19-8.レベルアップ酔いとスキル選び
「――アリサ、本当にご主人様は大丈夫なのでしょうか?」
「さっきから何度も言ってるけど、大丈夫だってば」
誰かの声――リザとアリサの声が耳に届く。
「キスしたら起きないかしら? ルル、してみる?」
「ダ、ダメよアリサ。私みたいな不細工がそんな事をしたら、ご主人様に捨てられてしまうわ」
「そんな事ないと思うけどな~」
捨てる事はないけど、中学生くらいの女の子とのキスは勘弁してほしい。
「それじゃ、わたしがかわりに」
――やめろ。
無意識に伸ばした手がアリサの額を押し退けていた。
本当にキスしようとしていたのか、ギャグ漫画のキャラみたいに口をタコのようにすぼめている。
まったく、困った奴だ。
「ごしゅ~」
「ご主人様が目覚めたのです!」
そんなアリサを押し退けて、心配そうに覗き込むタマとポチの顔が割り込んできた。
「心配したのです!」
「良かった~」
ポチとタマがぺろぺろとオレの顔を舐める。
その向こうにルルの顔が見えた。
どうやら、オレはルルに膝枕されているようだ。
「そのまま寝てて」
起き上がろうとしたら、アリサに制止された。
さっきのタコ顔キスはなかった事にするらしい。
「すまん、狼との戦闘で気を失うなんて情けないな」
年端もいかない女の子達が平気でいるのに、成人男性であるオレがこの体たらくでは、情けないにもほどがある。
「気にする事ないわよ。荒事なんて、向こうにいた時はほとんどなかったんでしょ?」
アリサが日本という単語を使わずにそう慰めてくれた。
「最初は噂のレベルアップ酔いかと思ったんだけど、ご主人様のレベルは1のままだし、わたしの思惑がちょっと外れちゃったわ」
「レベルアップ酔い?」
「うん、急激にレベルが上がったら、船酔いみたいになって倒れるんだって」
アリサがレベルアップ酔いの説明をしてくれる。
「そんな状況になるわけが――もしかして、オレに放電網の魔法を使わせたのは、それでか?」
「うん、だけど、その狙いは外れちゃったけどね」
なるほど、そんな意図があったのか。
草魔狼を倒すだけならアリサの魔法だけで十分だと感じたので、そこが不可解だったんだよね。
棚ぼたレベルアップはちょっと惜しい――。
「どうしたの、ご主人様? 怒った?」
「いや、そうじゃない」
何気なく開いたメニューのステータス画面で、オレのレベルが7になっている。
「アリサ、レベルが上がっているぞ」
「えー? 時間差?」
アリサが何かしたのを感じた。
「鑑定してみたけど――」
さっきのが鑑定された時の感触らしい。
「――レベル1のままよ?」
アリサは断言するがオレのステータス画面ではレベル7になっている。
「何かの隠蔽スキルを使ってるとか?」
「いや、隠蔽なんて――」
メニューのページをパタパタと切り替えてチェックしたら、交流欄というページに答えが載っていた。
そこは他ユーザーと交流する情報を書き込むページで、そのページに記載されたオレのレベルが1のままだったのだ。
試しにレベルを2にして、アリサに確認してもらう。
「本当にレベル2になってるわ」
その後、アリサに協力してもらって確認したところ、鑑定スキルで見られるのは交流欄で間違いない。
レベルが設定できる範囲は、1から自分のレベルまでのようだ。
他にもスキルや称号の公開設定もできるらしい。
「昨日のでレベル7になったみたいだ」
「隠蔽スキル? 便利ね~」
アリサが感心したように言う。
「リザ達もレベルがあがったみたいだね」
「はい、アリサが先ほど教えてくれました」
「ポチもレベル3になったのです!」
「タマも上がった~?」
リザがレベル4に、ポチとタマがレベル3になった。
三人とも、一個ずつレベルが上がった感じだ。
ルルは――変化無し。一緒にいるだけじゃレベルが上がらないらしい。
「わたしも一個レベルが上がったわ。ご主人様はスキルは隠蔽しているの? それともまだ獲得前?」
「獲得前だよ」
スキル欄は相変わらず有効化されていないスキルばかりだ。
「ご主人様、少し宜しいでしょうか?」
アリサと話していたら、リザがおずおずと声を掛けてきた。
「いいよ、なんだい?」
「他の者達が戻ってくる前に、ご主人様やアリサが倒した狼の魔物を集めて解体しておきたいと思いまして」
