19-13.幽霊の正体
「――そして、月明かりのない晩。マミコさんは一人で――」
牧童用寮の一室で、アリサが目を爛々と輝かせながら独演会を開いていた。
「風の音がゴーゴーと鎧戸を揺らし――」
独演会と言っても詩を披露していたわけではない。
幽霊の話を聞いたアリサが怪談を始めたのだ。
「にゅ~」
タマが毛布を被って目だけを覗かせている。
怖いけど、アリサのお話は気になるといったところだろう。
「ポチは毛布を被らなくていいのかい?」
「だ、大丈夫なのです! ポチはゆーかりだから、余裕なのですよ!」
ポチは強がっているが、オレの膝の上に陣取ってオレの腕を必死に掴んでいるので、虚勢だとすぐに分かる。
ポチが言う「ゆーかり」は「勇敢」を言い間違えたのかな?
「誰もいないはずの廊下にミシミシと足音がして、トントンと扉がノックされる。マミコさんはこくりと息を呑み込み、意を決して扉へと足を向けた」
「だ、ダメなのです! 扉を開けちゃダメって賢者様に言われてたのですよ!」
「ういうい~、これは罠~?」
ポチとタマが怪談の登場人物に必死でアドバイスした。
「そんな外野の声はマミコさんには届かない」
アリサが笑い交じりでそう返し、真面目な顔に戻って怪談を続ける。
「マミコさんが扉をギィイイと開けると――」
ポチとタマが固唾を呑む。
「――そこには誰もいなかった。暗い廊下に出て左右を見るが、やはり何もいなかった。どうやら、気のせいだったらしい」
ポチとタマがアリサの術中に嵌まって、ほっと安堵の吐息を漏らす。
「マミコさんが扉を閉じて振り返ると――ぎゃああああああああああああああ!」
アリサが絶叫した。
「にゅうううううううううううう」
「うぎゃあああああああああああああ」
タマが毛布の中に隠れ、ポチはわたわたしてオレのお腹に抱きついた。ポチはよっぽど怖かったのか、いつもの「なのです」語尾すら忘れている。
「ア、アリサ! 大きな声は反則なのです!」
ポチが必死の顔で抗議し、タマが毛布の中でこくこくと頷いた。
タマは平気そうなイメージがあるのに意外だ。
「あはは、ごめんごめん」
「謝り方にセーイがないのです! そんなんじゃゴーショーグンになれないのですよ!」
征夷大将軍かな? ポチの発言がいつにも増して謎だ。
動転して、自分でも何を言っているか分かっていない可能性が高い。
二人と違って、リザとルルは怖がっている様子はない。
リザはともかく、ルルまで平気なのは意外だ。
「ルルは怪談は得意?」
「得意というわけじゃないですけど、昔から夏になったらアリサが『夏の定番だ』って言って怪談をするから、慣れっこになっちゃいました」
なるほど、昔から散々アリサに驚かされていたわけか。
怪談に怯える可愛いルルも見てみたかったけど、それはセクハラになりそうだし、口にしない方がいいだろう。
「ご、ご主人様のお手てはポチのお腹の上なのです! しっかり掴んでないとダメなのですよ!」
ポチが膝の上に座り直して、オレの両手をシートベルト代わりにする。
なんだか必死だ。ちょっと意地悪したくなるくらい可愛い。
外から聞こえたガタガタという音に、ポチとタマがびくびくと震える。
「風が強くなってきたね」
嵐の前兆なのか、さっきから窓が揺れる音がうるさい。
耳を澄ますとびゅーびゅーと音がする。
「何か言った~?」
「誰も言っていないよ?」
――よーせー。
風の音が人の声のように聞こえる。
「ポチも聞こえたのです!」
「そう? 何も聞こえないけど?」
ポチが必死に訴えるが、アリサは首を傾げて否定する。
「アリサが意地悪しているのです!」
「失礼な! してないわよ。窓を開けて聞いてみましょう」
アリサがそう言って、窓の鎧戸を開けた。
◇
「――うわお」
鎧戸を開けた途端、風雨が吹き込んできた。
いつの間にか雨が降り始めていたようだ。
「ぬわにぉおしてぇいうのぉおおお」
地の底から響くような声と共に、黒い何かがビシャリと窓枠を打った。
「お化けぇえええええ!」
「にゅああああ~」
ポチがオレのお腹にしがみ付き、毛布を撥ね除けたタマがオレの身体をよじ登る。
二人ともパニックだ。
「大丈夫ですか、メリンナさん」
オレは窓外の彼女――牧場主の娘のメリンナさんに声を掛ける。
「へ? メリンナさん?」
腰を抜かして尻餅を打ったアリサが、呆然とした顔で窓を見上げる。
「あはは、驚いた? 私も急に窓が開いたからビックリしたよ」
メリンナさんがびしょびしょの黒い髪を後ろに撫で付ける。
どうやら、さっき窓枠を打ったのは、彼女の髪の毛だったらしい。
「びっくりした~」
タマがオレの頭の上で脱力して、だらんと猫みたいに液体になる。
「びっくりしゃっくりとっくりなのです! メリンナは酷いのです! ポチは謝罪と賠償を要求するのですよ!」
ポチはよっぽど怖かったのか、涙目で必死に抗議している。
ぷんぷんと擬音が飛び出してきそうだ。
「あはは、ごめんごめん。明日の朝に美味しい朝ご飯を作って上げるから許して」
「お肉はあるのです?」
「うん、厚切りベーコンを奮発しちゃう」
厚切りベーコンという言葉に、ポチとタマの目が「肉」になった。
なんとなくリザを見たら、彼女の目も二人と同じになっている。あいかわらず、肉好きな子達だ。
「メリンナさんもよくやるわね~。ポチとタマを驚かせる為に、嵐の中を出歩かなくても」
