18-49.台風一家〔前〕
※迷宮都市に来たばかりの頃のお話です。
「タイフー、一家~?」
「タイフーさんのご家族さんなのです?」
迷宮都市の居間でアリサと台風の話をしていたら、タマとポチが不思議そうな顔をした。
「こっちには台風はないのかい?」
「にゅ?」
「ポチは知らないのです」
手招きすると、いそいそと二人が寄ってくる。
いや、そんな美味しい口をして座られても、試作の干し肉くらいしかないよ。
――え、食べる? そう?
礼にストレージから干し肉を取り出したら、タマとポチが目をキラキラさせてロックオンしてきたので、目の前に差し出すとパクリパクリと二人が飛びついた。
入れ食いだ。
もしゃもしゃと干し肉を食べる二人を眺めて癒やされる。
「そういえば、なんの話だったっけ?」
「こっちの台風事情でしょ」
アリサが呆れ声で言う。
そうそう、そうだった。
「台風って単語があるから、こっちにもあると思うけど、遭遇した事がなかったと思ってさ」
「そういえば見た事無いわね。季節感も前世とは違うし――」
都市核によって気候制御されているせいか、あまり天災的な悪天候って見かけないんだよね。
「詳しい人に聞いてみようか」
「詳しい人?」
思い当たる人物がいないのか、アリサが首を傾げる。
オレは「遠話」の魔法で、ボルエナンの森のハイエルフ、愛しのアーゼさんに台風について尋ねてみたら――。
「――台風? それなら丁度、ブライナンとボルエナンの中間くらいに来ているはずよ」
との事だったので、それを皆に伝えると――。
「見たい~?」
「ポチもタイフーさんに会ってみたいのです!」
「イエス、環境ライブラリの情報を実地で確認したいと告げます」
「ん、経験」
子供達が台風見物を希望する。
「さすがに台風見物は危ないよ」
「え? そうかしら?」
良識ある大人として、そう窘めたのだが、アリサは不思議そうな顔で首を傾げた。
「魔法があれば問題ないんじゃない?」
アリサが言うように、「防護陣」の魔法があれば、風速四〇メートルくらいの風や飛んできた木々や建造物なんかでも防ぐ事ができる。
衝突ごとに防護陣の耐久力は低下するけど、連続で張り続ければ魔王の攻撃でもない限り防げるはずだ。
それでもやばそうなら、「落とし穴」の魔法で穴を掘って、物理的なシェルターを作る事もできるしね。
「そうだね、それじゃ行ってみようか」
オレの言葉に、子供達が喜びの声を上げた。
◇
「ここ~?」
「タイフーさんはどこなのです?」
晴天の南の島で、タマとポチがキョロキョロと周囲を見回す。
「あんまり風も強くないわよね。本当にここに台風が来るの? 島を間違ってない?」
「台風が来るのは明日のお昼頃だよ。足の速い台風だから、今日の夜には風が強くなるんじゃないかな?」
そう、この島は台風の予想進路上にある。
もっと台風に近い場所にも島はあったのだが、すでに暴風圏に入っていたので、落ち着いて台風見物ができるこっちの島を選んだのだ。
「台風が来るのは南側だから、そっちに行こう」
南側には現地人の集落があるので、そこで宿屋を探そうと思う。
小さな村くらいの集落だし、船の往来も少なそうなので、宿屋が存在しなければ村長さんの家に泊まれないか交渉してみよう。
魔法で別荘を建てる事はできるけど、台風にびくともしない頑丈な家よりは、現地の建造物で台風をやり過ごした方が臨場感がある。
現地の人達からしたら不謹慎な考えだけど、災害後の復旧も手伝っていくので許してほしい。
「あそこに、家があるのです!」
低い山を越えると、集落が見えてきた。
意外と海岸から離れた高台にある。
「家がいっぱい~?」
「石垣」
「お城みたいなのです」
「屋根が低い建物ばかりですね」
獣娘達やミーアが言うように、この集落の家は石垣の塀に囲まれた平屋が多い。