言われて気付いたけど、狼の死骸はそのままだ。
まだ夜明け前だから見えないけれど、焚き火の光が届かない場所にもいっぱい転がっているに違いない。
「いいけど、まだ生きているのがいるかもしれないから注意して」
「承知いたしました。行きますよ、ポチ、タマ」
「はいなのです」
「あいあいさ~」
「わ、私も手伝います――えっと」
立ち上がろうとしたルルだったが、オレに膝枕しているのを思い出してオロオロする。
「膝枕はいいから行っておいで」
「はい!」
働きたい感じだったので、そう水を向けたらルルが良い笑顔で頷いた。
獣娘達とルルが岩から下りて、狼の死骸を集めに向かう。
「リザさん、水場にはアイテムボックスに入れて運ぶから、岩の周りに集めるだけで良いわよ」
「分かりました」
アリサがリザにそう声を掛ける。
リザ達が転がっていた松明を一つ拾い上げて火を付け、闇の中に転がる死骸を集め始めた。
◇
「え~っと、なんの話だっけ?」
「スキルの話だ。獲得前って言ったあたりだな」
「そうそうそうだったわ」
アリサがおっさんみたいに額をぴしゃりと叩いた。
幼女のくせに、妙に昭和臭いリアクションだ。
「だったら、マストは宝物庫スキルね。とりまスキルレベル1でいいから取ったんさい。それでひと枠できるから、財布が保管できるようになるわ」
「せっかくのオススメだけど、オレにはアイテムボックスなんてスキルはないよ」
その代わり、メニューに付属のストレージがある。
「もしかして、自己確認スキルを持ってないの? そのスキルの裏技でスキルツリーから任意のスキルを選んで覚えられるようになっているはずなんだけど?」
「『自己確認』なんてスキルはないな」
メニューがそれに近いけど、たぶんアリサが言っているのとは違うはずだ。
「そうなの? わたし達転生者や召喚された勇者様には必ずあるはずなんだけど……」
アリサが訝しげに言う。
「――勇者? 魔王退治とかするのか?」
「そうよ。今代の勇者ハヤトはレベル50超えのメチャ強勇者よ」
「会った事あるのか?」
「うん、小さい頃に一度だけね。国にあった『死んだ迷宮』の調査に来たのよ」
「なるほど」
ストーリーモードは勇者と魔王の物語らしい。
オレみたいなモブは下手に絡むと画面外で死にそうなので、モブはモブらしく世界の片隅でひっそりと生きていこう。といっても、この世界に骨を埋める気はない。この世界を満喫したら、元の世界に戻る方法を探したいと思っている。
「アリサ、元の世界に戻る方法ってあるのか?」
「勇者様は魔王を討伐した時に、勇者を召喚した神様から元の世界に帰るか聞かれて、『帰る』を選択したら戻れるらしいわよ」
勇者を働かせるための「鼻先のニンジン」かと思ったら、実際に戻った勇者が何人もいるらしい。
「まあ、さすがに魔王は無理だな」
そもそもオレは、神様に召喚されたわけじゃないっぽいしね。
◇
「ご主人様は現地の人みたいに、自動でスキルが選ばれる感じ?」
「自動っていえば自動なのかな? 行動に合わせて、選べるスキルがストックされる感じだ」
アリサがひそひそ声で尋ねるので、釣られてオレも小声で返す。
今さらなうえに、リザ達も離れているので誰も聞いていないから意味はないと思う。
「ああ、選べるスキルはあるのね。魔法系は使える?」
「雷魔法とか術理魔法だな」
術理魔法には無印の術理魔法スキルの他に、「全マップ探査」の魔法を使った時に覚えた「術理魔法:異界」スキルもある。
「へー、いいじゃない。術理魔法は攻撃魔法もそこそこあるし、便利系の魔法が充実しているから覚えている魔法使いは多いわ。雷魔法はレアで使える魔法使いは少ないけど、攻撃魔法が優秀だし、麻痺の追加効果もあって便利だって言うわよ」
「詳しいな、アリサ」
「まーね。わたしの国は貧乏だったから、倉庫の奥で埃を被ってた精神魔法くらいしか覚えられなかったけどね」
なるほど、数ある魔法の中から、わざわざそれを選んだわけじゃないのか。
「他にはどんなスキルが選べるの?」
アリサの質問に答えて取得したスキルをつらつらと読み上げる。
