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193.踊る剣

 ナーリンクレイの貴族達が見守る中、向き合う二人。

 もうすぐ陽が沈む、夕闇がすぐ側まで迫る庭園の中、訓練用の木剣を構え、相手を見やるアルトリウス。

 華美な立食会場に似つかわしくない、酔っ払いの野次が飛ぶ。


「やれー! ()っちまえー!!」

「模擬戦だと言ってるでしょう()ってどうするんですか」


 連合(チンピラ)集団をたしなめるシズ。

 しかしながら苦言はまるで効果を示す様子が無かった。

 何故歓迎会の最中に模擬戦をやる事になっているのか。

 凄く簡単に言ってしまえば。


「――つまんない嫌がらせね」


 ポツリと呟いた、ダンタリオンの言葉の通りであった。


 この国の貴族達に頭を下げなかった、無礼で生意気な小娘の鼻を圧し折ってやろう。

 剣の使い手だと言うのならば、その剣で打ち負かしてやろう。

 大衆の前で無様に負ければ、溜飲(りゅういん)も下がる。

 本物ならばまだしも、どうせ偽物の勇者だ、その剣の腕も大したモノではないだろう。


 そう、貴族達が高を括った結果。

 嫌がらせとして模擬戦をやる事になったのだ。


 とはいえ、貴族達が直接戦う訳ではない。

 肥え太った連中にそんな真似が出来る訳も無く、そんな相手にアルトリウスが負ける事は万が一も無い。

 当然、貴族側は代役を立てた。

 そして、アルトリウスの相手として選ばれたのが、目の前の男だ。


 頭から長く伸びたウサミミ、尾てい骨の辺りから生えた尻尾。

 毛深い体毛、ウサギの特徴が強く表れた屈強な男。

 その顔には右目から頬に向けて走った長い傷跡が在り、古強者である事を雄弁に物語る。


「――戦う以上、武人として名乗らせて貰おう。ハーゼだ」


 ハーゼと名乗ったその男は、細かい傷の目立つ、良く言えば使い込まれた、悪く言えば貴族達の集う歓迎会に相応しくない、みすぼらしい軽鎧を身に付けていた。

 手にした武器、身に付けた防具で、ある程度戦い方の方針は分かる。

 ガッチリと鎧で固めていない以上、フットワークを生かして回避を重点に置いたヒット&アウェイ――そんな辺りだろうと、アルトリウスは予測を立てた。


「アルトリウスだ、とはいえ、既にそちらは知っているだろうがな」

「いや、有難く受け取って置こう。スマンな、宮仕え故に上からの命令には逆らえんのでな」

「構わん、こちらの実力を見たいという要望も分からんではないからな」


 大した実力も無い馬の骨なんぞに、国家の存亡に関わるような警備や防衛戦を任せられる訳が無いという言い分も、分からないでもない。

 だから、実力を示せと言うのならば見せてやろう。

 何せ、この状況を見ている聞いているであろう昴から、通信機越しに直々に指示が出たからだ。

 昴からの命であらば、力を見せる事に異論はない。

 一方、ハーゼはあまり乗り気ではないようだ。

 言われたから仕方なく、といった具合だ。


「だが、やり合う以上は手は抜かんし舐めもしない。人間には強者も居ると知っているのでな、全力で相手するのみだ」 


 ハーゼが、訓練用の木剣をアルトリウスに向けて放る。

 弧を描いて宙を舞った木剣の柄を、呼吸をするが如く容易く受け取る。


「一撃入れた方が勝ち、という事で構わんな?」

「ああ、それで構わない」

「さて、では始めようか。陽が沈む前に終わらせるとしよう」

「ほう? それは私如き、短時間で蹴散らせるという自負か?」

「そうではないと言えば嘘になるが……暗くなったら、御貴族様が見れないだろう?」


 ハーゼとアルトリウスの模擬戦。

 暗闇になった状態で、実力者二人の戦いを目で追えるような者ならば、こんな腐った命令をハーゼに飛ばしていないだろう。


「成程、宮仕えは大変だな」

「ああ、だから配慮はしてくれ」

「わざと負けてやる気は、無いがな」


 陽が沈むまでの、僅かな時間。

 庭園に木剣同士が打ち合う、乾いた音が木霊する。

 二度三度、互いの力量を確かめ合うように、剣が躍る。

 良く出来た舞踊のように、試合だというのに美しさすら感じさせる。


 だが、それもここまで。

 ある程度実力が把握出来たのだろう。

 ハーゼが、剣の構えを変える。

 大衆の目から見ても、ここまでが小手調べ、ここから先は違うと分かった。


 両手で力強く柄を握り締め、木剣を上段に構える。

 その体勢のまま、アルトリウス目掛け突撃するハーゼ。

 ただ真っ直ぐに振り下ろす、それだけの単純な攻撃。

 受けるも避けるも、容易い。

 ハーゼが相応の実力者である事は、最初の打ち合いでアルトリウスも理解していた。

 だというのに、この期に及んでこんな愚直な攻撃を、何故。

 狙いが読めないが、動きは読み易い。

 受け止めようとして――


 アルトリウスの背に、怖気が走った。

 ハーゼの目には、必ず殺すという、殺意の色。

 受けられるモノならば、受けてみろ。

 剣で受けるならば、その剣ごと叩き潰す!

 二の太刀要らず、初太刀で殺す!

