184.ナーリンクレイからの来訪者-1-
「――夜分遅くの来訪失礼致します、ここが勇者様の居られる地と伝え聞き、是非ともお目通りをと足を運ばせて頂きました」
その女性は、スカートの裾を持ち上げ、恭しく頭を下げた。
赤い瞳、肩に掛かる程度に伸ばした赤い髪、雪のような白い肌。
赤いパーティードレスで着飾った、全身全てが赤でコーディネートされた人物。
華奢な身体ではあるが、女性らしい膨らみを持つべき場所はしっかりと育っており、貧弱さは感じない。
見目も麗しく、その高級感溢れる装束と立ち振る舞いから、高貴な人物であろう事が察せられる。
そして何よりも目を惹くのは――その耳である。
人間には無い、細く尖った耳。
この世界に住まう、エルフと呼ばれる亜人種族に見られる特徴であった。
「ワタクシはルビス・アステリズム・ルクスライト。ナーリンクレイを治めるルクスライト王家に名を連ねる者です、どうぞお見知りおきを」
その女性――ルビスは、自らをナーリンクレイの王族だと自称した。
「……どうして連れて来た」
「どうでも良い連中なら追い払ってたわよ、でも流石に私が独断で決めるには問題がデカ過ぎよ」
半目で睨みながら咎めるアルトリウスに対し、淡々と反論するダンタリオン。
ダンタリオンとしても、最初はとっとと追い払って終わらせる気満々であった。
だが、相手が国の王族だと名乗るのでは、ダンタリオンが勝手に追い払うのも不味かろう。
最悪、国を巻き込んだ面倒事になるかもしれないし、それで昴に対して心労を掛けたくないというのがダンタリオンとしての考えであった。
「それにしても、貴女もエルフだったのですね」
「まあ、そうね」
ダンタリオンはエルフという種族分類が成されている。
その耳は尖っており、この世界のエルフ種と外見の特徴は一致していた。
ダンタリオンの耳を見て、自分と同じ種なのだと判断したのだろう。
「どうやら此度の勇者様は、女性のエルフを丁重に扱って頂ける深い懐の持ち主のようですね。ワタクシとしても安心しましたわ」
ダンタリオンを見ながら、微笑を浮かべるルビス。
思わず見惚れる程の美貌だが、ダンタリオンの反応は違った。
「……ねえ、やっぱコイツ燃やして良い?」
「止めておけ、国際問題になるぞ」
ルビスの態度に理性では説明出来ない何かを感じ、手にした本から魔力を迸らせるダンタリオン。
そんなダンタリオンを諫めたのは、ルビスの隣に居た男であった。
「で、アンタは?」
黒曜石の如く黒い肌、ルビス同様にその耳は尖っており、この者もまたエルフと呼ばれる種族である事を外見が物語る。
ポケットの多い上着を着込んでおり、腰に巻いたベルトには、鞘に納められた刀剣、ホルスターに納められた銃がそれぞれ下げられていた。
その青い目には鋭い眼光が宿っており、気の弱い者であらば睨まれただけですくみ上ってしまう程に力強い。
「フェルナンドだ、まあ適当に頼む」
男はそう自称した。
口調自体は軽いモノだが、口調以外の部分から感じ取れる、実力者としての立ち振る舞い。
出会った時点で既に、この男は只者ではないと、この場に居るカード達全員が察していた。
「この者はフェルナンド・ガルシアと申します。こう見えて、ナーリンクレイ"最強"とか呼ばれてる男なんですのよ?」
「こう見えてとは何だ」
「……ナーリンクレイ"最強"、か」
フェルナンドを注視するアルトリウス。
基本的に、この世界に住まう者達に対して思考を割く必要は無いとアルトリウスは考えていた。
昴とは関係の無い者達だし、例え敵対したとしても、力で容易に捻じ伏せられるからだ。
だが、この世界で"最強"などと呼ばれる連中は話が別だ。
以前、龍やシャックスが相対した、リレイベル"最強"、フィルヘイム"最強"と呼ばれていた人物。
カードである二人が、単身では歯が立たない、完膚なきまでに敗れた相手。
明らかに一線を飛び越えた、規格外の存在。
その力は下手すれば、昴を脅かし得るだけのモノがある。
ナーリンクレイ"最強"と呼ばれたその男に対し、最大限の警戒を示すのは当然の反応であった。
「そんな巷じゃ"最強"とか言われてる男も、今じゃ子供のお守り、悲しき宮仕えって訳だ」
わざとらしい口調で自嘲するフェルナンド。
慣れた手付きで懐からタバコを取り出し、それを口に咥え――
「申し訳ありませんが、室内での喫煙は御遠慮願います」
インペリアルガードに、横から差し止められた。
「……喫煙者への当たりが強い世の中だ、全く」
