19-9.カゲゥス伯爵領へ
「ご主人様は馬車か乗用動物を持ってないの?」
orzのポーズから復活したアリサがそんな事を尋ねてきた。
「無いよ」
サビレの街でも、馬車や乗用動物は高騰して売り切れだった。
「荷車なんかはいっぱい落ちてるんだけど、馬とかロバは残ってないのよね~」
「いや、あれは落ちてるわけじゃないだろう」
逃げる時に置いていっただけで、すぐに取りに戻ってくるはずだ。
「ご主人様、集め終わりました」
「分かった。回収するよ」
リザ達が集めてくれた草魔狼の死骸をストレージへと収納する。
死骸に触りたくない一心で、離れた場所から手を翳して試してみたら収納できた。
「ちょっと待ったぁあああああ!」
アリサが絶叫する。
「どうした?」
「どうした、じゃないーい!」
テンションの高い奴だ。
「今のアイテムボックスじゃないでしょ? 何したの? 空間魔法?」
「いや、アイテムボックスみたいな能力があるんだよ」
秘密だよとアリサに口止めする。
「死骸は傷が少なかったので、毛皮を丁寧に剥げばそれなりの値段で売れると思います」
狼の死骸は四十五体分もあった。ほとんどの狼は傷が少ない。
アリサの精神魔法による攻撃は、脳以外の肉体にダメージを与えないようだ。
「肉もいっぱい~?」
「はいなのです! 涎がじゅるじゅるなのですよ!」
タマとポチは食欲でいっぱいだ。
「魔物の肉なんて食えるのか?」
「だいじょび~」
「はいなのです!」
「食べた事はありませんが、草魔狼は香草と煮込むと美味しいと聞いた事があります」
タマとポチは根拠の無い発言のようだったが、リザは奴隷仲間から聞いた情報だと前置きして教えてくれた。
そんな話をしていると、東の空が白み始めてきたので、朝食の支度を始める。
もっとも作るのはリザとルルの二人だ。
「くぅ、調理スキルさえあれば、わたしだって……」
戦力外を通告されたアリサが、悔しそうにハンカチを噛んで悔しがった。
あいかわらず、仕草が昭和臭いやつだ。
「干し肉と野菜のスープと焼きたてパン……」
朝食を配られたアリサが何やら考え込んだ。
「ちょっと質素だったか? 晩ご飯には羊肉のグリルを追加してやるから我慢しろよ」
「違うわよ! 奴隷の食事なんて与えられるだけで御の字なんだから、こんなまともな食事に文句なんてつけないわよ」
こちらを見ていたリザの険しい顔が、アリサの言葉で緩んだ。
ハラハラした顔で見守っていたルルも安堵している。
「そうじゃなくて! アイテムボックスの中に入れていても時間経過はするから! 外よりは変化が少ないけど、半日以上経って焼きたてなんかで保管できないから!」
「そうなのか?」
「そうなの! 身内以外の前で使う時は注意して!」
なるほど、ストレージはなかなか便利みたいだ。
「アリサ、ご主人様の食事が冷えます」
「あ、ごめんなさい、リザさん。それじゃ食事にしましょう」
皆がオレを見たので「さあ、食べよう」と声を掛ける。
「いただきます」
アリサがちゃんと手を合わせてそう言ってから食事を始める。
会社勤めになってから一人で食べる事が多かったので、「いただきます」なんて久々に聞いた。
興味を持ったポチが「いただきます」の意味を聞き、アリサが教えてやっている。
タマとリザは食事に集中し、ルルは――。
「ん~~~」
満面の笑みでスープやパンを味わっている。
美少女のこういう顔はほっこりするね。
食いしん坊キャラには見えなかったので、ニドーレンのところにいた時の食事がどんなのだったか想像に難くない。
食事を終え、ポチ、タマ、アリサと一緒に食器を洗っていると、ニドーレン達が兵士達と一緒に戻ってきた。
「サトゥー殿! ご無事でしたか!」
オレ達を見つけたニドーレンがオレに声を掛け、置き去りにした事を詫びる。
「旦那様、馬車や捨てていった荷物は全部あります!」
ニドーレンの従者が馬車をチェックする。
「ねぇ、次の街までニドーレンの馬車に乗せてくれない? この人数でも行けるでしょ?」
「まったく、お前はしっかりしているな。見捨てた詫びに乗せてやる。食事は自分達でなんとかしろよ。なければ、売ってやらん事もない」
アリサが交渉してくれて、次の街までの足ができた。
次の街は隣のカゲゥス伯爵領にあるはずなので、領境越えのやりとりを実地で学べそうだ。
「そこの黒髪!」
兵士の指揮官がオレを呼びつける。
「なんでしょう?」
「魔物はどうした?」
「草魔狼でしたら、何かに怯えたように急に逃げていきましたよ」
