19-18.カゲゥス市
「サトゥー、あーん」
ひな鳥のように口を開けて待つミーアの口に、小さな焼き菓子を入れてやる。
牧場の狼問題も解決したし、ミーアが回復したのを機にオレ達は牧場での仕事を終え、迷宮都市へ向かう旅を再開する事にした。
ナナは彼女の姉妹達と合流する場所に迷宮都市を指定していたそうなので、迷宮都市までオレ達と同行する事に。
もちろん、ナナが護衛するミーアも一緒だ。
「ご主人様! ひいきは良くないわ! だから、あーん」
必死の顔で抗議するアリサが、がばっと大きく口を開ける。
焼き菓子を入れたら、オレの手まで食べられそうだ。
「ポチもあーん、なのです」
「タマもあーん」
「サトゥー、私も興味があると告げます」
ポチ、タマ、ナナの三人までアリサの左右に並んで、かぱっっと口を開けた。
オレはリクエスト通り、四人の口に焼き菓子を投入してやる。
何がそんなに楽しいのか分からないが、子供ってこういうの好きだよね。
「ルルとリザもいるかい?」
「え、あの」
「いただきます」
ルルが恥ずかしそうに頬を染め、御者をしていたリザが出した手に焼き菓子を載せてやるのを見て、慌てて自分も手を差し出した。
さすがに中学生くらいの子に「あーん」なんてリクエストしないよ。
まあ、ナナの見た目は高校生くらいだけどさ。
「ほれで、次はカゲゥス市?」
「その予定だよ」
アリサが口をもにもにさせながら尋ねてきたので首肯してやる。
「サトゥー」
ミーアがオレの手をどけさせ、そのままオレの膝の上に座った。
どうしてこんなに懐かれているのやら。
「あー、ずるい! 順番よ!」
「ポチもお膝に座ってみたいのです!」
「タマは肩がいい~?」
今度は座る場所で騒ぎ出した。
異世界の旅路はなかなか賑やかだ。
◇
「ご主人様、都市が見えてまいりました」
そんな風に楽しく馬車を走らせていると、御者席のリザが報告してきた。
遠くの方に都市の外壁が見える。
――カゲゥス市だ。
馬車が近づいてよく見えるようになったけど、国境の街スタレと違って市壁の外側に難民や住み着いた人の姿はいない。
「門の前に行列が出来てるみたい」
「馬車と人は別みたいね」
オレ達の馬車も列に並ぶ。
馬車の列は農村から作物を売りに来た荷馬車が多い。
「けっこう列が捌けるの早いわね」
たまに引っかかるのは商人の馬車や人を運ぶ客馬車だ。
農作物を売りに来た人達は常連だろうから早いんだろう。
オレ達の馬車も胡散臭い顔をした兵士達にジロジロと見られたが、カゲゥス女伯爵が発行してくれた通行証を見せたら、態度が一八〇度反転して卑屈に入市を許可してくれた。
やはり、封建社会はお偉いさんとのコネがモノを言うね。
御者台に座り、宿を捜して馬車を進めていると――。
「おおい! サトゥーじゃないか!」
気っぷの良い声でオレを呼び止めたのは、迫力のある美女だった。
知り合いだ。
「ご無沙汰しております、伯爵閣下」
そう、彼女はクリスベルナ・カゲゥス。このカゲゥス伯爵領の女伯爵だ。
前に会った時と同じ上等な乗馬服のようなものを着込み、青いマントを上から羽織っている。相変わらず、ちょっと目つきが怖い。
「伯爵閣下はよせ。今はお忍び中だ。クリスで良い」
「ではクリス様で」
「今日は大所帯だな」
「皆、私の仲間達です」
「犬人や猫人はよくいるが、蜥蜴人とは珍しいな――」
女伯爵が言葉の途中で固まった。
その視線の先にいたのはミーアだ。
「――まさか、エルフか?! エルフを見るのは迷宮都市セリビーラにいる『山崩し』のセベルケーア殿以来だ」
女伯爵に「知っているか?」と問われたミーアがふるふると首を横に振る。
「そうか。エルフといっても氏族が違えば分かるまい」
