18-45.ナディと妖精の庭
あけましておめでとうございます! 本年もよろしくお願いいたします。
※今回の主役はセーリュー市の「なんでも屋」のナディさんと店長のお話です。
「おかーさん、妖精さんのお話して」
「またぁ? ナディはそのお話が好きね」
「うん!」
お母さんがお話をしてくれる。
「妖精が草木に願うと、切り株の周りにぽんぽんぽんっと光る茸が生え、女の子を誘うように光の扉が現れました」
「アティ、明日の新年会の件だけど――」
「もー! おとーさん! お話の邪魔しちゃダメ!」
「ごめんね、ナディ。すぐに済ませるから良い子で待ってて」
せっかく良い所なのに、おとーさんが邪魔をしたせいでお話が止まっちゃった。
大人はいっつもそう。
自分の事ばっかりで、子供の事なんて後回しなんだから。
「お待たせ、ナディ。どこまで話したかしら?」
「扉が現れたところ!」
「そうだったわね。――妖精に手を引かれた女の子が光の扉をくぐると、そこはキラキラと星が舞う不思議な生き物達の楽園『妖精の丘』だったのです」
「綺麗なとこ?」
「そうよ。とても美しくて、幻想的で、老いも病も飢えもない理想郷なの」
「すごーい! ナディもそこに住む!」
「うふふ、人はそこには住めないの」
「どうして?」
「人はそこに行くには俗世の垢にまみれすぎているの」
「ぞーせーの赤? 赤いとダメなの?」
「ナディには難しすぎたかしら? 純真無垢――心の綺麗な人にしか扉は開かれないの」
「ナディは?」
「そうねー、ナディが良い子にしてたら、扉が開かれるかもねー」
「分かった! ナディ、良い子にする!」
「うふふ、それじゃ、もうそろそろ寝ましょうか。明日は新年のご挨拶で朝早いから、頑張って起きるのよ」
「分かった!」
どきどきして眠れなかったけど、お母さんの子守歌を聞いていたら、いつの間にか朝だった。
とっても不思議。
◇
「あけまして、おめでとーございます」
「おお、おめでとう。ナディはもうお正月の挨拶ができるようになったんだな。幾つになった」
「五つー!」
お祖父ちゃんに挨拶したら、偉い偉いと褒められた。
「そうかそうか、お年玉をやろうな」
「ありがとう!」
お年玉には大銅貨が入っていた。
えへへ、お金持ちだ。
お祭りの屋台で、甘~い水飴を食べよう。
「――あれ?」
「どうした、ナディ?」
「あれ、誰?」
庭の大きな木の前に、見た事のない男の子がいた。
夏の初めの葉っぱみたいな色の髪をしている。
「客人だ」
「お客さん?」
自分の事なのに、男の子はこちらを見ようともしない。
なんだか悔しくて、私はとてとてと男の子の前に行った。
「私、ナディ」
「そうか」
――む。
名前を教えているのに、自分は答えないなんてズルい。
「あなたは?」
「ユーヤ」
こちらを見ない男の子に、私は怒った。
「もー! お話しする時は相手を見なさいって、教えて貰わなかったの?」
「肯定」
「こーて? どういう意味?」
男の子は答えない。
なんだか面倒くさそう。
「教えて!」
男の子の腕を掴んで引っ張った。
被っていた帽子がズレて、若草色の髪の間から、少し尖った耳が覗く。
――怖い。
人族じゃない。
「やっ!」
怖くて、男の子を突き飛ばして走って逃げた。
今思えば、最悪の出会い。
それが私と店長――ボルエナンの森のユサラトーヤとの出会いだった。
◇
「あの人だ」
八歳になった私は、三年ぶりに男の子と再会した。
彼は前に見た時のまま変わっていない。
相変わらず、庭の大きな木をじっと見上げている。
「お前はユサラトーヤ様と会った事があったのか?」
「うん、前に」
お父さんの問いに生返事しながら、男の子の名前が「ユサラトーヤ」という事が気になっていた。
男の子の方に歩いて行こうとした私をお父さんが止める。
私はびっくりして振り向いた。
「ユサラトーヤ様はお偉いお方だ。子供の好奇心で煩わせてはいけないよ」
「あの子だって子供だよ?」
上のお姉ちゃんよりは年上だけど、大人の歳には見えない。
「はははは、見た目はお若いが、あの方は私や父上よりも年上なのだぞ」
「父上って、お祖父様?」
「そうだよ」
「嘘だぁ」
だって、お祖父さんって今年七〇を超えるお年寄りだよ?