軽く舌打ちするフェルナンド。
「何処でなら吸って良い?」
「そもそも喫煙者が訪れる事が無かったので、喫煙所自体が存在しません。外でなら吸って構いません」
「今、外は嵐だろう……! もう我慢ならん、後は好きにしていろ! 俺は外で吸って来る!」
そう言い残し、足早にその場を立ち去るフェルナンド。
指示には従う辺り、礼儀正しくはあるようだ。
「……アレが、お前の護衛だろう? 行かせて良かったのか?」
「あんまり口煩くして縛り付けると、他所へ行かれてしまいますからね。束縛する女は殿方には嫌われるようですから」
口元を抑えながらクスリと笑うルビス。
見た目が美しいが故に、その一挙手一投足、全てが絵になる。
彼女の言動に、無礼な所は何処にも無い。
だが何故か、その振る舞いがアルトリウスの癪に触った。
「……それで、何故ここに来た?」
「あら、先程申したと思いますが。ここが勇者様の居られる地と伝え聞いて、是非ともお会いしたいと」
「それは、仮にも高貴な身分の持ち主がロクに御供も引き連れず、こんな嵐の夜中に強行軍で船を走らせる理由にはならん」
アルトリウスがルビスに対して聞きたいのは、来た理由ではない。
何故今なのか、だ。
一応、フェルナンドというこの世界において最高峰の腕利きが側に居るので、護衛という意味での御供は十分なのかもしれないが。
他には船を動かす為の最低限の人足しか引き連れておらず、王族の伴う移動とはとても思えない。
更にその理由では、嵐の夜に来た理由が説明出来ない。
嵐の中、船を走らせるなどただの自殺行為でしかない。
何故わざわざ転覆の危険を冒してまで、しかもこんな夜に来たのか。
晴れた日中でも良いではないか。
向かっている最中に陽が沈んで嵐が来た、というのもあるかもしれないが。
そもそも嵐が来そうなら日を改めるという選択肢もあった筈だ。
更に付け加えるならば。
「そもそも、何故ここが分かった」
このメガフロートは、海岸で目を凝らした、程度で見付かる位置を移動したりしていない。
その程度しか離れていない海上は国際法上で領海内に指定されており、それを避ける為に水平線の向こう側、公海を移動している。
来た理由だとか、何故今なのかとか、そんな問題以上に、そもそも来る事が出来たという事が不可解なのだ。
「話せば長くなりますし、出来れば何処か腰を落ち着けて話せる場所はありませんか? 少々船旅で疲れてしまいまして」
「では、部屋に案内しましょう」
インペリアルガードの案内に従い、ルビスとカード達は手近な部屋へと移動する。
腰掛ける椅子は全員、パイプ椅子だ。
王族が座る椅子としてはみすぼらしい事この上ないが、座れるだけマシである。
「それで、勇者様は何処にいらっしゃるのかしら? 勇者様を交えて話をしたいのですが」
「まず第一に、勇者などと言う存在はここには居ない。ルクスライト王家の者を無碍に扱う訳には行かない手前、来訪は許可したが。そもそも大前提として、ここは関係者以外立ち入り禁止だ。ましてや連絡無しでの来訪など本来以ての外だ」
昴が、カード達が受け入れると決めた者を留めておく為の受け皿が、このメガフロートである。
ルビスはそもそも、事前のアポも面識すら無い、押し掛けだ。
本来、受け入れる義理は何処にも無い。
王族相手に無礼な態度を取れば要らぬ敵を作り、延いては昴に問題を押し付ける事になりかねないから、丁寧に対応しているだけなのだ。
「――真摯な態度で接している。そんな顔をしておきながら、平然と嘘を吐く辺り貴女も中々したたかですわね」
目を細め、アルトリウスの言葉は嘘だと断言するルビス。
「嘘だと?」
「ここに勇者様が居るという事は分かっています、だからこそワタクシも足を運んだのですから。邪神の欠片という脅威に対抗するには、勇者様の御力が必要不可欠です」
当てずっぽうではなく、確信に近いその物言いは、まるで今この時、ここに勇者が居ると知っているかのようであった。
「どちらにしろ今は真夜中だ、話をするにしても翌朝で良かろう。今夜は寝室でお休みになられると良い。船旅でお疲れ、なのだろう?」
「……そうですわね、ではお言葉に甘えて、一泊させて頂きますわ」
これ以上問答を続けても平行線だと判断したのだろう。
滞在の許可自体は降りたので、これで良しと一旦引き下がるルビス。
喫煙を終えて戻って来たフェルナンドと共に、あてがわれた個室で一夜を明かすのであった。




