5-幕間6:アリサのご主人さま
※8/16 誤字修正しました。
バカじゃないの?
ねえ、もう一度言わせて。バッカじゃないの?!
私は空気を読んで、その罵倒を胸の内に留めて置く。
その罵倒の対象は、私の「ご主人様」だ。アイツは強敵と言うのもおこがましいほど実力差のあるバケモノに挑もうとしている。
絶対勝てないってば、アンタがユニークスキルや秘密にしてるスキルを持ってるのは知ってるけど、所詮は10レベルなのよ?
どんなに凄いスキルがあっても、4倍のレベル差を覆せるわけ無いじゃない!
しかも相手は、それだけの高レベルの癖に、スキルを隠蔽しちゃう様な相手なんだから。どんな隠し玉を用意してるか判らないでしょ!
「血祭りにあげるのも吝かではないのだよ?」
そう言ってバケモノは、私の「ご主人様」に長杖を突き出した。
「ダメよ! ご主人さま、そいつは強すぎるわ」
「ゴミにそいつ呼ばわりされる謂れは無いのだよ」
そう、精一杯の言葉で「ご主人様」に訴えたけど、タゲがこっちに来ちゃった。ああ、今生はここで終わりか。死ぬ前にイチャラブしたかったな~。
◇
アイツと会った日の事は今も覚えてる。
アレは奴隷馬車に揺られてセーリュー市に着いたばかりの時だ。陰鬱にしている馬車の奴隷達を見てるだけで憂鬱になってたっけ。
その時、視線を感じて振り向いた先にアイツはいた。
黒い髪。
黒い瞳。
華奢な体つき。
そして日本人みたいな顔。
そう、「濃い」顔立ちにマッチョ系ばかりが幅を利かせてるこの世界で、久々の好みのど真ん中のタイプだった。
特にちょっと頼りなさそうな押しの弱そうな所がいいわ。創作意欲が湧いてくる。私の妄想力が止まらへん~って感じだ。
結構いい身なりしてるし、わたしとルルを買ってくれないかしら。
我に返って無詠唱で魅了の魔法を使おうとしたけど、馬車が道を曲がってしまった。
◇
私を守るために「ご主人様」がバケモノに突撃する。
何、何なの、その速い踏み込みは!
踏み出したと思ったら、もうバケモノの懐まで潜り込んで打撃を打ち込んでる。
うちの騎士団長と勇者の試合をこっそり見た事があるけど、その時の勇者の踏み込み速度より速い。ううん、速過ぎる。
でもバケモノは、そんな攻撃を微風の様に問題にしない。バケモノはそのまま呪文を完成させ、私に向かって影でできた鞭を打ち付けてくる。
即死しないといいな。
そんな事を考えながら、最後の抵抗をするつもりで、影鞭に精神衝撃弾を無詠唱で叩き込むけど、上手く当てられない。
どうして城にあったのが精神魔法の本だったんだろう。光魔法や火魔法だったら、このバケモノにも一矢報いれたのに。
でも、影鞭は私に届かなかった。瞬間移動のようにして戻ってきた「ご主人様」が体で受け止めている。
その華奢なくせにちょっと広い背中に、安堵と共に怒りが湧き上がる。
何て無茶するのよ!
◇
次にアイツと会ったのは何日か後だ。行方不明だった奴隷商人が戻ってきたとかで周りが騒いでたのを覚えている。
上客が来たとかで、売値の高そうな子達が順番に紹介されている。どうやら強敵らしく10人ともすごすご帰ってきた。
そして売れ残り組のわたし達6人の番になった。あの娘達が売れないのにわたし達が売れるわけないじゃないって、悪態をついていたっけ。
天幕の中に入って客が座るソファーに居たのはアイツだった。後ろには獣っ子を3人も連れている。よし、寵愛は貰った!
奴隷商人のニドーレンが何か言ってるけど、今は目力で訴えるのよ!
でも、美少女の訴えは朴念仁のアイツには届かず、危うく退出させられるところだった。わたしは、慌てて自分のアピールを言葉にする。ふっふっふ、就活で慣らしたアピール攻撃を喰らうのよ!
でも、アイツは手ごわかった。
メリットを説いても、情に訴えても、ぜんぜん靡かない。
仕方ない、最後の手段を使う事にした。非情な手段を使ってでも、このチャンスをモノにするのよ、アリサ!
無詠唱の「魅了」と「焦燥」で揺さぶる。
あれ~? 効いてない。
奥の手の不倒不屈まで使って、ようやく魔法が効いた。
この人、何者?
サトゥーって名前に日本人顔だし、やっぱ転移者なのかな?