女伯爵は頷いた後、何かに気付いたようにオレを見た。
「お前たち今日はこの都市に泊まるのだろう?」
「はい、その予定です」
「ならばちょうど城の迎賓館が空いている。そこに泊まると良い」
それはありがたいが――。
「ご迷惑では?」
「構わん。それにこの辺は亜人差別がまだ根強い。エルフはともかく、それ以外の亜人ともなれば、どこの宿でも宿泊拒否されると思うぞ」
そうかそれがあったっけ。
「クリス様のご厚情に感謝いたします」
「そう畏まるな。お前が売ってくれた竜の鱗のお陰で、我が領の被害もほとんど抑えられたのだ。あれが無かったら、魔物の大群にいいように領を荒らされるところだった」
「魔物の大群、ですか?」
「うむ。セーリュー市に現れた上級魔族の放つ邪気に当てられた魔物が、そこかしこで棲み家から離れ人里を目指したようだ」
「セーリュー伯爵領の方は大丈夫だったんでしょうか?」
脳裏に、セーリュー伯爵領で会った魔法兵のゼナさん達や何でも屋の店長さん達の顔が思い浮かんだので尋ねてみた。
「あそこの鉱山都市もやられて大変だったらしい」
「領軍に被害はあったんですか?」
「それは大丈夫だ。あの精強な軍勢が魔物の氾濫程度で欠員を出すものか」
よかった、ゼナさん達は無事のようだ。
◇
城に戻るという美女についてお城に行く。
「おう、ぐれいと~?」
「城はすごく凄いのです!」
タマとポチがはしゃぐのも分かる。
近くで見る城はなかなか迫力があるね。
これより大きな構造物は色々見たけど、それらとは違って、こっちは純粋に軍事施設だからそう思うのかもしれない。
「迎賓館はあっちだ」
女伯爵は迎えに出てきたメイドさんにマントを渡しながら、迎賓館の方角を指し示す。
「この者達は私の客だ。迎賓館でもてなしてやってくれ」
女伯爵が執事っぽい人にそう命じ、何か耳打ちする。
「すまんが、私はこれから仕事だ。晩餐の時にでも会おう」
そう言って颯爽と城の中央にある館に足を向けた。
オレ達は執事さんに案内されて離宮に向かう。
わりと遠い。お城という場に圧倒されてか、皆緊張して会話がない。
離宮への道は背の高い生け垣で区切られているので、移動中に誰も見かけない。
「ねぇねぇ、執事さん。領主様はよくこんな風にお客人を招くの?」
無言に飽きたアリサが、持ち前の人なつっこさで執事に尋ねた。
「いいえ、めったにありません。領主様からは領の恩人だと伺っております」
意外な答えだ。
てっきり、気さくに商人や芸人を招いたりする人だと思っていたよ。
到着した迎賓館の門前で待っていた館付きのメイドさんにも「領の恩人だから、よくよく丁寧におもてなしするように」と指示をして、去るときもオレに一礼してからという丁寧さだ。
「どうぞ、こちらへ」
メイドさんの案内で門をくぐると、そこは中庭になっており、きれいな花々が咲き誇っていた。
お城のほうは質実剛健って感じだったけど、迎賓館はもてなしの心に溢れているね。
そんな感じでカゲゥス伯爵家のおもてなしの心を堪能していると、迎賓館の正門にたどり着いた。
綺麗な中庭や瀟洒な迎賓館の建物に相応しい華麗な感じの門だ。
そして、事件が起こったのもここだった。
メイドさんが開けてくれたドアを通り、玄関ホールを見物している時、メイドさんの鋭い声が響いた。
「奴隷は裏門に回りなさい。全く、穢らわしい」
その言葉に思わずムッとする。
どうやら、彼女は亜人差別主義者らしい。
オレは怯える獣娘達とメイドの間に割り込む。
「ならば、私たちも裏門に案内してください」
「私は奴隷に対して注意しただけですので」
オレの言葉に鼻白んだメイドだったが、怯えた自分が許せなかったのか反発に反発を重ねるような態度で言い訳した。
「だったら、わたしも通れないわね」
