18-43.ゼナ隊結成!〔前編〕
※サトゥーが訪れる一年前、成人したてのゼナが領軍に入隊した頃のお話です。
「本日、訓練課程を終えて魔法兵として任官したゼナ・マリエンテールです。よろしくお願いいたします!」
がさつな兵隊ばかりの兵舎に、場違いなお嬢さんが現れた。
「おい、リリオ。なんだあれ?」
「さあ? 行く場所を間違えたんじゃね?」
あたしの横で固い黒パンをかじっていた同期のガヤナが、怪訝な顔で声を掛けてきた。
つーか、パンくずが飛ぶから喰いながら喋るな。
「ゼナさん、こっちは違います。隊長のいる兵舎は隣です」
「すみません、イオナさん」
お嬢様の後ろから、いけすかない貴族の女が来た。
意地悪をしてくるわけじゃないんだけど、なんか苦手なんだよね。美人でスタイルいいし、それを鼻に掛けないし――って普通に良い奴だから、あたしのヒガミなんだけどさ。
「皆さん、失礼いたしました」
お嬢様は焦った顔でぺこぺこと頭を下げて出ていった。
なんだか憎めない感じだ。魔法兵って事はエリートだから、あたしらみたいな底辺兵士とは縁がないだろうけど。
◇
「リリオ、ご愁傷様」
「なに、いきなり?」
翌朝、食堂に向かうとガヤナがニヤついた顔で言った。
「次の班割りが発表されてたよ。あんたはバクターの班」
「げっ、マジで?」
あのおっさん無能なくせに偉そうなんだよな。
「まさか、騎士ピンカーロまで一緒じゃないでしょうね?」
「今回は騎士は同行しないみたいだよ」
ハズレ騎士まで一緒じゃなくて良かった。
しかも、騎士が一緒じゃないって事は、ワイバーンが出る山岳地帯方面じゃないだろうし、命の危険は少なそうだ。
あたしは量だけは多い兵舎の朝飯を腹に収めて集合場所へと向かった。
三つほどの集団ができている。全部で50人くらいかな?
「バクター班はここに集まれ!」
集合場所にバクター古参兵の号令が響く。
まあ、声が大きい事だけは班長向きだね。無能だけど。
「よく聞け、お前ら! これから三日掛けて丘陵地帯の村々を巡回する」
偉そうなバクター古参兵の横には、この前見かけた魔法兵のお嬢ちゃんと貴族女がいた。
なるほど、今回の巡回はお嬢ちゃんの慣らしも兼ねてるってわけか。
一の二の三、この班は15人らしい。
ゼナってお嬢ちゃんは風魔法を使えるらしい。
他の班の魔法兵は火魔法や土魔法っぽいから、あっちよりは索敵で楽ができそうだ。
「リリオ、お先~」
他の班になったガヤナがそう言って荷馬車に乗り込んだ。
ガヤナは工兵だから、土の魔法兵と一緒に鉱山都市へ行くらしい。
「他の班に後れを取るな! 俺達も出発するぞ!」
バクター古参兵があたし達を急かして荷馬車に乗り込む。
あたし達も荷馬車に乗って移動だ。
騎士はいないけど、馬に乗った軽騎兵が三騎併走する。
イオナって貴族女も軽騎兵らしい。
女のくせに板金鎧を着ているのは貴族らしいけど、背中に背負った両手剣はちょっと珍しい。
あんな重たい武器を使えるなんて、綺麗な見た目に反して中身は熊みたいな身体をしてるに違いない。今日の昼飯の干し肉を賭けたっていい。
「リリオ、お前は目がいいから前を頼む」
「はいよー」
もう一人の斥候――古株のおっさん兵士に言われて御者台に上がる。
うん、御者台は見晴らしがいいから好きだ。
「ゼナ魔法兵! 索敵魔法で周囲を警戒しろ!」
「はい、班長!」
バクターに命じられた魔法兵が、出発早々に索敵魔法を使う。
――早すぎない?