「ずいぶんいっぱいあるのね。レベルが7ならポイントは40くらいでしょ? なら、スキルレベル1のを何個か取るか、一点突破で一つのスキルに全部つぎ込むかって感じね」
「スキルポイントは――60ポイントだな」
1レベルごとに10ポイント貰えるらしい。
筋力値や知性値なんかの能力値も10から70に上がっている。どの能力値も偏りなく全部同じ値だ。
「へー、ずいぶん良いトコを引いたわね」
アリサが言うには、レベルアップごとに手に入るスキルポイントは2d6――サイコロを2個振ったように、2から12、平均7のスキルポイントがランダムで手に入るとの事だ。
「スキルだけど、物理攻撃はリザさんがいるし、魔法攻撃はわたしがいるから、ご主人様は自衛できる体術スキルとか回避スキルあたりか、防御魔法が使える術理魔法スキルがオススメね」
術理魔法には「盾」「防御壁」なんかの魔法があるらしい。
「魔法は誰でも使えるのか?」
「該当の魔法スキルがあって、魔力が足りれば使えるわよ。っていうかご主人様も使ってたじゃない」
「あれは巻物を使った時に覚えた魔法だよ」
「巻物? 詠唱はした事ないの?」
「ないな」
アリサも詠唱していなかったから忘れてたけど、セーリュー市の前で会った「なんでも屋」の店長さんは魔法を使う時に詠唱していたっけ。
「う~ん、詠唱スキルはストックに無いのよね?」
アリサの問いに首肯する。
「だったら、魔法スキルは後回しにした方がいいわ。人によってはひと月もあれば唱えられるようになる事もあるそうだけど、大抵は三ヶ月から一年くらいは掛かるから」
「マジか……」
異世界魔法はなかなかハードルが高い。
「先に詠唱の練習をして、唱えられるようになってから魔法スキルを取る方が良さそうだな」
「うん、わたしもそう思う」
自由自在に魔法を使ってみたかったけど、そうそう上手くはいかないようだ。
「ところでアリサ。スキルレベルはどのくらいまで上げられるんだ?」
オレのメニューでもスキルの種類は分かるけど、他人のスキルレベルまでは分からないんだよね。
「スキルレベルの目安はね、レベル1が初心者、レベル3が一人前、レベル5が熟練者、レベル7が達人、レベル9が天才ってところね。レベル10まで行ったら神業クラスの技の冴えでしょうね。そこまで行った人には会った事ないけど~」
アリサが大体の目安を教えてくれた。
魔法の場合、スキルレベル1で初級魔法が使え、スキルレベル3くらいで初級魔法が熟練でき、中級魔法ならスキルレベル5と7、上級魔法ならスキルレベル7と9といった感じらしい。
熟練までいくと、使えるギリギリのスキルレベルで使う魔法の二倍くらいの威力になるそうだ。
「魔法を使うだけなら、スキルレベル1でいいのか?」
「うん」
巻物で覚えた「放電網」や「短気絶弾」は、できればスムーズに使えるようにしたい。
試しに、術理魔法を有効化し、スキルレベル1にしてみた。
スキルポイントが1減って残りスキルポイントが59になる。
――あれ?
「スキルを有効化するのって、スキルポイント1しかいらないんだな」
「へ?」
そう何気なく言ったら、アリサが「鳩が豆鉄砲を食らったよう」な顔で驚いた。
「そんなわけないじゃない。スキルを取る前に経験を積んだ人の必要スキルポイントが減るって話は聞いた事があるけど、そんなに低いのは聞いた事がないわ」
アリサの話によると、スキル獲得時に必要なスキルポイントは比較的高めが多いそうだ。
「他のも同じみたいだぞ」
試しに雷魔法を有効化してみたが、さっきと同じくスキルポイントが1減っただけだ。
「ちょ、ちょっと、あんまり考え無しにスキルを取ったら、後でスキルポイントが足りなくなって泣く事になるわよ」
「それもそうだな。後は本命に振るよ」
普通に考えたら、スキルレベルを上げるのに必要なスキルポイントはどんどん増えていくはずだからね。
「メインのスキルは何にするの?」
「体術にしてみるよ」
なぜか取得スキルの中に体術があったのだ。
ログを辿って見た感じだと、ゼナさん達領軍の女の子達に捕まって縛り上げられた時に取得したっぽい。
一緒に拘束スキルも覚えていたけど、警察でもない一般人には必要ないだろう。
「う~ん、微妙だけど身体が動かせる方が、護衛しやすいかもね」
「それじゃ上げてみる」
――あれ?
