19-1.流れ星の降らない空
【前書き】
19章はデスマのIFストーリーです。
竜の谷に降り立ったサトゥーが「流星雨を使わなかった」世界線のお話です。
気がついたら知らない場所に立っていた。
「どこだ、ここ?」
ムシムシとした日本とは違う、乾いた空気。周囲を見回せば、アメリカのデスバレイを彷彿とさせる荒寥とした大地が広がっている。
さっきまでは、ゲーム開発終盤のデスマーチと戦っていた。
それも一区切り付け、三〇時間ぶりの睡眠を取る為に机の下に潜り込んで横になったはずだ。
「なら、夢か?」
それを主張するように、開発中のゲームUIに酷似したアイコンが視界内に浮かんでいる。
視界の右下にあるレーダーはオレの周辺の地形しか映していない。
念のためにマップを開いてみたが、広大なマップのごく一部、レーダーと同じ範囲の地形だけしか表示されていない。
こんなところまで、ゲームの仕様に従わなくてもいいのに。
無駄に仕様に忠実な夢だ。
そんな風に不平を覚えていたオレの視界に、あるモノが映った。
――全マップ探査。
今日の夕方に、開発企画のメタボ氏と協議して追加した初心者救済の魔法アイコンだ。
一回こっきりの大魔法だが、ケチる必要はないだろう。
オレは気軽にアイコンをタップした。
夢らしい曖昧さで手がアイコンをすり抜けるバグがあったが、使おうと念じると普通に使えたので問題ない。
全マップ探査の魔法を使うと、現在いるマップの全てが明らかになる。
やたらと広いマップだ。現在位置はマップの下端付近のようで、スクロールさせてもなかなか上端が見えない。
「――げっ、上半分が真っ赤じゃないか」
赤は敵性体を示す。
どれも高レベルの竜種で、ゲーム終盤のやりこみ要素で出すような裏ボス級の敵ばかりだ。
ちなみに、オレの現在のレベルは1なので、どれか一匹でも向かってきたら確実にキルされてしまう。
「戦う術はあるんだけど……」
全マップ探査と同じく、初心者救済策の「流星雨」が3発ある。
これはいわゆるマップ兵器で、マップ内の全ての敵に確殺級の大ダメージを与えてくれる最終攻撃魔法だ。
思わず「流星雨」のアイコンに手を伸ばしたが、寸前で思いとどまった。
こっちに攻めてくるならともかく、無理に戦わなくていいか。
オレは赤い点がまったくない外縁部の方に歩き出す。
念のため、マップを開いて最初の場所に旗を立てて目印を付けておく。これでマップ下端までのおおよその移動時間が推測できるだろう。
アメリカ映画でよく見る砂漠っぽい荒れ地が続く。
最初にいたのは、地面から垂直に伸びたテーブル大地みたいな場所だったらしく、地面まで降りるのが凄く大変だったけど、幸いにして階段みたいな構造物があったお陰でなんとかなった。
「……喉が渇いたな」
空気が乾燥しているせいか、すぐに喉がカラカラになる。
残念ながら手持ちに飲み物はない。持っているのはポケットに入っていた携帯電話と四本入りのカロリーバーと財布、他には腕時計くらいだ。
携帯電話とカロリーバーは歩くのに邪魔だったので、ストレージというゲームの収納庫に入れておいた。
「また鱗か。こんどは真っ赤だな」
歩いていると、でっかい鱗がたまに落ちている。
何かに使えるかもしれないし、「収納」と念じるだけでストレージに回収できるので、見つけるたびに拾ってある。
「――水だ!」
喉が渇いて死にそうになった頃、断崖絶壁の間からちょろちょろと湧き水が出ているのを発見した。
崖に張り付くようにして水を啜る。
「ふう」
生き返った。
何か水筒みたいなのがあれば、水を汲んで持って行けるんだけど――。
――カサカサと葉擦れの音が聞こえた。
振り向くと、岩陰に数本の竹が生えている。
「お、ラッキー」
さすが夢。なんて都合の良い。
できれば、空のペットボトルが転がっている方が嬉しかったけど。
「どうやって切ろう?」
ナイフなんて持ってない。
ストレージに入っているのは、携帯とカロリーバーの箱を除けば、道中で拾った竜の鱗や手頃なサイズの石くらいだ。
「そういえば――」
鱗の縁がギザギザしていたのを思い出して一個取り出してみる。
試しに鱗のギザギザの部分をのこぎり代わりにしてみたら、ゴリゴリと削れて竹をカットできた。
あとは飲み口を刻んだら、竹筒水筒の完成だ。
子供の頃に、田舎の爺さん家でよく作った。
水筒に水を溜め、何本かストックできたらストレージに収納しておく。
「これで飲み水は大丈夫」
渇きが癒えたら、空腹が襲ってきた。
カロリーバーは四本しかない。朝晩一本ずつで節約して食べよう。
「……寒っ」
日が陰ったと思ったら、あっという間に暗くなった。
それと同時に、暑いくらいの気温が急激に冷え込み、今では震えがくるほど寒い。
おまけに日が落ちてから風が強くなってきた。
体温が奪われる。このままじゃマズい。
バタバタいう音に視線をやると、何か布状の物が枝に引っかかって揺れている。
