187.メルルキア城の一幕
整備された石畳の上を、馬車の集団が進んで行く。
こんな大所帯だとはナーリンクレイ側が想定していなかった為、急遽追加手配した馬車を加え、計10両編成の大所帯である。
真っ直ぐに、王城に向けて進む馬車の集団は明らかに異質であり、否応無しに衆目を集める。
路上脇で顔を覗かせる民衆の顔触れは、様々。
このナーリンクレイという国は、人であって人でない、亜人と呼ばれる種が集まって生まれた場所である。
耳が尖っている以外は人と大差無い、エルフと呼ばれる種から、上半身こそ人の形状ではあるが、下半身は蜘蛛の体躯という、異形にしか見えないアラクネと呼ばれる種まで。
多種多様な顔触れが並んでいた。
しかし、純粋な人という種はほぼ見られない。
「――ここが純粋な人種族を排斥してるってのは本当みたいね」
馬車の車窓から、外の民衆の顔触れを見ながらダンタリオンがポツリと呟いた。
「まあ、戦争であんだけガッツリ領土切り取られたらそりゃ排斥したくもなるってもんよね」
「戦争、か。団長の居た地球でも、この異世界でも、結局戦争と領土問題は付き纏い続けるのね」
同席していた伝説の魔法戦隊 シズは、うんざりしたような口調でダンタリオンに続く。
「人は人である限り、争いからは逃れられないのよ。世界云々じゃなくて、人という在り方の問題だからね」
「確か、フィルヘイム側が侵攻してナーリンクレイの領土を奪い取ったという話ですよね? なんでそんな事を」
「さぁね? 私は図書館で読み込んだ知識を知ってるだけだし、その当時の人が何考えてたかなんて分からないわよ。野心なのかやむにやまれずなのか、当事者のみぞ知る、って感じね」
フィルヘイムとナーリンクレイの間に戦争が起きたのは、300年以上も前の話である。
時間が経つにつれて、伝聞では少しずつ情報が変わって伝わってしまう。
正確な情報を知っているのは結局、その当時を生きていた者達だけである。
「――ただ、その当事者ってまだ生きてるんじゃないの?」
300年以上も前の話だ、もう生きている人間は居ないだろう。
だが、生きている亜人はいるかもしれない。
「当時の俺がまだ未熟だったってのを差し引いても、アレよりヤバい戦場は今まで一度も無かったな」
目の前にいた。
もう完全に当事者だったと白状しているのは、同席していたフェルナンドであった。
「貴方、その戦争に参加してたのですか?」
「ああ、その頃はまだ100歳にもなってなかった若輩だがな」
「そうか、エルフという種は長命でしたね……数百年程度じゃ当事者が代替わりしてないんですね」
驚きつつも納得するシズ。
100年経ったら、もう人間は完全に世代が切り替わる。
だがエルフは人の10倍近い寿命を有する為、300年程度ではまだ世代が切り替わらないのだ。
「当時のブリッツシュトラール所持者とやり合う羽目になってな、ただの兵士が前に出ても蹂躙されるだけだからって俺にお鉢が回って来たって訳だ」
「……勝ったのですか?」
「まあ、撤退には成功したから勝ちは勝ちだな」
「じゃあ倒したって訳じゃないのね」
「あんな化け物を倒せるヤツが居るなら、是非ともお目に掛かりたいもんだね」
交戦し、当時のフィルヘイム最高戦力たるブリッツシュトラール所持者をその場に押し留める事には成功した。
命の奪い合いである戦場で、撤退戦の殿を務め、そして五体満足で生還した。
この功績によって、フェルナンドはナーリンクレイ"最強"と呼ばれるに至ったのだ。
当代のブリッツシュトラール所有者――ジークフリート・フォン・フィルヘイムとは、以前昴達も刃を交える事になった。
中断という形でその戦いは終わった為、戦績は引き分け、目的は達したので判定勝ち、という終幕ではあったが。
その異常な強さは昴にも、カード達にもしっかりと伝わっていた。
使い手が違うとはいえ、アレと分けたのならば、ナーリンクレイ"最強"と呼ばれるのも理解出来る。
「――そろそろ楽しいお喋りの時間は終わりだな」
車窓から見えるは、緑の城。
積み上げられたレンガを覆い隠すように植林された木々、巨大な城に絡み付くように生えた、およそ地球では見られない一本の巨木。
その巨木から分かれた枝葉が、まるでこの城全てを守護するかのように伸びていた。
だが木々の日陰で覆い隠された陰鬱な気配は微塵も無く、届かねばならない陽光はしっかりと城に射している辺り、伸びるに任せ無造作に放置している訳では無く、しっかりと人の手が入っている事が分かる。
城に向けて石畳が伸ばされた庭園の中には彩り様々、目を楽しませる数多の花が咲き誇っている。
そして何故か城内の一区画に、この自然と調和した見事な城には似つかわしくない、ガラスで区切られた人工的な温室があった。
「ようこそナーリンクレイが誇るメルルキア城へ。まあ精々食い物にされないように気を付けるんだな」
「生憎、私達は利用される程脳無しでも無能でも無いからね。無用な心配よ」
「そうかい、余計なお世話だったみたいだな」
愉快そうに小さく笑うフェルナンド。
例えこの先に何があろうとも、カード達が成すべき事は何も変わらない。
昴の命に従い、役目を果たす。
それが出来るだけの力が、カードにはあるのだから。
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「――それで、一体何時まで自らを勇者だなどと自称し続けるおつもりですか?」