アリサがイヤミっぽい口調で言う。
「お嬢様が奴隷?」
「そうよ。この子たちと身分は一緒」
よっぽど意外だったのか、メイドが反応できずに固まった。
「どちらにしろこの子達が通れないなら、私にも正門は必要がありません」
オレはメイドにそう言って「裏門に行こう」と仲間達に呼びかけて歩き出す。
ぐぬぬとなったメイドが「嫌味ったらしいったら」と小声で悪態を吐くのを背中で聞きながら、裏の勝手口に回る。
ノックしてから鍵の掛かっていない勝手口を開けると、先回りしたらしきメイドが不機嫌そうな顔で待っていた。
「こっちからなら文句ないでしょ」
アリサが言うと、メイドは「どうぞ!」とつっけんどんな態度で許可を出す。
アリサに続いてポチとタマが勝手口を潜ろうとした時――。
「待ちなさい。亜人は外よ」
――と怒鳴りつけた。
「納屋があるから、そこを貸してあげるわ」
獣達を見下すメイドの態度にムカムカする。
ここで普通に抗議をしても彼女は自分のプライドを守る為に絶対に引かないだろう。
うん、ここは虎の威を借りよう。
「領主様は市内の宿だと人族でない彼女達が部屋に入れてもらえないから、この迎賓館に宿泊させてくださると言って私どもを誘ってくださったのですよ」
「ごちゃごちゃとうるさいわね! 亜人が屋根のある場所で寝られるんだから、感謝なさい。食事も、ちゃんと残飯を与えてあげるわ」
侮辱的なメイドの発言に、アリサが言い返そうと口を開いた時、メイドの背後にある扉から、先ほどの執事が下働きの男女を連れて戻ってきた。
「もしやと思って確認に戻ってみれば、なんの騒ぎですか?」
執事が厳しい目をメイドに向ける。
「なんでもありま――」
「亜人奴隷は納屋で寝ろって言うから抗議してたのよ」
メイドの言い訳を遮ってアリサが端的に問題点を告げる。
「ヘイティナ?」
執事さんに名前を呼ばれたメイドが口籠もる。
「私はあなたになんと命じましたか?」
「り、領の恩人だから、よくよく丁寧におもてなしするように、と……」
「そう。私は丁寧におもてなしするようにと申しつけたはず。あなたの態度がそれに値すると?」
「……」
執事さんがメイドを詰める。
「あなたがどんな主義主張を持とうが私の関知するところではありません」
パッと顔を上げたメイドだったが、彼女を見る執事の顔は酷薄だ。
「ですが、あなたがした事は許されません」
「どうしてですか! みんな言ってます! 亜人は汚らわしいって!」
メイドが逆ギレ風に捲し立てる。
「みんな、とは誰のことですか? いえ、言う必要はありません。どうせ、あなたと同じような者達でしょうから」
侮辱されたメイドがぐぬぬと唸る。
「そもそもあなたは考え違いをしています」
「でも!」
なおも反論しようとするメイドを、執事の酷薄な顔が制した。
「あなたの最大の罪は領主様の命令を軽んじた事です。賓客としてもてなせと命じられたにも拘わらず、己の矮小な自尊心を満たすために客を差別するなど許される事ではありません」
なるほど、執事さん的にはそこが許せないポイントなんだ。
「領主様への抗命罪は厳罰です」
「そんな! 私、領主様に逆らう気なんて!」
メイドが必死に執事に縋る。
うん、いたたまれないので、できればメイドへの教育は別の場所でやってほしい。
「自室に下がって沙汰を待ちなさい。本来なら族滅か斬首もありえる重罪ですが――」
執事がちらりとこちらを見る。
ポチとタマが涙目で「許してあげて」と無言で訴えているのを見て、小さく息を吐いた。
「――幼いお嬢様方のお心を痛めそうなので、鞭打ち程度の軽い罰で済むよう領主様に進言してあげましょう」
いやー、鞭打ちって軽くないよね? 打たれる数によっては死んじゃうよ?