「あはは、そこまで暇じゃないわよ。私は嵐で牛舎に異常がないか見に行っていただけ」
「それはご苦労様ね」
アリサが感心したように呟いた。
畜産に従事する人達はなかなか大変そうだ。
でも――。
「メリンナさん、そんな用事ならオレ達に言ってくれたら、やりますよ」
慣れているかもしれないけど、若い女性が一人でやるのは危なすぎる。
「ありがとう、サトゥーさん。でも、いつもやってる事だから」
そう言って、メリンナさんは外から鎧戸を閉め、「戸締まりはしっかりとね」と言い置いて去っていった。
「アリサ、立てる?」
「大丈夫よ。ちょっと驚いただけ」
ルルが腰を抜かしたアリサを気遣う。
「二人とも、ご主人様に無礼ですよ」
「ごめんなさい~」
「ポチはご主人様を温めていたのです、よ?」
リザがオレに張り付いていたタマとポチを容赦なく引っぺがす。
「ポチは反省が足りないようですね」
「ごめんなさいなのです。ポチは反省しているのです」
言い訳をしたポチは、正座で説教をされるようだ。
さすがのポチも「反省のプロ」ではないらしい。
――バンバンッ。
鎧戸の方から大きな音がして、皆がびくっと身体を震わせた。
「何か当たったのかしら?」
「またまたメリンナ~?」
「ポチ達を怖がらせようとしているのですよ!」
ポチがぷんぷんしながら窓に向かう。
タマがその背後に続く。
「もうネタは上がっているのですよ!」
「しんみょ~に、するる~?」
ポチとタマがバンッと窓を開き、その向こうの鎧戸を跳ね上げた。
だが、そこにいたのはメリンナさんではなかった。
闇夜の中で、頭部が光り、四つの腕をぶらぶらとさせる頭が二つある生き物――牧場主から聞いたとおりのバケモノがそこにいた。
「ぎみゃああああああああ」
「うにゅああああああああ」
ポチとタマが悲鳴を上げて逃げ出し、目の前にいたリザの後ろに隠れた。
支えを失った鎧戸が落ち、バケモノの姿を隠す。
「――あれ?」
レーダーに映る光点が赤くない。
「ご主人様、窓に近寄ってはいけません」
窓の正面で槍を構えていたリザが、真剣な声でオレに警告する。
「大丈夫だよ、リザ」
オレはそう言って、鎧戸を開けた。
よく見たらお化けじゃない。
「こんばんは、お嬢さん」
「え? お嬢さん?」
「それって人間だったの?」
オレの呼びかけに、相手ではなく身内に驚かれてしまった。
「安全な場所を確認。戦闘人形モードから通常モードへと移行すると告げます」
若い声だ。
「幼生体を預けますと提案します」
窓越しにお嬢さん――金髪の女性から背負っていた子供を受け取る。
冷たい。
「ルル、この子に毛布を」
オレは生活魔法の「乾燥」で子供の服を乾かし、ルルにリレーする。
「君もこっちにおいで」
「イエス・ミスター、あなたの親切を受け入れると告げます」
彼女はオレの差し出した手を掴もうとしたが、急にスイッチが切れたように――。
――おっとマズい。
オレは窓枠を乗り越えて嵐の吹き荒れる外に飛び出し、地面にキスをしそうだった女性を受け止める。
柔らかい感触が掌に伝わってきた。
――おっとマズい。
オレは素早く手の位置をずらして、問題ない場所に移動させる。
「君、大丈夫か?」
抱き上げた女性は意外と若い美人さんだった。
「ジェネレーター・ヒューエル・エンプティ。残存エネルギー保存の為、スリープモードに移行します。3・2・1」
無表情なままカウントダウンを進め、「0」を宣言した途端、スイッチが切れたように意識を失った。
「おい、君!」
オレは焦りつつも、彼女の横に表示されるAR表示に目を通す。
「ご主人様、そっち行こうか?」
「いや、大丈夫だ」
そう提案したアリサに、首を横に振って答える。
彼女の状態は睡眠――つまり、疲れて眠ってしまったようだ。
オレはAR表示される、残りの情報に目を走らせる。
高校生くらいに見える金髪巨乳の彼女の名前は№7。人間ではなく、生後〇歳の人造人間という存在らしい。
「ご主人様ー!」
雨の中、こちらに走ってくるリザに手を振る。
部屋の中に姿がないと思ったら、オレの手助けをする為に、勝手口から回ってきてくれたようだ。
オレはリザに手伝ってもらって№7を背負い、オレ達の部屋へと運び込む。
さすがに他人の家で勝手をするわけにはいかないので、事後承諾になってしまうが、ルルとリザに言ってメリンナさんや牧場主に迷子二人を保護したと伝えに行ってもらった。
「ご主人様、こっちの子だけど」
アリサが先に寝かせていた子供を指さす。
「お耳がとんがっているのです!」
「髪が春の葉っぱの色~?」
ポチとタマが離れると、子供の顔が見えた。
名前はミサナリーア・ボルエナン。淡い青緑色の髪と、ちょっと尖った耳をしている。
彼女はエルフ。
ファンタジー世界随一の超有名種族だ。
ホムンクルスの少女に、エルフの幼女とは、なかなかに意表を突いた組み合わせだね。
これが物語なら、一波乱来る前触れなんだろうけど、小市民なオレとしては迷子を保護しただけで平和的に別れるコースを選びたい。
「なんだか、事件の予感がするわ」
アリサが名探偵なポーズで意味深に呟いた。
だから、そういうフラグを立てるのは止めてくれ。
※次回は年明けかな~
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