませんが、勇者様自身では無い事は既に姫様は見抜いております」
「見抜くも何も、お姉様は"神託"の予言を鵜呑みにしているだけでしょう?」
レイバルの発言に横槍を入れるルビス。
茶々を入れられ、無言でルビスを睨むレイバル。
話の邪魔をするなという事なのだろうが、ルビスは一切気にしない。
そもそも、先に話していたのはルビスの方であり、横槍を入れたのはレイバルだ。
「そういう貴様も、"神託"の予言とやらを鵜呑みにしていたのだろう?」
「あら、ワタクシは"神託"の予言は参考にはしても馬鹿正直に従いはしませんわよ?」
バエルの指摘に、涼しい顔で答えるルビス。
予言は予言。
確定した未来ではないのなら、それと心中する気は無い。
「気に入らない、不都合な予言ならば、力で捻じ伏せる。そういうモノでしょう?」
「ほう、そんな非力で何を捻じ伏せられるというのか、是非とも教えて貰いたいものだな」
「ワタクシ、か弱い女性ですので、筋力を求められても困りますわ。それに、力というのは武力だけに限りませんわよ?」
ルビスは王族である。
当然、その背後には王家という国家権力が控えている。
「……ただ、武力も必要というのも理解しているつもりですわ。ですのでワタクシ、日々の鍛錬は欠かしていませんの。そうですわ! 宜しければ勇者様もご一緒に」
「何でも繋げて来るなこの人」
苦笑するハイネ。
何と言われようと、昴からの命令が無い以上、カード達の行動方針を変える気は無い。
部外者は全て排除する、万が一が遭ってからでは遅いのだ。
例えそれが王族だろうが、何だろうが。
「――話になりませんな」
レイバルは小さく溜息を吐いた後。
攻撃性すら感じさせる鋭い目付きを浮かべた。
「アクアマリン・アステリズム・ルクスライト第一王女の命である。勇者は即刻、登城せよ」
「あらあら、随分強引ですわね。そんな強い事言って大丈夫なのですか?」
「私はアクアマリン王女殿下から権限を受諾しております、勇者を連れて来る為ならば如何なる手段も許されている、という事です。邪魔するのであらば、ルビス王女殿下であろうと容赦はしませんぞ」
「それが本当なら、お姉様はやらかしたって事ですわね。まさかこんな早く自爆するとは思いませんでしたわ」
やれやれと、わざとらしく首を振るルビス。
レイバルからの指示を受けたのだろう、手勢と思われる兵士が十数名、レイバルの側へと駆け付ける。
「その命令に従わなければ武力で、という事かな?」
ハイネは手にした槍砲で、地面を薙いだ。
その一振りで、石造りの桟橋に一本の鋭い線が刻まれる!
「じゃあ、これが最終警告だ。この線を踏み越えた者は、例え誰であろうとこの槍砲の引き金を引く」
普段と変わらない声色で、ハイネは宣言する。
近付けば、撃つ。
脅しでは無く、本気でそうするのだろう。
軍人である以上、守る為に撃つと決めたら、必ず実行する。
これが文字通りの意味で、超えてはならぬ一線、という事か。
「何を悠長な事を! 腑抜けた判断をするなら貴様から引導を渡してやろうか!?」
「腑抜けてるんじゃなくてそっちが過激すぎるんだよ。良いからここは俺に任せてくれ」
バエルに任せたら、この国ごと火の海にするのだろう。
流石にそれは不味いと、ハイネが先んじて前に出たのだ。
だが、相手の言い分を丸飲みする訳では無い。
ハイネとて、目の前の連中が昴と接触して、良い結果に転ぶとは全く考えていない。
――昴はもう、転べないのだ。
無数にひび割れた、ギリギリ形を保っているだけの、心という器。
もし次に転んだならば、立ち上がる事は、無い。
それ程までに追い詰められているのに、カード達の力を以てしても、どうすれば事態が打開出来るのかが皆目見当が付かない。
好転の兆しが、何処にも無い。
だからもう、カード達は容赦などしない。
指先程度の小石ですら、転ぶ前に排除する。
好転しないならばせめて、現状維持を貫くだけだ。
手にした槍を、レイバル達に向けるハイネ。
レイバルが強硬策に出たならば、本当に撃つのだろう。
一触即発の空気、ルビスは巻き込まれぬよう、桟橋の端に移動した直後――
街中から、爆音と共に――黒き獣が、咆哮を上げた。