体術スキルを有効化し、続けてスキルレベルを1から2に上げてみたのだが、必要スキルポイントが1のままだ。
消費したスキルポイントは合計2。残スキルポイントは先のも合わせて56ポイントになっている。
「どうかした?」
「ああ、それなんだけど」
そのまま試しに上げてみたら、体術がスキルレベルMAXになってしまった。
使ったスキルポイントは10だけ。スキルレベルMAXまで、必要スキルポイントが変化する事なく1固定のまま上がりきってしまったのだ。
そうアリサに説明したら――
「そんなんチートやチート!」
――と、どこかで聞いたような台詞で狼狽した。
「これは普通じゃない――みたいだな」
問いかける途中、アリサの様子を見て察した。
まあ、簡単に上げられるのはラッキーだ。
せっかくなので、体術レベル10に続いて、回避もレベル10まで上げ、雷魔法と術理魔法もレベル5まで上げておいた。
魔法をレベル10まで上げなかったのは、今覚えている魔法がどちらも初級の非殺傷系魔法なので、威力が上がりすぎて殺傷力が人を殺すレベルになったら使い道が減ってしまうからだ。
「だったら、宝物庫スキルも覚えましょう」
そうアリサに説明したら、こんな提案をされた。
「どうやって?」
「えっとね。<開け>」
アリサが合い言葉を告げると、彼女の前に一辺30センチの黒い四角が現れた。
「ここに手を突っ込んでみそ」
「大丈夫なのか?」
「だいじょーぶだいじょーぶ、怖いのは最初だけ、ささっ、思いっきり良くズボッと行っちゃって!」
アリサがだらしないニマニマ顔で言う。
そこはかとなく、アリサの言動からセクハラの臭いがする。
「ほら~、はやくぅ~」
アリサがオレの手を取って、黒い四角に近づける。
恐る恐る手で触れると、ログに「>『宝物庫』スキルを取得しました」と表示された。
「手に入ったぞ」
「おおっ、本当に手に入るとは!」
なぜ、薦めたお前が驚いているんだ。
手に入ったばかりの宝物庫スキルを有効化して、開いてみせる。
おっ、アイテムボックスは開閉で1ポイントの魔力を消費するらしい。小石を出し入れしてみたら、その都度1ポイントの魔力を消費した。
ストレージでアイテムを出し入れしても魔力が減らないので、ちょっと不便だ。
これはスキルレベル1で十分だろう。
ストレージとの違いはそのうち検証しよう。
「あと、残りポイント29だ」
「ご主人様、言葉は自力で覚えたの?」
「いや、知り合いから貰った翻訳指輪を使ってる」
「あー、それで古風な喋り方なのね。なら、シガ国語も取った方がいいわ」
なるほど、翻訳指輪にそんな欠点があったのか。
スキルポイントを1ずつ振っていき、スキルレベル5くらいで通常会話が問題ない事を確認できたので、そこでポイントの割り振りを止めておく。
「残り24ポイントは置いておくよ」
「そうね。何か必要なスキルがあった時に割り振ればいいわ!」
アリサが笑顔で言う。
オレはスキル一覧を確認する。
・体術 Lv10
・回避 Lv10
・精神耐性 Lv10
・雷魔法 Lv5
・術理魔法 Lv5
・シガ国語 Lv5
・宝物庫 Lv1
残りスキルポイント:14
「――あれ?」
「どうしたの?」
「いや、いつの間にか精神耐性スキルがレベルMAXになってたんだ」
忘れてたけど、元々取るつもりだったから問題ない。
たぶん、無意識に取っちゃったんだろう。
「しょんにゃぁあああ」
アリサがムンクの「叫び」みたいな顔になって嘆く。
「乙女の野望がぁああああああああああ」
どうやら、碌でもない事を考えていたようだ。
「ショタとのラブラブ生活がぁああああ」
なおもorzのポーズで嘆くアリサを見下ろし、自分の無意識にGJと喝采した。
※次回更新は来月の予定です。
※デスマ30巻が7/10に発売予定です! 詳しくは活動報告の記事をご覧下さいな~
7/7現在、電子書籍版の予約開始が遅れています。おそらく発売日には登録されるはずなので、著者twitter( https://x.com/AinanaHiro )あるいはレーベル公式twitter( https://x.com/kadokawabooks )をチェックいただけると幸いです。