まあ、今は買ってもらえたから良しとしよう。
ふっふっふ、今夜は寝かせないぜ。
◇
目の前では冗談みたいな事が行われていた。
アイツは本当にニンゲンなんだろうか? 触れないはずの魔法の拘束を手で掴んで無効化しようとしている。
「手ごたえが無くて掴みにくいな、この不思議物質め」
アイツは文句を言いながら本当に拘束から抜け出てしまった。
いやいや、普通できないから。
「あんたの目的は何だ?」
もう、目的とかいいから。
ここから生きて脱出する方が先でしょ。
残念だけど、ミーアは諦めましょう。
ミーア、ごめん。わたしの事は幾ら恨んでくれてもいいわ。この力の差はどうにもならないのよ。
「勇者に恨みでもあるのか?」
「的外れにも程があるのだよ」
問答が途切れて、沢山の影鞭がバケモノの足元から伸びてミーアに向かっていく。
アイツはポケットから取り出した2丁拳銃で影鞭を迎撃していく。
おお! かっけ~。
どうして、この世界にはデジカメが無いの!
あまりの絶望的状況から来るストレスに、場違いな感想を抱いて逃避してしまう。
◇
契約の儀式の時に小細工をした。「昼夜構わず迫っちゃうぜ」宣言を織り込む。これでご主人様が本気で命令しないかぎり違反行為にならない。
あったまいい~♪ アリサちゃん大勝利。
宿への帰り道、気になる事がいくつかあった。
いただきます?
タンパク質?
やっぱり、この人は佐藤さん?
そんな瑣末事は横に置いておこう。
なんたって、今日は初夜!
前世では縁の無かった初夜だもの!
ネットの知識を存分に発揮しちゃうぜ、少年!
わくわくしながら宿の部屋に入る。
ちゃんと、同室。
わかってるよ、少年。やりたい盛りの15歳だもんね!
「アリサとルルは、そっちのベッドを2人で使ってくれ」
2人セットで襲うのかしらん?
ルルは純真無垢だから、できれば普通に愛してあげてほしいな。
アイツが襲ってくるのを、今か今かと待っていたら、隣のベッドから寝息が。
ア・リ・エ・ナ・イ!
わたしはルルを精神魔法で眠らせて、ご主人様のベッドに夜這いを掛けた。
反省はしているけど、後悔はしていない。
結果は散々だったけど、やっぱりアイツは日本人だった。
転生者か転移者かはわからないって言ってたけど、あの日本人顔は転移者でしょ。ルルがいるから確信できないけどね。
◇
「アリサ! 朝になったら、なんでも屋の店長を頼れ」
うっわ~、バカバカバカ。
ミーアと一緒に影渡りの影に沈みこむアイツに必死で飛びつく。
でも、追いつかなかった。
普通に戻った影の上を滑って擦りむいただけだった。
「アリサ、今はこれを先に始末します」
そう言ってリザが単身、3匹の這いよる影に突っ込んでいく。
こんな無謀な攻め方をするなんて、普段冷静なリザもかなり動揺している。
わたしは、無詠唱の精神衝撃波を這いよる影に叩きつけながら、ポチとタマにリザのサポートに行ってもらう。
リザが怪我しちゃったけど、何とか勝利できた。
ポチとタマに馬車の準備をしてもらい、前世の記憶を頼りにリザの怪我に応急手当を施す。
御者はルルにやってもらうつもりだったけど、夜目が利かなくて危なかったので、リザとタマに任せた。
「ご主人さま、大丈夫なのです?」
「帰ってくる~?」
そんなのわたしが知りたいわよ!
でも、大人として、ちみっ子にイライラを叩きつけるなんて女が廃る。
「大丈夫に決まってるでしょ。わたし達のご主人様よ。帰ってくるに決まってるわ!」
半ば自分に言い聞かせるように言い切る。
五体満足とか贅沢は言わないから、せめて生きて帰ってきて!
◇
セーリュー市の正門前で扉が開くのを待っていた時、タマが騒ぎ出した。
「れ~?」
「どうしたのです」
「ご主人さま、いる~!」
なんですって!
「本当なのタマ!」
喰いつかんばかりにタマに詰め寄る。
おおっと、急発進した馬車についていけず転んでしまった。
文句を言いたかったけど、リザの目が必死すぎて無理だった。
案外、この子が一番心配していたのかも。
「居たのです!」
「さま~」
「ああ、ご主人さま。……ご無事で」
ポチとタマに続いてリザが感極まったように言葉を紡ぐ。
ちょっと、どこよ?
「アリサ、あそこ。街道の先、あの丘の端の白い服です」
居た!
ちょっと、何を暢気に手を振ってるのよ。
「……し、心配したんだから! もう、あんな無茶はしないって約束して!!」
わたしはそう叫んでアイツの胸で泣いた。
アイツは何度も何度も謝っていたけど、ぜったい分かってない。
わたしは強くなるわ。
このバカで無謀な「ご主人さま」が、危険な場所に飛び込んでも守ってあげられるくらいに!
私はアリサ。
元日本人の橘亜里沙。
わたしの恋心は理不尽な異世界なんかに負けないんだから!
最後がちょっと「幕間:迷宮と妖精」に似てしまいました。
新しいパターンを開拓せねば!
なんというか最終回みたいな最後でしたが、まだまだ続きますのでご安心ください。
次回からようやく6章が始まります。