そのお祖父さんよりも、あの子が年上なんて、お父さんの冗談に違いない。
「本当さ。父上に聞いてごらん」
「もー! お祖父様に叱ってもらうんだから!」
すぐバレる嘘を言うお父さんを叱ってもらおうと、お祖父様のところに乗り込んだのに、お祖父様もお父さんと同じ事を言う。
大人は冗談ばっかりだ。
「ふーん」
本人に聞いてこよう。
そう思ったのに、お祖父様から釘を刺された。
「ナディ、ユサラトーヤ様のお邪魔をしてはいけないよ?」
お父さんも言ってた。
「どうして? 庭の木を見上げているだけだよ?」
私が抗議しても、お祖父様は笑うだけだ。
「ユサラトーヤ様は領主様のたっての願いで、お仕事をされているのだ。自身の果たさねばならぬ大切なお役目の最中だというのに、慈悲深い事だ」
「さすがは賢者トラザユーヤ様のご親族だけの事はありますね」
お祖父様とお父さんが訳知り顔で頷き合う。
なんだか、仲間はずれみたいで嫌な感じ。
私は誘いに来てくれた従姉妹の子達と、広間で綺麗な貝殻で貝合わせをして遊んだ。
◇
その日の晩――。
「お母さん、トイレ」
隣で寝ているお母さんを揺すっても起きてくれない。
お酒臭い。たぶん、宴会でお父さん達に薦められてお酒を飲んだんだ。
もー。
怒ってもしかたない。
おねしょをして、従姉妹達に馬鹿にされるのは嫌だ。
私は心の中で自分を応援しながら布団から抜け出した。
「月明かりでいいから欲しい」
窓から見上げた空は雲で真っ暗だ。
歩くたびにギシギシいう音が、私を不安にさせる。
お祖父ちゃんの家はトイレまで遠いし、途中の暗がりから何かが出てきそうで怖い。
「――ひっ」
私は思わず息を呑んだ。
急に、庭に面した窓から明かりが入ってきたのだ。
「な、何?」
好奇心に負けて、窓から外を見る。
「木が光ってる?」
庭に生えた大きな木が光っている。
焚き火や松明で照らされているんじゃなくて、内側から光っている感じ。
私は勝手口から庭に出る。
なんだか、焚き火に飛び込む羽虫のようだ。
そう思いながらも、私は好奇心に勝てなかった。
「うえっ、ひっつき虫がいっぱいいそう」
廊下から見える整えられた庭の向こうには、林の中や空き地のような草がボウボウの場所だった。
でも、光る木が生えているのは、この草垣の向こうだ。
「あれ?」
しばらく進んで気付いた。
どうして青々とした草が生えているんだろう?