あたしの感想は正しく、一つ目の村に辿り着くまでに、魔法兵が魔力の消耗を訴えた。
「班長、残魔力が半分を切ったので、業務手順に従って索敵魔法を停止してよろしいですか?」
「何? もう魔力がヤバいのか? 修行がたりんぞ、ゼナ魔法兵!」
「すみません、班長」
自分の指示ミスを棚に上げ、魔法兵に文句を言う。
「仕方ない。斥候班、魔法兵の未熟さをフォローしてやれ」
「はいよー」
おっさん斥候が軽い感じで応える。
「リリオ、そういう事だ」
「了解」
あたしも片手を上げて了解を伝え、さっきまでよりも注意深く周囲の観察をする。
丘陵の向こうに動物の影が見えた。大抵は兎か狐くらいだから、見逃してやる。
狐も害獣だけど、ネズミの駆除に役立つから、農村でもあまり積極的には狩らない。家畜に手を出したら、あたしらが出張るまでもなく、村の連中が始末するはずだ。
「暇だな~」
二つ目の村を出たあたりで、あまりの平和さに眠くなってきた。
「寝るなよ、嬢ちゃん」
「分かってるって――」
御者とそんな会話をしていると、視界の端に違和感を覚えた。
「どうした?」
身振りで御者を黙らせる。
「――いた。狼だ! 進行方向右の丘の向こう!」
あたしの警告に、寛いでいた仲間達が戦士の目になって身を起こす。
「マジか? どこだ?」
「ほら、あそこだ。よく見つけたなあんな遠いの」
古参兵の一人があたしの肩を叩いて称賛してくれる。
これでも同期の中じゃ、一番目が良いからね。
「狼はあれが狙いか」
古参兵の誰かが、狼の群れが進む先を指さした。
羊の群れがいる。
まだ狼の接近に気付いていないのか、羊飼いもノンビリしたものだ。
「角笛――」
「吹くな! 今なら奇襲できる」
角笛に伸ばした手を、バクター古参兵が邪魔した。
「聞け! 狼の狙いは羊たちだ! 弓持ちは狼を牽制しろ!」
どうやら、バクターは羊飼い達の命より、自分の手柄が優先らしい。
「馬車を止めるか?」
「構わん、このまま全速だ」
「止めろ! こう揺れてちゃ、狙いが定まらん」
「ちっ、仕方ない」
長弓組の古参兵に言われて、バクターが渋々といった感じで馬車を止めた。
「ゼナ! ぼうっとするな! 風魔法で狼を蹴散らせ!」
「は、はい!」
魔法兵のお嬢ちゃんがバクターに言われて、魔法の詠唱を始める。
「お前もだ、小娘」
バクターに小突かれて、あたしも軽クロスボウに短矢をセットする。
こうなったら、一匹でも多く狼に当てないと、羊飼い達が危ない。
距離があるから直線じゃ狙えない。
狼よりけっこう上に狙いを定め――長弓組の古参兵の合図に合わせて放つ。
「…… ■■■■」
詠唱を終えた魔法兵がバクターの顔を見る。
「何をしている! さっさと撃て」
「気槌!」
バクターの怒鳴り声に尻を蹴飛ばされたかのように、魔法兵が慌てて魔法の発動句を唱える。
――あ、バカ。
狼の上に降り注ごうとしていた矢が、タイミング悪く魔法兵の風魔法に蹴散らされた。
「馬鹿野郎! 何をやってる」
バクターが怒鳴る。
いやいや、今のはあんたの指示が悪いだけじゃね?
思わず口にしかけたけど、矢の再装填が先だ。
狙いを付け――あっ。
いつの間にか距離を詰めていた軽騎兵が、文字通り狼を蹴散らしている。
貴族女が馬上から振り回す両手剣に、不運な狼達が弾き飛ばされるのが見えた。くわばらくわばら、狼が瞬く間に尻尾を巻いて逃げ出した。
一部の狼達がなおも羊を追ったが、そっちは長弓班が仕留めてくれた。
あの距離をよく当てるもんだ。
「あのお姫さん、やるじゃん」
でっかい盾を持った赤毛の女が、あたしの後ろで呟いた。
「そうだね」
結果的に羊や羊飼いに被害はなかった。
あたしらが失敗した時の備えを、先にやってたのはちょっとムカつくけど。
あの無能なバクターにしては、悪くない指示だと思う。
「戻ってきたぞ」
大剣を背に担いだ貴族女を先頭に、軽騎兵達が戻ってくる。
「イオナ! 誰が突撃を命じた!」
バクターが貴族女を怒鳴りつける。
無能なバクターにしては的確な命令だと思ったら、さっきの突撃は貴族女の独断専行だったらしい。
「当然あるはずの指示が何もなかったので、命令を聞きそびれたかと思って行動しました」
あはは、この貴族女ちょっと好きだわ。
なかなか皮肉が利いている。
怠慢を指摘されたバクターがぐぬぬと唸った。
「これからは俺様の命令に耳を澄ましていろ!」
負け惜しみを吐き捨てる。
「それから、ゼナ! 魔法を使うときは周囲の状況をしっかりと確認しろ!」
「はい、すみません!」
バクターの矛先が魔法兵のお嬢ちゃんに移った。
「うわっ、自分のミスを新人に押しつけてやがる」
そう言ったのは赤毛の大盾女だ。
「なんだと?!」
でかい声だから、バクターにまで届いたらしい。
「あー、すみません。声が大きくて」
バクターにねちねち文句を言われているのに、大盾女はまるで応えていない。
「バクター班長、そろそろ出発しないと夕飯までに夜営予定の村まで辿り着かないぞ」
頃合いを見て、他の古参兵がバクターに声を掛けて出発した。
まったく無駄な時間だったぜ。
◇
二日目の昼過ぎ、丘陵地帯に疎らな林が挟まれた場所に差し掛かった。
「このあたりは甲虫系の魔物が出る。弓兵の準備をした方がいいぞ」
「分かってる! 横からぐちぐち言うな!」
他の古参兵に言われたバクターが反射的に噛みついている。
弓兵達はそれを横目に無言で弓の準備をする。
もちろん、あたしもクロスボウの弦を引いて固定しておく。後は短矢をセットして引き金を引くだけだ。
「ゼナ、索敵だ!」
「はい!」
バクターが魔法兵に命令する。
――え?