それなりの規模の島だからか、集落と畑の間に山から流れる細い川が流れている。
「イエス・リザ。投影面積の少ない遠距離攻撃に強そうな建物が多いと評価します」
「海賊さんが攻めてくるんでしょうか?」
「あはは、さすがに違うでしょ」
「たぶん、台風などの災害に強い作りになっているんだと思うよ」
ナナやルルの勘違いを訂正する。
「誰だ、お前ら! 余所モンだな!」
石垣の上から頭を出した男の子がオレ達を睨んできた。
「ポチはポチなのです!」
「タマはタマ~?」
ポチとタマが友好的に挨拶する。
「やあ、こんにちは。村長さんの家はどこか教えてくれないか?」
男の子に棒飴を差し出して尋ねる。
「なんだ、これ?」
男の子は飴を見た事がないのか訝しげだ。
「それは飴なのです!」
「とっても甘い~」
「甘い? 花の蜜よりもか?」
「いえすぅ~」
「はいなのです! ロンよりショーコなのですよ!」
ポチが男の子の口に棒飴を突っ込んだ。
なかなか乱暴だ。
「なにすん――」
抗議しようとした男の子だったが、棒飴の甘さに気付いたのか、勢いよく棒飴をガリガリ食べ始めた。
「あっ、あっ、もったいないのです!」
「噛んじゃダメ~?」
ポチとタマが焦って訴える。
「食べていいんじゃないのかよ!」
「飴は囓ったらダメ~」
「飴はレロレロと舐めて楽しむモノなのですよ!」
ポチが「こうするのです」と言って棒飴に見立てた自分の指をぺろぺろと舐めて見せる。
「こうか?」
「そうなのです!」
「完璧~」
素直に棒飴を舐めだした男の子に、ポチとタマが頷いてみせる。
「そろそろ案内してくれるかな?」
「こっちだ。ついてこい」
男の子が集落の道を先導してくれているおかげか、オレ達を見た大人達も特に敵意は向けてこない。
「ねぇねぇ、本当にこの島に台風が来るの?」
アリサが小声で確認してくる。
「そうだよ?」
「だって、ほら――」
アリサが指し示したのは、のんびりと農作業をする集落の人々だ。
「……確かに、少しのんびりした感じだね」
気象衛星もない世界だし、台風が接近しているのに気付いていないのかもしれない。
「あそこが村長の家だよ」
村人達に警告するべきか考えていたら、目的の村長さんの家に到着したようだ。
「村長、お客ー!」
男の子が勝手知ったる他人の家という感じで、家の中に飛び込んでいった。
「騒がしいぞ、グォン」
「お客なんだってば」
「――客?」
村長さんらしき声がする。
男の子はグォンと言うらしい。
「いいから早く!」
グォン少年が村長さんを連れて戻ってきた。
「客とは珍しいな。他の島の連中かと思ったら、余所の国の人か?」
初老の村長さんが家の奥から出てきた。
「その格好、貴族か商人か?」
村長さんがオレをじろじろ見ながら言う。
「今日はただの観光客ですよ」
「――カンコウ?」
観光という単語が通じなかった村長さんだが、「物見遊山」と言い換えたら分かってもらえた。
「じゃが、この島には都会の人が見て面白いものなど何もないぞ?」
「そうでもないと思いますが――」
実際、この島の独特な家屋や石垣は十分に見応えがある。
「――目的は台風見物なので」
「タイフウ?」
村長さんがさらに訝しげな顔になった。
台風っていう単語もメジャーじゃないらしい。
「このあたりではそう呼びませんか? 野分とかハリケーンとか暴風とか嵐とかですか?」
「ああ、大雨嵐の事か――それなら来んよ」
村長さんが自信ありげに断言して晴れ渡った空を見上げた。
確かに晴れているけど、明日の朝には台風が来るのは間違いない。
「ですが、飛空艇でこの島に接近する台風を見ました」
「心配いらん。この島には一〇〇年前に、流浪の聖者様が張って下さった大雨嵐よけの結界があるでな」
――なんと!