今は冬だ。
少し前まで雪だって降ってた。
でも、疑問に答えてくれる人は誰もおらず、もやもやした気分のまま草垣の向こうに辿り着いた。
『開け、≪妖精門≫』
光る木の前に、あの男の子がいた。
「……なんとかトーヤ君だ」
男の子が木に手を翳すと、魔法陣のようなものが浮かび上がり、木の光がその魔法陣のあたりに集まる。
そうして集まった光が、水面に石を落としたように波打つ。
「あ!」
その波打った水面に、男の子が飛び込んだ。
波打つ光が小さくなっていく。
私は思わず駆け出した。
◇
「ここはどこ?」
波紋の向こうは森の中だった。
違う、悪夢の中だ。
怖い。
木が歪んでる。
怖い。
道も歪んでる。
怖い怖い。
何もかもが私を捕まえようと覆い被さってくるようだ。
怖い怖い怖い。
「何をしている」
誰かが私の手を掴んだ。
あの男の子だ。
「トーヤ!」
私はうろ覚えだった彼の名前を呼んだ。
「違う」
「何が?」
「名前」
「え?」
なんとかトーヤだったと思うんだけど。
「ユーヤ」
男の子が不機嫌そうに言う。
それを見て、ちょっと笑ってしまった。
「――あれ?」
歪んでいた森が、普通の森に変わっている。
いや、違う。
普通じゃない。地面に生えた草が淡い光を放って、足下を照らしてくれている。
枝の先端も光ってるし――。
「――不思議な森」
「妖精の道」
「え?」
「ここ」
男の子――ユーヤが地面を指さす。
それがこの場所の名前なのだろう。
「もしかして――」
問いの途中で、ここに入ったときと同じように白い光に包まれた。
◇
光が晴れた後、私達は丘の上にいた。
「うわぁあああ」
私は目の前の光景に喜びを堪えられずに叫んだ。
「うるさい」
横でユーヤが何かを言っているけど、そんな事は後回しだ。
丘には綺麗な花が咲き乱れ、花の蜜を求めて光る粉を零す蝶が舞い、不思議な生き物達が丘を闊歩する。
「……妖精の丘」
あまりに美しい光景に私は茫然と呟いた。
「あれ? 人族の女の子だ」
「ユーヤ、今日は小さい女の子を連れてきたの?」
声に視線を向けると――。
「――羽妖精!」
そこにはトンボや蝶の羽を持った妖精達が空を飛んでいた。
「ユーヤの友達?」
「違う」
「えー、つれねぇなー、兄弟」
「黙れ」
ユーヤがペシッと羽虫でも払うように羽妖精を叩く。
「そんなに乱暴にしたらかわいそう」
私は羽妖精を優しく拾い上げて、ユーヤに抗議する。
「そうそう、お嬢はよく分かってる」
「あたし達には優しくしないと」
羽妖精はなんだか馴れ馴れしい。
「飴持ってる?」
「干した果物でもいいぜ?」
「ごめんなさい、何も持ってきていないの」
「なーんだ」
「しみったれてんなー」
羽妖精達は私に手土産がないと分かかると、あっという間にいなくなってしまった。
「あれ? ユーヤ?」
いつの間にかユーヤがいなくなっていた。
「え? 嘘? ユーヤ? ユーヤぁああああ!」
「幼子ちゃん、迷子?」
「きゃあああ」
丘に生えた老木から、緑色の肌をした女の子がにょきっと生えていた。
「お、おばけ?」
「失礼ね。あたしはドライアド。樹木や森の精霊よ」
女の子――ドライアドが老木から出てくる。
「は、はだか?」
何か羽織らせてあげたいけれど、今着ているのは下着と薄い寝間着だけだ。
こんな事なら、カーディガンの一つも羽織ってくるんだった。
「んー? 心配いらないよ。あたし達は裸とか気にしないから」
「で、でも、女の子が裸なんて!」
「だったら、これでどう?」
ドライアドが指をパチンと鳴らすと、どこからともなく現れた蔦が衣服のように彼女の身体を隠した。
「うん、大丈夫。それで、ええっと――」
「ユーヤだったら、ボルエヘイムの長老達と小難しい話し合い中だよ」
ドライアドがユーヤの行方を教えてくれた。
「ぼるえへいむ?」
「ノーム達の丘さ」
私の疑問に答えてくれたのはドライアドじゃない。
地面に開いた穴から這い出てきた小さなおじさん達だ。
「ここはボルエヘイムの中でも特別な聖地」
「本当なら人族の小娘が入っていい場所じゃない」
「ごめんなさい、入っちゃいけないって知らなかったの」
私はすぐに謝った。
「構わん」
「そうさ、構わん」
「お前を連れてきたのは、ボルエナンの森のユサラトーヤ様だからな」
ユサラトーヤ、そうだユーヤの本名がそんな感じだった。
「ユサラトーヤ様が戻ってくるまで、新月の祭りを楽しめばいい」
「そうとも、夏至や冬至の祭りには劣るが、新月の祭りも楽しいぞ」
「おうさ、夏至や冬至の祭りは特別だが、新月の祭りだって負けてないんだぜ」
小さいおじさん達がそう言って、祭りの中心に案内してくれた。
ノームやレプラカーン、パーンやスプリガン、フェアリーやピクシー、色んな妖精達が輪になって踊る。
私も小さいおじさん――ノームさん達に誘われて一緒に踊った。
楽しい。
振り付けも知らなかったけど、ブラウニー達が奏でる楽しげなリズムに乗って、いつの間にか踊れていた。
楽しい。楽しい。
踊り疲れたら、ブラウニーのおばさんが入れてくれた蜂蜜入りのミルクを飲む。甘くて美味しい。
ビスケットやクラッカー、輪っかになったパンも甘くて美味しい。
お母さんが読んでくれた絵本の楽園みたい。
みたいじゃない。ここが楽園なんだ。
私は生まれてきてから今までに笑ったよりもたくさん笑い、顎が痛くなるほどいっぱいお話しした。
もうこのままここに住みたいくらいだ。
「すんだらいいじゃん」
そうだよね?