「自称も何も、事実だからな」
メルルキア城に入城し、面会の準備が整うまで、しばしこの城に滞在する事になったカード達。
提供された茶を啜りながら、ルビスからの追及をのらりくらりとかわすアルトリウス。
「だが、私が見聞きした事は旦那様に必ず伝わる、それだけは間違いなく保証しよう」
今回、昴が向かわせたカード達は全員、小型の通信機を所持している。
マティアス謹製、小型カメラも内蔵したそのマイクで録画・収音したデータは電波となって全て、昴の居るメガフロートにまで送信される。
バッテリーも常時稼働状態で満充電から1週間近く持つというトンデモな代物なので、バッテリー切れも問題無し。
城とメガフロートのある港では距離もあり、合間に挟まる山々や木々に電波を阻まれたりする事も想定し、光学迷彩搭載の中継ドローンも既に飛ばされており、万が一にも通信不良にならないようにと、万全な布陣となっている。
「ワタクシとしては、その、マスター? という方に是非ともお会いしたいのですけどねえ……」
頬杖を突きながら、見事な絵画の描かれた天井へと視線を移すルビス。
天井の絵画もそうだが、壁面に飾られた何者かの肖像画や、見事な刺繍の施されたカーテンやら壺といった調度品に至るまで、豪華絢爛。
この国の富全てがここに集っている事を否応無しに感じさせる城内の一室。
その空間に、扉を叩く音が響いた。
扉を開いて入って来たのはこの城に仕えている執事か何かと思われる人物であり、ルビスの元に近付き、二言三言耳打ちした後、足早に部屋から立ち去る。
「――明日の夜、歓迎会を開催するので今日は皆様方にはこの城で一泊して頂きます。歓迎会には陛下の名代として、ワタクシの兄と姉……アダマス王子とアクアマリン王女、それと数を絞ってはいますが氏族の方々も参列されます。食事会形式なので、堅苦しくする必要はありません。ですので、そのマスターという方にも参列をですね」
「旦那様は多忙故、勇者である我等がこの地に来たのだ。謁見も、会食も、旦那様が参加する事は無い。これはもう決まった事だ」
昴は多忙なのである。
このアルトリウスとルビスのやり取りをモニター越しに流し見ながら、カードショップに陳列するカードを整理している最中なのである。
別に今する必要がある作業では全く無いし完全に趣味でやってる事なのだが、多忙と言ったら多忙なのである。
「……しかし、明日の夜か。待機時間が長過ぎるな」
「今日はこのまま一泊する訳ですし、そこまで長くお待たせする訳ではありませんよ?」
「いや、長い。旦那様が隣に居ない時間程長いモノはない」
昴にお願いされた以上、この案件はアルトリウス達にとって至上命令となった。
だから反故にする気は全く無いのだが、それはそれとして自らの心情的に納得が行くかどうかはまた話が別である。
「この城の位置は分かった、明日の夕方頃に改めて再訪でも良かろう?」
「そんなに待てませんか?」
ずっと、側に居た。
地球で付喪神として意識を得て、そして昴の下に舞い戻ってから、ずっとアルトリウスは昴の側に居た。
それが当然だったからこそ、一時的とはいえ、昴と離れ離れになっている現状がシンプルに気に入らないのだ。
目的の為に実際に行動している最中ならまだしも、それがただの待機時間で潰されるというのは。
「ただ待つ位なら、旦那様の側に居たい」
耐えられない。
カード達にとって時間とは引き延ばそうと思えばいくらでも引き延ばせる代物だが、昴にとっては違う。
昴の時間は常に流れ続けており、それは有限だ。
当然、昴と共に在れる時間も有限。
その有限の時間を、ただただこうして無意味に待機するだけで潰す事程、無駄な事は無い。
生き急いでいるかのような在り方だが、カード達は休もうと思えば精神世界でいくらでも休む事が出来るのだ。
故に生真面目な性質のカード程、実体化している際の時間をより効率的に、有意義に使おうとする。
「だから再訪か……もしくは、旦那様の為になりそうな事がしたいが……」
何もせず、明日の夜までただ待つというのが気に入らない。
ならば無為な時間を過ごさなければ良い。
昴の役に立つような事が出来れば、それは無駄な時間の消費とはならない。
現状、何が出来るかをアルトリウスは考え――
「――封印された邪神の欠片、とやらが居るのだろう?」
それに思い至る。
「何処に居るのかとか、どういう状態なのか、確認する事は出来るか?」
それを、ルビスやフェルナンドは危惧していた。
フェルナンドが警戒する程の存在となれば、必然昴を害し得るだけの力があると考えられる。
ならば、その邪神の欠片とやらの情報を確認しておく事は昴の役に立つ筈だ。
「……そうですね、ワタクシの口添えがあればお通し出来ると思いますわ」
少し考えた後、有事を考えれば勇者に情報を流すのは必要な事だろうと判断したルビス。
「好き勝手行動は出来ないとは思いますが、それでも良ければご案内出来ますが、如何いたしますか?」
「なら、それで頼む」
「では伝言もありますので、明日の朝まではここで一泊して下さい、朝になったら部屋に遣いを寄越します」
帰るのは一瞬だが、ここまで来るのは徒歩だとそれなりに時間が掛かる。
それを考慮した上での一泊ならば、必要な待機時間かと納得し、了承するアルトリウスであった。