それなら進路が逸れた後に、台風の進路上になった無人島を見繕って、台風見物用の別荘を作らないとだね。
「大雨嵐は来んが、今日は泊まっていけ。村の者を集めて宴をするでな」
村長さんがそう誘ってくれたので、お言葉に甘える事にする。
もちろん、宿泊料がわりに島で珍重されそうな食材やたっぷりの酒樽を提供しておいた。
別荘なら一時間もあれば作れるから、今日のところは、この島でのバカンスを楽しむとしよう。
◇
「――あれ?」
村長との話を終えて気がつくと、アリサ以外の年少組とナナがいなくなっていた。オレ達を案内してくれたグォン少年もだ。
「他の子達は?」
「ポチとタマが退屈そうにしていたから、島の探検に行かせたわよ」
マップ確認をした限りでは、危険な生き物はいないみたいだ。
「それじゃ、オレ達も島を散歩でもするか」
「あの、ご主人様。私は宴の準備を手伝ってもいいでしょうか? この島の料理を学びたいんです」
「もちろん、構わないよ」
ルルは研究熱心だ。
「でしたら、私も一緒に残りましょう。見知らぬ場所で、ルルを一人にするのは気が進みませんからね」
「すみません、リザさん」
「私がしたくてしている事です。気にする事はありません」
そんな会話があって、リザもルルと一緒に村長さんの奥さん達が集う調理場へと向かった。
オレも手伝おうかと思ったけど、調理場には村長さんの奥さんだけじゃなく、他の奥さん達も大勢来ていて混み合っているので遠慮しておこう。
「本当に何もないわね」
「独特の風情があっていいと思うけど?」
「そうだけどさ~」
同じような家が続いているせいか、アリサが早々に飽きた。
違いと言えば、新しめの家は比較的屋根が高いけど、建築方法が同じせいか目新しさはない。
「なら、港に行ってみるかい?」
「そうね。行ってみましょう」
マップ情報だと、漁船が戻ってくるみたいだし、何か良い魚があったら買い取って宴に出してもらおう。
港と言っても砂浜に浮桟橋が一本あるだけの場所だ。
漁船は浮桟橋で魚をおろして、砂浜に船を上げるらしい。
「こんにちは、良い魚が獲れましたか?」
「あん? よそもんか?」
「はい、村長さんのところで厄介になっています」
「なら客人だな。良い魚が獲れたから持っていけ」
最初はよそよそしかった漁師さん達だったが、オレ達が村長の客と分かるとすぐに友好的な態度に変わった。
「ありがとうございます。これで足りますか?」
「異国のカネか? キラキラして綺麗だな。カネなんかいらなかったんだが、うちの倅や娘が喜びそうだ。一匹と言わず、篭ごと全部持っていけ」
金貨が見慣れなかったのか太陽光に当てて嬉しそうにしている。
この様子だと、綺麗に研磨した宝石の方が喜ばれたかもね。
「おーい、カーンにベェ。今日は戻ってくるのが早いな」
何人かの村人達が浮桟橋にやってきた。
「海が荒れてきたから早上がりだ」
「――海が?」
この島は結界で守られているそうだけど、近くまで台風が来ているから、荒れた波が伝わってくるのだろう。
「ああ、鰭人や鰓人が岬の陰に避難していたよ」
鰭人族と鰓人族は水棲の亜人種だ。
「へー、珍しい――」
「鰭人や鰓人が避難だと?!」
聞き流そうとした若い村人を遮って、年老いた村人が焦った様子で漁師に尋ねた。
「ああ、ハゲ岬の方だ」
漁師が海の向こうに見える岬を指さす。
「大変じゃ!」
お爺さんが叫んだ。
「大変じゃ! 大変なんじゃ!」
血管が切れそうな必死な顔で、お爺さんが騒ぐ。
「落ち着けよ爺さん」
「そうそう。鰭人や鰓人なら、海が鎮まったらどっか行くって」
周りの村人が訝しげな顔でお爺さんを宥める。
「違う! そんな事じゃない!」
「じゃあ、なんだってんだよ」
だが、お爺さんのテンションは変わらない。
「大雨嵐だ」
「――は?」
「大雨嵐が来るぞ!」
お爺さんの叫びに、オレはアリサと顔を見合わせた。
これは台風見物の流れかな?
※ながらく更新がなくてすみません。後半は来週くらいに
※諸般の事情により、デスマ最新29巻は発売が延期しております。
コミカライズ版デスマ16巻(公都編)は予定通り10月発売(10/6)なので、お間違えなく~