オレ達は岩の上に逃げていて無事だったと告げると、少し思案した後、周囲のパトロールをしにその場を後にした。
「痕跡を追える狩人の人がいなくて良かったわね」
アリサが耳打ちする。
言われてみれば、ポチとタマが狼の死骸を引き摺った跡が幾つかあった。
目ざとい兵士は気付いていただろうけど、狼とは関係ないと思ったのか特にこちらを疑うような気配はなかった。
出発前に生活魔法使いが戻ってきたので、料金を払って「柔洗浄」と「乾燥」で、全員を身綺麗にしてもらった。
この「柔洗浄」は服を着たまま丸洗いされ、「乾燥」で文字通り乾かされるのを体験してしまった。
その過程で生活魔法スキルが手に入ったので、カゲゥス伯爵領では生活魔法の巻物をなんとしてでも手に入れたい。
◇
その日のお昼頃――。
「見えてきましたよ。あれが領境の砦です」
御者台に座る二ドーレンがそう教えてくれる。
崖に挟まれた山間の道を塞ぐように砦が建っていた。
「あれはセーリュー伯爵領の砦で、その先にカゲゥス伯爵領の砦があります」
領から出る分にはたいしたチェックはなかった。
オレの仮身分証さえ、軽くチラ見しただけで出領を許可されたのだ。
「人がいっぱい~?」
「ざわざわしているのです」
タマとポチが言うように、カゲゥス伯爵領に入りたい人達が砦前に列を成している。
「カゲゥス伯爵も流民は欲しくないでしょうからね」
なるほど、それで入領チェックが厳重になって、あの行列ができた、と。
「サトゥー君、手袋を持っているなら付けた方が良いでしょう。こういった場所では邪な事を考える者は少なくないですからね」
ニドーレンがオレの翻訳指輪を見ながらそう忠告してくれた。
前の街で買ったグローブがあったので、彼に礼を言って装備する。
「良い匂い~?」
「これはお芋さんの焼ける匂いなのです!」
鼻をスンスンさせていたタマとポチが、キラキラした目で報告してくれる。
「並んでいる人相手に商売している人もいるみたいです」
「ご主人様、お昼に買ってくる?」
ルルが売り場を発見し、アリサがそう提案してきた。
「そうだね。待ち時間も長そうだし、何か買って来ようか」
「ご主人様、買い出しなら私が行ってまいります」
「それじゃ人数分、お願い」
馬車に乗せてもらっている事だし、ニドーレン達の分も頼んだ。
リザが買ってきたのは、茹で芋に塩を振ったものだった。
ほこほこだが、もうひと味足りない。
「びみびみ~」
「お肉さんじゃないけど、お芋さんも負けてないのですよ!」
みんな美味しそうに食べている。
「ご主人様、バターとかない?」
アリサがオレと一緒でひと味足りなく感じたようだ。
「残念ながら、市場になかった」
このあたりだと売っていてもヤギのミルクを使ったバターだ。
次の街に入ったら、ぜひとも手に入れたい。
そんな感じで腹を満たし、雑談しながら待っていたら順番が来た。
「セーリュー伯爵領の身分証明書か……ふむ、『恩に報いる為』? 珍しい発行理由だな。その方、何をしたのだ?」
「はい、たまたま私が持っていた素材が必要だったそうで、適価でお譲りしただけです?」
「素材とは?」
「竜の鱗です」
兵士の質問に答えていたら、周囲を沈黙が満たした。
「――竜の鱗!!!」
フリーズしていた若い兵士が、一拍おいて驚愕の顔で叫んだ。
周囲にいた人達の視線が集まる。大抵は好奇心による視線だが、幾つかはこちらを値踏みするような不穏なものが交ざっている。
「この馬鹿者! 声が大きい!」
若い兵士が先輩兵士に拳骨を落とされた。
「すまんな、この馬鹿が」
「ご心配なく、このとおり竜の鱗は残っていません」
オレは背負い袋を開いて見せ、竜の鱗がない事を説明する。
「売却で得たお金も、旅の資金でほとんど使い切ってしまいましたし、迷宮都市までは路銀稼ぎをしながら行くつもりです」
聞かれていない事まで喋っているのは、周囲に聞かせる為だ。
その説明で興味を失ったのか、不穏な視線はいつの間にか散っていた。
「そうか。我領はセーリュー伯爵領からの旅人や流民が増えて仕事が少ない。路銀を稼ぐなら、隣のレッセウ伯爵領まで足を進めた方が良かろう。――良し、通行せよ!」
先輩兵士の忠告に感謝の言葉を返し、オレ達はカゲゥス伯爵領の領内へと入った。
◇
「にゅ~?」
「どうしたのです?」
さっきからタマがもぞもぞと落ち着かない感じだ。
「ご主人様、私達の後をつけるものがいるようです」
背後を見ていたリザがそう報告してくれた。
さっきの騒動で目をつけられたかな?