あたしはその命令に違和感を覚えた。
まあ、甲虫は動き出すまでは目視で見つけにくいし、魔法に頼るのは分かるんだけど――。
今までの巡回で、他の班長が魔法で索敵を命じた事がないんだよね。
「……■ 風探索」
魔法兵の索敵魔法の発動直後に、左前方の林が揺れた。
「左前方! 変化あり!」
あたしの叫びに、周りの兵士が一斉にそちらを見る。
林から甲虫系の魔物が飛び出した。
「甲虫兵か……」
昼間にはめったに林から出てこない魔物だ。
「――索敵魔法に釣られたか」
古参兵の誰かが小声で呟くのが聞こえた。
「ちっ、魔物を惹きつけやがって」
バクターが舌打ちした。
何言ってやがる。あんたの指示だろうがっ。
「申し訳ありません、班長」
魔法兵が平謝りする。
なんでだよ、あんたは悪くないだろ。
「全くだ。教練で何を習ってきたのやら――」
「それより、早く指示出ししなよ」
ぐちぐち言うバクターに思わず言ってしまった。
バクターは舌打ちした後に指示を出す。
「何をしている! 弓兵、撃て!」
既に構えてバクターの命令待ちだった弓兵が、魔物を引き付けて一斉に放つ。
――弾かれた。
やっぱ、甲虫系は硬い。
次の矢を装填する時間はない。
クロスボウの帯を御者台に引っかけ、あたしは腰の小剣を抜く。
「挑発スキル持ちは叫べ! 大盾班が受け止めろ!」
馬車から飛び降りた挑発スキル持ちが叫んで、魔物を地上に引き寄せる。
「大盾班、持ちこたえろよ!」
「「「応!」」」
四人の大盾持ちが並んで魔物を受け止める。
――あっ。
直撃をくらった二人が吹っ飛ばされた。
甲虫系の魔物にしては小さいけど、それでも牛くらいはある。勢いが付いたアレを受け止めるのはさすがに無理だったらしい。
「飛ばさせるかよ!」
赤毛の大盾女が、盾ごと体当たりして魔物の注意を引く。
「よくやった、ルウ!」
大盾女はすぐに吹き飛ばされたけど、その隙にもう一人の大盾持ちが大盾女の反対側から押さえ込んで、魔物の動きを止めた。
「今だ! やれ!」
槍持ちや大剣持ちが一斉に魔物に飛びかかる。
「すげー」
さすがにあの乱戦には入れない。
小剣であんな場所に入ったら、確実に味方の攻撃で怪我をする。
吹き飛ばされた大盾女は、鼻血を腕で拭って再参戦してた。
「リリオ! 周囲の索敵を忘れるな!」
もう一人の斥候に注意されて思い出した。
そういえば戦闘音に惹かれて別の魔物が出てくる事があるんだっけ。
あたしは戦闘に参加するのを諦め、周辺警戒に徹する。
「ゼナ! 攻撃魔法だ!」
「ダメです! こんな状況で使ったら、皆さんが怪我をします」
さすがにこの乱戦状況じゃ、魔法兵のお嬢ちゃんも「はい」とは言えなかったらしい。
「くっ、甘っちょろい事を!」
「バクター! お前も手伝え!」
反論されてムカついた顔のバクターだったが、同期らしき古参兵に言われて渋々といった感じで攻め手に交ざったようだ。
幸い、追加の魔物が出てくる事はなく、仲間達も魔物を飛ばさせる事なく討伐に成功した。
「まったく、レベル10にも満たないようなザコ相手に苦戦するとは」
「そう言うな、バクター。それより、さっさと死骸を処理しないと日が暮れるぞ」
「うるさい! 分かっている! 甲虫は甲殻と牙、それと触手を回収しろ」
「班長、爪はどうしますか?」
「自分で判断しろ」
「了解」
下っ端兵士が魔物の血で、どろどろになりながら解体をする。
「ルウさん、治療するのでこちらに」
「このくらい大した事ないぜ」
「ダメです。化膿したら大変ですから」
魔法兵が大盾女を治療している。
魔法で癒やすのかと思ったら、水で洗った後に軟膏を塗って包帯を巻くだけだ。
「魔法は使わないの?」