 その強い意思、殺意が滲み出た一振り。

 この世界に薩摩(さつま)は無いが、薩摩示現流(じげんりゅう)と呼ばれる剣術に近しい在り方。

 受ければ、木剣ごと持っていかれる。

 そう判断し、ハーゼの振り下ろしを誘ってから、回避からのカウンターで仕留めようと行動するアルトリウス。

 殺気に満ちた振り下ろしを、後ろに一歩だけ退いてかわす。

 その一撃をかわせば、後は隙だらけの胴なり首なり、横薙ぎで一撃当てて終わりだ。

 実に容易い、過大評価していたようだと判断したアルトリウス。


 だが――それは誤りであった。


 ハーゼが剣を振り下ろしている最中――手に捻りが加わり、剣の持ち方が切り替わる。

 そんな事をすれば剣に力が伝わらず、必殺の一撃足り得ない。

 何故、振り下ろしている最中にそんな事をする。

 それではまるで……


 突きの構え。

  

 殺意と気迫は、初太刀を覆い隠す偽装(フェイク)

 これで倒せるなどと、ハーゼは考えていない。

 最初から、この突きが本命。

 足の骨が軋むような錯覚さえ覚える、溜めたバネの如き踏み込み。

 獣人の肉体というアドバンテージを十全に生かした、人では到底不可能な瞬発速度。

 残像が浮かび上がる程の鋭い突き、これこそが、数多の敵を屠って来たハーゼの切り札。

 アルトリウスの剣がハーゼに届く前に、ハーゼの剣がアルトリウスの胴に突き刺さるだろう。

 それは最早確定事項で、アルトリウスは自らに迫る剣の切っ先を見詰めて――



 衝突音。

 ハーゼの剣はアルトリウスの胴に直撃し、その衝撃でアルトリウスは数メートル程吹き飛ばされる。

 金属装甲があった場所に当たった為、身体へのダメージは大した事は無いが、その装甲には小さな凹みが出来ていた。

 木の剣でそれ程の衝撃を与えたのだ、これが金属の剣だったならばどうなっていた事か。


「おお!」

「ハーゼが剣を当てたぞ!」

「流石我が国でも指折りの勇士だ!」

「ハァ!? 何やってんだよアルトリウス!」


 歓声と怒号が同時に湧き上がった。

 自国の武人を誇る貴族達と、酔っ払い共のヤジである。


「……成程、最初から初太刀は当てる気が無かったという訳か。僅かでも見くびった事を謝罪しよう」

「いいや、見くびってくれて助かった。誘いに乗ってくれねば、どうにも長引きそうだったのでな。騙し討ちのような決着にするしか無かった」


 対し、当事者達はわだかまりも無く、素直に互いの健闘を称えた。

 ただ一点を除いて。


「――お前、手札を伏せたな?」


 ハーゼは、この一試合でそれを見抜いた。

 アルトリウスはわざと(・・・)負けたのだと。


「さて、何の事か」

「はぐらかすか。まあいい、切り札を見せたくないという気持ちも分からんではないからな」

「根拠はあるのか?」

「単純に避けられない攻撃が来たなら、反射的に目をつぶるなり、受け止めようと覚悟を決めたり、想定外の攻撃なら表情が歪んだり――何かしら、反応があるものだ。だがお前は、そのどれでも無かった」


 虚を突かれたとは思ったが、驚く程ではなかった。

 だからアルトリウスの表情は変わらなかったし、防げる(・・・)のだから心構えも何も無い。


「一瞬、妙な間があったな。防ごうとして――止めて、受けると決めた、か? 防ぐ手段はあったのにわざと(・・・)使わなかった、と見た」


 ハーゼの言う通り、アルトリウスは先程の攻撃、防ごうと思えば防げたのだ。


 英霊の領域(スピリットガーデン)


 あらゆる攻撃を阻む白銀の盾。

 昴の法則(ルール)下同様、発動には回数制限があるが、これを使えばハーゼの一撃は徹らなかった。


「……」


 アルトリウスは、答えない。

 変に否定しても、ハーゼの確信を強めるだけだと判断したからだ。


「衆人環視で見せる訳には行かない、か。お前が俺の敵にならないよう天に祈っておくか」

「安心しろ、私自身はお前にもこの国にも何も思う所は無い。だから敵になる事も無い……旦那様(マスター)が興味を持たなければ、な」

「……旦那様、ねえ」


 陽は地平線の向こうへと消え、庭園は闇夜に包まれた。

 木剣をハーゼに返し、再び会場へと戻るアルトリウス。


「何負けてんのよ、アンタが負けたら主人(マスター)が侮られるでしょうが」


 不機嫌そうな顔を浮かべたダンタリオンが、アルトリウスに食ってかかる。


「負ける気は無かったが、ムキになって手の内を晒すような醜態を見せる訳にも行かなかったんでな。本当に、形振り構わず行くのであらば、まだまだ戦えたが……そこまで必死になって戦った所で、得られるのは私が負けなかったという自己満足にしか過ぎん。私のプライドなんぞの為に手の内を何もかも晒しては旦那様(マスター)に迷惑が掛かる」


 アルトリウスの視線が、貴族達へと向けられた。

 その視線に気付いた貴族達の一部が、侮蔑の色を隠しもしない笑みを浮かべた。


「――ここの連中が、味方になるとは思えんからな。精々、利害の一致が限度だろうさ。なら、伏せられる手札は伏せておくだけだ」


 ダンタリオンもだが、アルトリウスもまた、ここに居る貴族達を見限っていた。

 色眼鏡で見て、舐め腐った態度で、利用出来るだけ利用して使い潰してやるという魂胆が見え見え。

 そんな輩を、昴に近付ける訳には行かない。

 今はまだ手を下す程ではないが、目に余るようならば全て排除する、両者共にそう結論付けるのであった。

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