ポーションのある世界なら大丈夫なのかもしれないけど、できれば便所掃除一週間とか嫌がらせに相応しい感じの罰にしてほしいね。
「お客様の前で大変お見苦しいものをご覧に入れて申し訳ございません」
執事が頭を下げて詫び、メイドに謝罪を促す。
「無礼な、発言を、お詫びします」
メイドが地面に額を擦りつけるようにして詫びの言葉を口にする。
なんだか必死すぎて怖い。ポチとタマなんて、怖がってリザの後ろに隠れているほどだ。
「謝罪を受け入れます」
オレが形式的にそう答え、メイドが下働きの男に連れて行かれるのを見送る。
「すぐに代わりのメイドを――」
「それには及びません」
また、あんな感じのメイドが来ても嫌だし。
「私達は平民です。自分達の事は自分でできますし、厨房や井戸だけ使わせていただけたら食事などの準備もできますので」
「それでは領主様の命令に反する事になってしまいます。どうか、今一度、私どもに機会をくださいますようお願い申し上げます」
執事さんに懇願され、城の厨房で作った食事の搬入とメイドを控え室で待機させる事を承諾した。
まあ、会う機会が減ればトラブルも起きにくいだろう。
念の為に、オレ達の食事はミーア以外全員同じ内容にするように頼んである。ミーアは種族的に肉がダメっぽいので、野菜中心の特別メニューだ。
「承知いたしました。ですが、ご領主様はサトゥー様を今宵の晩餐会に招待されるおつもりのようでしたが、何も聞いておられませんか?」
「いえ、初耳です」
女伯爵ならサプライズで招待しそうだ。
「それに私は領主様の晩餐会に出席できるような衣装がありませんし、この国の礼儀作法も学んだ事はないので――」
「左様でしたか、では後ほど晩餐会に相応しい衣装をメイドに届けさせましょう。礼儀作法の方は私がお教えいたしますのでご安心ください」
付け焼き刃の礼儀作法なんて失敗フラグにしか思えない。
とはいえ、知識が増えるのは悪い事ではないし、執事さんに感謝の言葉を告げた。
「では、お部屋に案内いたします。どうぞ、こちらへ」
執事さんに案内され、オレ達は豪華な客室へと案内された。
獣娘達に割り当てられた部屋も、ちゃんとふかふかのベッドが並んだ素敵な部屋だった事を明記しておく。
うん、欲を言えば最初から執事さんに案内してほしかったね。
◇◇◇◇【おまけ】◇◇◇◇
「ひゃっほー!」
執事さんが部屋を出て行ったのを確認したアリサが、ふかふかベッドにダイブする。
「ポチもひゃほいするのです!」
「タマもばふんばふんする~?」
アリサに触発されたポチとタマが別のベッドにダイブした。
「ふかふかなのです! リザも飛び込むのですよ!」
「ふかふか~」
あまりのふかふかさにポチとタマが、ベッドをトランポリンのようにして跳ねる。
うん、子供ってベッドで跳ねるの好きだよね。
もっとも――。
「二人とも、ベッドが傷むからベッドで跳びはねてはいけません」
「ごめんなさいなのです。ポチは深く反省しているのです」
「タマも謝罪~」
すぐにリザが二人の襟首を掴んで止め、叱られた二人が耳をぺたんと伏せて謝罪していた。
うん、すぐに反省できるのは良い事だ。
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