「帰らなくていいよね?」
「モチロンサー」
「ソウダヨー、スンジャイナヨー」
うん、わたし、ここの子に――。
「――ナディ!」
夢現の私をユーヤが呼ぶ。
「目覚めろ!」
目の前にユーヤの顔があった。
「――え?」
「大丈夫かよー」
「気持ち悪くないか?」
ユーヤの後ろから小さいおじさん達が覗き込んでくる。
「夢魔にイタズラされてたんだぜ」
「夢魔はイタズラ好きだからな」
ユーヤの横にヌイグルミみたいな青紫色のお馬さんがいた。
叱られた子供みたいに目を伏せている。
「え? どこから?」
私は急に怖くなった。
「眠れ」
ユーヤはパニックを起こす私を抱き寄せると、優しくそう囁いた。
◇
「ナディ、起きなさい」
目覚めると、私は自分のベッドで寝ていた。
「もしかして――」
――全部、夢?
「まあ、夢でもいいか」
楽しかったし。
起き上がって寝間着を脱ぐ。
「あれ?」
花弁が一枚落ちた。
見た事のない花弁だ。
私は花弁を拾うと、庭の大きな木を目指して駆け出した。
「ナディ! そんな格好でなんですか!」
下着で駆け出した私はお母さんに叱られ、ちゃんと着替えてから庭に出た。
予想通り、ユーヤは庭の木の前で立っていた。
「ユーヤ、これ!」
私は花弁を翳してユーヤを呼ぶ。
「花弁?」
「昨日のって夢じゃないよね?」
「ん」
ユーヤが頷いた。
やっぱり、夢じゃなかった!
「また、連れて行ってね」
「断る」
「えー、ユーヤ、お願い」
頼み込んでもユーヤはそっけない態度だ。
しばらく縋ってみたけど、お祖父様に見つかって馴れ馴れしい態度を叱られた。
ユーヤは次の日にはもういなくなったけど、何ヶ月かごとにセーリュー市にやってくる。
九歳になった時に、ユーヤに勉強を教えてもらうようになった。
ユーヤの事を先生って呼ぶようになったのも、この頃だ。
お役目が一段落したとかで暇そうにしていたユーヤ先生は、惜しみなくその知識を私に分け与えてくれた。
授業の合間に、ユーヤ先生のお役目っていうのが何かを尋ねたけれど、「秘密」とそっけなく言って教えてくれない。
大人になったら教えてくれるって約束したから、私は早く大人になりたい。
大人になったら、ユーヤ先生と一緒にお店をやろう。
先生と一緒だったら、どんなお店でも楽しそうだ。
ぶっきらぼうに見えて、誰にでも優しい先生だから、なんだってできると思う。
「先生、『なんでも屋』とかどうですか?」
「面倒」
「面倒は私が引き受けます」
「そうか」
相変わらず、つれないけれど、いつか私の方を振り向いてほしい。
そして、子供の頃とは違った意味で「ユーヤ」って呼べるようになりたいな。
※次回更新は、2月の予定です。
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