「やはり、来ましたか……」
ニドーレンに報告したら、そう答えが返ってきた。
彼はこの状況を予想していたようだ。
ニドーレンが馬に鞭を入れ、馬車の速度が上がる。
「仕掛けてはこないわね」
「砦から近いからでしょう」
アリサの呟きに、ニドーレンが固い声で答える。
「サトゥーさん、弓は使えますか?」
「使った事はあります」
ニドーレンの従者の問いにそう答える。
弓道部の体験入部や某ラウンド系の遊戯コーナーで射た事がある程度だ。
「なら、これを」
ニドーレンの従者が立てかけてあったクロスボウの準備をしながら、予備の弓と矢筒をオレに差し出す。
スキル一覧に弓術の項目はない。
リザに手伝ってもらって弓に弦を張り、矢を添えて後ろを警戒する。
「――来ました」
砦が見えなくなったところで、騎乗した賊5人が距離を詰めてくる。
「アリサ、狼を倒した時の魔法は使えませんか?」
リザが小声でアリサに耳打ちする。
馬車の騒音で、賊に集中している従者には聞こえていないはずだ。
「あれは殺しちゃうからなー」
「賊など魔物と同じです」
「盗賊は魔物と違って経験値にならないのよ」
「ケイケチ? そんな事より、今はご主人様の命が重要です」
「リザ、嫌がっている人に強制しなくていいよ」
アリサに詰め寄るリザに、無理強いはしないように注意する。
アリサなら本当に危なくなったら魔法を使うだろう。
それに――。
「――5人くらいなら」
オレは弓を射るのと同時に、単発の「短気絶弾」で先頭の騎馬を狙った。
矢は明後日の方に飛んでいったが、短気絶弾の見えない砲弾は狙い通りに命中した。
命中したのだが――。
「ストラァアアイク!」
アリサの声と同時に、先頭の騎馬は人馬もろとも壁に激突したかのように後方へ吹っ飛んでいった。
――え?
「わ~お~」
「すごく凄いのです!」
タマとポチがそれを見てはしゃぐ。
「なんだ、この威力?」
「魔法スキルが上がったからじゃない?」
それでこの威力か……。
レベルが上がって知力値とかが更に上がったら、もっと大変な威力になりそうだ。
「――ご主人様、それと人前で無詠唱はマズいわ。適当でいいからごにょごにょと呪文ぽいのを口ずさんでから使って」
アリサがそう耳打ちする。
そういえばセーリュー市前で会った店長さんや領軍のゼナさんは、カセットテープの早回しみたいな詠唱をしていたっけ。
あれをマネできる気はしないから、明瞭に聞こえない感じで誤魔化そう。
「サトゥーさん! もっと攻撃してくれ!」
そう叫びながら、従者がクロスボウを放った。
いつの間にか賊どもが態勢を立て直している。
「分かりました」
オレはごにょごにょと呪文っぽいのを口ずさみながら、短気絶弾を撃ち込んだ。
賊が蛇行して避けようとしたが、不可視の弾丸を避けられるわけもなく落馬して陣形を乱した。
「そろそろ良いかしら?」
アリサが後方に向かって魔法を使った。
たぶん、恐怖を呼ぶ精神魔法だ。
馬脚が乱れ、追っ手の足が止まる。
「旦那様、今のうちに!」
「分かった!」
従者に急かされて、ニドーレンはさらに鞭を入れて馬を急がせた。
再追跡してくるかと思ったけど賊は諦めたらしく、オレ達は無事にカゲゥス伯爵領の街スタレへと入る事ができた。
「では、私達はこれで」
ニドーレン達は知り合いの奴隷商人の店に泊めてもらうそうだ。
「ありがとう、ニドーレン。助かったわ」
「いえいえ、それでは良き人生を」
ニドーレンが従者のような礼をして去っていった。
「ご主人様、それでここからはどうするの?」
「まず、宿を取って、それから馬車の手配をしようと思う」
安全な宿はニドーレンに教えてもらったし、商業ギルドへの紹介状までもらってしまった。
「獣人は泊められないよ」
宿の女将にきっぱりと拒否された。
「では、納屋をお借りできませんか?」
ニドーレンからこうした獣人差別の話は聞いていたので、そう切り出してみた。
「馬小屋なら構わないよ」
さすがにペット扱いはないと思ったのだが、リザから「屋根や寝藁があるだけ上等です」と言われて承諾した。
オレも馬小屋で寝泊まりしようと思ったのだが、主人のいない奴隷だけを部屋に泊める事はできないと言われてしまったので、アリサとルルと同室になってしまった。
転生者で幼女なアリサはともかく、思春期のルルと同じ部屋というのは少し気を使う。
まあ、子供に興味はないし、幼女趣味もないので間違いは起こらないだろう。
※次回更新は8月の予定です。
※デスマ30巻が本日発売です!
遅れていた電子書籍版も各配信サイトで配信開始されています!(BOOKWALKERとkindleで確認しました)
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