「なんだ?」
携帯のライトで照らしながら近寄ると、それが何かの毛皮だと分かった。
幸い、虫が付いていたり、汚れていたり、変な臭いがしていたりという事もなかったので、それを羽織る。
暖かいし、裏地の肌触りも滑らかだ。
なんでこんな場所に毛皮があったのか、気にならないと言ったら嘘になるが、今は温かさがジャスティスだ。
風除けになる岩陰に潜り込み、そこを一夜のキャンプ地とした。
◇
「……腹が減った」
食べ物はカロリーバーがあったが、節約して食べても二日目で尽きた。
三日目は絶食で耐えたが、四日目には低血糖でふらふらになる。やばい、このままだとデッドエンドだ。
――こっち。
誰かに呼ばれたような気がして顔を上げると、小さな木の実――木苺が生えた藪を発見した。
いやいや、周りの植生とまったく違うだろう。
頭の中ではそんな突っ込みを入れつつも、オレの手は木苺をむしり、オレの口は必死で木苺を咀嚼していた。
すっぱくて苦い木苺が、今この時だけは天上の食卓から饗されたかのように美味しく感じられる。
人心地付いたオレは、当面の食料にする為に、木苺をむしってはストレージへと収納していく。
これで何日かは保つだろう。
木苺や水筒の水が尽きる寸前、オレはマップの端に辿り着いた。
◇
「竜の谷の結界?」
マップの端はちょっと弾力のある膜みたいなので遮られていた。
「あ、突き抜けた」
ちょっと感触が気持ち悪いけど、普通に通り抜けられた。
「――風が違う?」
結界の外は気候が違うらしい。
近くの崖の上に砦かお城っぽいのが見える。
しばらく見ていたら、AR表示がポップアップして、それが「戦士の砦」という場所だと分かった。
ここからはシガ王国のセーリュー伯爵領という別マップらしい。
少なくとも日本じゃないっぽい。シガ王国が滋賀が独立してできた滋賀王国なら別だけど。
全マップ探査の魔法があれば簡単なんだけど、既に使ってしまった後だ。
――おや?
なんとなくメニュー画面を操作していたら、魔法欄に「全マップ探査」という魔法が登録されているのを発見した。
他にもスキル欄に「術理魔法:異界」というのがあった。
最小化されていて気付かなかったけど、ログ・ウィンドウにスキルや魔法をゲットしたという表記があった。
どうやら、最初に初心者救済策の「全マップ探査」アイコンを実行した時に、ゲットできたようだ。
「あれ? 失敗した?」
魔法欄で「全マップ探査」の魔法を選んで実行したのだが、魔力だけ消費して実行に失敗してしまった。
魔法と一緒に手に入れた「術理魔法:異界」スキルがグレーアウトしているから、これをアクティベートしないといけないのかもしれない。
たぶん、スキルポイントを割り振ればいいんだろうけど、今のところスキルポイントがゼロなので、レベルアップを待つ必要がありそうだ。
他にも登攀や夜営や健脚なんかのスキルがいつの間にか増えていたが、こっちもグレーアウトしているので、なんの役にも立たない。
まあ、ズルができなかったけど、歩いて行けばマップも更新できるだろうから、地道にマップを埋めていくとしよう。
気を取り直して、目の前の「戦士の砦」へと向かう。
砦の中には誰もおらず、敵性体らしき赤い光点もなかった。
軽く見回してみたところ、どの部屋も堆く埃が積もっており、そこかしこに蜘蛛の巣が張られていた。
ここが使われていたのは、かなり昔の事なのだろう。
砦の裏手には幾つもの墓標が立ち並んでいる。
「忘れ物かな?」
墓場の入り口に、誰かが忘れた肩掛け鞄を見つけた。
ファンタジーものでよくある魔法の鞄というわけではないようで、普通の革製の鞄のようだ。傷んでいる様子も無いし独特の臭いがしていたので、虫除けの香でも焚き込んであるのだろう。
中には片手鍋やコップやフォークといった品々が入っていた。
油紙に包まれたものは干し肉の類いのようだ。他にも布に巻かれたチーズやカチカチに焼き締められた黒パンが入っている。包みの底に入ってた紙切れに何か文字が書いてあったが、オレの知らない文字だったので読めなかった。
ストレージ内の木苺ストックが切れかけていたので、ちょっと心が動かされる。
拾得物横領罪に目を瞑って食料ごと鞄の中身をいただくか、法令遵守して飢えに耐えるか……。
今日は残りの木苺で空腹を誤魔化して、早めに毛皮に包まって眠った。
「よし、無断で悪いけど借りていこう」
罪悪感から、思わず声に出してしまった。
最寄りの人里で食料なんかが手に入るまで、この鞄の中身をお借りしようと思う。
人里で日本円が使えれば良いけど、そうでなければ腕時計を換金して、中身を補充してからここに返しに来ればいいだろう。
オレはそう決心し、人里を目指して「戦士の砦」を後にした。
※次回更新は 2/9 の予定です。
※デスマ29巻が 2024/2/9 に発売予定です! 詳細は活動報告の記事をご覧ください。







