183.接近、警告
それは嵐の夜であった。
昴達が暮らす海上巨大構造体、メガフロートには船舶自動回避システムが搭載されている。
海上をレーダーで24時間監視し続け、接近する船舶があればその進路を計算して航路から外れて回避するというモノだ。
その自動回避システムが、警告音を発した。
回避行動を取って尚、船舶から距離が取れない為だ。
システムがエラーを起こしたのか、もしくは――このメガフロートを追跡しているのか。
警告音に反応し、カード達も各々活動を開始する。
「――距離が詰められてますねえ。明らかにこっちに向かってますよ」
度のキツい眼鏡越しに、レーダー上に表示された白い点を注視するマティアス。
レーダーの中心、メガフロートに向けて真っ直ぐに進む白い点。
白い点の横に表示されている数字はメガフロートとの距離なのだろう、その数字が徐々に減っていく。
「振り切れないの?」
「こんなデカい構造物に無茶言わないで下さいよ、いくらIEコアを積んでても出力自体には限界があるんですよ? 本気で追って来てる船舶を振り切れる訳無いでしょう」
ダンタリオンの質問をバッサリと斬り捨てるマティアス。
タンカーがそうであるように、大型船舶はどうしてもその動きが鈍重になる。
小型船の機動力で追い掛けられたら、逃げ切れる訳が無いのだ。
「使えないわね」
「グランエクバークの連中か?」
「レイヴンからは何も連絡は受けておりませんが、火急の用でしょうか?」
思い当たる可能性を口にしたアルトリウスに対し、そのような報告は無かったと口にするインペリアルガード。
このメガフロートの位置を把握しているのは、唯一外部との連絡窓口となっているレイヴン、ひいてはグランエクバーク位しか存在しない。
この世界の一般的な航路を大きく外れた公海上を漂っている為、普通に海上を移動しているだけではこのメガフロートはまず人目に付かない。
更に言うなら、レイヴンとやり取りした際、来訪が必要だと判断した時のみ、メガフロートの位置を明確に示すので、それ以外の時は公海上をランダムに徘徊している為、場所は分からない筈である。
グランエクバークは衛星を打ち上げているので、それで発見したのかとも考えたが、今は嵐の夜である。
空は雨雲が覆い隠しており、流石にこれでは場所を特定するのは困難だ。
「んー……解像度の都合ちょっと判断し辛いですけど、アレ多分木造船ですよ。グランエクバークの連中が何でわざわざ木造船なんか乗る必要があるんですか? 軍船で来れば良いじゃないですか、更に言うなら船じゃなくて飛行機で来れば良いじゃないですか、どうせ嵐なんだから船でも航空機でも転覆墜落の危険って意味では同じ様なもんですよ」
カメラ映像を拡大し、恐らく木造船だと判断するマティアス。
こうしている間にも、船の位置を示すレーダー上の点は接近を知らせ続けていた。
「結局、出向くしか無いんじゃないですか?」
「はー……折角の主人との時間なのに……面倒臭いから他の誰か行ってくれない?」
『私が行きましょうか?』
雨が打ち付ける窓の外、海面からひょっこり覗かせた頭。
海蛇系の要素が混じった、海竜。
海嘯の支配者 フラッドラグーンである。
「……あの船に乗っているのは、敵対者なのでしょうか? そうでないならば、貴女が行くと無駄に驚かせるだけでは?」
『では、他の誰がこの嵐の中向かうのですか?』
メガフロートの中は姿勢制御によって実に快適だが、外は嵐である。
いくらカード達といえど、嵐の海を突っ切って船まで向かう事が出来る者は限られる。
「リッピ……流石に飛ぶのは無理か……」
「ピィ!?」
ダンタリオンから行けリッピ! されそうになった事に対して遺憾の意を表明するリッピ。
こんな嵐の中飛んでいけというのはいくらなんでも無茶振りである。
「そもそもコミュニケーションを取れる者でないと意味が無いのでは? 明確にこちらを追尾している以上、誰かが乗っているのは間違いない訳ですし、その搭乗者を恐れさせるような者も止めた方が良いと思いますが」
インペリアルガードからのごもっともな意見。
人型をしているユニットはその身体能力も人間寄りである場合が多く、嵐の海を渡れというのは無理がある。
そして嵐すら無視して付き進めるような能力を持っているのは、巨大戦艦やらドラゴンやら……コミュニケーションに難がある面々ばかりだ。
フラッドラグーンもこのタイプだが、こんな巨体の海竜がいきなり近付いたら、魔物か何かと勘違いされて終わりである。
近付いているのが敵対者ならそれも上等なのかもしれないが。
「……あー、もう分かったわよ私が行けば良いんでしょ私が!」
「そうだ、お前が行け」
「アルトリウス、アンタ後で覚えておきなさいよ」
観念したとばかりに、船に向かう事を決めたダンタリオン。
空も飛べて、見た目もエルフである為相手を威嚇する事も無い。
当然ながら自分が適役である事はダンタリオンも分かっていたが、昴との時間を邪魔されたく無かったので、可能なら他の誰かに押し付けたかったというのが彼女の心情であった。




