192.歓迎会
陽も傾き、西日が強くなる頃合い。
夕焼けと共に人々は家路につき今日一日を終える――のは、人間達の慣習だ。
亜人達が暮らすこのナーリンクレイでは、これからが活動時間となる者達も多数存在する。
夜行性の者達は日暮れと共に起き出し、夜明けと共に眠る生活習慣の為、昼夜逆転生活……というより、彼等彼女等にとっての昼は夜と言うべきか。
勇者一行を迎える歓迎会が、夕暮れ時に開催されるのもこの為である。
亜人達が寝静まる前、起き出す頃。
夕方というのは、丁度その生活が交わる時間帯なのだ。
今回開催される歓迎会には、ナーリンクレイの有力貴族達もこぞって参加表明をしている。
勇者と顔繫ぎ、あわよくば懇意にしてもらい、勇者が齎すであろう莫大な利益を我が物にせんと、腹の中に野心を抱えている者ばかりである。
無論、それを表面に出す程愚かでは無いようで、ある程度取り繕ってはいるようだが。
「おっ、何だ酒もあんじゃねえか」
「そちらは世界三大銘酒にも挙げられるアルネールワインと申しまして、南部で栽培されている――」
現状、特別何かをしろと昴に言われている訳ではないので、カード達は思い思いに歓迎会の参加者と交流をしている。
昴に不利になりそうな言動はしないようにする、という共通認識はあるが。
「……まあ、分かっちゃいたけど」
少し休憩とばかりに、壁に寄り添った状態で周囲を俯瞰するダンタリオン。
当然、見ているのは参加しているこの国の貴族達だ。
本音を隠し、欺瞞に満ちた言葉。
後で嘘は言っていないと言い訳する為か、完全な嘘にならぬようギリギリのラインを攻めた内容で、言葉巧みにこちらを誘導しようとしてくる。
が、しかし。
その全てが、ダンタリオンからすれば丸裸同然。
(何が勇者だ、お前が勇者な訳無かろう。とはいえ無碍には出来んな、適当に合わせておくか)
(我等と同族だというならば、こちらの要求もすんなり飲んでくれるだろう)
(生意気な態度だ、勇者に媚を売って自分が偉くなったつもりか?)
(今回の勇者が女で転ぶ男だと分かっただけ収穫か、であらば上物の女を用意せねば)
(対フィルヘイム攻略の切り札に成り得るからな、煽てるだけで踊ってくれるならば実に安い買い物だ)
(武力に関してはあのグランエクバークの軍勢を鎧袖一触だそうじゃないか、ならばグランエクバークからの干渉も突っぱねる事が出来そうだ)
他人の秘密を明らかにするその力の前では、どれだけ老獪で鉄面皮な貴族だったとしても、心の内を読み取られてしまう。
そしてこちらが質問すれば、迂遠な言い回しをしたとしても、即座に真意に辿り着く。
こういう貴族社会、政治的交流の舞台において、ダンタリオンの能力は存在自体が反則だった。
徹底して、こちらから搾取してやろう、顎で使ってやろうという考えの者ばかりで、ダンタリオンとしては溜息もつきたくなる。
希望的観測、武力装置という道具扱い、的外れな結論。
ここに居る連中はどいつもこいつも、まるで何も見えていない。
金だ、名誉だ、女だと、俗物的な物品をチラ付かせれば、喜んで勇者は踊ると考えている。
そんな"欲望"で満たされてくれるなら、どれだけ簡単な話か、私達が悩まずに済んだ事か。
感情と溜息を酒で腹の奥へと流し込むダンタリオン。
昴の提案でなければ、そもそもこんな舞台に立つ事も無かっただろう。
最初に周囲から情報を根こそぎ吸い上げてやろうと、有力な貴族達には全員面通しをした後なので、今のダンタリオンを注意深く見ている者は居ない。
今、この舞台で貴族達の中心となっている者。
「――こういった席で、剣を持ち込む訳にもいかぬ故、帯剣はしていないですが。これでも、人並み以上には剣を心得ているつもりです」