「私の魔法だと、深い傷には効果が薄いんです」
思わず尋ねたら、魔法兵――ゼナだっけ? ――が恥ずかしそうに答えた。
「そういうもん?」
「はい、未熟者ですみません」
「気にするなよ。手当してもらえたら一緒だ」
赤毛女がガハハと豪快に笑う。色気のねー女。
まあ、兵士になるような女なんて、そんなもんか。
「ゼナさん、怪我はありませんか?」
「大丈夫です! ありがとうございます、イオナさん」
貴族女が脱いだ兜を小脇にやってきた。
汗で張り付いた髪が艶めかしい。
周りの男共の視線が貴族女を追いかけている。
美人は汚れていても美人らしい。
ちょっとふてくされてたら、同期から名前を呼ばれて水袋を投げ渡された。
中身は生ぬるい水だったけど、戦闘で精神的に疲れた身体に染み渡る。
投げ返そうとしたら、そっちにも回してやれと身振りで勧められたので、大盾女や魔法兵達に水を勧める。
「あんたも飲みなよ」
「助かるぜ、咽がカラカラだ」
大盾女が美味そうに水袋を呷る。
「そっちの二人にも回してやんなよ」
「おう、危うく飲み干すところだったぜ。飲むか、ええっと――」
「イオナよ。ありがたくいただくわ」
貴族女が受け取った水袋を呷る。
上品に飲むのかと思っていただけに、ちょっと驚いた。
「ふう、ゼナさんもいかが?」
「少し頂きます」
こっちは想像通りのお上品な感じだ。
なんで、こんな貴族のお嬢様が兵隊なんてやってるのかね~。
◇
「村のくせに、簡易宿泊所まであるのか」
この村に来るのは初めてだけど、夜営じゃないのは初めてだ。
「四人部屋ね。この班には六人ほど女がいるから、さすがに男と同室って事はないと思うけど――」
「おう! さっきの斥候じゃねぇか」
最初に入ってきたのは大盾女だった。
「あたしはリリオ。斥候って呼ぶのは止めて」
「わりぃわりぃ。あたしはルウだ。カイノナ生まれのカイノナ育ちだ」
「へー、カイノナって豆と羊肉の料理が名物の所だよね?」
「名物ってか、それしかないんだけどな」
骨付きソーセージは絶品だぜとルウが言う。
「失礼します!」
次に入ってきたのは魔法兵のお嬢ちゃんだ。
「ゼナ・マリエンテール魔法兵です。今晩は同室よろしくお願いいたします」
「ゼナさん、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
お嬢――ゼナの後ろから入ってきたのは、貴族女だ。たしかイオナとか名乗ってた。
「あんたらが同室? てっきり、もう二人の方が一緒かと思ったよ」
あっちは五歳ほど年上の中堅兵士だけど、この二人と違って生粋の下町女だから、同室になるならそっちになるだろうと予想していた。
「あの二人は班長と懇意のようですから」
イオナが軽蔑混じりの顔で言う。
あー、班長に色目を使ったって事か。
ベッドも向こうの方が良い奴だろうしね。
「――あ、あのっ」
ゼナが緊張した顔であたしに話しかけてきた。
「何?」
「お名前をお伺いしても?」
「お伺いするようなたいそうな名前じゃないけどね。あたしはリリオ。セーリュー市の下町生まれの下町育ちだよ」
なんとなくルウの名乗りが記憶に残っていたのか、そんな言い方をしてしまった。
「私は――」
「知ってる。マリエンテール魔法兵だろ? それより、メシに行こうぜ」
今日は携行食じゃないまともな飯にありつけそうだし。
「――諸君! 末世は近い!」
簡易宿泊所から出たあたし達の耳に、おっさんのキンキン声が届いた。
これからメシだってのに、変な騒ぎは止めてよね。
※次回更新は12月の予定です。
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