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188.封印の地

 翌朝。

 アルトリウスに宛がわれた寝室を訪ねるルビスと、付き添いのフェルナンド。

 既にアルトリウスは起床済みで身支度も済ませてあり、一分一秒も無駄にしないとばかりに案内を催促するアルトリウス。

 ルビスの案内で、既に用意されていた馬車に乗り込み、良く整備された街道を走り抜けていく。

 一時間もしない距離を走り抜け、馬車から降りたアルトリウスの目に映ったのは。


「トロッコ……いや、人力車か?」

「ここからは、この車両で向かいます」


 鉄板で補強された木製のレールが敷かれた、辺境の無人駅、そんな雰囲気が漂う小ぢんまりとしたホーム。

 しかし雑草まみれという訳ではなく、普段から人の手が入っている事が分かる。

 そしてレールの上には、頑張れば大人五人位は乗れそう、位の小さな屋根付きのトロッコ、とでも言うべき見た目をした乗り物。

 内部にはペダルボートのような回転機構が付いており、恐らく足で漕いで動くのだろう。

 そのペダルを漕ぐ要員と思われる、屈強な男が既に車両の横でスタンバイしている。


「馬車では駄目なのか?」

「駄目ですね、目的地に着く前に馬が潰れてしまうので。それに、そんな道幅もありませんから」

「馬が潰れる……?」


 どういう事か、気にはなるがそんな事は道中で聞けば良いと判断し、車両に乗り込む。

 走り出して数分、特に何も無い道中だったが。

 十数分そこら経つ頃になると、屋根を叩く雨音と共に、異変が生じる。


「――黒い、雨?」

「これが、こんな車両を使って移動しなければならない理由です」


 窓ガラスを伝う、コールタールでも混じっているのかと言いたくなる程にドス黒い雨だれ。

 一目で分かる、異常な天候。


「この雨は、邪神の欠片の影響によって降り続いていると言われています」


 封印された邪神の欠片、そこを中心として半径2~3キロ圏内。

 その領域内に、この黒い雨は常に、年中絶える事無く降り続いている。


「この黒い雨が、この地を、草木一本すら生えぬ死の大地へと変えてしまった元凶なのです。少し当たった位ならば平気ですが、長期間この雨に晒され続けると、徐々に命を削り取られていくのです」


 数十秒、浴びた程度ならば問題無い。

 だが数分この雨に晒されれば目に見えて疲弊し、そして数時間ともなれば疲労困憊、意識混濁、体力が少ない者ならばそれだけで死に至る。

 少しずつ、だが確実に命を削っていく死の雨。

 この雨を防ぐ手段が必須であり、こんな車両で移動するのもその為である。

 そしてこれは動物だけでなく植物もまたそうであり、かつて緑に溢れていたと言われているこの地に生えていた植物がどうなったかは、御覧の有り様である。

 地平線の向こうまで見渡せる程の、本当に、何も無い、死の大地。

 全てが枯れて朽ち、そして新たに芽生える事は無い。

 

「とはいえ、封印されている邪神の欠片を野晒しで放置する訳にも行きません。この道は、邪神の欠片を監視する為に、この地に住まう者達が数百年を掛けて地道に築き上げた、文字通り命を削って建てた道なのです」


 資材を運び、橋を架け、この死の世界に道を築き上げた。

 体調に問題が出れば即座に切り上げるといった配慮は当然されてはいたが。

 それでも少なくない犠牲者を出して作り上げた道である。

 そんなこの国の住人の血と汗と命で舗装された道を走る事数十分。

 窓ガラス越しに見えて来る、無骨なレンガ造りの塔。

 その塔の中へと車両は進んで行き、そこで停車した。


「――ここが、邪神の欠片が封じられた地です」


 円形状の塔の内部は、ほぼ空洞であった。

 その中央に存在する物体だけで、内部空間のほぼ全てを占めているからである。

 なので、車両から降りた時点で既にその存在を見上げる事となる。


「……この存在、この異形こそが。封じられて尚、この地を蝕み続ける邪神の欠片――"(Elimin).(ation)(Fanatic)"です」


 中央に座する、巨大な黒い存在。

 強靭な顎門(あぎと)、頑強な体躯から伸びる翼と尻尾。

 その姿、見れば誰もがこう口にするだろう。


「黒い……ドラゴン、か?」


 何か鎖に縛り付けられたかのような、翼と尾を強引に畳まれた体勢で、その場に鎮座する黒い竜。

 しかしこれを縛る鎖のようなモノは存在せず、まるでこの状態で時が止まってしまったかのようである。


 ドラゴン、成程確かに異形だろう。

 だが、この世界にもドラゴンが存在するという事は既に分かっている。

 見た目がドラゴンのようならば、ドラゴンのような見た目、と表現するのではないか?

 何故ドラゴンのような見た目、ではなく、異形、と表現したのだ?


「何でも、当時を生き延びた者の証言によると、この"(Elimin).(ation)(Fanatic)"はドラゴンの姿ではなかったそうなのです」


 巨大な大蛇であった、獅子の姿をしていた、人型で武器を振るっていた。

 数少ない生存者が口にしたのは、どれも目の前の存在とは似ても似つかない。

 そして最も最前線に立ち、その存在を目の当たりにし、生き延びた人物――


「――先代の勇者、勇者アヤナ様の話によると。"(Elimin).(ation)(Fanatic)"は変幻自在、不定の異形、だと証言していたそうです」


 姿を変える。

 この目の前のドラゴンの姿は、その一面でしかなく、これが本質ではない。


『異形の化生 シェイプシフターかな?』


 アルトリウスの所持していたスピーカーから、機械編集された音声が流れた。

 そんな存在がカードにも居たなと、昴がポツリと呟いたのだ。


「……それに近しいような存在、そういう訳ですね旦那様(マスター)

『いや、知らんけど』


 実際の所どうなのかは、分からない。

 よし実際に戦って確認してみよう、という訳にも行かないのだから。


「……あの身体に突き刺さっているのは、剣か?」

「アレが、"(Elimin).(ation)(Fanatic)"を封じている封印の要だと伝え聞いています。ですので、あれに触れる事は何人たりとも許可出来ません」


 丁度ドラゴンの首下辺りに突き刺さっている、剣の柄のような物を見付けるアルトリウス。

 恐らく重要なモノなのだろうと当たりを付けたが、やはりそうだったようだ。

 あの剣は元々、勇者と共に戦った人物の持ち物であり、恐らくアレを核として封印の術式を起動したのだろう、と。


「言われずとも流石に、今は見に留めるつもりだ」


 今このタイミングで、邪神の欠片を滅ぼせるとはアルトリウスも考えていない。

 得られた情報も満足出来る程ではなく、(マスター)の勝利は微塵も疑っていないが、己一人で勝てる訳が無いとも理解している。

 こんな状態で藪蛇をする気はアルトリウスも無い。


「――これで良いでしょうか? 帰路の時間を考えると、そろそろ戻らないと食事会に間に合わなくなってしまいます」

「……分かった、まあこれで良しとするか」


 時間的にはそろそろ頃合いなので、再び城に戻る事にする。

 アルトリウスにとっての本命はここだが、ルビス達にとっての本命はこの後に控えているのだから。

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