「ほほう、剣ですか」
英雄女王 アルトリウス。
王族という設定故か、礼儀作法という障壁を全くモノともせず、貴族達に囲まれても一切物怖じせず、その全てに応対している。
気品に溢れた佇まいは、人種族に対して友好的ではない彼等に対し、隙を晒す事は無い。
容姿、言葉遣い、立ち振る舞い、ケチを付けようにも、言いがかりにしかならない状態。
英雄女王の名は伊達では無い。
昴が最も信頼しているというのもあるが、こういう舞台に立たせても立ち回れると見込んだ昴の目が正しいというのもあるだろう。
そんなアルトリウスの前に、貴族達の垣根を切り裂いて、一人の女性が姿を現す。
小さく一礼した後、その赤い瞳でアルトリウスを真っ直ぐに見詰める。
「――公の場で顔を合わせるのはこれが初めてですね。改めて、ワタクシはルビス・アステリズム・ルクスライトと申します、お見知りおきを……と言っても、一度顔を合わせている以上今更ですね」
「これはご丁寧に、私はアルトリウスという者だ。確かに、公式の場では初めてだな、この度は、このような歓迎会に招いて頂き、感謝痛み入る」
そんな女性――ルビスに対し、アルトリウスはその頭を下げた。
アルトリウスを取り囲む貴族達に一切下げなかった、その頭を、だ。
主催はルビスであり、他の貴族達は今回の催しに乗っかっているだけ。
故に、他の貴族達は頭を下げるに値しない。
貴族だと? 所詮は"貴族止まり"だろう?
他国の貴族風情に、女王が頭を下げる道理など無い。
ペコペコと首を振る程、女王の頭は安くないのだ。
だが、主催であり同じ王族から歓待を受けて、それでも謝辞を示さないようでは礼儀知らずにも程があるというもの。
だからこの場だけは、頭を下げよう。
と、いった具合である。
立場という観点からであらば、理解出来る在り方だ。
しかしながら、その振る舞いが却って貴族達の癪に触った。
人間風情が、私達を値踏みするのかと。
いっそ、誰にも頭を下げない無礼な女ならば良かった。
ルビスには頭を下げた事により、お前達に下げる頭など持ち合わせていないと、言葉には出さずとも態度で示してしまった。
「お招きしたのは此方なのですから、歓迎するのは当然です。楽しんで頂けているようで幸いですわ」
「一部の連れが迷惑を掛けていやしないかと、気掛かりでしょうがない所ではありますが」
そう言いながらアルトリウスは露骨に、会場の一点を冷たく注視した。
会場の横、庭園と行き来出来る開けた空間にて、穏やかな雰囲気の立食パーティーとはかけ離れた、下々の宴会場と化している一区画。
一本辺り金貨数十枚は下らないであろう高級な葡萄酒をラッパ飲みしながら、大声で騒ぎ立てる連合総長 龍と、その取り巻き達。
立食だというのに床に腰掛けて肉をありったけ乗せた皿を地べたに置いている品の無さには、流石に貴族達も貼り付けたであろう笑顔が若干引き攣っていた。
昴が直々に指名した人選なので、アルトリウスからすれば一切文句を言うつもりは無いのだが。
明らかに勇者一行という肩書きの品位を下げる振る舞いであった。
尚、何か昴に深い意図があって選択した訳ではなく。
単純に人型範疇に収まってる低コスト帯から選ばれただけである。
連合総長 龍の召喚には3マナが必要だが、龍が居る状態だとその仲間達が全員コスト0で召喚出来る共通効果がある為、平均すると一人当たり1マナ未満になるのだ。
コストだけで見れば伝説の魔法戦隊より破格である。
人間系ユニットの数を雑に水増ししたいだけなら、その候補として昴が見落とす訳が無い。
結果、出来上がったのがこのチンピラ集団による酒盛りであった。




